「嵐」②


 一斉に声を発した人物を見た。

 3人分の視線を浴びた当の本人は、皆の気迫におされ思わず後ずさる。


「……渚。誰、泉浩二って」

「え、誰って……先輩の、大事な人?」

 渚は高良をちらりと見ながら曖昧に答えた。渚はその人のことを全く知らないが、直人のほうは心当たりがあったらしい。


「泉浩二……。あぁ、2か月くらい前に入った人か。望愛、覚えてねぇか?」

「……覚えてるわ、そのくらい」

 そう言って、望愛は高良へと視線を戻す。

「先輩、泉浩二って人から聞いたんですね」

「……」

「……なるほど。たとえばれたとしても、教えたくないんですね」

 望愛は小さく息をついた後、少し離れて誰かに電話をかけ始めた。


 渚は一部始終を見ていて、状況のすべてを把握したわけではない。けれど今この場で、自分が高良という人物を売ってしまった。そう感じずにはいられなかった。


「渚……なんか悪いな」

 直人が申し訳なさそうにそっとささやいた。本心は全然大丈夫ではなかったが、心配させまいと渚は大丈夫の意を込め首を振る。


「先輩」

 電話が終わったのだろう。望愛がこちらに戻ってきた。

「これからうちのメンバーが来ます。あなたは……すべてを忘れて、日常に戻ってください」

「忘れる……?」

 今まで黙っていた高良がつぶやく。

「そうです。今ここでのやり取り全部。あぁ、あと泉浩二って人と会って画策していた記憶も……ですかね。別に怖がることじゃないですよ。ただ日常に戻るだけ」

 淡々と告げる望愛に、高良は悔しそうな、哀しそうな表情になる。

「……今までもこうやって、関わってきた人たちの記憶を消してきたの?」

「そういう言い方は、こっちに非があるように聞こえますね。私たちは、ただ日常に戻してあげてるだけですよ。関わった記憶だけを消して」

「……そうやってあなたたちはこれからもやっていくんでしょうね」

「それが私たちのやり方だから。先輩もそれを知ってて来たんですよね。今更何を言うんですか」

 望愛がぴしゃりと言うと、それ以降高良は黙り込んでしまった。



 数分の沈黙が訪れた。けれどそれは長くは続かなかった。廊下の方から数人の足音が聞こえてきて、渚たちの教室の前でとまったからだ。


「お疲れさま。彼女、お願いします」

 望愛は今しがたやって来た2人の男に、短く頼む。あらかじめ内容を聞いていたのだろう。無駄な会話がなく、男2人は高良を連れて教室を出ていった。



 そして教室に残ったのは、渚と直人、望愛の3人。何とも言えない空気がその場に漂っていた。


「……どうすんだ?」

 意外にも、先に声を発したのは直人だった。その声は望愛に向けられている。

「どうするって?」

「渚だよ。不本意とはいえ、結構聞かれたぞ」

「そうね」

「どうすんだよ。まぁ、渚が不躾に誰かに話したり……とかはしないと思うけどさ」


 話の中心にいるであろう本人は、おとなしく2人のやり取りを聞いていた。

 渚は未だに実感は湧かないが、徐々に整理ができてきた。その上で、確認の意を込め尋ねてみる。


「二人は……能力者で、その……嵐っていう組織の人なんだ?」


 無言。何の反応も返っては来なかった。けれどこの場では、それが何よりの肯定であった。



 超能力。

 本来人間が持つはずのない、不可能を可能にすることができる能力ちから。今や人口の千人に一人は超能力者であると言われているこのご時世。

 世間では能力者がいるのが当たり前だと認識され始めてきている中で、反対にその存在を認めない者たちも大勢いる。その者たちに自分が能力者だと知られると、政府の人間たちが能力者を隔離するための施設に連れて行ってしまう。

 そんな彼らに対抗するかの如く、能力者の存在意義を掲げる組織がいたるところででき始めていた。


 嵐も例外ではない。嵐は関東の中では割と名のしれている、学生による能力者集団だ。

 そして能力者たちを中心とした生活を、世界をつくろうと目論む、革命派に属する組織としても知られている。関東地方に住む学生なら、能力者であろうとなかろうと、その名を知らぬ者はいないと言われるほど、有名な組織だ。むろん、渚も嵐という組織については、そこら辺の学生と変わらぬくらい知っていた。



 しかし、今この場で――しかも転校してきてまだ間もない間に、その嵐と関わることになるとは思ってもみなかった。


 渚はまじまじと二人を見つめる。そんな渚の反応に、直人は何とも言い難い表情で頭をかいた。望愛に至っては、逆に渚を注視している。

「……びっくりだ。こんな近くに、嵐の人がいるなんて」

「意外とそこら辺にいるわよ。それより、びっくりなのはこっちよ」

とさして驚いた様子も見せずに言う。


「渚、あなたもまさか能力者だなんて」

「……は?」

 望愛の言葉に遅れて直人が反応した。

「は……? 渚が、能力者?」

「……気づかなかったの? さっきの先輩とのやり取りで」

「いや、まさか能力だとは……」

「あの場で普通、見知らぬ人の名前をすぐに言えるわけないじゃない。しかも接点なんてないはずの人から。てか、そのあと確認しなかったの?」

「するかって。本人の許可取らないで、勝手に能力使ったことねぇよ……そんなには!」

 ガバッと渚に一気に詰め寄って、

「マジなのか!? 渚、能力者って!」

 ゆさゆさとゆさぶる直人の勢いに押され、渚はこくこくと揺れに合わせて首を縦に振る。

「なんだと……」

 衝撃の事実だったのか。直人はふらふらと渚から離れ、近くの椅子に座り込んだ。

「馬鹿ね」

 隣で望愛が呆れた顔をしている。


 直人の衝撃が少しおさまった頃、直人がそういえばという風に望愛に言う。

「能力者云々はひとまずさておき、渚の記憶も消さなきゃだよな? 巻き込んじまって悪かったけどさ、それとこれとはまた話が別だし」

「……そう。それなんだけどね」

 望愛は真面目な顔で渚に向き合う。


「渚、あなた、嵐に入らない?」

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