心の内
皆が次々と喫茶店を後にする中、最後まで残っているのは渚たち嵐4人。ひとまず話し合いが終わったことに安堵している中、望愛はひとり難しい顔をしていた。
「……俺らも帰ろうか」
翔悟の言葉に各々がうなずく。今泉に今日の礼を言い、喫茶店を出た。
「渚、確か途中まで同じ道だよな? 一緒に帰ろう」
「私、ちょっと寄り道していく。先に帰ってていいわよ」
そう言うと、望愛はひとり帰路とは正反対の方へと歩いて行った。いつもと様子が違う望愛を心配そうに見ている渚は、どうしようというまなざしで直人と翔悟を見る。だが2人は特に心配そうでもなく、どちらかといえばまたか、とでも言いたげな表情をしている。
「あの……いいの? 望愛」
「放っておいて大丈夫。どうせいつもの所だろうし」
「熱冷ましに行っただけだから。しばらくしたらいつもの望愛に戻るさ」
そうは言うものの、渚は今すごく彼女に聞きたいことがある。それになんだか渚は放ってはおけなかった。
「……ねぇ、望愛がどこに向かったか、教えてくれない?」
2人には止められたが、どうしてもというと案外あっさりと行先を教えてくれた。ここの地理には詳しくない渚は、何度か携帯の地図を確認しながら望愛の姿を探す。
しばらく歩くと大きな川が見えてきて、それに沿う形で土手を歩く。すると高架下に望愛の姿を認めた。彼女は地べたに座り、じぃっと川面を見ていた。
渚が近くまで歩いて行くと、一瞬ちらりと視線をよこしたが、すぐに水面へ戻った。渚は少し離れて望愛の隣に座る。
しばらくお互い、何も話さない時間を過ごした。
「直人と翔悟に言われなかった? 放っておけばって」
どのくらいたった頃か、ぽつり、望愛がつぶやいた。
「……言われた。でも僕は望愛に話したいことも聞きたいこともいっぱいあったから」
「話したいことも聞きたいことも、後でだっていいはずでしょ。口実にしか聞こえないわ」
「うん。そうかもしれない。けど……なんか望愛を放っておけなくて」
そう言うと、望愛は深い深いため息をついた。
「渚、あなたって相当なおせっかいなのね」
「自分じゃわからないけど、そうなのかな」
「そうよ。私が断定する」
くすりと望愛が笑う。少し、空気が穏やかになった気がした。
またしばらく2人の間に沈黙が走る。けれど、先ほどより気が楽だ。
「……いつもあんな感じなの? その、話し合い、っていうか会議」
そうっと望愛に話しかける。望愛もだいぶ落ち着いてきたから、いつも通りに返事をしてくれた。
「いつもって言われれば……そうね。結構な頻度で私が突っかかっていくわね」
「他のみんなは慣れてるのかな。僕みたいにびくびくしてなかったから」
「あら、びくびくしてたの? そんな風には見えなかったけど」
「してたよ。しかも途中、声が聞こえてきたときは、思わず望愛に聞こえてるんじゃないかって……」
「へぇ……その声は何を言っていたのかしら?」
ニヤリと問われ、渚はあっと気づいた。能力によって聞こえた相手の心の声について、うっかり口にしてしまった。しかもその言葉は望愛に対してのものであった。話すべきかどうか逡巡していると、
「別に平気よ。さっきより苛ついてないし。むしろその人がなんて思ってたのか、気になるし」
まだ誰、とは言っていないが、どうやらその相手に心当たりがあるらしい。渚はその時の記憶を思い出しながら、ゆっくり言葉をつむぐ。
「……『ガキの分際で偉そうに』、『俺がリーダーだ。引っ込んでろ』、『泣いて助けを乞うのが関の山さ』……とか」
「…………」
「あ、意図的に聞いたとかじゃなくて! 向こうの思念が強かったのか、勝手に聞こえてきて……だからわざと聞いたとかじゃなくて……」
「大丈夫、渚はそんなことしないってわかってる。……なるほどねぇ、そんなこと思ってたのねぇ。まぁ態度や表情で分かってはいたけれど」
怒りを抑えようとして笑おうとしているようだが、その笑いが歪で逆に恐ろしさを感じる。
「の、望愛……」
「大丈夫、大丈夫よ、渚。私は別にそいつのこと糞野郎くらいにしか思ってないから」
「顔恐いよ、望愛……」
その後、望愛の怒りがおさまるまで、しばし時間を要した。
平静を取り戻した望愛は、また川面に視線を戻す。渚もつられて川面を眺める。穏やかに流れる水が、時折吹く風に下流へと急き立てられている。
「……望愛、聞きたいことがあるんだけど」
少しして、「いいわよ」と返事があった。
「えっと、聞きたいことはいっぱいあるんだけど……その、さっきの話し合いで言ってた「ハヤブサ」について。僕、何も知らないから」
あの場でその言葉が出た瞬間、理解していないのは渚だけなんだと雰囲気で感じ取っていた。
「普通に暮らしてたら知らなくて当然よ。たとえ能力者であってもね。知ってるとしたら、私たちみたいな、集団作って改革でもしようと目論んでるような奴らよ」
「直人にはさっき、簡単には教えてもらったんだ。政府の組織の中に組する能力者集団のことだって」
「そうよ。その認識であってるわ」
「でもさ……おかしくない?」
渚の疑問に、望愛はどこかおもしろそうに視線をやる。
「政府としては、能力者……僕たちみたいなのはいないほうがいいんだよね? なのに、どうしてその政府が能力者集団を作ってるんだろう。それってちょっとおかしい気がするんだ」
「……渚の言いたいことは分かるわ。私もそう思ってるもの。いえ、ハヤブサの名を知るものなら誰しも疑問を思うはずよ。矛盾してはいないかって」
「そうなると、政府は存在自体は認めてるってことになるよね」
「そうね、いないほうがいいとか言ってるくせに、自らの手駒にしてるんだもの。矛盾してるわ。
……おそらくだけどね、能力者には同じ能力者同士でぶつからせるのがいいんじゃないかって思っているんじゃないかって考えるの。能力者と言ってもできることなんてたかが知れてるし、それさえ除けばただの一般人と変わりないわ。かといって、人によっては危険な能力もある。そんな彼ら相手に一般人を当たらせるわけにもいかない」
「それは、そうだけど……でも、そのハヤブサって望愛たちからしてみれば敵、なんでしょ? それに全員が全員同じ考えだなんて思ってないけど、政府は明らかに能力者を嫌ってるのに何で……」
「……ねぇ、渚。渚は私たち能力者について、どのくらい知ってる?」
唐突に話題が変わり、渚は一瞬反応に遅れた。
「どのくらいって……世間一般に知られてることくらいしか僕も知らないよ」
現在、世界中に70万人近くはいると言われている能力者。世界各国でその能力者についての研究がなされるようになってきたのはつい最近のこと。しかし、能力者の能力、その発生条件など、詳しいことはいまだ分かっていないのだ。
「それに日本は他の国より、能力者についての研究はされてないはずだよね? だから僕らが知ってることも少なくて、他国からも情報が入ってこない」
「そう。それが一般的に言われてることね。でもね、一方でこんな話を聞いたことがあるの」
政府が秘密裏に、組織を作って、能力者の研究を行っている。
渚はその情報に驚きを隠せない。そんな彼をよそに、望愛は話を続ける。
「これはとある筋から聞いた話。もちろん、確証があるわけじゃないのよ。けど、そんな話がどこからとなくあるの」
「……でももしあるとして、政府にメリットあるかな? そりゃあ、知識として手元に置いておきたいのは分かるけど、メディアでも大々的に否定してるんだよ? なのに世間にこのことが知れたら、批判されるよね」
「そうね、ありえるわ。でも考えてみて。彼らは私たち能力者がいない国にしようとしている。けれどその相手は一般人にできるとも思えない。そしたら……」
「同じ能力者に任せればいい」
「そう。でも任せるにしても、そこら辺の能力者に声をかけたところで、はい分かりました、なんてならない。私たちみたいな革命派なんてわずかだし、多くが一般人と同じように平々凡々と暮らしていたいと思ってる人たち。たとえ政府からの頼みであったとしても、そんな簡単にはいかないでしょ」
「待って。だとしたら、ハヤブサなんて組織、そもそもできないんじゃないかな?」
「いいえ、できるわ。政府の中だけで回るのなら」
そこで渚ははっと気づく。
「それって……」
「実際に能力者が名乗りを上げるようになってきて約100年。だいたい私たちの親、そして親の親世代から、公になってきてるわ。そのくらいの年代、能力者であっても政府機関で働いている人はいるはずよ。別に申請する必要もないし、見た目だけじゃわからないもの。そこから吸収し、自分たちの子へと継がせていけば? 不可能じゃないわ」
望愛のその考えは、今まで聞いたどの議論より一番的を得ているように感じた。あらためて望愛の頭の良さに感心させられる。
「まぁ、全部私の憶測にすぎないけどね。でももしこれに裏付けが取れるとしたら、一気に私たち側に優勢な状況になると思う」
「そうだね。でも……それってかなり難しいよね?」
「そうね。一番手っ取り早いのは、ハヤブサの誰かと接触できて、そのあたりについて聞くことができたらいいんだけど……」
「望愛、それは」
「分かってるわよ。下手したらこっちがつかまって不利になる。よほどの運が無いと無理よ。ひとまずは目先にあることから。今回の計画が無事成功しないとはじまらないわ」
2人が一息ついたころには、辺りはオレンジ色に染められ、東の空は夜の色に染まりつつあった。
「ずいぶんと話し込んじゃったわね」
望愛が立ち上がったので、渚もならう。数時間前より、はるかにすっきりした表情の望愛を見て幾分か安心した。
「ありがとう渚。いつもよりすっきりしたわ。私だけベラベラしゃべっちゃってたけど」
「ううん、僕もいろいろ知れたし。お互いさま」
「そろそろ帰りましょ。そして計画について改めて翔悟たちと考え直してみるわ。あいつらがいなくても大丈夫だってこと、見せつけてやる」
燃える望愛に渚もうなずく。
「渚、改めてお願いするわ。手伝ってちょうだい」
差し出された手を、渚はもう一度うなずいて握り返す。
自信ありげな表情の望愛を見て、渚も自然と笑顔になった。
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