勧誘①


 2日後の土曜日。渚は直人との待ち合わせ場所にいた。直人の姿はまだない。

 一昨日の放課後の出来事が夢だったのでは疑いたくなるくらい、昨日は何ら変哲のない時間を過ごした。実際に夢じゃなかったのだと感じたのは、昨日の夜、望愛から今日の時間の指定があった時だ。



「渚ー!」

 しばらくして、直人の姿が見えた。

「渚、早いな。待ってたか?」

「いや、そんなに待ってない」

「待ってんじゃん」と直人は笑う。

 そして直人を先頭に、2人は別の場所へと移動する。


「望愛、大変そうだね。土曜日なのに学校行かないといけないなんて」

「さすが、特進って感じだな」


 他愛ない話をしながら、直人の後をついて歩くこと数十分。まだこの土地に来て時間がたっていないため、土地勘というものが全くない渚は、きょろきょろと興味深そうに見ながら歩く。そして直人が一度立ち止まったのは、よくわからない場所の住宅街の中。

 渚は、どこかたまり場のような大きな場所に連れていかれるのかと思っていたため、正直拍子抜けしていた。


「直人……ここ、どこ?」

「あ? あぁ、渚まだこっちのことわかんないか。ここは……まぁ、俺の家の近く。ここらで望愛と合流する予定なんだけど……」


 近くに望愛がいる感じはしない。2人して周囲を見回し、望愛がいないか探す。すると短い着信音が聞こえ、直人が携帯を取り出す。メールのようで、読み終えるとすぐ歩き出した。どこに行くともいわずに歩き出してしまったので、渚は少し遅れて直人の後をついて行った。


 そして2、3分歩いたところで、一軒の家の前でとまった。


 ちらり、表札を見て気づく。

「……望愛の家?」

 その表札には「安城」と書かれていた。渚が知っている人の中で、その名字の者はひとりしか知らない。

「そ、望愛の家。ちなみに俺の家はあそこ。ベランダにパラソル置いてある家」

 直人の指さす方角に、その家は見えた。

「待ち合わせ、さっきの場所じゃなかったの?」

「そのはずなんだけど、さっきのメールに『家来い』って。場所変わったのかもな」


 そんなこんなで話をしていると、ガチャリとドアの開く音がした。

「ごめんなさい。待たせたわね」

 いつもと変わらない、制服姿の望愛の姿があった。

「お前、着替えてねぇの?」

「着替えてないわよ。メール送ってから家着いたんだもの。時間ないわ」

 そう言って望愛はさっき2人が通ってきた道の反対側に向かって歩く。

「おい、どこ行くんだよ」

翔悟しょうごの家のほう。連絡来てない? 翔悟、予定空いたから自分も渚に会いたいって」

「マジかよ……」

 隣で直人がなんで俺にだけ連絡ないのかとぼやいている。渚は、その翔悟という人は誰なのかと疑問に思った。

「渚、これからちょっと隣町までバスで行くけど大丈夫かしら」

「あ、うん。大丈夫」

 その返事を聞いて、望愛は先導するように歩く。

 翔悟という人物について尋ねてみようかとも思ったが、もう少しでその人物には会えるのだと思い、目的地に着くまで我慢してようと思った。




 近くのバス停に着き、そんなに待つことなくバスに乗ることができた。そしてバスに揺れらること約40分。

 3人は緑が茂る公園前に降りた。


「家まで行くのか?」

 先ほどまで異様に静かだった直人が尋ねる。

「迎えに来てくれるみたい。多分いつもの公園だと思う。さっきメールしたから、そろそろ来ると思うわ」

 きょろきょろと辺りを見回す望愛の視線を一緒に追っていると、道路を挟んで奥の歩道から、こちらに歩いてくる人影が見えた。


「翔悟ー!」


 どうやら直人も視認したようで、その人物に向かい大きく手を振る。向こうの人影もそれに応えるのが見えた。


 車の往来が途切れたころを見計らい、彼は3人と合流した。


「はじめまして。君が渚くん? 俺は三谷翔悟みやしょうご。望愛と直人の幼馴染だ」


 どちらかというと望愛寄りの、知的そうな雰囲気の人だ。渚も自己紹介をして一息ついたところで、彼が来ている制服が全国的にも割と有名な進学校のものだと気づく。

「頭、いいんだ」

 ぽつり、思ったことが口を告いで出た瞬間、ちょっと失礼だったかと思う。けれど翔悟は笑っていて、気にした風もない。

「望愛のほうが実はできるよ」

「私じゃ翔悟の高校は難しいわよ」

「よく言うよ。そっちの特進科も割と難易度高いくせに。そのくせ首席だって聞いた。まあ、直人よりできるとは断言できる」

「俺と比べんじゃねぇよ」


 3人が会話しているのを目の当たりにし、どれだけ仲が良いのかがよくわかった。そして、楽しそうに話す3人の会話を聞いて、渚は少しだけ、羨ましいと思ってしまった。

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