1-6
2日後の土曜日。渚は直人との待ち合わせ場所にいた。直人の姿はまだない。
一昨日の放課後の出来事が夢だったのでは疑いたくなるくらい、昨日は何ら変哲のない時間を過ごした。実際に夢じゃなかったと感じたのは、昨日の夜、望愛から今日の時間の指定があった時だ。
「渚ー!」
しばらくして、直人の姿が見えた。
「渚、早いな。待ってたか?」
「いや、そんなに待ってない」
「でも待ってたじゃん」と直人は笑う。
そして渚は直人を先頭に別の場所へと移動する。
「望愛、大変そうだね。土曜日なのに学校行かないといけないなんて」
「さすが、特進って感じだな」
他愛ない話をしながら、直人の後をついて歩くこと数十分。まだ、この土地に来て時間がたっていないため、土地勘というものが全くない渚は、きょろきょろと興味深そうに見ながら歩く。そして、直人が一度立ち止まったのは、よくわからない場所の住宅街の中。
渚は、どこかたまり場のような大きな場所に連れていかれるのかと内心思っていたため、正直拍子抜けしていた。
「直人……ここ、どこ?」
「あ? あぁ、渚まだこっちのことわかんないか。ここは……まぁ、俺の家の近く。ここらで望愛と合流する予定なんだけど……」
近くに望愛がいる感じがしない。2人して周囲を見回し、望愛がいないか探す。すると短い着信音が聞こえ、直人が携帯を取り出す。メールのようで、読み終えるとすぐ歩き出した。どこに行くともいわずに歩き出してしまったので、渚は少し遅れて直人の後をついて行った。
そして2、3分歩いたところで、一軒の家の前でとまった。
ちらり、表札を見て気づく。
「……望愛の家?」
その表札には「安城」と書かれていた。渚が知っている人の中で、その名字の者はひとりしか知らない。
「そ。望愛の家。ちなみに、俺の家はあそこ。ベランダにパラソル置いてある家」
直人の指さす方角に、その家は見えた。
「待ち合わせ、さっきの場所じゃなかったの?」
「そのはずなんだけど、さっきのメールに『家来い』って。場所変わったのかもな」
そんなこんなで話をしていると、ガチャリとドアの開く音がした。
「ごめんなさい。待たせたわね」
いつもと変わらない、制服姿の望愛の姿があった。
「お前、着替えてねぇの?」
「着替えてないわよ。メール送ってから家着いたんだもの。時間ないわ」
そう言って望愛はさっき2人が通ってきた道の反対側に向かって歩く。
「おい、どこ行くんだよ」
「
「マジかよ……」
隣で直人がなんで俺にだけ連絡ないのかとぼやいている。渚は、その翔悟という人は誰なのかと疑問に思った。
「渚、これからちょっと隣町までバスで行くけど大丈夫かしら」
「あ、うん。大丈夫」
その返事を聞いて、望愛は先導するように歩く。
翔悟について尋ねてみようかとも思ったが、もう少しでその人物には会えるのだと思い、目的地に着くまで我慢してようと思った。
近くのバス停に着き、そんなに待つことなくバスに乗ることができた。そして、バスに揺れらること約40分。
3人は緑が茂る公園前に降りた。
「家まで行くのか?」
先ほどまで異様に静かだった直人が尋ねる。
「迎えに来てくれるみたい。たぶんいつもの公園ね。さっきメールしたから、そろそろ来ると思うわ」
きょろきょろと辺りを見回す望愛の視線を一緒に追っていると、道路を挟んで奥の歩道から、こちらに歩いてくる人影が見えた。
「翔悟ー!」
どうやら直人も視認したようで、その人物に向かい大きく手を振る。向こうの人影もそれに応えるのが見えた。
車の往来が途切れたころを見計らい、彼は3人と合流した。
「はじめまして。君が渚くん? 俺は
どちらかというと望愛よりの、少し知的そうな雰囲気の人だ。渚も自己紹介をし、一息ついたところで、彼が来ている制服が全国的にも割と有名な進学校のものだと気づく。
「頭、いいんだ」
ぽつり、思ったことが口を告いで出た瞬間、ちょっと失礼だったかと思う。けれど翔悟は笑っていて、気にした風もない。
「望愛のほうが実はできるよ」
「私じゃ翔悟の高校は難しいわよ」
「よく言うよ。そっちの特進科も割と難易度高いくせに。そのくせ首席だって聞いた。ま、直人よりできるとは断言できる」
「俺と比べんじゃねぇよ」
3人が会話しているのを目の当たりにし、どれだけ仲が良いのかがよくわかった。そして、楽しそうに話す3人の会話を聞いて、渚は少しだけ、羨ましいと思ってしまった。
「突っ立てるのもあれだから、とりあえず座ろうか」
翔悟の提案により、公園内の屋根付きベンチへと移動した。
腰を落ち着けてすぐ、本題へと入った。
「改めて紹介するね。嵐のリーダー、三谷翔悟だ」
「同じく、副リーダーの安城望愛」
「同じく、高浜直人」
彼らの紹介を聞き、渚は正直驚いていた。望愛や直人も、それなりの立場だとは薄々察してはいたが、まさかそこまで組織の中心にいるとは思わなかったのだ。
渚も改めて形だけ自己紹介をした。
「学校であったことは聞いた。災難だったとしか言えないな。立ち会うなんて運が悪かったね。嵐の……組織の大雑把なところは望愛や直人から聞いてるんだっけ」
「……ある程度は」
「じゃあ、それを踏まえて改めて聞く。渚くん、嵐に入る気はない?」
一瞬、まだ少し冷たさを残す風が、少し雑に髪をさらった。
少しおいて、渚は尋ねる。
「嵐の、君たちの目的って……何なの?」
その問いに、翔悟は柔らかく微笑む。
「簡単……というか、目的自体は単純だ。能力者中心の世に変えること」
とても大きなことのように感じるが、彼はそれを何でもないというように言い切る。その姿に渚は少し目を細めた。
「それって……国自体を変えるってこと?」
「最終的にはそうなるかな」
「ずいぶんと大きなことのような気がするんだけど……」
純粋な渚の疑問に、望愛はそうと肯定した。
「私たちがやろうとしていることは、最終的には国をも動かす大きなこととなるわ。でもね、渚。考えてみて。私たちのような、能力者がいるということを」
ずいと、望愛が身を乗り出す。
「今じゃ、能力者は千人に1人はいると言われているのよ。日本で例えるなら、およそ7割の人間が何かしらの能力≪ちから≫を持っていることになるわ。そのくらい、今や能力者の割合って増えているの。
それなのに、国はどうして能力者に対する政策を行っていないのか。……いいえ、やっていないわけじゃないわ。排除、それを国はやろうとしている。なんで私たちを認めないのかしら? 能力者がいることで世の中うまく回ることもあるわ。もちろん、それによるデメリットも。それならば、能力者たちに枷をつければいい。法を定めればいい。
なぜ、それらをしようとしないの。なぜ、いる者たちをいないと思い込むのか。結局は国にとってマイナスとなるものを、不利益だと感じるものはいらないってことなのよ。それって、おかしいことじゃない?
知ってる? 政府の人間の中にも能力者が数人いるのよ。それなのになぜ、彼らは自らの能力を否定するの? おかしいわ。今の世の中、おかしいことばかり」
ずいぶんと熱く語っていたからか、気づいた望愛は一度大きく深呼吸をした。
「……ごめんなさい。翔悟が話してたのに横から入っちゃったわ」
「いいよ。それに嵐ができた大元の経緯についてだって、望愛があらかた話してくれたし」
翔悟は改めて渚と向き合う。
「俺たちは、今の国の在り方に疑問を持ってるんだ。嵐はその考えや疑問を持った者たちの集まりだ。そして、他の……主に革命派と呼ばれている他組織と、国への能力者の容認及びその法改正など、能力者が住みやすい世の中にしようと考えている」
「どうだろう、渚。君もそれを手伝ってはくれないか?」
渚はしばらく彼らの話してくれた内容を自分の中で反すうしていた。能力者たちの置かれている現状、それに伴う国の対応……。確かに多くの能力者たちが一度は疑問に抱くことだ。
数分後、渚は3人を順次に見る。
「ひとつ、聞きたいことがあるけど……」
「何かな」
「その過程で、誰かを虐げたり、一般人を巻き込んだりっていうのはないよね」
「当たり前だ。嵐は一般人を巻き込まないことをルールに課しているし、自分たちの能力を誇示して、事故のためだけに使うことをしないと決めている。いかなる理由があろうとも」
もう一度、自分の中で考えを巡らせた後、渚は口を開いた。
「正直、僕は皆みたいにそこまで深く考えたことはない。今の話で、嵐が目指している方向は分かった。でも僕は、今の段階で君たちみたいにそう考えられるまでには至っていないと思う。けれど……皆が僕の能力を必要としてくれるなら。それに、実際に君たちを見て決めたい。自分がどうしたいのかを。だから――」
よろしくお願いします
そう言うと、3人の表情がふっと柔らかくなった。
「これからよろしく、渚くん」
差し出された手を握り返す。
「いや、なんか俺のほうが緊張してたわ」
「そういえば直人、ずっと静かだった」
「俺みたいなバカが口出すより、こいつらに任せた方がずっと話は進むだろ?」
「あら、バカなりに考えてたの?」
「自分でバカって認めてる辺り、バカだよな直人」
「……俺、けなされてない?」
先ほどの緊張感は抜け、和気藹々とした話になる。
「あ、あとさ、少し気になることが……」
「何かしら?」
「承諾しておいてなんだけど、どうして僕? 望愛は僕の能力は珍しいって言ってたけど……そんなに役に立つ能力じゃないわけだし……」
「どこがよ」
「どこがだよ」
望愛と直人の突っ込みがきれいにはもった。
「……あー、渚の能力便利そうじゃん。たとえスパイとか送り込まれても、見抜けそうだし」
「スパイって……。でも、前にも言ったけど、まだ自分でうまくコントロールできないところがあるんだよね……」
「なら特訓しましょう。自論だけど、能力はもともと自分の個性のひとつだもの。鍛えることができるわ。鍛え方によっては、とても便利になるのよ。私や直人のように」
「そんなに気負う必要はない。大丈夫だ。きっとこれからの計画は、渚くんの能力を加味した上で決めると思う。それくらい、渚くんの能力は役に立つんだ。じゃなきゃ、スカウトなんてしない」
三者三様で渚を励ます。その言葉を受け、渚も少し気が晴れこくりとうなずいた。
そんな彼らの頭上を、くるりと旋回するトンビ。3人以外に、彼だけがことのすべてをずっと見ていた。
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