第2話 帰宅
眠りから覚めた勇樹は、今までの事が夢ではないかと少し期待をしていたが、鏡に写った自分を見ると深いため息をついた。
(はぁ~、やっぱり夢じゃなかったか。)
取り敢えず今日は精密検査の最終日で、何も問題がなければ明日には退院の運びとなる。
入院生活はあまりボロが出ないよう部屋に引きこもるように過ごしていたため、退屈な時間が流れていた。
(ああ、早く家に帰ってDVD観たりゲームがしたい。)
中学生には流石に病院生活は酷なようであった。
コンコン。
病室の扉がノックされ勇樹がどうぞと言うと、女性の看護師さんが入ってきた。
「おはよう、由姫ちゃん。身体の調子はどう?」
「お早うございます、愛美さん。身体のほうは問題ないです。」
(むしろ、心のほうに問題があります。なんて言えないよな。)
彼女の名前は
「そう、良かったわ。今まで検査ばかりで退屈だったでしょう? 今日が無事に済めば晴れて退院できるわね。」
「はい!愛美さんに会えなくなるのは寂しいですけど。今までお世話になりました。」
勇樹の言葉に微笑みながら愛美は答えた。
「私も寂しくなるわ。由姫ちゃんみたいに若くてかわいい女の子なんて、なかなか入院なんかしないから。」
「なに言ってるんですか。」
勇樹は愛美の言葉に、返答に困ったように笑いながら答えた。
検査のために服へと着替えていると、ドアがノックされると返事を聞かずに開かれた。
「あら、着替え中だったのね。」
勝手に入ってきたのは母であった。
「母さん、返事も聞かずにドアを開けるのはマナー違反だと思うけど?」
「こら、ちゃんとお母さんと呼びなさいって言ったでしょ。まあいいわ、それに女性同士恥ずかしがるものじゃないでしょ?」
「いや、その理屈はおかしい。それに身体は由姫でも心は男の勇樹なんだからな。」
母はやれやれというような仕草をして答えた。
「いい加減に現実を受け止めなさい。あんまり聞き分けが悪いとお小遣い減らすわよ?」
「お母様、流石にそれは酷いと思います。」
あっさり態度を翻す勇樹に満足した様子の母は告げてきた。
「そうそう、明日退院になったらしばらくはお爺ちゃんの家にお世話になりますからね。」
「えっ、どういう事?」
母に疑問を問いかける勇樹。
「あの事件から家の方にも取材やらなんやらが来て大変なのよ。人の気も知らないで無神経な人たちばかり。貴方が退院したって分かったらハゲ鷹のように狙われるわよ。万が一貴方の秘密がばれたらどうなるか。」
身体を大袈裟に震わせてそう告げてきた母に、思わずその状況を想像してしまう勇樹。
「だから、お爺ちゃんの家に行って学校も転校することになるわ。そこで女の子として恥ずかしくないように修行をしますからね。」
「え~。転校もするの?」
「それはそうよ。最初は周りも多少不自然でも事件のせいだとは思ったくれると思うけど、それが続けば不審に思うかもしれないしね。周りが落ち着くまでの念のためのものよ。」
母に押しきられるように渋々ながら了承した。
(はぁ~、これからどうなるんだろう。由姫、何処にいるんだよ?)
勇樹は今後の生活に不安を感じていた。
翌日検査を無事に終えた勇樹は母に連れられて自宅まで帰ってきた。
自宅周辺には取材をしている記者の人たちが見受けられたが、駐車場に入るとシャッターを閉めて外部をシャットアウトした。
「ただいま~。」
勇樹はそう言って家のなかに入ると、久しぶりの我が家に感動した。
「はい、おかえりなさい。」
母にそう言われ一緒になかに入ると、一階の和室の部屋には自分の写真が飾られた祭壇があった。
自分の祭壇を見ることになるとはと複雑な表情を浮かべる勇樹。
それに気が付いた母は勇樹に告げた。
「しょうがないじゃない。世間的には貴方は死んでしまっているんだから。まさか葬式を上げない何て事できるわけないでしょ」
「それはそうだけど・・・。」
勇樹が言いよどんでいると声をかけてきた人物がいた。
「勇樹なのか?」
信じられないと言う様子で話し掛けてきたのは父であった。
「父さん、今日は仕事の方どうしたの?」
何時もなら仕事で居ないはずの父が居たことに驚いた勇樹。
「娘が退院してくるっていうのに仕事どころじゃないって休んだのよ。」
母が説明をする。
父は勇樹を抱き締めながら言った。
「勇樹、よく由姫を護りきったな。偉いぞ!」
そう言って頭を撫でる父に、勇樹は照れながらも大したことないと告げた。
「由姫を護るのは俺の役目だからね。」
「そうだったな。さて、丁度退院祝いの料理も完成したところだしみんなで食事にしようか。」
そう言って父はダイニングの方に二人を案内する。
ダイニングに着くとそこには勇樹と由姫の好物の料理が所狭しと並べられていた。
「すごい量だね、こんなに食べられないよ。」
そう言った勇樹だったが嬉しそうな表情を浮かべていた。
「まあまあ、食べきれなかったら残してもいいし、母さんも座って。」
父の張り切りに母も仕方ないわねと言いながら席に着くと、三人で食事を取ることになった。
「由姫の好物こんなにあるのに食べられなかったことを知ったら怒るかな?」
勇樹は呟く。
「な~に、そのときはお父さんがまたたくさん作ってやるさ。」
そうして、久しぶりの家族の団らんの時間が過ぎていった。そこに足りない一人を除いては。
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