結構前日①


 決行日前日――。



 渚は朝早くから今泉の喫茶店へとやってきていた。待ち合わせの時間まで30分以上もあるが、なんとなく家にいると落ち着かなかったのでさっさと出てきたのだ。


 コトリ。


 目の前に冷たく冷えているお茶が出された。

「これ飲んで、リラックスしておきなよ」

「……ありがとうございます、今泉さん」

 今泉の好意に甘え、素直に出されたお茶を飲む。自覚がなかったが、思いのほか喉が渇いていたようだ。一気にお茶を飲み干してしまった。


 緊張しないはずがない。今から自分は、能力者たちの未来を、能力者たちの在り方を変えるかもしれないのだ。実感など湧きもしないが、ふと冷静になった時これはすごいことなんだと体が震える。


「あら、渚。おはよう。早いのね」


 一人思案にふけっていると、カランカランと来客を告げるベルとともに望愛、翔悟、直人が入ってきた。

「おはよう。……みんな、早いね」

「渚くんこそ。まだ来てないと思った」

「うん……落ち着かなくて」

「まぁ分からなくもないかな。俺もあんまり寝られなかったし」

 何て他愛ない話から入っていったが、みんな近くのテーブルに着くと、すぐに話し合いに取り掛かった。


 午前中は主に、必要な書類や参加人数の名簿の整理、明日の動く人の配置、スケジュールの確認を重点的に行った。それだけでもかなりの時間がかかり、あらかた確認終わった頃には11時になろうとしていた。

 これが終わり次第、実際現地に赴き最終確認をすることになっている。


「結構かかったわね……。お昼食べたら出ましょうか」

 望愛の言葉にみんなうなずく。いつもはここで疲れた、など愚痴をこぼす直人も今日はどこか緊張した面持ちだ。


 今泉さんが作ってくれた昼飯を食べる。いつもなら世間話や学校での話で盛り上がるのに、今日ばかりはみんなご飯を食べることに集中して静かだ。きっと思い思いに、明日のことについて考えているのだろう。


 食べ終わると、午前中に広げた書類などを各々片付けながら、これからの予定について話していく。

「午後は二人一組で回りましょ。私と渚、翔悟と直人でいいかしら?」

「うん、それがいいかな。俺たちがルートAでいい?」

「大丈夫よ。これからならどのくらいかかるかしら……」

「大雑把に決めて、臨機応変に対応しよう。一応16時に議事堂側の駅前でいい?」

「分かったわ」


 トントンと話が進み、先に直人と翔悟が店を出た。

「望愛、僕たちは……」

「これから官邸前まで歩くわ。1時間前後は歩くことになるわ。声かけもあるし」

「声かけ?」

「そう。この前参加を承諾してくれた人たちがいるでしょう? 会える人たちだけでも会って事前確認することになってるの。6人くらいだから、そんなにかからないはずよ。さ、行きましょうか」

 スタスタと店を出ていく望愛の後を渚もすぐについて行く。


 店を出ると朝来たときとは一変、重く黒々とした雲が太陽を覆い隠していた。

「雨降りそう」

「傘なんてわよ……。明日は晴れるといいんだけど」

 いつ降りだしてもおかしくない天気に、思わず望愛も顔をしかめる。

「降られたら嫌だわ。急いで行きましょう」




 喫茶店を出た後、望愛と渚は順調に目的地に進んで……はいなかった。

 途中途中、望愛の言っていた参加者たちと落ち合いながら確認をしていったのだが、その相手がまた大変だった。急遽友だちも参加できるかと聞かれたり、どうしても外せない用事ができて明日キャンセルを……と言う人たちの対応に苦戦した。

 増える分にはまだいい。だがキャンセルを申し立てた人たちには、申し訳ないがそのままほかの誰かに口外されては困るため、記憶を消したり操作できる人を呼んで明日の計画について忘れてもらわなければならない。その相手を一つ一つしていると、かなりの時間を割いてしまう。結果、六人ほど会っただけなのに、官邸前に着いたのは喫茶店を出てから約3時間後。

 望愛と渚は主に精神的に疲れていた。


「マジでもうなんなの……こうなるんだったら記憶操作の人たち、あらかじめ呼んでおけばよかった」

 思わずこぼした望愛の言葉に渚も力なくうなずく。

「直人と翔悟たちと合流……できそう?」

「そうね……向こうにも確認してみるわ」

 そう言って望愛は渚から少し離れ電話をかけ始めた。すると渚の携帯に着信があった。長さからしてメールだろう。


 誰だろう。自慢じゃないが、渚の交友関係はかなり狭い。知っているアドレスは数えられる程度だが、今までメールなんて望愛や直人たち嵐のメンバーからしか来たことはない。疑問に思いながらメールを開くと、それは知らないアドレスからだった。件名に「pick you up」と書かれてあるだけで、本文には何も書かれてはいなかった。身に覚えのないメールに首をかしげていると、電話を終えた望愛が戻ってきた。


「……渚、どうかした?」

「あ、ううん。何でもない。そっちはどう?」

「どうやら向こうも同じ状況みたい。まだここにすら来れてないって」

「うわぁ……あっちも大変なんだ」

「みたいね。どうもこっち来るまでもう少しかかるみたいなの。だから、少し休憩したら私たちでここ近辺まわって、近くの駅で落ち合うことにしたわ」


 近くのコンビニでひと休憩入れた後、周辺をまわって最終確認をした。確認後、2人は直人と翔悟と落ち合うべく、官邸前を後にした。

「ねぇ、どこで会うの?」

「ん? あぁ、溜池山王の改札前……って言って分かるかしら」

「えっと……近くの駅?」

「そう。そこに行くわよ」

 未だに近場の地理が曖昧の渚は、駅名だと分かってもまだ一人でそこにたどり着ける自信がない。

「いい加減、覚えないと……」

「ふふ、頑張りなさいよ」

 駅までの道は特にないので、望愛と他愛ない話をしながら、渚にとっては見知らぬ道を歩く。

 しばらく歩き、ちょうど何度目かの角を曲がったところで、視界の前方に目的の駅が見えてきた。

 その時。


「ちょっといいすか?」

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