第4話 入学式

 四月になり、由姫のあたらしい高校生活が始まる。由姫が進学することになった高校は清流高校といい、県内ではそこそこの成績を誇る進学校であった。

 本当の由姫が戻ってきた時のために、迷惑はかけられないと兄が頑張った成果であった。

 今日は入学式ということで母と一緒に高校に向かうことになっている。


「由姫~、準備はできた~?」

「お母さん、もうちょっとまってー。」

 由姫は鏡の前で制服の乱れがないか、寝グセのチェックなど準備に余念がなかった。由姫になってから一年以上が過ぎ大分女性が板についてきたようであった。


(やっぱり制服は楽でいいなぁ。私服とか選ぶのはめんどくさいんだよね。)

 準備が整った由姫は一階に下りると、母に確認をした。

「お母さん、どう?変なところない?」

 母の前でくるりと一回転すると感想を聞く。


「うん!とっても可愛いわよ。これなら男の子がほっとかないわね。」

 母の言葉を聞き嬉しそうにするも、気になるフレーズに突っ込む。

「いや、お母さん。何度も言うけども男の子と付き合う気はないからね。それに、そういうのは由姫が戻ってきてからにしたほうがいいし。」


「でも双子なんだし好みのタイプとかは似ているかもしれないわよ。」

「双子といっても性別が違うだろ。俺は男だー!」

 思わず叫んでしまう。


「ほら、また言葉遣いが。まだまだダメね。今度から男言葉を使うごとにお小遣い一割ずつカットしようかしら。」

(お母さんが変なこと言うからだろ。でもお小遣いカットは痛い。今月は欲しいゲームもあるし、もう高校生だからバイトでもしたいなぁ。)

 母のあまりの言葉に心の中でツッコミを入れるが、なんとか飲み込むことに成功した。


「お母様、早く学校に行かないと入学式に遅れますよ。」

「由姫。ただ丁寧な言葉を使えばいいわけじゃないですからね。」

 母は由姫の変な丁寧語にツッコムも、そろそろ出ないと遅れてしまうと思い出かけることにした。


 最寄駅から電車に乗ると清流高校前の駅に向かう。その車内では由姫の容姿は人々の注目を集めていた。

「おい、あの子見てみろよ。」

「なにって、うおめっちゃ可愛い。どこの学校だ?」

「あの制服は清流高校だよ、マジかよ俺もっと頑張って勉強しとけばよかった。」


「見て、あの子の髪きれー。外人さんかな?」

「わー本当、まるで妖精みたいね。でも隣にいる人はお母さんよね?ハーフかな?」


 車内の視線が由姫の方をむいてヒソヒソと話しているのが分かった。由姫はたまらず視線を下に向ける。

「あらあら、さっそく注目の的ね。まあお母さん譲りの美貌にその銀髪だものね。」

「お母さん、さすがに自分のことをそこまで言うのはちょっと・・・。」


 母の自信に由姫はツッコム。

(まあ勇樹のときからこの髪のせいで注目を集めていたから今更だが、男たちの視線が何か怖い。)

 男たちの視線に怯え母に身を寄せるようにする由姫。そんな仕草が余計に保護欲を掻き立てるとも知らずに。


 ようやく高校前の駅に着き足早に改札を潜る。駅からは徒歩で大体十五分ほどの距離にあるらしい。

 高校までの道順を覚えるように進んでいき、高校が見えてきた所で最後に上り坂が待っていた。


「え~、この坂を毎日上るの~。」

 下から高校を眺めながら思わず言葉が溢れる。

「なに言ってるの。まだ若いんだしダイエットにもなるわよ。」

 母の言葉にため息を溢しながら坂道を上っていく。


 その道中でも由姫は注目を集めまくっていた。

「まじか、あの子見てみろよ!」

「うお~、清流高校に入れて良かった。神様ありがとう。」

「あの子一年だよな? やべー、クラス分けが今後の運命を決めるぞ。」

「でもあんなに可愛い子なら彼氏とかいるんじゃねーの?」

「バカやろー、あの清純そうな顔を見ろよ!彼氏なんて居る分けねーだろ!」


(はぁ、男って馬鹿ばっかりだな。昔の俺はあんなにがっついていなかったぞ。やっぱり高校生にもなるとみんな彼女とか欲しいのかな?)

 由姫は心の中で男という生物に呆れていた。


「由姫良い?簡単に彼氏なんか作っちゃダメよ。何人か有望そうな男をキープしておいて、将来有望そうな人を捕まえるのよ!」

 なに言ってんだこの人と心の中で思うも、反応するのも疲れたように由姫は高校を目指してひたすら歩いていた。


 正門を潜った由姫は一年生の下駄箱のところへと向かうため、母と別れることになった。

「じゃあ、お母さん先に体育館に行って待ってるからね。由姫、学校生活は最初が肝心だからね。」

「分かってるよ。はぁ、友達できると良いけど。」


 不安を抱えながら仮の場所に靴を置くと、入り口の壁に張られているクラス分けの用紙のところへ向かった。

 由姫が何とかクラス分けを見ようとするも人だかりが多くて、背伸びをしても見られなかった。


「おい、ちょっと。」

「何だよって!」

 一人が由姫に気が付くとだんだんと人だかりが別れていき、まるでモーゼのようにクラス分けの用紙まで道ができていた。


 由姫はすみませんと言いながら用紙の前までたどり着くと、端から自分の名前がないか確認していった。

 その様子を周囲の人は固唾を飲むように見守っていた。


 やがて1-Eクラスのところで自分の名前を見つけた由姫。

 思わずあったという呟きが漏れ、由姫は三階にある一年の教室に向かっていった。


 由姫が居なくなってからしばらくして、その場の時が動き出すようにざわめきが起こった。

「今あの子1-Eのところで止まってたよな? まじか、神様ありがとう!」

 一人の男が叫ぶと周囲からは嫉妬の視線が浴びせかけられていた。


「マジかよ、俺Dクラスだぜ。なんであとひとクラスずれなかったんだよ! ちょっと職員室行ってきて一身上の都合でEクラスへの編入を掛け合ってくる。」

「あほか。そんなもん認められる分けねーだろ。思い出した。俺じーちゃんの遺言で高校はEクラスって言われてたんだ。ちょっと行ってくる。」

「お前んちのじーちゃんまだピンピンしてるじゃねーか。」


 その場が阿鼻叫喚の絵図になってしまい、その様子を周囲の女子たちは冷ややかな目で見ていた。

(これだから男どもは!)

 そんな様子など知らない由姫は三階まで上ると1-Eクラスの前までやって来た。


 なるべく目立たないように後ろのドアから入ったが、由姫が入ってきたとたん教室内のざわめきがピタリと止まってしまった。

 由姫は黒板に書かれた席に着くと机の上に置かれた資料に目を落とす。


「おい、あの子外国の人かな? 日本語通じるよな。俺たち勝ち組じゃね?」

「もちつけ、取り敢えず最初が肝心だ。変に思われたら今後に響くぞ!」

 ざわめきに思わず視線を上げた由姫が周囲を見回すと、ピタリと話が止む。


(はぁ、やっぱりこの髪は目立つよなぁ。嫌いではないんだけど、こういう時は目立つから憂鬱なんだよな。)

 由姫は何時ものことで慣れているとはいえ、新しい高校生活という事で緊張していたため少し気分がブルーになっていた。


 8時40分になりチャイムがなると、先生が前のドアから入ってきた。

「はーい、席に着けー。これからの予定を説明するぞー。」

 先生はこれからの進行予定を説明していった。


 まずこれから体育館に行き入学式を行う。その後は教室に戻ると席決めを行い、所属する委員会や学級委員を決めるとのことだった。

 部活動については明日から仮入部を含めた見学などがあるとの事だった。


 説明を終えた先生は生徒たちを体育館に誘導する。

 体育館前に着くとA組から順番に並んでおり、入場の合図を待っていた。


 やがて合図があると順番に入場が始まる。E組の番になり由姫も体育館のなかに入っていく。

 保護者の席の方を見ると、母がこちらを見て小さく手を振っているのが見えたので、由姫も小さく振り返していた。


 保護者の席からは由姫を見て驚いた様子の人が多く見受けられていた。

 そんな様子に気が付くことなく用意された席へと着席をした由姫。


 そして入学式が始まった。式の方は何処にで もある普通のもので、先生や議員、在校生、新入生代表などの挨拶を聞くものだった。

 そんな退屈な時間も終わり由姫は教室の方へと戻って行った。


 教室に戻ると先生から席を決めるためのくじ引きを行うように説明された。

 それを聞いた教室内はにわかにざわめきが起き始めていた。


「俺は勝つ!俺は勝つ!俺は勝つ!」

「今引かずにいつ引くっていうんですか!」

「諦めたらそこで席替え終了ですよ。」

「先生、あの子の隣に座りたいです。」

 そこはバカな男たちの巣窟になっていた。


 パンパン!

「はーい、静まれー。それじゃあ廊下側から順に引いていけ。」

 廊下側の先頭から順にくじを引いていく。番号を読み上げて黒板に担任が名前を板書していく。


 そして、由姫の番になり皆が固唾を飲んで見守っていた。

 由姫が引いた番号は窓側の後ろから二番目と中々の席であった。

 由姫の名前が書き込まれた教室内は、喜びと絶望の入り交じったカオス空間であった。


 そして席替えが行われた。由姫の隣の席には活発そうなショートヘアの少女が座り、後ろの席には髪をポニーテールにした黒髪の少女、前の席を調子の良さそうな男の子が座っていた。


「初めまして。私中島美緒なかじまみおって言うの。仲良くしてね。私のことは美緒でいいから。」

「初めまして。私は汐崎由姫です。こんな髪ですが英語が苦手の日本人です。よろしく。私も由姫で良いです」

 隣の席の人と取り敢えず仲良くなれそうだとほっとする由姫。


 美緒は続けて由姫の後ろの席の女性徒にも話しかけた。

「貴方の名前聞いても良い?」

 すると由姫の後ろの女性徒は由姫の顔を見つめると告げてきた。

「ようやく巡り会えました『姫』。私は犬塚真澄いぬづかますみと言います。どうか真澄とお呼びください。」


 突然『姫』と呼ばれて困惑する由姫。

「あの、私の名前『姫』とは入ってますが別に普通の一般人ですよ。」

「そうそう、なんで真澄は『姫』何て呼んでるの。」

 真澄は美緒を見ると告げた。


「貴方には呼び捨てを許したつもりはないですが?」

 なにか険悪なムードになりそうな感じだったので由姫は慌てて止める。

「二人ともケンカしちゃダメだよ。」

「はっ、申し訳ありません。」

 手のひら返しのように即座に謝る真澄。


「真澄ちゃん、私のことは由姫で良いから。そんなにかしこまらないで、友達になりましょう。」

「恐れ多い言葉、誠に恐縮です。」

 由姫の言葉でも頑なに拒絶を示していた。どうしたものかと考えていた由姫に前の席から声がかかった。


「いや~、女の子三人で何やら楽しく話しているね。僕も是非混ぜてもらいたいな。僕は木坂文章きさかふみあきよろしくね。」

 妙に馴れ馴れしい様子で話し掛けてきたが、その様子を周囲の男たちは怨嗟のこもった眼差しをその男に向けていた。


 丁度その時担任から話が始まる。

「よーし、自分の席についたなー。これからまず自己紹介をやってもらう。順番は廊下側の先頭からだ。最低でも名前と趣味、希望の部活位は言っとけよ。最初に俺から自己紹介させてもらう。俺はこれから一年間お前たちの担任になる伊原康人いはらやすとだ。三十四歳独身で彼女募集中だ。趣味はゲームと旅行だな。くれぐれも問題行動は起こすなよ。俺の休日がなくなるからな。ほんと頼むぞ。」

 いろいろぶっちゃけた担任のようだ。まあ由姫としてはその方が取っ付きやすくて良かったのだが。


 それから順番に自己紹介が始まった。みんな大体無難に終わらせていって、ついに由姫の番になり壇上に上がる。

「皆さん初めまして。私の名前は汐崎由姫と言います。趣味は運動することとお菓子作り、あとゲームを少々します。部活は中学のときにテニス部だったので一応希望しています。以上です。」


 由姫が壇上から下りようとすると担任から声がかかった。

「汐崎ちょっとたんま。みんなからなにか質問はないか?」

「先生?」

 担任の言葉に思考が停止する由姫。


「いやな、みんながお前に興味津々で落ち着かないようだから、この場で質問を受けておけば良いかなって。それにあとから質問攻めの目に遭っても大変だろう?」

 由姫はなんで私ばっかりと不満げだったが、教室内の生徒が手をあげているのを見てため息をついて諦めた。


「ほい、じゃあお前から。」

 担任が指名した生徒から質問が始まる。

「汐崎さんはハーフなんですか? ご両親はどちらの国の人ですか?」

「両親は日本人です。母方の祖母が北欧系です。」


「お菓子はどんなものを作るんですか?」

「クッキーやパウンドケーキなんかの洋菓子メインです。」


「ゲームって何をやってるんですか?」

「最近はファイナルストーリーXをやりました。」


「彼氏は居るんですか?」

「居ません。」

『オオオオオオ!』教室内がどよめいた。


「好きな人は居ないんですか?」

「居ません。」


「好みのタイプは、芸能人なんかで例えると?」

「好きになったことがないのでわかりません。」


「休日は何をして居るんですか?」

「祖父の家から最近こっちに越してきたので、まだ特には。前のところでは友だちとよく遊んだり買い物に行ったりしてました。」


「僕と付き合ってください。」

「ごめんなさい。」

『てめえふざけんなよ!』周りの男たちからボコられる男子生徒。

etc・・・。


「先生もういいですか?」

 疲れてきた由姫は担任に確認すると、手を叩くと質問を打ち切った。

「お前らもあんまりしつこいと嫌われるぞ。」

 その言葉に生徒たちは落ち着きを取り戻し由姫はようやく解放された。


 最後に壇上に立ったのは犬塚真澄であった。

「私は犬塚真澄。趣味特技は剣道、合気道など武術全般。先ほど自己紹介をされた由姫さまは我が主ですので、不届きな行為をしようとする輩は我が手で粛清します。みなさまもそのおつもりで。」


 あまりのことに場の空気が凍り付いた。

(え~、なんなのこの人~。)

 由姫は頭を抱えてしまった。


「はっはっはっ、面白いやつだな。丁度良い護衛ができて良かったじゃないか汐崎?」

 担任は他人事のように面白がっていた。

『いや、笑い事じゃないだろ!』

 クラス全員がまとまった瞬間であった。

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