2-2

 土曜日、正午過ぎ。

 事前に直人と待ち合わせの約束をしていた渚が、その場所に行くと、右頬に白いガーゼを当てた直人が携帯片手に立っていた。

「……直人」

「あ、渚。おはよ……てかもう昼か」

「あのさ……それ、どうしたの?」

 右頬を指さして訪ねる。直人は苦笑しながら「ひっかかれた」とつぶやいた。

「直人、なんか動物飼ってるの?」

「あーいや……まぁ、飼ってはいるか。渚も知ってるおっかない奴」

 意味深な言葉を発し、直人は歩き出した。よくわかっていない渚も、とりあえず彼について行くことにした。

 例の喫茶店までの道中、渚は今日どんな人たちが来るのかを尋ねた。

「望愛からどのくらい聞いてるか分かんねぇけど、今日は都内から俺ら含め5つ。1つは俺らと同じ学生中心の『クリムゾン』。2つ目は都内の西側中心に動いてる『鴉』。3つ目は都内中心の『ハッカ』。4つ目が『能力者改善委員会』。改善委員会は大人たちが中心となってて、俺らをまとめてくれてる感じ。んで、5つ目が俺ら『嵐』」

「組織の名前……」

 なかなかに個性的なグループ名が連なり、渚は嵐でよかったかもと内心思った。直人も同じように思っていたのか、渚の反応を見て苦笑していた。

 他愛ない話をしながら歩いていると、あっという間に、先日望愛とともに来た喫茶店についた。外のドアにcloseのプレートが下がっており、その下に手書きで書かれた「本日貸し切り」の紙が貼られてあった。直人はドアをノックし、返事を待たずしてすぐにドアを開けた。

 先に視界に入ってきたのは、ドアを開けようとしていたのだろうか。店長の今泉が変な格好のまま突っ立っていた。

「今泉さん……なにしてんすか」

「いやいや。普通ノックされたらこっちから開けるでしょ。何返事待たずに開けてるの。ノックの意味ないからね!?」

「あー……以後気を付けます」

 棒読みに近い直人の言葉に、今泉はため息をこぼした。そして直人の後ろにいる渚に気づくと、笑顔で挨拶をする。渚もぺこりと返した。

「直人、渚くん。こっち」

 翔悟の声が聞こえ、店の奥の方に姿が見えた。もちろんその隣には望愛の姿もあるのだが……。

「ねぇ、直人。もしかして望愛、機嫌悪い?」

「もしかしなくても見たまんまだ。あんまり刺激しないほうがいいぞ」

 小声で話す2人を望愛がじろりとにらむ。少し離れているので会話の内容など聞こえていないだろうが、その眼光は2人にしかと届いた。渚と直人は、そんな視線をなかったことにし、望愛と翔悟がいる近くへと移動する。

「遅れました。これでそろいました」

 翔悟がそう言うと、もう集まっていたのか、中央の机を囲むように5つのグループに2、3人ずつまとまっていた。おそらく今日集まる予定のグループたちだろう。

 渚たちの左側にいる人たちは、どこかの学校の制服を着ている。どうやら見た目からして高校生あたりだろう。そして右側に座る人たちは、渚たちより年上のように感じる。他の人たちよりも年齢が上そうだし、なにより雰囲気からしてどうやら先ほど直人が話していたグループの中で、中心的になって動いているところのようだ。

「じゃ、さっそく本題に入って――」

「その前に、昨夜のメールの件について聞きたいっすね」

 全員の視線が、渚たちの右隣の人たちへと向けられた。視線を受けている人たちは、臆せず、ただ中央の机を見つめているようだった。

 渚はそのメールの件について知らない。それ以外の人たちは、どうやらすでに知っているようだ。今この雰囲気で尋ねずらいので、渚は黙って周囲の話に耳を傾ける。

「昨夜のメール、どういう意味っすか?」

「どういう意味かと? 文面通りの意味だ。我々はそう決断した」

「決断って、計画やめるってことですか?」

 望愛が不機嫌さを隠そうとせず言葉をはさむ。

「なぜですか。計画を早めようと決めたのも、そちらじゃないですか。なのに、いざ決行目前でやめるだなんて。怖気ついちゃったんですか」

「まさか。現状を分析して下したのだ。今、私たちが抗議を起こしたところで、うまくいく保証がないからだ」

「そりゃあ、すぐにうまくいくだなんて誰も思っていませんよ。1つずつ積み上げていくからこそ、意味があるって。以前そう話し合いましたよね? ならその1つを積み上げず、諦める理由が分からない。怖気ついたとしか考えられないですね」

「お前たちがどう思おうが構わん。なんならこのまま私たち委員会メンバーは、この件から一切手を引いてもいいとさえ考えている」

「なんでそうなるんですか……!」

 今にもつかみかかるんではないかという雰囲気の望愛とは対照的に、能力者改善委員会の代表らしき男性はただ静かに言葉を発している。

 そんな中で、渚たちの左側にいる少年が手を上げる。

「実際はさ、あれっすか? 政府側の能力者が、革命派の能力者たちを制圧していってるっていううわさが出てるからっすかね」

「……ハヤブサ、のことかな」

 翔悟がぽつりとつぶやく。そしてその言葉に、この場にいるほとんどの人が険しい表情になった。

「噂にすぎないんでしょ。実際、その人たちに遭遇したとか、いるって確実な証拠もあるわけじゃないし」

「そうだ。それに今日の議題は計画の確認や実行時期についてだ。論点ずれてる」

 先ほどからほとんど口を挟まなかった、渚たちの机をはさんで正面に座る女子が口をはさんだ。

「……そうだね。今日は計画実行のための話し合いだし」

 翔悟も同意をするようにうなずく。

「だから! 話し合うにしても、委員会がやめると言ってるのよ! このまま私たちだけで実行に移すことができるわけ!?」

 まるで食って掛かるかのように望愛が言う。

 その横で、委員会の人たちと思われる人たちが立ち上がる。

「話し途中っすよ?」

「我々は中止すると言った。それが呑めないというなら、お前たちだけでやるといい。ただし、委員会は今回の件からは外れるとする」

「完全に丸投げなんっすか? 助言くらいならできると思うんすけど」

「そうれとももう完全に私たちに関わる意思がないんじゃないんですかね」

「望愛、さすがに言いすぎ」

「なんと言われようが思われようが、我々は一向にかまわん。ただし、今回は参加しないぞ」

 そう言い残し、彼らは喫茶店を出ていった。

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