第7話 体験入部
午後の授業を終えた由姫たち三人は、テニス部の体験入部に向かうため、校庭の端にあるテニスコートへと向かうことになった。
由姫たちが到着するとそこには、上級生と思われる部員たちと一年生の体験入部希望者が既に集まっていた。
比率としては一年生だけで二、三年生生徒よりも多いぐらいに見受けられた。
「今年の新入生の体験入部希望者はやけに多いな。」
テニス部部長の
「部長、だから言ったでしょう? 今年は注目の新入生が入るようだから、入部希望者がとんでもないことになるかもしれないって。」
部長のつぶやきに律儀に答えたのは、同じくテニス部の副部長
実は自己紹介の時に由姫がテニス部志望の話は、またたく間にその日の内にほとんどの生徒の知るところとなっていた。
おそるべし青春パワー。
「そういえばそんなことも言っていたな。しかし、そんな不純な動機で我が部に来られてもな。」
部長はため息をつく。
「こればかりはしょうがないですよ。でも、全く来ないよりはいいんじゃないですか。それに最初の動機はどうであれ、テニスが本当に好きならば残るし、どうでもよければいずれ居なくなると思いますよ。」
それもそうだなと部長は考え直した。
そんな話をしていると、新入生のいる方が騒がしくなっていた。
「ほらな、俺の言ったとおりだろ。テニス部にして正解だったな。」
「おう、サンキューな。一応言っておくが抜け駆けはするなよ?」
「分かってるって。だが、周りは俺たちと同じ考えのやつが恐らくたくさんいるはずだ。ここからはチームワークが重要だぞ。」
「任せとけ。オレらの力を見せつけてやろうぜ。」
「どうやら不純な動機で来ている奴が多いようだ。まったく、これだからにわか野郎どもは困る。テニス部の大変さをまったく理解していないようだな。」
「いや、テメー中学の時は卓球部だったじゃねーか!」
そんなやりとりがあちこちで交わされていた。
「うわー、これまたすごい人数だね。流石は由姫といったところかな。」
美緒の言葉に顔を歪めると言った。
「流石にそんな人ばかりじゃないでしょ。たまたま今年はテニス部志望の人が多かっただけかもしれないし。」
「由姫さま、油断は禁物です。男共など信用できません。」
真澄は由姫に警戒するように促した。
「あれが噂の新入生というわけか。なるほど、ほかの連中が騒ぐのも案外頷けるな。」
「そうですね。同じ女性からみても思わず見とれてしまうほどですからね。」
「まあ、だからと言って手加減をする気はまったくないがな。」
テニス部部長は、どうやらかなりの堅物のようであった。
「さて、そろそろ始めるか。」
部長がそう言うと副部長と共にみんなの前へと進み出た。
「ようこそ新入生諸君。俺は部長の金井塚誠人、こっちは副部長の葛理恵子だ。我々は諸君のテニス部への入部を歓迎している。巷では何やら女目的で我が部を希望しているなどと戯けた噂があるが、安心して欲しい。そのような奴は数日と経たずに辞めていくことになるだろう。」
部長の言い放った言葉に、何人もの男共が頬を引き攣らせていた。
「まあ、とは言っても初日だからな。最初は軽く学校の周囲を二週ほど走るくらいにしとくか。」
部長の言葉に新入生の多くが「えー」との声を上げていた。清流高校の周囲はおよそ2キロほどの距離があり単純に4キロのランニングをすると言われたのだ。
体験入部だと軽く考えていた生徒には些か厳しい距離であった。
「おー、なんだ。短すぎて不満ならもう一周追加しても構わんぞ。」
「部長、絶対に分かってて言ってますよね?」
副部長の指摘に実に良い笑顔を返す部長。
テニス部の部員たちがランニングに向かうと、渋々といった様子で新入生も付いていくことになった。
「ちょっと、いきなりランニングとか聞いてないんですけど。」
美緒が不満を漏らしていた。
「美緒は中学の時は何をやっていたの?」
由姫が尋ねると「かるた部」と答えが返ってきた。
「へー、意外だね。美緒のことだから何か運動部に入っているのかと思った。」
「よく言われる。」
美緒は外見からよく運動部の人と思われていたようだ。
「これしきのことで情けない。」
真澄は二人の会話を聞き、美緒にそう告げていた。
「真澄ちゃんは運動得意なんだよね。」
「はい。うちの道場の練習ではこれくらいの距離では準備運動にもなりません。それよりも、由姫さまは大丈夫ですか?」
真澄が心配そうに質問する。
「大丈夫だよ。中学の時もテニス部だったし、体力づくりにランニングもしているしね。」
「なんか扱いちがくない?」
美緒の不満が噴出する。
なんだかんだと美緒も含めてこの三人は、かなり運動能力は高くほかの新入生がペースを落とす中、一定のペースを保ったまま走り続けていた。
「お、おい。もっと頑張らないと、このままじゃ彼女にかっこ悪いところを見せちまうぞ。」
「そんなこと言っても、結構きついぞこのペース。なんであんなに話しながら走っていられるんだ?」
「全く、この程度で根を上げるとはな。とんだあまちゃん共だ。」
「いや、俺ら最後尾なんだが・・・・・・。もっとペースを上げろよ。」
どうやら部長の思惑通りにことが運びそうであった。
そんなランニングをしている由姫に声をかけてくる人物がいた。
「由姫ちゃん、やっぱりテニス部にしたんだね。」
由姫が振り返ってみると、そこには幼なじみの一貴が走っていた。
「一貴くんもテニス部にしたんだ?」
「まあね。中学のときからずっとやってたし、他にやりたいことも特になかったから。でも、由姫ちゃんとまたテニスができて嬉しいよ。」
そんな二人の様子を周囲の新入生たちは羨ましそうに見ていた。どうやら女子生徒の中には一貴目当ての人も何人か居るようであった。
「あっ、そうだ。あの時は時間がなくてちゃんと紹介できなかったけど、こちらAクラスの六条一貴くん。子供の頃からの幼なじみなの。中学の時は一緒にテニス部にも入ってたんだ。それと、一貴くん。この子は中島美緒で、こっちの子が犬塚真澄ちゃん。私の友達なの。仲良くしてね。」
由姫が紹介すると、真澄は警戒を解くことはしなかったがお互いに「よろしく」と会釈をしあっていた。
そうこうしているうちに、二週を走り終えた由姫たちは、テニスコートまで戻ってくることができた。
「なんだ、テニス部志望と言っていた割にはだらしがない。まあいい。先に戻ってきたものからテニスの腕を確認する。全くの初心者は一番端の方で先輩たちから基礎を教わるように。経験者はこれから男女に分かれてそれぞれのレベルを見る。男は俺と、女は副部長と1ゲームだけ試合形式を行う。」
部長の説明が終わるとそれぞれの位置に移動をする。
「由姫、じゃあ私たちはあっちで練習してくるから、がんばってね。」
「由姫さま、ケガなどしないようお気を付けください。」
「うん、ありがとう。二人もがんばってね。」
そう言うと、三人もそれぞれ移動を始めた。
そして、テニスの実力テストが行われることとなった。サーブ権は新入生側に与えられることとなった。
順番にテストが行われたが、部長・副部長にかなう選手はおろか、1ポイントを取ることすらできずに次々と交代していった。
そして、ついに由姫の番が回ってくることとなった。
(女子とはいえ流石は高校生。中学の時とはレベルが違うな。でも、いくら体が妹のものとはいえ、女子に負けるのはプライドが許さないからな。)
由姫はコートに入ると、ボール感触を確認するために地面に何度かバウンドさせる。
相手の準備が整ったことを確認して由姫はボールを高くあげるとサーブを打つ。ボールはセンターラインギリギリを打ち付けた。
副部長がすぐさまボールの位置まで駆けつけると左のサイドラインへと返球する。
何度かラリーが続いたところで、由姫は前に飛び出すとボールを相手がいない方へと打ち返した。
副部長は流石に追い付けずにポイントは由姫が先取することとなった。
「おお、すげー。サーブ権があるとはいえ、あの副部長からポイント先取したぞ。」
「テニスをしている姿もふつくしい!」
「まさに女神だ。実に惜しい、体育着ではなくスコート姿ならば満点なのだが。」
「貴様、卑劣な感情で彼女を見るのを止めろ!」
場外では別の戦いが行われていた。
そんな様子など関係ないように由姫は集中していた。
勇樹と由姫は双子というだけでなく、一緒に練習していた時間も長かったためテニスのプレーもよく似ていた。お互いがその外見に似合わずに所謂、攻撃的なテニスをプレースタイルとしていたのだ。
(なかなかやるな。あの理恵子から先取点を取るとは・・・。)
部長は隣のコートから様子を見て、由姫のプレーに感心していた。
先取点を取られた副部長は不敵な笑をうかべていた。
(久しぶりだな、理恵子のあんな表情は。どうやら本気になったようだ。)
部長は面白くなってきたといった表情を浮かべる。
由姫は、再びサーブを打ち出した。しかし、先程までとは比べ物にならないほどのリターンが副部長から返って来たため、今度はなかなか前に出ることができない由姫。
次第に左右に振られてしまい、ついに追いつけなくなってしまいポイントはイーブンになってしまう。
「ああ、惜しい。由姫ー、がんばれー。」
「由姫さま。頑張ってください。」
外野からは由姫を応援する美緒と真澄の声が響く。
その後も試合は拮抗していたが30-40と由姫がリードを許してしまう。
(流石は副部長なだけはある。まさかサーブ権があってここまで押されてしまうとは。)
由姫はなんとかこの状況を打開したいと考えていたが、相手の方が技術レベルが上のため思うようにいかなかった。
再び、由姫がサーブを打つとライン際でのラリーが続いた。いちかばちかで前に飛び出す由姫。
しかし、それを見た副部長は笑みを浮かべた。
(しまった!誘い込まれた。)
前進してボールを打ち返した由姫だったが、副部長はロブを打つとベースラインギリギリを狙う。
由姫はなんとか打ち返そうと後方へと飛び上がるが、ラケットは届かずにゲームセットとなった。
「ああ~、惜しかったな。」
「でも、あの副部長にまともに打ち合えたんだ。かなりのものだろ。」
「彼女を慰めるには俺が行くしかないだろう。」
「てめえふざけんなよ!」
場外がだんだんと騒がしくなっていった。
「やかましいわ、てめーら全員追い出されたいのか?」
部長の一喝でその場が静寂に包まれた。そんな外野などお構いなしにゲームが終わった二人はコート中央で握手をしていた。
「あなた、見かけによらず面白いプレーだったわ。今はまだ荒削りだけど、私が鍛え上げてあげるわ。」
「ありがとうございました。ご指導よろしくお願いします。」
由姫はそう言うと美緒たちのところへと向かっていった。
(あ~あ、負けちゃったか。流石は上級生といったところかな。中学の時とは比べ物にならないや。)
由姫はそう思ったが、手応えを感じることができて気持ちを切り替える。
「かっこよかったよ由姫。」
「おつかれさまでした。」
由姫が二人のところに行くと慰めの言葉をかけられた。
由姫がふと男子の試合の方を見てみると、丁度一貴がプレーをするところだった。
「一貴くん、がんばってー。」
由姫が声援を送ると一貴は由姫に手を振り返していた。その一連のやり取りを見ていた他の部員たちは気が気ではなかった。
「おい、あの子あの男のことをの応援をしていたぞ。」
「くそ~、誰だよあいつ。何か親しそうにしているぞ。」
「ふん、俺の本気のプレーを見れば彼女の視線は俺に釘付けさ。」
「お前ストレート負けだったじゃねーか。」
一貴は集中するように少しの間目を閉じていたが、やがて目を開くとサーブを打つ。鋭いサーブだったが部長は難なくリターンを返すと、しばらくラリーの応酬が続き先制は部長が取った。
「よっしゃー、部長ナイス!」
「そのままこてんぱんにしてやってください。」
醜い男たちの姿がそこにはあった。
「一貴くんどんまい。」
「一貴く~ん。由姫がこんなに一生懸命応援しているんだから、カッコイイところを見せて上げてね。」
由姫の声援に美緒が茶化すように声をかけた。
「ちょっと、美緒。あんまりふざけたこと言うと承知しないよ。」
「そうです。由姫さまをからかうのは止めなさい。」
二人に言われた美緒は「ごめんごめん」と謝罪をすると、そんなことより応援しようとごまかした。
再び一貴がサーブを打つ。今度は先程よりも鋭いボールで、部長のリターンがあまくなってしまいその隙を逃さずに強烈なボレーでポイントを取り返す。
『きゃあああ、六条くーん。』
新入生の女子から黄色い声援を受ける一貴。その様子を面白くなさそうに見ている男子たち。
イケメン男子とその他の男子の格差社会がそこにはあった。由姫には男子の気持ちも理解ができてしまい、複雑な感情が沸き上がる。
その後も一進一退の攻防が続きデュースにまでもつれ込む。
(今年はハズレかと思っていたがなかなかやるじゃないか。だが、こちらにも上級生としての意地というものがあるんでな。)
部長の表情が真剣なものに変わる。
(誠人が本気になった?)
理恵子は誠人が下級生それも新入生に本気になったことに驚いていた。今まで本気でのプレーなど、試合か上級生でもなければある程度手加減をしていたからだ。
そこからは一方的な試合運びとなった。一貴も懸命に食らいつくが、地力が違いすぎたため結局決着を引き伸ばすことがせいぜいであった。
「ゲームセット!」
二連続でポイントを取られて一貴は敗北した。
お互いに健闘をたたえ合うと、悔しそうな表情で由姫のところに戻ってきた一貴。
「お疲れ様。」
由姫はタオルを一貴に差し出すと「ありがとう」と言って自然に受け取る。
「負けちゃったね。やっぱり高校生ともなるとレベルが中学とは段違いだね。」
「そうだね。でも自分より強い人がいると思うとわくわくしてくるよね。」
由姫の言葉に一貴が返すと「そうだね」と同意を示す由姫。
そんな空間に割り込めずにいる外野たち。
「そんな、汐崎さんにタオルをわたされているぞ。」
「いける。暗黒面に落ちた今の俺ならば奴を倒すことなど造作もない。」
「一貴くん、タオルなら私のを使ってー。」
(けっ!)男子一同。
「いや~、私らおじゃまだったかな。」
「由姫さま、タオルなら私のをお使いください。」
美緒と真澄が相変わらずの様子で割り込んでくる。
「何を言ってるのかな美緒?」
少し怒った感情を示しながら問いただす由姫に、美緒は視線をそらしながら口笛を吹いていた。
「部長、珍しいですね。年下相手に本気になるなんて。」
「お前こそ、新入生相手に随分と楽しそうだったじゃないか?」
理恵子の問いに誠人が答える。お互いに微笑み合うとそれ以上の追求はお互いにしなかった。
どうやら部長と副部長に目を付けられることになった二人であった。
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