決行前日②


 その男に、渚は見覚えがあった。


「どちら様ですか?」

 警戒心をあらわにする望愛の隣で、渚はその男を思い出そうとしていた。

「んと、俺西田って奴の知り合いで……さっきそいつと会ってたと思うけど」

「……確かに会いましたけど。何か用ですか?」

「あー、明日のことについて確認したいことが――」

「あっ、あの時の!」


 そこでふと、渚は目の前の男を思い出した。


「渚? 知り合いなの?」

「知り合いというか……この前街中で声掛けしてた時、道聞かれて」

「ん? あぁ、あの節はどーも」

 男の方も思い出したのか、渚に笑いかける。

「へぇ、そうなの。……それで、明日のことって何のことかしら」


 その男とは初対面だからだろうか。明日の計画についてそうすぐには言わないようだ。男は少し周囲をうかがった後、望愛たちに近づいてそっと耳打ちする。

「おたくら、嵐の人だよな?」

 相手を見極めるような望愛の視線に、男は動じずに微笑み返す。

「西田が連れて来るって言ってたツレの一人が俺。聞いてるだろ?」

 その話は渚も覚えがある。といことは、この人は西田って人のツレのうちのひとりなのだろう。

「明日のことについて話したいことあるけど……さすがにここじゃ難しいだろ?」

 そう言ってぐるりと周囲を見回す。駅前と言こともあり、人の往来は多い。いつ、どこで、誰に聞かれるか分かったものではない。

「……そうね。人気のないところに行きましょう」

「じゃあ、こっちにちょうどいいとこある」

 警戒しつつも、望愛もここで話すことではないと思ったのだろう。男の誘導で、人気のない路地裏へと移動する。


 そこはほんの2、3分歩いたところにあり、近くに駅があるというのに喧騒がどこか遠くに聞こえた。まるでこの場所だけ、空間が切り取られているみたいだ。

「ここなら滅多に人は近寄らないし、安全だろ?」

「そうね……ここなら大丈夫そうね」

 周囲に人の気配がないのを確認し、望愛もうなずく。


「それで? あなたは一緒に来ると言っていた、西田さんの友だちなのよね?」

「そうだよ」

「……分かったわ。で、話したいことって何かしら。詳しいことについては、西田さんに話したから聞いてもらったほう早いのだけど」

「あぁ、聞いてる。でもこれは、西田から君にアポ取ってもらうより、直接言ったほうがいいと思ってさ」

 のらりくらり、なかなか本題に入らない。渚はそろそろ望愛が怒りだすんじゃないかとひやひやとしていた。

「経緯なんてどうでもいいわ。で? 結局何なの?」

 予想通り、少し苛ついた声でぴしゃりと言い放った。男も望愛の雰囲気に気づいたのだろう。小さく息を吐いた。


「明日、行けなくなった」


 キャンセルの話だった。望愛と渚は、またかとため息をつきそうになった。

「つまり、あなたは明日の参加を取りやめたいと」

「あ、俺たち。な」

「……はい?」

「俺たち、全員不参加」

 きっと男の言う”俺たち”とは、彼を含め西田ともう一人のツレのことをさしているのだろう。

「それなら、さっき西田さんのところに行ったのに、何でその時言わなかったのかしら」

「あんたたちが帰ったあとに決まったから」

「はぁ……そう。じゃあ、山田さん、山根さん、内木さんの三人は不参加ってことでいいのね」


「いや、違う」


 そう否定する男に二人は驚いた。

「違う? 今さっき不参加って言ったわよね?」

「あぁ、言った」

「じゃあ違うって何よ。何が違うの?」

「不参加ってのは、今回お前らが誘った奴ら全員ってこと」


 目の前の男の言っていることが分からなかった。きっと隣の望愛も同じように、眉間にしわを寄せているだろう。

「……何の冗談かしら。全員不参加って」

「嘘だと思うなら、全員に聞いてみれば?」

「……そんなことしなくても」

 そう言って、望愛は黙った。おそらく能力を使って、彼が嘘をついているかどうかを見極めているのだろう。

「……望愛?」

「……嘘、でしょ」

 望愛の声が震えている。

「嘘……冗談じゃないわ……」

「どうかした? 俺、嘘ついてるように見える?」

「望愛? いったい――」

 珍しく望愛が焦っているように見える。彼の言葉が嘘ではないのだろうか。でも突然こんなことを言い出す理由がわからない。

 

思案する渚の隣で、望愛が何かに思いあたったように表情を変えた。

「ありえないわ。…………ありえない……なんで、このタイミングで……」

「あれ、思いのほか気づくの早くない? 俺の正体」

 そう言ってニヤリと笑う男。

 男の口ぶりに、そして望愛の様子に、渚は最悪の想定が頭をよぎった。

「まさか……」

「本当に、どうして今頃……ハヤブサが」

 呟くような望愛の言葉に、男はさらに笑みを深めた。

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