第13話 連休

 五月に入りゴールデンウィークを迎えた由姫は、バイトと部活動に汗を流していた。

 今日は、そんな由姫のバイト先の喫茶店に美緒と真澄が来ることになっていた。


「いらっしゃいませ。」

「ヤッホー、来たよ由姫ー。」

「由姫さま、こんにちは。」

 由姫が入店してきた客に声をかけると、美緒と真澄がそこにいた。


「うわー、その制服めちゃくちゃ可愛いわね。由姫が着ると破壊力が倍増よ。」

「由姫さま、とてもよくお似合いです。」

「ありがとう。二人とも席に案内するね。」

 美緒と真澄の台詞に、由姫が照れ臭そうに頬を染めると空いているテーブルへと二人を案内する。


「それにしても、ゴールデンウィークとはいえちょっと混みすぎじゃない? 明らかに男性客が多いような・・・。」

 美緒が周囲を見渡すと、男性客の比率が八割近くに昇っていた。

「これだから男どもは・・・。」

 真澄が周囲をみてそう呟いた。


 店内にいる男性客は、高校生からサラリーマン風の社会人まで幅広くおり、その多くは明らかに由姫の方をチラチラと見ているのが伺えた。

「注文はどうする? ここのデザートのケーキは、近くの洋菓子店から取り寄せているんだけど、とっても美味しいよ。」

 由姫がおすすめを紹介すると、二人はメニューを見ながら注文を決める。


「それじゃあ、私はアールグレイとモンブランで。」

「私はブルーマウンテンとミルフィーユでお願いします。」

 由姫が伝票にメニューを記入すると、「ちょっと待っててね。」と言って厨房に行きお冷やを持ってくる。


「由姫、どうバイトの方は?」

 美緒が尋ねてくる。

「ようやく慣れてきたって感じかな。ただ、最近はお客さんが多くて仕事は忙しいけどね。」

「まあ、それはしょうがないかな。」

 美緒は由姫の制服姿をじろじろと見ながら言った。


 何か危険を感じたのか、由姫は身体を庇うようにして「なに?」と美緒に尋ねる。

「美緒、由姫さまに失礼な態度は許しませんよ。」

 真澄が美緒を嗜めるように告げる。


「もう、ただの冗談じゃない。そんなに怒んないでよ。」

 美緒は頭を掻きながらそう告げた。

「あら、二人は由姫ちゃんのお友達?」

 そこへマスターがやって来た。


「はい、同じ学校の友達の美緒と真澄ちゃんです。」

 由姫はマスターに二人を紹介する。

「二人ともいらっしゃい。ゆっくりしていってね。そうだ、実は今度出す新作のデザートがあるんだけどもしよかったら試食して貰えないかしら?」


「えっ、いいんですか? 是非試食させてください。」

「私も是非。」

 マスターの提案に、二人が快諾すると「ちょっと待っててね。」と言って厨房へと向かう。


「いや~、由姫の言うとおりのマスターだったね。ギャップがすごいよね。」

「美緒、失礼ですよ。私は、とても優しそうでいい店長さんだと思います。」

「そうなの。優しくて頼りになる人なんだ。」

 由姫は嬉しそうに二人にそう告げる。


「そろそろ仕事に戻るね。」と言うと、由姫は接客へと戻っていった。


「しかし、この客層の片寄りはどうなのよ。あからさまに由姫目当ての客が多いような。」

 接客する由姫をチラチラと見たり、わざわざ由姫を呼んで注文をしたりする男性客を見てため息をつく。


「なんと無礼な。全員まとめて叩き出してやる。」

 由姫が歩く度にスカートが捲れ上がるのを、鼻の下を伸ばして見ているの男性客に憤慨してそう言う真澄。


「ちょっと、止しなさいよ。由姫に迷惑が掛かるわよ。」

 美緒の制止に「ぐぬぬ。」と言って、何とか我慢をする真澄であった。


 しばらくして、注文の品が来た二人は早速ケーキを堪能していると、由姫が接客していたテーブルから不穏な様子の声が聞こえてくる。


「ねえねえ、良いじゃん。バイトが終わったら俺らと遊びにいこうよ。」

「君、本当に可愛いね。マジで一般人なの? 芸能界でも通用するよ。」

「俺の知り合いに、芸能事務所の人がいるから紹介するよ。」

 由姫にしつこく絡む二人の男たちがいた。


 由姫は何とか穏便に断ろうとしていたが、食い下がらない二人。

 真澄は、激昂して直ぐにテーブルへと向かおうとする。


「申し訳ございません。他のお客様のご迷惑になりますので、止めていただけますか。」

 そんな由姫と二人の男たちの間に入ったのは、八谷博哉であった。


「なんだてめえは!」

「邪魔すんなよ。」

 博哉は由姫をかばうようにすると、「ここはいいから。」と言って由姫を遠ざける。

 その様子を見て、二人の男は博哉を睨み付ける。


「ふざけてんじゃねーぞ!」

 男の一人が、博哉にコップの水を顔面に浴びせかける。

 周りの客たちも、その行為を見てざわめき始めていた。


「あらあら、大変。博哉くん大丈夫?」

 マスターは問題のテーブルに駆けつけると、博哉にそう問いかける。

「問題ないです。」

 博哉はそう言うと袖のところで顔の水を拭う。


「元気の良いお客さんだこと。」

 マスターが二人を見てそう言う。

「なんだお前は。」

「ここの責任者か?」

 男たちは周囲の視線が気になり、もうあとに引けないのか虚勢を張るようにそう言った。


「あんまりおいたが過ぎる様だと、お仕置きしないといけないんだけど。」

 そう言うとマスターが男たちに近付く。


「な、なんだお前は。」

「こっち来るな!」

 マスターのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、男たちはマスターに攻撃を仕掛ける。


 バシ!ギュ。

 男たちの拳を両手で受け止めると、両腕で拘束をする。

「あら~、威勢が良いのね。でも、ちょっと体の鍛え方が足りないかしら?」

 ギリギリ。

 マスターは男たちの身体を締め上げていく。


 それに必死で抵抗する二人にマスターが告げる。

「あらあら、ホントにカワイイわね。私が、朝まであなたたちの身体を鍛え直してあげるわよ。」

 そう言うと、男たちの服の中に手を入れていく。


「やめろー!」

「離せ、この化け物!」

 激しく抵抗を始めた二人を離すマスター。


 ようやく解放されてホッとしたのも束の間、怪しいマスターの瞳を見た男たちは身の危険(貞操的な意味で)を感じ取った。

「ひぃ~。」

「おい、置いていくな。」

 男たちは店から慌てて逃げ出ていった。


「まったく、近頃の若者どもは。あんなのはこっちから願い下げよ。」

 マスターはそう言うと、いつもの様子に戻る。


「博哉さん、助けてくれてありがとうございました。大丈夫でしたか? これ使って下さい。」

 由姫は控え室から持ってきたタオルを博哉に渡す。

「ありがとう。」

 博哉は、そう言ってタオルを受けとる。


「そんな、助けてもらったのは私の方ですし。マスターもありがとうございました。すみません、私のせいでこんなことになってしまって。」

「あら、良いのよ。あんな客はこっちから願い下げだもの。それに、由姫ちゃんのお陰で店の売り上げはむしろうなぎ登りよ。」

 マスターは由姫に笑ってそう言ってくれた。


「由姫さま、申し訳ありません。助けるのが遅れてしまって。」

 真澄と美緒も心配で、由姫の所へとやって来ていた。

「良いのよ。お店のことだし、それに二人は私のお客様なんだから。ごめんね、こんなことになって。」

 由姫は逆に二人に謝罪する。


「由姫さま、謝らないで下さい。」

「そうよ由姫、気にしないで。それに見ててスカッとしたわ。」

 真澄と美緒はそう答えていた。


 しばらくして、店内もようやく落ち着きを取り戻していた。

「ふっふっふー。博哉、随分と頑張ったじゃない。身体をはって女の子を助けるなんてかっこいいわよ。もしかしたら、由姫ちゃんも博哉に惚れちゃうかもね。」

 歩が博哉のところに近付き、からかうように言う。


「何言ってるんだよ。くだらないこと言ってないで仕事しろよ。」

 博哉はそう言うと接客に向かう。その一瞬、頬が赤くなっていたのを歩は見逃さなかった。


「由姫、今日はバイト何時に終わるの?」

「今日は十五時で上がりよ。」

 美緒の質問に答える由姫。


「やった! じゃあ由姫の家に行って良い? またサクラに会いたいしさ。」

「もちろんいいよ。真澄ちゃんも来られる?」

「はい、行きます。」

 そうして、由姫のバイトが終わる時間まで待つことにした二人。


「お疲れ様でした。」

「お疲れ様、由姫ちゃん。気を付けて帰るのよ。」

 着替えが済んだ由姫は、マスターに「はい」と答えて博哉のところに向かう。


「博哉さん。今日は本当にありがとうございました。最初はちょっと怖い人かと思ってしまいましたが、本当は優しくて勇気のある人だったんですね。ちょっとカッコよかったです。」

 由姫は無意識に上目使いになると博哉にそう告げる。博哉は由姫から視線をそらしてから答えた。


「大したことじゃない。同僚を助けるのは当たり前のことだし。」

 博哉の言葉に由姫が微笑みながら告げた。

「それじゃあ、お先に失礼します。お仕事頑張って下さい。」


 由姫は二人の待つところへと向かう。

 一人残された博哉は、しばらくその場に佇んでいた。


「お待たせ、二人とも。」

「よし! それじゃあ由姫の家に行きますか。」

 美緒が元気よく号令をすると、由姫と真澄は頷いた。


「ただいま~。」

『お邪魔します。』

 三人は靴を脱ぐとリビングへと向かった。


「キャンキャン。」

 サクラが由姫目掛けて走ってくる。体も少し大きくなりもうすっかり元気になって、最近はやんちゃ盛りになってきたサクラ。


「ごめんね、サクラ。寂しかった? 今日は美緒と真澄ちゃんがサクラに会いに来てくれたんだよ。覚えてる?」

 サクラを抱いて二人に見せるようにする由姫。


「あ~ん。サクラ久しぶり。私のこと覚えてる?」

 美緒はそう言ってサクラに頭を撫でる。

「クゥ~ン。」

 そう鳴いて美緒の手をなめるサクラ。そのしぐさに悶絶する美緒。


「はい、真澄ちゃん。」

 由姫がサクラを真澄へと手渡すと、赤ちゃんを抱えるようにして抱く。

「サクラ、久しぶりです。元気にしてましたか。」

 サクラは尻尾を振って答える。

 そんな真澄の様子を見て、由姫は微笑ましそうにしていた。


「お帰り、由姫。それと美緒ちゃんに真澄ちゃんもいらっしゃい。」

 父がリビングから声をかけてくる。

 二人が挨拶を返すと、由姫に今日のバイトの様子を聞いてくる。


「うん、ちょっとトラブルはあったけど先輩とマスターが庇ってくれたから大丈夫。」

 トラブルと聞いて父の眉が動くが、母の躾の賜物なのか騒ぐことはしなかった。


「そ、その先輩というのは女の人なのかな?」

「ううん、男の人。最初は怖い人かと思ってたんだけど、身体を張って護ってくれたんだ。」

 由姫が笑顔でそう告げた。


「あら、良かったわね由姫。順調に恋人候補をキープしているみたいね。」

 母が二人の会話に割り込んできた。

「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよ。私はどこの悪女よ!」

 由姫は心外だという風に抗議を言う。


 母は由姫の抗議にも動じずに「うふふふ。」と笑うだけだった。

(そうだった。母に何を言っても無駄だった。)

 由姫は無視を決め込むと、美緒と真澄を連れて部屋へと向かう。


 そのやり取りを見ていた父は何やらぶつぶつ呟いていた。


 部屋に戻ってきた由姫は二人に座るように勧めると、ゲームでもしようかということになった。

 皆で遊べるものという事で、最初に人生ゲームを行った。

「何で忘れ物位で三千万円もマイナスになるのよ!」

 美緒がゲームにクレームを入れ、由姫が突っ込みをいれる。


「美緒、ゲーム位で熱くならないでよ。って折角買った家が~、水漏れくらいで住めないなんて冗談でしょ!」

「あんた、ついさっきの自分の台詞を思い出しなさいよ。」

 逆に美緒に突っ込まれた由姫。


「あ、宝くじ拾ったら10億円当たりました。」

『何ー!』

 真澄が最後のほうで一発逆転のマスに止まり、順位は真澄、由姫、美緒の順になった。


 気を取り直して次は落ちゲーをチョイスする。

「フッフッフッ、私はこう見えても落ちゲーは得意なのだよ。」

 美緒は自信ありげに話す。

「なら、何か賭けでもする?」

 由姫が美緒に提案する。

(これでも昔は、落ちゲーマスターと呼ばれるほどの実力を持つ私に敵うかな?)

 実に大人気なかった。


 由姫の言葉に面白そうということになり、罰ゲームとして勝った人のいうことを聞くことになった。

 真澄は初めてという事で、1回目は見学することになった。


「私が勝ったら由姫の好きな人を聞こっと。」

「ちょっと美緒、何言ってるのよ。」

(これは負けられない!)


 由姫は本気モードに入る。

 一連鎖、二連鎖、・・・十一連鎖。

「ちょっと由姫、少しは手加減しなさいよ!   何よ十一連鎖って。」

 ゾーンに入った由姫を止めることは誰にもできない。

 次々に連鎖が決まり、美緒はついに上までブロックが積み上がりゲームオーバーとなった。


「あー!」

「ふふん、こんなものよ。次は真澄ちゃんやってみる?」

「はい、やってみます。」

 美緒を下した由姫は、機嫌が良く次に真澄を誘った。


(真澄ちゃんは初めてだから手加減してあげないとね。)

 由姫はあまり連鎖をさせずにゲームを進めていく。


 一連、二連鎖、・・・十連鎖。

「えっ、ちょっ。」

 真澄が連鎖を仕掛けてくる。

「真澄ちゃん? ホントに初めてなの?」

「はい、家にはゲームはありませんから。」

(まさか、さっきのプレイを見ただけでコツを掴んだっていうの?)


「うわ、すごっ!」

 由姫と美緒が真澄のプレイに驚愕する。

(素人に負けては、落ちゲーマスターと呼ばれた者としてのプライドが・・・。)

 由姫は負けてなるものかとギアをトップへと入れる。


 連鎖、連鎖・・・連鎖。ついに真澄のブロックが積み上がりゲームオーバー。

「はぁはぁはぁ・・・。」

「由姫、あんたかなり大人気ないわよ。」

 美緒は軽く引いていた。

(あ、危なかった。まさか初心者にここまで追い詰められるなんて。真澄ちゃん、恐ろしい子!)


 結局由姫が一位になり、罰ゲームは美緒と真澄になった。

「さてと、それじゃあ二人の好きな人を教えてもらおうかな?」

 由姫は、勝者の余裕を見せるように罰ゲームを告げた。


「えー。」

「最初に言ったのは美緒でしょ? 何で文句いうのよ。」

 美緒が不満の声をあげる。


「私は由姫さまが一番好きです。」

 恥ずかしげもなくそう告げた真澄。

「いや、真澄ちゃん。こーゆーときは異性の名前を言わないと。」

 由姫が突っ込む。


「はぁ、ですが異性の人は特には・・・。お父さんとお祖父さま位しか。」

 頭を抱える由姫。

「そうだ、同じ道場で気になる人は居ないの? 真澄ちゃんより強かったって人とかは?」

「あの人は別に・・・。それに今では稽古にもあまり真剣ではないようだし。」


 真澄は少し不満げなようにそう告げていた。

(あれ・・・?)

 由姫はもしかして脈ありかな、なんてことを考えていた。


「私はサクラが好きだよ。」

 美緒はサクラを抱き締めるとそう告げた。

「ちょっと、サクラは女の子でしょ。て言うか犬だし、一番は私なんだからね!」

 由姫は美緒からサクラを奪い取ると、頬擦りをする。

「あんたねー。」

 美緒は呆れ顔だった。


「それより由姫はどうなの? 今日のバイトで庇ってくれた男性とは。それに一貴くんもいるし。中学でも告白とかされたんじゃないの?」

 美緒は由姫が清流高校に入学してから、何度かラブレターや告白をされたことを知っていてそんなことを聞く。


「私は別に好きな人いないもん。男と付き合う気はないしって、何でゲームに勝った私が答えないといけないのよ!」

 ついつられて答えてしまう由姫に、ひひひと笑う美緒。


「若い女が揃ってこの調子何だからね。由姫が男に興味ないなんて言ったら、学校の男子が泣くわよ。その代わり一部の女子が喜びそうかもしれないけど・・・。」

 美緒は自分を棚上げにしてそんなことを言ってきた。


「別に良いではないのですか? 由姫さまには由姫さまの考えがあるのですし。」

「真澄ちゃん。」

 由姫は真澄の手を取る。


「はあ、駄目だこの二人、早く何とかしないと。」

 美緒は若干呆れぎみに呟いていた。


 その後も、三人と一匹は楽しい時間を過ごしそろそろ夕方になるという事で切り上げることにした。


「それじゃあ由姫、また月曜に。そう言えばそろそろ競技大会があるわね。由姫はやっぱりテニスに出場するの?」

「うん、一番得意だしね。二人は?」

 由姫は二人に問いかける。


「クラスの成績を考えたら得意競技がいいよね。私はバスケかな? テニスよりはまだ経験あるし。」

 美緒はそう答える。

「私は特に決めてません。得意競技とかあまりないですし。」

「でも、真澄の場合運動神経いいから苦手競技もないでしょ。バレーとか良いんじゃない。」

 美緒は真澄にそう薦める。


「まあ、真澄ちゃんが出たいもので良いんじゃない? 月曜には出場競技をロングルームで決めることになるんだし。そのとき決めればいいよ。」

 由姫の言葉に「はい。」と答えた真澄。


 二人は『お邪魔しました』と言って帰って行った。

 由姫は明日からまた学校だと少し憂鬱に思いながらも、腕の中にいるサクラの無邪気な様子に癒されていた。

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