第11話 変化

 すべてを吐き出した真澄は、ようやく泣き止むと「すみません。」と謝り由姫から体を離した。

「真澄、ごめんね。私何にも知らなくてあなたのことを責めてしまって。」

 美緒が真澄に謝る。


「いえ、悪いのは私の方ですから。今までの態度について、あなたに謝らなくてはいけないのは私の方ですから。」

 そう言うと真澄が美緒に頭を下げた。

「そんなこと気にしてないよ。それじゃあこれで仲直りだね。」

 そう言うと真澄の手を取り仲直りの握手を交わす。


「そうだ、これからは真澄っちの事を真澄って呼んでもいいかな?」

「ええ、構いません。私も美緒と呼ばせてもらいます。」

 どうやら真澄と美緒も打ち解けあったようだった。


「あっ!それじゃあ私のことは由姫って呼んでよ。」

 由姫がここぞとばかりにそう頼み込む。

 真澄は一瞬考えてから名前を呼ぼうとする。

「ゆ、由姫・・・さま。」

「いや、さまがついてるんだけど。」

 由姫が突っ込むが真澄は頭を下げて懇願する。

「すみません、由姫さま。いきなりは難しいです。」


 真澄が心底困った様子でいたため、由姫も無理強いはしたくないと思い、「まあゆっくりやっていこう。」と由姫が告げる。


 こうして、三人はこれまで以上に仲良くなることができたのであった。

 その後は、サクラの部屋に行き三人でその可愛さに魅了されていた。

「うーん、サクラちゃんは本当に可愛いわね。私も犬を飼いたくなってきたよ。」


 美緒がボールを必死に追いかけては、そのボールにじゃれついているサクラを見るとそう呟いた。

「美緒も飼えば良いのに。」

 由姫が率直に言うと、美緒は考えるしぐさをしてから答えた。


「家、両親が共働きだし、何よりマンションだからね。飼うわけにいかないのよ。」

 そう言うと、美緒はサクラを抱き締めはじめた。

「そっか、それじゃあ難しいね。真澄ちゃんの家はどう?」


 話を振られた真澄が答える。

「家は祖父が厳しいので。それに、私自身もあまり世話をすることが出来ないので無理だと思います。」

「うーん、なかなか難しいものだね。」

 由姫は美緒からサクラを渡されるとそう言った。


 その後も、サクラと戯れた三人だったがそろそろ夕食の時間が近づいてきたため、二人が帰ると告げたので玄関前まで見送りにいく。

「それじゃあ由姫。また月曜日にね。サクラもまた会おうね。」

 美緒はそう言うとサクラの頭を撫でる。

「ワン。」と答えたサクラに笑顔になる美緒。


「それではこれで失礼します。今日は本当にありがとうございました。」

 真澄は由姫にそう告げた。

「うん、二人とも気を付けて帰ってね。また月曜日に。」

 そう言うと、二人は玄関から出ていく。


 由姫は二人が出ていった玄関にしばらく残ると、玄関を見つめていた。


 そして、月曜日になり学校へと通学する由姫。

「おはよう由姫。」

「おはようございます由姫さま。」

「おはよう美緒、真澄ちゃん。」

 電車で一緒になった三人。


「土曜日はありがとうね。またサクラに会いに行ってもいい?」

「もちろん、真澄ちゃんも是非会いに来てあげてね。」

「はい。また伺わせていただきます。」

 美緒が由姫に尋ねてきたため、快諾した。


 真澄もすべてを吐き出したことで、張り詰めていた緊張感があまりなくなり、自然な笑顔を見せるようになったことを由姫は安堵していた。


 通学路の坂道を上っていく三人。その様子を見ていた由姫と同じクラスの生徒たちは驚愕していた。

「お、おい。あれ見てみろよ。」

「どうした?」

「えっ、あれ犬塚だよな? どうしたんだ一体。」


 真澄が由姫や美緒たちと楽しそうに自然な笑顔で話している様子を見て、信じられないものを見るように驚くクラスメイトたち。

「あれ、でもなんか犬塚のやつ可愛くないか?」

「いや、まてまて。落ち着くんだ。あの犬塚だぞ。」

「それは分かってるけど・・・。」


 クラスメイトたちは、最初の印象からのギャップに混乱している様子だった。


 教室に入った三人が席へと着く。

「汐崎さん、おはよう。」

「おはよう、木坂くん。」

「相変わらず仲が良いね。そうだ、今日生徒会の会議があるから放課後大丈夫?」

 木坂が由姫に聞いてくる。


「分かった。美緒、真澄ちゃん、部長に言っておいてくれる?」

「分かりました。伝えておきます。」

「オッケー。」

 周囲の男たちは木坂へと恨みの視線を向けるが、用件を伝えた木坂は気にした様子もなく前へと向き直す。


 そして、放課後になり由姫は木坂と一緒に生徒会室へと向かって廊下を歩いていた。

「汐崎さん、最近犬塚さんと何かあったのかな?」

「えっ、別に何もないけど。土曜日に遊びに行ったくらいかな。」

 由姫は、木坂が何を言いたいのか分からずにそう告げた。


「どうしたの木坂くん?」

「いや、なんか犬塚さんの雰囲気が変わっているのが気になってね。今までは何か張り詰めていた雰囲気だったのに、今は力が抜けているというか、自然な感じだったからさ。」

 木坂が疑問を口にする。


「でも、どうしてわたしなの? 」

 由姫の問に、木坂が間を置いてから答えた。

「それは、彼女を苦しみから助けることができるのは汐崎さん、君だけだから。」

 木坂は断言するように告げた。


 由姫は木坂の目を見つめると尋ねた。

「木坂くん。あなた何を知っているの?」

 木坂は思案したのち語りはじめる。

「僕は彼女の幼馴染みだからね。真澄がずっとあの事件のことで苦しんでいたことは知っている。そして、君が真澄にとっての贖罪の対象なのだということも。」


 木坂の言葉に由姫は驚きながらも、思い当たる節があるように答える。

「そうだったんだ。だから真澄ちゃんは木坂くんに対してはなにも言わなかったんだね。」

「まあね。子供の頃からよく道場で稽古をしていた仲だから。真澄にはよく手合わせを申し込まれたものだよ。あいつは負けず嫌いだったからね。」


 木坂の話を聞き、由姫は頷くように話す。

「真澄ちゃんが言っていた勝てなかった相手って木坂くんのことだったんだ。」

「ははは、これでも昔は神童なんて呼ばれていたこともあったからね。まあ、今じゃすっかり真澄には敵わなくなったけど。」

 木坂は頭をかくと、笑いながらそう答えていた。


「木坂くん。もしかして私を副委員長に指名したのって真澄ちゃんのため?」

 由姫が尋ねた。木坂は深いため息をつくと、質問に答えはじめる。

「あいつは不器用だからな。君が知らない男と一緒の委員にでもなったら、気が張ったままになってしまう。俺なら昔からの付き合いだから、一応これでも一定の信頼はされている。だから、汐崎さんには迷惑だったと思うけれど指名させてもらったってわけ。ごめんね、こっちの都合に巻き込んじゃって。」


 木坂の言葉を聞き、由姫は笑顔で答えた。

「ううん、気にしなくていいよ。でもそっか、なんだか安心した。真澄ちゃんのこと真剣に心配してくれている人が近くにいてくれて。」

 由姫はそう言うと、木坂に少し意地悪な笑みを浮かべて聞く。


「それにしても、木坂くんの好きな人って真澄ちゃんなんだ。うん、でもとってもお似合いだと思うよ。」

 木坂は由姫の言葉を聞いて慌てる。

「いや、汐崎さん。真澄は幼馴染みだからね。心配するのは当然だよ。」


 しかし、由姫は微笑んだまま木坂を見つめていた。やがて観念したのか木坂が告げる。

「はぁ、汐崎さんには敵わないな。そうだよ、俺は真澄のことが好きだよ。最も向こうはそんな事気づくどころか、考え付きもしないとは思うけど。」


「なんなら私が協力しようか? そうすれば真澄ちゃんも木坂くんのこと意識すると思うし。真澄ちゃん、無意識かもしれないけど木坂くんのこと頼っていると思うし。」

 由姫が木坂に提案する。


「いや、マジで勘弁して。それに、折角悩みのひとつから解放されたのに、また別の問題で悩ませたくはないし。しばらくはこのまま様子を見ていたいんだ。汐崎さん、真澄のことこれからもよろしくしてやってほしい。」

 木坂は由姫に頭を下げる。


「心配しないで。真澄ちゃんとは私も美緒も友達だからね。」

 そう言うと、二人は生徒会へと再び歩き出す。


 生徒会との会議を終了した由姫は、テニス部へと向かう。

「遅くなってすみません。」

 由姫は副部長に遅れたことの挨拶をする。

「大丈夫よ、ちゃんと理由は聞いているから。それより準備運動はしっかりとしてね。怪我とかの原因だから。」

「はい!」

 副部長に言われた由姫はコートの端で準備運動を始めた。


 そんな由姫のところへ二年の先輩がやって来る。

「やあ、君が由姫ちゃんだよね。本当に可愛らしいね。僕は二年の背黒勝士せぐろかつしって言うんだ。僕のことは是非名前で呼んで欲しいな。」

「どうも、背黒先輩。私に何かようですか?」


 由姫はこの男に何か危険な感じがしたため、警戒するようにそう答えた。

 由姫が名前で呼ぶことを拒否するように呼んだが、然して気にする風もなく再び話しかける。


「まあいいや。それよりも由姫ちゃん。僕がテニスの指導をしてあげてもいいよ。君、なかなか筋がいいから、僕の指導を受ければ一年でレギュラーだって夢じゃないよ。」

 髪の毛をかき上げるとそんなギザったらしい台詞をのべる。


「いえ、結構です。副部長に指導をしていただいてますので。」

 由姫が拒否すると背黒の目付きが一瞬変わる。

「何をしているの、背黒くん。」

 そこへ副部長がやって来た。


「いや、後輩の指導をと思いまして。」

 背黒が副部長に説明をする。

「彼女のことなら構わないで大丈夫よ。私が直々に指導をするから。それとも何かあるのかしら?」

「いえ、それならば結構です。じゃあまたね由姫ちゃん。」

 そう言うと背黒は引き下がった。


 その様子を副部長は厳しい目で見つめていた。

「あの、部長?」

「ああ、ごめんなさいね。それよりも汐崎さん、彼には注意しておきなさいね。あまりいい噂を聞かないから。証拠もないのにこういうことは言いたくはないんだけど、女性徒が何人も弄ばれては泣かされているって噂があるから。」


 副部長はそう言うと、由姫に対して注意を促してくる。

「はい、ありがとうございます。気を付けます。」

 由姫がそう答えると話はそこで終わり、「じゃあ練習しようか。」と言って指導が始まった。


 そして、本日の練習が終わった由姫たちは下校のため電車に乗った。

 由姫は部活であったことを二人に説明する。


「ああ、あの先輩ね。確かにあんまいい噂は聞かないわね。由姫も気を付けなさいよ。あの手の輩は何してくるか分からないんだから。」

 美緒が由姫に忠告する。


「由姫さま。何かあれば言ってください。不届きものは私が成敗しますので。」

 真澄は真剣な表情で言ってくる。


「二人ともありがとう。私の方も気を付けるからさ。何かあったら二人に相談するからよろしくね。」

 由姫は笑顔でそう告げた。


 そして、駅についた由姫は電車を降りると、自宅へと帰る。

「ただいま。」

 そう言って玄関に入ると、サクラが由姫を出迎えてくれる。


「ただいま、サクラ。いい子にしてた?」

 サクラを抱き抱えてそう言うと、奥から母が由姫にお帰りと告げる。


 そこで由姫は、はたと土曜日のことを思い出して母に相談することにした。

「あのね、お母さん。相談があるんだけど。」

 由姫の突然の相談に母が「どうしたの」と尋ねる。


「私ももう高校生だし、そろそろ自分のお金は自分で稼ぎたいと思って、バイトでもしようかなって思うんだけど・・・。」

 由姫がいった言葉に母が考えるしぐさをする。


「もちろん勉強は頑張るし、サクラの面倒もちゃんと見るから。」

 由姫が母の説得に入る。

「う~ん。とりあえずお父さんが帰ってきてから相談しましょう。」

 母はそう告げると由姫に「着替えてらっしゃい」と言った。


 由姫はどう父を説得したものかと考えながら、自分の部屋へと向かった。

 その晩、夕食を終えた父は何時ものようにリビングでテレビを見ながらビールを飲もうと準備をしていた。


 由姫はリビングのソファーに座ると、父のグラスにビールを注いだ。

「おお、悪いな。娘にこうやってビールを注がれるのはなかなかいいものだな。」

 父は上機嫌でビールを飲む。


「あのね、お父さん。お願いがあるんだけど。」

 由姫は父におねだりするように告げた。

「うん? どうしたんだ。何か欲しいものでもあるのか?」

 父が尋ねてくる。


「実はね、私バイトしようと思うんだけど・・・・・・。」

 由姫の言葉に父の時間が止まる。

「な、な、何をいっているんだ。お前がバイトなんかしたら、不埒な男どもが群がってきて何をされるか。認めん、父さんは認めんぞ! 欲しいものがあるなら父さんが買ってやる。だからこの話は・・・。」

 バコン!


 母がお盆で父の頭を殴打した。

「過保護なのもほどほどにしときなさいよ。」

 母の突っ込みに、父は頭を撫でながら告げる。

「しかし、母さん。由姫にもしもの事があったら。もし、バイトの男の先輩に言い寄られでもしたら、うおー、そんなことは許さんぞ!」

 バゴン!


 妄想を暴走させていた父に、再度強烈な突っ込みがされた。

 痛みに耐えきれずに頭を抱えるように父。


「由姫、本当にバイトをするつもりなのね?」

 母は冷静に由姫に確認する。

「うん。もう高校生だし、社会経験にもなると思うんだ。」

「分かったわ。母さんの知り合いが喫茶店をやっているんだけど、バイト出来るかどうか聞いといてあげる。」

 母の提案に由姫は喜びの表情で答えた。


「ほんとう? お母さんありがとう。」

 そう言うと母へと抱きつく。

「あなたもそれなら構いませんよね?」

 母が父へと確認する。

「だが母さん。」

 なおも抵抗を続ける父に、母のお盆が高々と持ち上げられる。


「そうだな。それなら大丈夫だろう。」

 父は手のひらを返すようにそう告げた。

「と言うことだから。由姫、バイトとはいえ働くということはいい加減な気持ちじゃ駄目よ。ちゃんと責任を持ってやりなさい。」

「うん。分かってるよ。」

 そうして由姫のバイトが許可されたのだった。


(これはうかうかしていられない。悪い虫が付かないように見張らなければ。)

 ひとり不穏なことを考えているようではあったが・・・・・・。

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