第6話 はじめての一人登校
「行ってきます。お母さん。」
「はい、行ってらっしゃい。気を付けていくのよ。」
「はーい。」
由姫はそう言うと学校へと向かった。
一人で初めての登校をすることになった由姫は、少し緊張した面持ちで学校へと向かっていた。
電車に乗り込んだ由姫は、相変わらずの周囲の視線を無視するように窓の外を流れる景色を眺めていた。
「おはよう、由姫。」
由姫に話しかける声に振り向くと、中島美緒が後ろに立っていた。
「おはよう、美緒。美緒もこの時間の電車なの?」
「今日は少し早めの電車に乗ったんだけど、もし良かったらこれから同じ電車に乗れるときは一緒に学校に行こうか?」
「そうだね。じゃあ、連絡取れるように電話番号とアドレス交換しよう。」
美緒の提案に由姫は賛成すると、アップルフォンを取り出してそう告げた。
「あー。良いなあ。最新機種のアップルフォンだ。しかも、色もかわいいね。由姫にとても似合ってるよ。」
「えへへ、親におねだりして昨日買ってもらったの。」
そう言い、互いのスマホを赤外線通信で番号交換をした。
「へっへっへ。この番号を男子共に見せたらいくら出すかな?」
美緒はゲスな笑いを浮かべながら不穏なことを言っていた。
「ちょっと美緒? 変なことしたら絶交するからね?」
由姫のジト目に顔に冷や汗を浮かべながら「冗談よ?」と言い訳をしていた美緒。
そんなことをしながら、やがて最寄駅についた二人は電車を降りる。
二人が学校の坂道を進んでいると、由姫に気がついた周囲の人からヒソヒソ声が聞こえ始める。
「ほら、あの子だよ。昨日話した女の子は。」
「どれどれ、うわ、マジでかわいいじゃん。少し盛ってると思っていたけど、想像以上じゃないか。そこらの芸能人何か目じゃないぞ。」
「おーおー、相変わらずの人気者でうらやましいですなぁ。」
美緒が由姫にからかうように言う。
「そんなに言うなら代わってあげるよ。」
由姫がうんざりするように告げると、美緒も周囲を見渡して言った。
「まあ、見ず知らずの人に好かれても迷惑なだけか。それに、由姫も本命の彼氏さんがいるようだし?」
美緒の言葉に首をかしげる由姫。
「本命の彼氏ってなんのこと?」
由姫が本当にわからないというような素振りを見せたため、美緒が信じられないような表情で告げた。
「えっ、昨日教室に来て楽しそうに話していたじゃない。彼結構かっこよかったし由姫も満更じゃないんじゃないの?」
ようやく誰のことを言っているのか気がついた由姫は、慌てた様子で否定する。
「ないない、一貴くんはそんなんじゃなくて、ただの幼馴染だよ。それに・・・。」
由姫が続きを説明しようとしたが、それには一年前の通り魔事件のことを説明しなくてはいけなくなりそうで言いよどんでしまい、結局続きの言葉が出てこなかった。
何か聞いてはいけないことなのかと察した美緒は、話を逸らすことにした。
「ま、まあ由姫にも色々あるよね。そんなことよりも真澄の件はどうするつもりなの?あの子結構真剣にあなたのことを護ろうとしているようよ。」
真澄の件を出されて、再び頭を抱えることになる由姫。
「そうなのよね。なんで私に対してあんな態度をとっているんだろう? 初対面のはずなんだけどなぁ。」
昨日の一件をいくら考えても理由が思いつかない由姫。
「もっと親しくなれば、そのうち話してくれるんじゃない?」
美緒の言葉にうなづく由姫。
やがて二人は坂道を上り終え学校に到着した。教室に入った由姫を出迎えたのは先程噂になった真澄であった。
「『姫』、おはようございます。」
「おはよう、真澄ちゃん。あの、真澄ちゃんも私のことは名前で呼んで欲しいな。」
「ご命令とあらば由姫さま。」
「できれば様付もないほうが。」
「それだけはご容赦を。」
由姫に頭を下げたまま顔を上げようとしない真澄を見て、今は無理だと判断した由姫はゆっくり時間をかけて解決しようと思うことにした。
「おはよう、真澄っち。」
美緒が真澄に挨拶をすると、顔を上げた真澄が言う。
「なんですかそのふざけた呼び方は?」
「いや、呼び捨ては嫌だって真澄っちがいうから。」
美緒の言葉に頬を引く付かせる真澄。
「はいはい、二人とも喧嘩はしないように。」
由姫が二人に言い放つ。だんだん、二人の扱い方に慣れ始めた由姫。
「ですが由姫さま・・・。」
真澄に続きを言わせない様にほほ笑みかける由姫。
「わかりました。由姫さまに免じて今は我慢します。」
結局真澄が折れることになった。
ガラガラ。
教室の前の扉から担任が入ってきた。
「よーし、みんな席に着けー。」
担任の言葉に生徒は自分の席へと戻っていく。
「じゃあ出席を取るぞ。まさか初日から休んでいるような奴はいないだろうな?」
担任は教室全体を見渡し席には生徒全員がいることを確認する。
出席を取り終わった担任は用紙を配り始める。
「今配った紙は部活の入部届けだ。今日から部活の体験入部が始まる。まだ決めていない奴はいくつか見て回るのもいいだろう。一週間後には回収するから、それまでに入部先を決めるように。以上だ、何か質問はあるか?」
担任の言葉にひとりの生徒が挙手をする。
「先生、部活は必ず入らなくてはいけませんか?」
「別に強制加入と言うわけではないが、特別な事情でもない限りは入っておいたほうがいいぞ。高校の部活では特に社会性を養う意味でも結構重要だし、大学の推薦を狙っているなら内申にも響くからな。」
ぶっちゃけトークにも慣れ始めたEクラスでは、特に騒ぎが起きることもなくほかの質問もなかったことから、一限の授業が始まった。
授業の方は初日ということもあり、特に授業をガンガン進めていくこともなくやがてお昼の時間になった。
「由姫はお昼はどうするの? お弁当、それとも学食か購買?」
美緒が由姫に聞いてきた。
「私はお弁当を持ってきたから。」
由姫はカバンからお弁当を取り出すと机の上に置く。
「そうなんだ。じゃあ一緒にたべよ。」
「うん。真澄ちゃんも一緒にどう?」
由姫が後ろを振り返り真澄に尋ねると、「よろしければ」と答えて三人で食べることになった。
その様子を周囲の男子たちは中に入れるはずも無く見つめていた。
「お、おい。俺たちも一緒に食べられないかな?」
「いや、流石にハードルが高い。他の連中も警戒しているし、何より犬塚の目がやばい。」
男子生徒たちは互いに牽制し合い、更には護衛の犬塚の警戒に成すすべがなく膠着状態が続いていた。
そんな男子たちを虫けらを見るように、Eクラス女子はそれぞれ昼食を取り始めていた。
「あー、由姫のお弁当可愛いね。お母さんに作ってもらったの?」
美緒が由姫のお弁当を覗くと尋ねる。
「ううん、自分で作ったの。お母さんがこれも修行だからって自分で作るように言われたの。ついでだからってお父さんの分まで作るように言われて大変だったよ。」
「へー、由姫は偉いね。私なんてお母さんに全部任せきりよ。あっ、タコさんウィンナーちょうだい?」
「いいよ。その代わり美緒のも何か分けて。真澄ちゃんも良かったら食べてみて。」
「あ、ありがとうございます。」
由姫は美緒とおかずの交換をして、真澄にもおすそわけをする。恐縮するように真澄は由姫のおかずを食べていた。
「真澄ちゃんのお弁当はすごいね。まるでお店で出しているものみたい。」
由姫は真澄のお弁当の感想を述べた。
「これは母が作ってくれたものです。私は料理が苦手でして・・・・・・。」
「いいお母さんなんだね。そうだ、今度三人で一緒に料理をしましょう。」
由姫の提案に美緒が乗り気で了承すると、真澄も押されるようにうなづく。
その様子を周囲の男子は血の涙を流さんばかりに見ていた。
「おい、汐崎さんの手作り弁当だぞ。」
「なんて羨ましい。一万払うから分けてもらいたい。」
「俺なら二万は出すね。」
何かよくわからない戦いが周りでは起こっていたが、由姫は気づかずに昼食を続けていた。
~一方その頃父親の会社では・・・~
「部長、お昼どうします。外に食べに行きますか。」
部下に声をかけられた由姫の父親は、にへらと顔を崩すと自慢するようにお弁当を取り出すと部下に告げた。
「私はお弁当があるからここで食べる。」
「わー、いいなぁ。愛妻弁当ってやつですか?」
部下の冷やかすような言葉に父親は鼻息を荒くして答える。
「いや、これは愛娘弁当だな。」
それを聞いた前に由姫と直接顔を合わせた別の部下、杉浦が会話に割り込んでくる。
「部長の娘さんて由姫ちゃんのことですか?」
「え、お前部長の娘さんのこと知ってるの?」
最初に話していた部下が杉浦に聞く。
「そっか。あの日はお前休みだったな。部長の娘さん北欧系のクォーターでめちゃめちゃ可愛い子だったんだよ。」
「へー、そうなんですか? 今度俺にも紹介してくださいよ。」
部下が冗談めかしに聞いてくるが、父親としての警戒心をMAXにして答える。
「なぜ可愛い娘をお前らなんぞに紹介しなくてはいけないのだ。言っておくが娘にちょっかいをかける男は、この私がどんな手を使っても排除するからな!」
目が座っている部長の言葉に部下が若干引き気味になっていた。
「えー、部長さんの娘さん見てみたい。写真とかないんですか?」
そこに女子社員が入ってきた。父親はしょうがないなというように財布から写真を一枚取り出すと、女子社員に渡した。
「わー、すごい。まるでモデルさんみたいですね。スタイルもいいし、髪も綺麗で羨ましい。」
女子社員の言葉に、他の部下たちが次々と集まり出して写真を見ては驚愕をしていた。
「うわ、マジだ。すげーな、お前の言ったとおりだ。」
「だから言っただろ。めちゃめちゃ可愛い子だって。」
最初は機嫌が良かった父親も、男性職員の言葉に段々と眉を潜めていた。
「お前らは見なくていいんだよ。娘が穢れる。」
「ひでぇ。」
部長の言葉に部下がショックを受けるが、ほかの職員はまああれだけ可愛ければそうなるよと慰めていた。
「まあそういうわけだ。私はお弁当を食べるからお前たちは外食でもしてくるといい。」
勝ち誇るようなセリフに、男性職員は酷い敗北感を感じながらも休憩時間に入っていった。
そんなことが父親の会社で起こっていることなど露程にも知らず、昼食を食べ終えた由姫たちは残り時間で話をしていた。
「由姫は部活テニス部なんだよね? 私も入部しようかな?」
美緒が由姫に告げた。
「ほんとう? なら一緒に体験入部してみよう? 気に入らなかったら別の部でもいいし、私はテニス部にはこだわっているわけでもないし。真澄ちゃんはどうする?」
「由姫さまがよろしければ私もご一緒します。」
由姫が真澄に尋ねるとそのような答えが返ってきたため、三人でテニス部の体験入部に行くことが決まった。
「さらばだ、我が親友よ。俺は愛に生きる。」
「はいはい、お前の親友はグラウンドに転がってお前を待っているから諦めような。」
とあるサッカー部志望の生徒を説得する別の生徒。
「離せー、俺はもう決めたんだー。」
「馬鹿か、お前はサッカー推薦で入学したんだから、入部しなけりゃ退学だぞ。」
残酷な現実に打ちのめされるサッカー少年。各所では同じような光景が繰り返されていた。
「あっ、そうだ真澄ちゃん。真澄ちゃんは携帯電話持ってる?もし良かったら電話番号とアドレス交換しない」
「はい、持ってます。」
そう言ってガラケーを取り出す真澄。お互いのケータイに電話番号をメールすると番号を登録する。
その瞬間時は止まる。男子生徒は一斉にポケットからケータイを取り出すと、周囲を厳しく牽制し合う。もしこの場にプロの格闘経験者がいたならば、あまりの隙のなさに思わず冷や汗を流したことだろう。
だが、そんな努力もむなしく真澄によって放たれた殺気に敢無く戦意を失わされてしまったのだった。
そんな懲りない男子生徒を他所に、何人かの女子生徒は由姫たちとのメアド交換を成功させていた。
がんばれ、1-Eクラス男子生徒。いつかその想いを伝えられる日がくる・・・・・・かもしれない。
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