1-3

 放課後。

 SHLが終わって1時間近くがたった。教室には渚と直人以外人の姿はない。

「特進科ってこんな時間まで勉強してるんだ」

「本当、俺だったら無理だわ」

 世間話をしながら待っていると、突然教室のドアが開いた。望愛が来たのか。そう思ったが、そこにいたのは長い髪をひとつにまとめた見知らぬ女子だった。

「……誰?」

 渚はそっと直人に聞いてみたが、直人も分からないらしく首をかしげていた。

「あの、どうかしましたか?」

 その場に立ったままの女生徒に向かって、直人が投げかける。彼女はしばらく何かを考えるような素振りを見せていたが、意を決したのか、教室へと入ってくる。

「あの……間違ってたら申し訳ないんだけど、君、高浜直人くん?」

 不安そうに、けれどまっすぐ直人の顔を見ながら尋ねる彼女。直人は困ったように渚と顔を見合わせた。

「……俺ですけど。何か用ですか?」

 そう返事をすると、彼女はぱぁと表情を明るくした。

「私、普通科3年の高良こうら奈々ななって言います。あの、突然で申し訳ないんだけど……」


“嵐”に入れてくれませんか?


 “嵐”

 そのワードに直人が反応したのを、渚は横目でとらえた。

 直人はちらっと渚に目線を向けた後、険しい表情を高良に向ける。高良はそんな直人の視線に気づきながらも言葉をつづける。

「私、ずっと嵐に入りたいって思ってたんです。けれど、どうしたら入れるのか分からなくて。そんな時、嵐のメンバーだって人に、仲介役の高浜直人って人に頼めば入れる可能性があるって聞いて。話を聞いたら、同じ学校の人だって。2年の人にクラスを聞いて。まだ残っているとは思ってなかった……よかった。

 あの、お願いします! 私を嵐に入れて下さい!」

 

 まるで面接にでも来たかのような勢いで、彼女はすらすらと語った。一区切りついたところで、直人はため息交じりに息を吐く。

「とりあえず……先輩、今ここでその話はやめてくれませんか。関係ない奴もいるんです。それに他に聞いてる奴がいるかもしれない。なにより……こんな場所で話すようなものじゃないっすよね」

 口調は相手に言い聞かせるようなものだったが、視線は少々きついものだった。

 しかし高良はそんな視線など気づかず、少し焦った様子で直人に言う。

「私、ずっと嵐に入りたかったんです! 嵐の人たちの掲げる目標に共感して……。お願いします! 嵐に入れてください!」

 まっすぐに頭を下げる彼女を見ながら、直人は困ったというように頭をかく。実際、ものすごく困っていた。彼女の熱い弁に、彼女の願いに……ではない。関係のない人に聞かれてしまったということと、もう少しで来るであろう幼なじみに。

 直人はもう一度ため息をついた。

「……えっと高良、先輩? でしたっけ。ひとつ質問がある――」

「ごめんなさい。待たせたわね、渚」

 直人の言葉は、突如現れた望愛によってさえぎられた。

「……はぁ、来ちまった」

「は? どういうことよ直人」

 直人の小さなぼやきに反応した望愛は、そこで見知らぬ女子生徒がいることに気が付いた。

「あら、もしかしてお取込み中だった?」

「ある意味お取込み中で、お困り中」

「あらあら、それは大変ねぇ。私、邪魔しちゃったかしら。あ、渚。辞書ありがとう」

「あ、うん……」

 あまりにも場違いな空気に、高良も一瞬ぽかんとしてしまった。しかしすぐにはっと我に返り、直人に向き直る。

「あの、高浜くん。お願いします!」

「あ、だからその前に――」

「もしかして、告白の真っ最中だった?」

「ちょっ! 望愛、人がしゃべってんの邪魔すんなよ! てか、他人事みたいに……。お前だって無関係じゃねぇんだからな!」

「あら、この告白現場、私に関係があると?」

 直人はまた渚を見て一瞬口をつぐんだが、いまさらだと感じたのだろう。深い深いため息の後、望愛に告げる。

「この人――あ、3年の高良先輩って言うらしいけど。先輩、嵐に入りたいんだと」

「……へぇ、嵐に」

 さっきまでのふざけた雰囲気が一瞬にして消えた。望愛は目を細め高良を見る。渚も高良も、一気に変わった場の雰囲気に息をのんでいた。

 直人はいつもの調子で、先ほどまでの経緯を望愛に説明した。一通り聞き終えた望愛は、口を開く。

「先輩。ひとつ質問いいですか?」

「……な、何」

「直人が仲介役だって。そう先輩に教えた人の名前、教えてください」

「……それ、言う必要あるの?」

「あるから聞いてるんです。で、誰ですか?」

「…………嵐のメンバーよ」

「だから、そのメンバーの名前を聞いてるんですよ」

 そう言うと、高良は黙り込んでしまった。

 望愛は高良に少しずつ近づきながら続ける。

「言えませんか? そうですよね。知ってる人は属してなくても知ってることですから。嵐のメンバーが他者に内部情報を漏らすことは、ルールで禁止されてる。例外を除いて、はね。それ以外は罰則の対象だもの」

「……」

「じゃあ、これも知ってますよね。嵐はスカウト制ってこと。リーダー、副リーダー、もしくはリーダーに許可された数人しか、能力者をスカウトできない。自己推薦なんてやってない」

 そして高良の目の前に立ち、少し背の高い高良を見上げながら言う。

「そして私の記憶違いでなければですけど、先輩ってどこか別の組織に属してましたよね。どこでしたっけ?」

「そ、そこは……抜けてきたわ。嵐に入りたくてきたんだもの」

「本当ですか?」

 親しい友人にでも話しているような口調、調子のように見えるのに、高良は望愛の気迫に押されそうになる。

「先輩、本当ですか? 嘘……なんてついてませんよね?」

「ほ、本当よ! 本当に私は――」

「じゃあ、確かめていいですか?」

「……え?」

 望愛は意地悪く微笑む。

「嘘、ついてないんですよね。なら確かめてもいいですよね」

「た、確かめるなんて……。うそ発見器でもあるわけ?」

「ありますよ、ここに」

 そう言って望愛は自分自身を指さす。高良は意味が分からないという顔をしていた。

「あなたが……?」

「そうです。私がうそ発見器です」

「……嘘よ、それこそ」

「じゃあ、試してみましょうか?」

 望愛は改めて高良の目の前に立ち、彼女の目をじぃと見つめる。

「これから私の質問に正直に答えてください」

「……分かったわ」

「先輩、あなたは本当に嵐に入りたいと思っている」

「思っているわ」

 少しの間の後、望愛は軽くうなずき次の質問を投げる。

「あなたは他の組織に今も属している」

「いいえ、やめてきたわ」

「…………嘘ですね」

 ぴくり、高良の身体がわずかに反応した。

「いいえ、本当よ。嘘じゃ――」

「次。あなたは保守派の人間?」

「違うわ」

「あなたは誰かに命令されてここに来た?」

「私の意思よ」

「嘘。あなたは、あなたの属する組織の上……もしくは同士に言われてここに来た」

「違――」

「あなたの目的は?」

「も、目的なんて。ただ嵐に入りたくて――」

「違いますね。ま、大方外部組織が嵐を吸収したいから、内側にスパイでも送り込もうとか、組織構造を把握したいから、ってのが鉄板だけど」

「い、いい加減にしてよ!」

 高良が声を張り上げて望愛を睨む。

「全部でたらめよ! 第一根拠がないわ! 私が嘘をついてるなんて」

「えぇ、そうですよ。根拠はない。でも、先輩自身はわかっていますよね。私が嘘をついていないことくらい」

「――っ! そんなこと……嘘よ、全部……!」

「まぁでも、私の能力を知っていながらまじめに答えてくれるなんて、先輩って本当に素直なんですねぇ」

「……あなたの、能力?」

 高良はハトが豆鉄砲を食ったような顔をした。その表情に望愛は心底驚いたように言う。

「え、先輩。まさか今私がすべて適当に言ってよく当たったな……とか思ってませんよね?」

「……まさか」

「能力に決まってるじゃないですか! 私の能力……相手の嘘を見破る能力。聞いてなかったんですか? 直人のこと、教えてくれた人から」

 高良はまるで一気に気力が奪われたように、その場に座り込んだ。

「……私は、初めから信用されてなかったの?」

「さぁ、知りませんよ。伝え忘れた……は、ただの馬鹿か。もしくは知らなかった……。どちらにしろ、そんなのでよく嵐に手出そうと思ったわね」

 望愛は呆れたように息を吐き、近くのイスを引き寄せて座った。

「ま、どのみち先輩は不合格です。だって能力者じゃない。ね、直人」

「……あぁ。彼女は一般人だ」

「一般人が能力者の組織に入ろうだなんて。たとえ先輩が私たち能力者の味方だとしても、今足手まといはいらない」

 ぴしゃりと言い切った彼女の言葉に、高良は茫然とするしかなかった。様々な感情が入り乱れ、先ほどまでの意気込みなど嘘のように静かになった。

 そんな彼女の心境など関係なく、望愛は椅子から立ち上り、高良の近くにしゃがみこむ。

「ねぇ、先輩。教えてくださいよ。先輩に親切に教えてくれた、嵐のメンバーの名前。いったい誰ですか?」

「……」

「言いましたよね。嵐のことを他者に話すのは、例外を除いて禁じられています。ルールを破った人には、それ相応の罰を下さないと」

「……」

 高良は何の反応も示さず、ただ茫然と望愛を見ている。 

本田怜路ほんだれいじですか? それとも的場一郎まとばいちろう?」

 高良は何の反応も示さなかったが、望愛は外れと受け取ったようだ。

「ここも怪しいと思ったのにな……」

 誰ですか、と問いかける望愛。高良は一向に口を開かない。その状態がしばらく続き、望愛がもういっそ嵐のメンバー全員の名前を言って行こうかと思った時だった。


「……泉浩二いずみこうじさん?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る