幼なじみ
それから数日間は特に何事もなく、平穏な生活を送っていた。
渚も少しずつ、この学校のことが分かり始め、クラスメイトとも少しずつ打ち解けていた。特に直人とは、休み時間やお昼を一緒に過ごすようになっていた。
「直人って、何で学級委員してるの?」
お昼休み。渚の隣に座る直人に尋ねる。
今日はあいにくの雨模様。ここ最近少しずつ温かくなっているので、お昼は中庭でとっていたが、今日は仕方なく教室で食べている。
突然の質問に、直人はしばし返答に困った様子だ。
「何でって……俺が学級委員やってるの、変か?」
「いや変というか……。直人は社交的だし、クラスをまとめるのは向いていると思う。けど、どっちかっていうと体育祭とかの実行委員やってそうな、そんな感じする」
渚のその言葉に、直人は苦笑する。
「まぁ、確かに。俺自身体育会系気質だと思うよ? 俺がやってんのは、もちろん、自分から立候補したってのものあるけど……。ぶっちゃけ、幼なじみに言われたってのがあるかな」
「幼なじみ?」
「そ。2人いるんだけど、ひとりがここの特進科にいてな。すっげぇ頭いいの。そいつがさ、『学級委員なり生徒会なりでもやって、少しでも内申あげておいたら?』って。上から目線で言ってきてさ。そりゃ俺そんなに頭良くないし、成績もいまいちだけど、俺だってやるときはやるんだぜ? あ、別にそいつに言われたから嫌々やってるとかじゃないぜ。あくまで俺の意思でやってるから」
「直人、その幼なじみと仲いいんだ」
「全っ然!」
口では否定しているものの、その幼なじみの話をしている直人はどことなく楽しそうだった。
「てか、あいつの話はどうでもよくて。渚の話聞かせてよ」
「……僕の話?」
今度は渚が返答に困る番だった。
「そうそう。だって渚、ずいぶん微妙な時期に転校してきたからさ。あ、深く突っ込む気ないから。でも気になって……やっぱ、家の都合とか?」
「……うん、そうだね。本当なら新学期と同時に来る予定だったんだ」
「なるほど。ま、本格的に授業が始まる前でよかったな。この学校、普通科でも授業のペースは割と早いから。あと1週間くらい遅かったら、ついていくの苦労したかもな」
直人はもう一度「よかったな」と言い、机の上の牛乳パックを手に取る。渚も食べ終えた弁当を片しながら、また直人との話に花を咲かせた。
そしてその団らんが中断されたのは、約5分後のこと。
「直人!」
凛とした女子の声。声のほうを向くと、こちらに近づいてくるひとりの女生徒の姿が。まゆで切りそろえられた前髪と、肩より少し長い黒髪。つり目できつそうな目は、ぎゅっと閉じられた口と相まって、少し近寄りがたさも感じる。
「げっ、
彼女の姿を認めたとたん、直人は反射的に呟いた。すると彼女――望愛は、つり目をさらにつり上げ、直人をにらむ。
「ちょっと、ひどくない? 女子の顔を見てその反応」
「何の用だよ、こんなとこまで来るなんて」
「あ、そうそう。直人、英和辞典持ってない? 紙でも電子辞書でもいいから」
「ねぇよ。てか、お前いつも持ち歩いてるだろ」
「辞書の電池が切れちゃったの。紙辞書のほうはあいにく家よ」
「買いに行けばいいじゃん。コンビニ近いだろ」
「買いに行く時間がもったいないわ。で、あるの? ないの?」
「だからねぇって言ったじゃん!」
「はぁ? あんたって本当使えないわね!」
突如目の前で始まった口論に、渚はそっと口を挟む。
「あの……僕のでよければ貸そうか?」
瞬間、彼女の視線が渚に向いた。つり目の少女の目が驚きからか大きく見開かれる。
「……いいの?」
「うん。もう使う授業はないし」
はい、と手渡すと、望愛は渚をまじまじと見て、表情を緩めた。
「ありがとう。どっかの誰かさんと違ってやさしいのね」
「おい」
横から突っ込む直人には目もくれない。渚はただ苦笑するしかなかった。
「私、こいつの幼なじみの
「白鳥渚です」
「あぁ、君が転校生くん」
望愛が納得したようにうなずく。
「直人から聞いていたの。転校生が来たって」
渚が2人の関係性を考えあぐねていると、「こいつが幼馴染の」と直人のほうから言ってくれた。なるほど、それなら彼女が渚のことを知っているのも何となく理解できる。
「もう用は済んだんだろ。さっさと教室戻れよ」
邪険に追い払おうとする直人に、望愛は一瞥くれた後、そうねと言い素直に従った。
「じゃあ、渚。放課後返しに来るわ。一コマ多いから遅くなるけど大丈夫?」
「あ、うん。大丈夫」
「なら放課後、教室で待ってて。直人と一緒に」
「は? おい待てよ望愛――」
直人の静止を聞かずに、望愛はさっそうと教室を出ていった。長く重いため息が隣から聞こえてくる。
「なんか……すまん。騒がしい奴で」
「あ、いや……。ていうか、直人のほうは大丈夫なの? 放課後」
「ああ、別に予定ないし。一緒に待ってるよ」
苦笑しながら答える。同時に昼休み終了5分前のチャイムが鳴った。
今日の昼休みは、小さな嵐が突然やってきてすぐに去っていった。そのくらい、あっという間に過ぎていったのだ。
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