第5話 学校生活一日目終了

 犬塚真澄の自己紹介が終わり、次に委員会と学級委員長を決めることになった。学級委員の自薦、他薦を募ったが誰も挙手しなかったため担任の独断で決めることとなった。

「木坂、お前がこのクラスで一番成績が良いし、中学校時代も学級委員やっていたんだろ。引き受けてくれるか?」

 

 名指しされた木坂は、少し考える素振りをしてから担任に確認をとった。

「せんせー、副委員は自分の推薦でいいですか?」

「おう、引き受けてくれるならいいぞ。」

「じゃあ汐崎さんでお願いします。」


『はあー?』

 男子生徒と一部の女性徒が叫ぶ。

「先生、そういうことなら俺が学級委員長に立候補します。」

「ずりーぞ、先生俺も。」

「バカか、お前の頭で務まるわけねーだろ。先生ー、前世で総理大臣やってたんで俺がやります。」

「お前俺と大して成績変わんねーだろうが!」


「なんだ、みんなそんなにやりたいなら今立候補した中から学級委員と副委員決めてもいいんだぞ。」

 とたんに静かになる教室内。

「まったく、自薦の時に手を上げなかった時点でお前らはダメだ。汐崎、副委員受けてくれるか?」


 担任からお願いをされた由姫は断ることもできずに、曖昧に「はあ」と答えた。

 学級委員と副委員が決まったことで二人は前に出ると、みんなの前で話をする。


「え~改めまして、先生から推薦されて学級委員を勤めさせていただきます木坂文章です。汐崎さんと協力してやっていきたいと思いますので、皆さんもご協力お願いします。」

 木坂が紹介を終えると由姫の番となる。


「副委員になりました汐崎由姫です。木坂くんと協力して頑張りたいと思いますのでよろしくお願いします。」

 由姫の話が終わると絶望に打ちひしがれた男どもを他所に、委員会の選任が行われる。


 木坂が進行役、由姫が板書係として粛々と進められていった。

 ようやく全ての委員が決まったところで本日の日程をすべて終えることとなった。


「よ~し、それじゃあ今日はここまでだな。明日から早速授業が始まるが、中学のときとは違いいろんな科目もあって勉強も大変になっていくからな。成績が落ちて俺の手を煩わせないように気を付けるんだぞ。」

 相変わらずの発言だがクラスもなんとなくなれてきた様子だった。


 木坂が挨拶の号令をかけるとその場は終了となり、あとは帰宅をするだけの段取りとなった。

 由姫が帰宅の準備をしていると、教室のドアが開き少年が一人教室へと入ってきた。


「やっぱり由姫ちゃんだったんだね。」

「一貴・・・くん?」

 由姫が振り向くとそこには勇樹と由姫の幼なじみだった六条一貴がそこにはいた。

 突然の由姫に対する男の登場に教室内が再びざわめき始めた。


「おい、あいつ誰だよ? 汐崎さんになんか馴れ馴れしく話しているぞ!」

「汐崎さんもなんか名前で呼んでたしどういう関係なんだくそっ。」

「い、いや、みんなもちつけ。汐崎さんの話では付き合っている人は居ないはずだ。」

「いや、お前が落ち着け!」

 男子たちが騒いでいる横で、女子たちもざわめいていた。


「ねえ、あの人なんかカッコ良くない?」

「そうね、うちのバカな男子どもよりはよっぽど良さそうね。」

「彼女さんとか居るのかな?」

(けっ、あんな男のどこが良いって言うんだ!)

 クラスの男子は女子の反応に吐き捨てるように思った。


 咄嗟に真澄が由姫と一貴の間を遮ると、睨み付けるように問いただした。

「貴方は誰ですか。この方になんのようですか?」

「真澄ちゃん待って。この人は私の幼なじみで六条一貴くんというの。別に警戒しなくても大丈夫だから。」


 由姫がそう言うと、渋々ながら真澄は退いた。

「本当に由姫ちゃん何だね。あのとき以来だね・・・。その、もう大丈夫なのかい?」

 一貴は聞き辛そうに由姫に尋ねた。

「うん・・・一応・・・ね。」

 由姫は心の中で何て言ったら良いのかと悩んでいた。


(いくら親友だからといってこんなこと簡単に話すわけにいかないよな。ごめんな一貴。)

 流石に本当のことを言うわけにもいかず濁すように答えた。

「そ、そうか。良かった。」

 一貴も他の目があるなかで、この場では詳しくは話せないと思い、一応納得することにした。


「一貴・・・くんもこの学校だったんだね。なん組なの?」

 由姫は話をそらすため質問した。

「ああ、Aクラスだよ。クラスが別々なのは残念だけど、また昔みたいに過ごせたら嬉しいな。」

「そ、そうだね。」

 二人がお互いに笑顔で会話をしているのを、周囲は固唾を飲んで見守っていた。


「あっ、もうこんな時間。お母さんが外で待っていると思うから私もういくね。」

「ごめんね、なんか引き留めちゃって。じゃあまた明日。」

「うん、また明日ね。」

 由姫が一貴に手を振って教室を出ていくと、残った一貴に周囲の視線が刺さる。


 その圧力に思わず「なにかな?」と呟き後ずさると、真澄が話しかける。

「貴方があの御方とどういう関係か知りませんが、不埒な真似をしたら私が容赦しませんからね。」

「はぁ。」

 一方的な宣言に一貴が返事すると、睨み付けるようにして真澄は教室を後にした。

 Eクラス男子は初めて真澄の言葉に共感を得ることになった。


 教室を出た由姫は母の元へと急いでいた。

 校舎から出ると校門前で母を見つけることができた。

「お母さんお待たせ。」

「そんなに急がなくても大丈夫よ。」

 母は笑顔で迎えてくれた。


「お母さん。幼なじみの一貴くん知ってるでしょ? さっき教室に来てたんだけど同じ学校にいたって知ってた?」

「ええ、向こうの親御さんとは付き合いがあるから知っているわよ。」

 母の答えに由姫は問いかけた。


「なんで教えてくれなかったの? いきなりでビックリしたじゃない。一貴くんも知らなかったみたいだし。」

「いや~、昔の幼なじみと運命的な再会なんてロマンチックじゃない。」

 由姫は母の答えに頭を押さえていた。


「だからそんなんじゃないって何度言えば。もういい。」

 真面目に話すだけ無駄と悟った由姫は諦めることにした。

「それでこれからどうするの?」

 由姫が母に聞く。


「さっきお父さんから連絡があってね、近くに居るから一緒にお昼にしましょうだって。」

「本当? じゃあお寿司屋さんに行きたい!」

 由姫は母に抱きつくと甘えるように聞いた。

「しょうがないわね。」

 そんな由姫の甘えた仕草に周囲の人たちは思わず見とれていた。

 母は由姫に微笑みながら了承するとタクシーに乗り込み父のもとに向かった。


 待ち合わせの場所に着くと父は若い男性と共にいた。

「お父さん、お待たせ。こちらの方はどなたですか?」

「ああ、父さんの部下の杉浦だ。丁度一緒に営業に来ていてな。」

「初めまして。娘の由姫です。父がいつもお世話になっています。」


「あ、ああこれはご丁寧にどうも。お父さんの部下をしています杉浦です。こちらこそお父さんにはいつもお世話になっておりまして・・・。」

 杉浦は父と母、由姫をみて困惑ぎみに答えた。

「えっと部長の娘さんは・・・。」


 部下の戸惑いに気付いた父が部下に説明していた。

「ああ、妻の母親は北欧系でな。娘の髪はその血を受け継いだものだ。」

 それを聞いて納得した様子の部下に父が告げる。

「いやあ、部長にこんな可愛い娘さんがいたなんて知りませんでしたよ。」


 杉浦の話に照れている由姫。

「俺はこれから家族と昼食後に会社に戻るから、お前は先に戻っていてくれ。」

「あっ、もし良かったらお昼一緒に行きませんか?」

「いや、折角だが家族との大事な時間なんでな。遠慮しておくよ。」

 部下の言葉に父が拒絶を示した。

「ハハハ、ですよねー。」

 父の言葉に乾いた笑いをしながら「それでは失礼します。由姫ちゃんもまたね。」というと、部下は行ってしまった。


「お父さん、なにもあんな言い方しなくても。」

「由姫はもう少し警戒することを覚えなさい。よく知りもしない男とむやみに食事や遊びに行ったりとかはしちゃダメだぞ。」

父の言葉に母も答える。

「お父さんの言うとおりよ由姫。男なんてみんなオオカミだと思っても間違いじゃないんですからね。」

「いや母さん、なにもそこまでは・・・。」

 父は訂正しようとするも母の圧力に負けてそこから先の言葉はでなかった。


 その後由姫の希望通りお寿司屋に行くことになった。

「由姫は何にする?」

「ネギトロと中トロにウニが良い。」

「ハイハイ。」

 久しぶりの回らない寿司屋に由姫のテンションも昇り調子であった。


 注文の品が来て早速食べ始める由姫。

「う~ん、美味しい!」

 満面の笑みで食べる様子に、店員さんや他の客まで釣られて笑顔になってしまう。

 次々と追加注文をしていき一息ついた頃に、母が由姫に話かけてきた。


「そう言えば、由姫ももう高校生だから携帯を買わなくちゃね。」

「本当? 私アップルフォンが良い!」

 由姫は人気のスマートフォンをねだった。

「電話なんてかけられれば良いんだから、お母さんと同じやつで良いでしょ。」

 母が自分の携帯を出して告げた。


「えー、今どきガラケーなんて恥ずかしいよ。それにアプリも使えないし。ねぇ、お父さん良いでしょ?」

 由姫は父の方を見ると上目づかいで甘えるようにおねだりした。

「おほん。まあ母さん、由姫も高校生だしスマホでも良いんじゃないか?」

 父は由姫のおねだりに負けて母の説得に入った。


 母は父をジト目で見ると由姫に言う。

「まったく、普段は男だとか言っておきながら、こういう時だけ女の武器を使うなんて。」

 母の言葉を聞こえない振りをして聞き流す由姫。

 結局は母が折れてアップルフォンを買うことが決まった。


「予算をオーバーした分は貴方の来月のお小遣いから引いておきますからね。」

「えっ!」

 母の言葉に凍りつく父。

「お父さんありがとう。大好き。」

 由姫の言葉にしょうがないなあという風に呟くも、来月どうしようと一人悩む父。


 昼食を食べ終えた由姫は父と別れると、母と一緒に携帯ショップへと向かった。

「本日はどのようなご用件でしょうか。」

「娘の携帯を買いに来たのですが。」

 店員に答えた母。

「アップルフォンを買いたいんですが?」

 由姫が店員に希望を伝える。


 店員が笑顔で案内をしてくれ目当てのアップルフォンのところに来た。

「色はどちらにいたしましょう?」

 由姫は四色を見比べて少し悩んでから告げた。

「ピンクでお願いします。」

 店員はしばらくお待ちくださいと言うと、裏に行って商品を取りに行った。


 アップルフォンを持ってきた店員に手続きをしてもらうと、由姫は無事に念願のアップルフォンを手に入れた。

 嬉しそうに操作をしていた由姫は「お母さんありがとう」と言って抱きついた。

「ちゃんと勉強もするのよ。」

 母の問いかけに頷くと、周囲の微笑ましいものを見る視線を後にして家に帰っていった。


 家に帰ってからは、アップルフォンを手放すことなく色々な操作をして過ごした由姫は、これからの高校生活に期待と不安を胸に眠りについた。

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