5.
その男に、渚は見覚えがあった。
「どちら様ですか?」
警戒心をあらわにする望愛の隣で、渚はその男を思い出そうとしていた。
「んと、俺西田って奴の知り合いで……さっきそいつと会ってたよな?」
「……会いましたけど。何か用ですか?」
「あー、明日のことについて確認したいことが――」
「あっ、あの時の!」
そこでふと、渚は目の前の男を思い出した。
「渚? 知り合いなの?」
「知り合いというか……この前街中で声掛けしてた時、道聞かれて」
「ん? あぁ、あん時の。あの節はどーも」
男の方も思い出したのか、渚に笑いかける。
「まぁ、知り合いなのは分かったわ。それで? 明日のことって何のことかしら」
その男とは初対面だからだろうか。明日の計画についてそうすぐには言わないようだ。男は少し周囲をうかがった後、望愛たちに近づいてそっと耳打ちする。
「おたくら、嵐の人だよな?」
相手を見極めるような望愛の視線に、男は動じずに微笑み返す。
「西田が連れて来るって言ってたツレの一人が俺。聞いてるだろ?」
その話は渚も覚えがある。といことは、この人は西田って人のツレの内木か山根という人なのだろう。
「明日のことについて話したいことあるけど……さすがにここじゃ難しいか?」
そう言ってぐるりと周囲を見回す。駅前と言こともあり、人の往来は多い。いつ、どこで、誰に聞かれるか分かったものではない。
「……そうね。人気のないところに行きましょう」
「じゃあ、こっちにちょうどいいとこある」
警戒しつつも、望愛もここで話すことではないと思ったのだろう。男の誘導で、人気のない路地裏へと移動する。
そこはほんの2、3分歩いたところにあり、近くに駅があるというのに喧騒がどこか遠くに聞こえた。まるでこの場所だけ、空間が切り取られているみたいだ。
「ここなら滅多に人は近寄らないし、安全だろ?」
「そうね……ここなら大丈夫そうね」
周囲に人の気配がないのを確認し、望愛もうなずく。
「それで? あなたは西田のツレの人なのね」
「そ。あ、山根ってほう」
「……分かったわ。で、離したいことって何かしら。詳しいことについては、西田さんに話したから聞いてもらったほう速いのだけど」
「あぁ、聞いてる。でもこれは、西田から君にアポ取ってもらうより、直接言ったほうがいいと思ってさ」
のらりくらり、なかなか本題に入らない。渚はそろそろ望愛が怒りだすんじゃないかとヒヤッとしていた。
「経緯なんてどうでもいいわ。で? 結局何なの?」
予想通り、少し苛ついた声でぴしゃりと言い放った。男も望愛の雰囲気に気づいたのだろう。小さく息を吐いた。
「明日、行けなくなった」
キャンセルの話だった。望愛と渚は、またかとため息をつきそうになった。
「つまり、あなたは明日の参加を取りやめたいと」
「あ、俺たち。な」
「……はい?」
「俺たち、全員不参加」
きっと男の言う”俺たち”とは、彼を含め西田ともう一人のツレのことをさしているのだろう。
「それなら、さっき西田さんのところに行ったのに、何でその時言わなかったのかしら」
「あんたたちが帰ったあとに決まったから」
「はぁ……そう。じゃあ、山田さん、山根さん、内木さんの3人は不参加ってことでいいのね」
「いや、違う」
そう否定する男に、2人は驚いた。
「違う? 今さっき不参加って言ったわよね?」
「あぁ、言った」
「じゃあ違うって何よ。何が違うの?」
「不参加ってのは、今回お前らが誘った奴ら全員ってこと」
目の前の男の言っていることが分からなかった。きっと隣の望愛も同じように、眉間にしわを寄せているだろう。
「……何の冗談かしら。全員不参加って」
「嘘だと思うなら、全員に聞いてみれば?」
「……そんなことしなくても」
そう言って、望愛は黙った。おそらく能力を使って、彼が嘘をついているかどうかを見極めているのだろう。
「……望愛?」
「……嘘、でしょ」
望愛の声が震えている。
「嘘……そんなこと……」
「どうかした? 俺、嘘ついてるように見える?」
「望愛? いったい――」
「ありえないわ。…………ありえない……そんな、こんな時に……」
「頭のいい君なら、もうわかってんだろ? 俺の正体」
そう言ってニヤリと笑う男。
男の口ぶりに、渚も最悪の想定を思いついた。
「まさか……」
「本当に、どうして今頃……ハヤブサが」
呟くような望愛の言葉に、男はさらに笑みを深めた。
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