「嵐」①
放課後。SHLが終わって1時間近くがたった。教室には渚と直人以外人の姿はない。
「特進科ってこんな時間まで勉強してるんだ」
「俺だったら無理だわ」
世間話をしながら待っていると、突然教室のドアが開いた。
望愛が来たのか。そう思ったが、そこにいたのは長い髪をひとつにまとめた見知らぬ女生徒だった。
「……誰?」
渚はそっと直人に聞いてみたが、直人も分からないらしく首をかしげていた。
「あの、どうかしましたか?」
その場に立ったままの女生徒に向かって、直人が投げかける。彼女はしばらく何かを考えるような素振りを見せていたが、意を決したのか、教室へと入ってくる。
「あの……間違ってたら申し訳ないんだけど、君、高浜直人くん?」
不安そうに、けれどまっすぐ直人の顔を見ながら尋ねる彼女。直人は困ったように渚と顔を見合わせた。
「……俺ですけど。何か用ですか?」
そう返事をすると、彼女はぱぁと表情を明るくした。
「私、普通科三年の
「“
“嵐”
そのワードに直人が反応したのを、渚は横目でとらえた。
直人はちらっと渚に目線を向けた後、険しい表情を高良に向ける。高良はそんな直人の視線に気づきながらも言葉をつづける。
「私、ずっと嵐に入りたいって思ってたんです。けれど、どうしたら入れるのか分からなくて。そんな時、嵐のメンバーだって人に、仲介役の高浜直人って人に頼めば入れる可能性があるって聞いて。話を聞いたら、同じ学校の人だって聞いて。まだ残っているかなって不安だったけど……よかった。
あの、お願いします! 私を嵐に入れて下さい!」
まるで面接にでも来たかのような勢いで、彼女はすらすらと語った。
一区切りついたところで、直人はため息交じりに息を吐く。
「とりあえず……先輩、今ここでその話はやめてくれませんか。関係ない奴もいるんです。それに他に聞いてる奴がいるかもしれない。なにより……こんな場所で話すようなものじゃないっすよね」
口調は相手に言い聞かせるようなものだったが、視線は少々きついものだった。
しかし高良はそんな視線など気づかず、少し焦った様子で直人に言う。
「私、ずっと嵐に入りたかったんです! 嵐の人たちの掲げる目標に共感して……。お願いします! 嵐に入れてください!」
まっすぐに頭を下げる彼女を見ながら、直人は困ったというように頭をかく。実際、ものすごく困っていた。彼女の熱い弁に、彼女の願いに……ではない。関係のない人に聞かれてしまったということと、もう少しで来るであろう幼なじみの行動に。
直人はもう一度ため息をついた。
「えっと高良、先輩……でしたっけ。ひとつ質問がある――」
「ごめんなさい。待たせたわね、渚」
直人の言葉は、突如現れた望愛によってさえぎられた。
「……はぁ、来ちまった」
「は? どういうことよ直人」
直人の小さなぼやきに反応した望愛は、そこで見知らぬ女子生徒がいることに気が付いた。
「あら、もしかしてお取込み中だった?」
「ある意味お取込み中で、お困り中」
「あらあら、それは大変。私、邪魔しちゃったかしら。あ、渚。辞書ありがとう」
「あ、うん……」
あまりにも場違いな空気に、高良も一瞬ぽかんとしてしまった。しかしすぐにはっと我に返り、直人に向き直る。
「あの、高浜くん。お願いします!」
「あ、だからその前に――」
「もしかして、告白の真っ最中だった?」
「ちょっ! 望愛、人がしゃべってんの邪魔すんなよ! てか、他人事みたいに……。お前だって無関係じゃねぇんだからな!」
「あら、この告白現場、私に関係があると?」
直人はまた渚を見て一瞬口をつぐんだが、いまさらだと感じたのだろう。深い深いため息の後、望愛に告げる。
「この人――あ、三年の高良先輩って言うらしいけど。先輩、嵐に入りたいんだと」
「…………へぇ、嵐に」
さっきまでのふざけた雰囲気が一瞬にして消えた。
望愛は目を細め高良を見る。渚も高良も、一気に変わった場の雰囲気に息をのんでいた。
直人はいつもの調子で、先ほどまでの経緯を望愛に説明した。
一通り聞き終えた望愛は、口を開く。
「先輩。ひとつ質問いいですか?」
「……な、何よ。ていうか、あなたは関係ないでしょ? なんで話に入ってきているのよ」
「関係なくはないですよ、むしろバリバリ関係者です。まぁ、そんなことより……直人が仲介役だって、そう先輩に教えた人の名前、教えてください」
「……それ、言う必要あるの?」
「あるから聞いてるんです。で、誰ですか?」
「…………嵐のメンバーよ」
「だから、そのメンバーの名前を聞いてるんですよ」
そう言うと、高良は黙り込んでしまった。
望愛は高良に少しずつ近づきながら続ける。
「言えませんか? そうですよね。知ってる人は属してなくても知ってることですから。嵐のメンバーが他者に内部情報を漏らすことは、ルールで禁止されてる。例外を除いて、はね。それ以外は罰則の対象だもの」
「……」
「じゃあ、これも知ってますよね。嵐はスカウト制ってこと。リーダー、副リーダー、もしくはリーダーに許可された数人しか、能力者をスカウトできない。自己推薦なんてやってない」
そして高良の目の前に立ち、少し背の高い高良を見上げながら言う。
「そして私の記憶違いでなければですけど、先輩ってどこか別の組織に属してましたよね。どこでしたっけ?」
「そ、そこは……抜けてきたわ。嵐に入りたくてきたんだもの」
「本当ですか?」
親しい友人にでも話しているような口調、調子のように見えるのに、高良は望愛の気迫に押されそうになる。
「先輩、本当ですか? 嘘……なんてついてませんよね?」
「ほ、本当よ! 本当に私は――」
「じゃあ、確かめていいですか?」
「……え?」
望愛は意地悪く微笑む。
「嘘、ついてないんですよね。なら確かめてもいいですよね」
「た、確かめるなんて……。うそ発見器でもあるわけ?」
「ありますよ、ここに」
そう言って望愛は自分自身を指さす。高良は意味が分からないという顔をしていた。
「あなたが……?」
「そうです。私がうそ発見器です」
「……嘘よ、それこそ」
「じゃあ、試してみましょうか?」
望愛は改めて高良の目の前に立ち、彼女の目をじぃと見つめる。
「これから私の質問に正直に答えてください」
「……分かったわ」
「先輩、あなたは本当に嵐に入りたいと思っている」
「思っているわ」
少しの間の後、望愛は軽くうなずき次の質問を投げる。
「あなたは他の組織に今も属している」
「いいえ、やめてきたわ」
「…………嘘ですね」
ぴくり、高良の身体がわずかに反応した。
「いいえ、本当よ。嘘じゃ――」
「次。あなたは保守派の人間?」
「違うわ」
「あなたは誰かに命令されてここに来た?」
「私の意思よ」
「嘘。あなたは、あなたの属する組織の上……もしくは同士に言われてここに来た」
「違――」
「あなたの目的は?」
「も、目的なんて。ただ嵐に入りたくて――」
「違いますね。ま、大方外部組織が嵐を吸収したいから、内側にスパイでも送り込もうとしたか、組織構造を把握したいから、ってのが鉄板だけど」
「い、いい加減にしてよ!」
高良が声を張り上げて望愛を睨む。
「全部でたらめよ! 第一根拠がないわ! 私が嘘をついてるなんて」
「えぇ、そうですよ。根拠はない。でも、先輩自身はわかってますよね。私が嘘をついていないことくらい」
「――っ、そんなこと……。 嘘よ、全部……!」
「まぁでも、私の能力を知っていながらまじめに答えてくれるなんて、先輩って本当に素直なんですねぇ」
「……あなたの、能力?」
高良はハトが豆鉄砲を食ったような顔をした。その表情に望愛は心底驚いたように言う。
「先輩、まさか今、私がすべて適当に言ってよく当たったな……とか思ってませんよね?」
「……まさか」
「私の能力に決まってるじゃないですか! 私の能力……相手の嘘を見破る能力。嵐のメンバーだったら、私の能力のことを知らない人なんてほとんどいないんじゃないかな。あれ、聞いてなかったんですか? 直人のこと、教えてくれた人から」
高良はまるで一気に気力が奪われたように、その場に座り込んだ。
「……私は、初めから信用されてなかったの?」
「さぁ、知りませんよ。伝え忘れた……は、ただの馬鹿か。もしくは知らなかった……。どちらにしろ、そんなのでよく嵐に手出そうと思ったわね」
望愛は呆れたように息を吐き、近くの椅子を引き寄せて座った。
「ま、どのみち先輩は不合格です。だって能力者じゃない。ね、直人」
「……あぁ。彼女は一般人だ」
「一般人が能力者の組織に入ろうだなんて。それに今、足手まといはいらない」
ぴしゃりと言い切った彼女の言葉に、高良は呆然とするしかなかった。様々な感情が入り乱れ、先ほどまでの意気込みが嘘のように静かになった。
そんな彼女の心境など関係なく、望愛は椅子から立ち上り、高良の近くにしゃがみこむ。
「ねぇ、先輩。教えてくださいよ。先輩に親切に教えてくれた、嵐のメンバーの名前。いったい誰ですか?」
「……」
「言いましたよね。嵐のことを他者に話すのは、例外を除いて禁じられています。ルールを破った人には、それ相応の罰を下さないと」
「……」
高良は何の反応も示さず、ただ茫然と望愛を見ている。
「
高良は何の反応も示さなかったが、望愛はハズレと受け取った。
「ここも怪しいと思ったのにな……」
誰ですか、と問いかける望愛。高良は一向に口を開かない。その状態がしばらく続き、望愛がもういっそ嵐のメンバー全員の名前を言って行こうかと思った時だった。
「……
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