第1話 目覚め

「由姫・・・、由姫・・・。」

(う~ん、お母さん?)

 暗闇に堕ちていった意識がだんだんと覚醒してくると、次第に記憶が甦ってきた。

(あれ、一体何が。確か下校していた筈なのに。)


 目を開けると目の前には母親が涙を浮かべながら抱き付いてきた。

「良かった、由姫・・。目が覚めたのね。お母さん心配したのよ。」

 突然のことに驚きながらも何が起きたのかを思い出し、身体を確認するために両手で自分の身体を調べる。


 突然の動作に驚いた母親は話し掛けてきた。

「どうしたの由姫?」

 さっきからの母の自分を呼ぶ名が妹のものだったと違和感に気付き言葉を発する。


「母さん、俺通り魔にナイフで刺されたはずなのにどうして無傷なんだ? と言うかさっきから由姫って何だよ。俺の名は勇樹・・だろ?  いくら似ているからって親が間違えるなよ。」


 勇樹が母にそう告げるとまるで時間が止まったように言葉に詰まる母。

 なにかおかしいと思いながらも、一番気にかかっていたことを質問する。


「ところで由姫は大丈夫なのか? 今何処にいるんだよ。母さん知ってる?」

止まっていた時間が動き出すように母が話し掛けてきた。


「何を言っているの? 由姫は貴女・・でしょう?」

「はぁ?」

 思わず気の抜けた返事をしてしまった勇樹に、鏡を持ってきて渡してきた母。

 そこに写っていた姿を見た勇樹は、思考が停止してしまった。


 鏡に写っていたのは祖母の血を受け継いで、銀色の長い髪をストレートにした少女の顔だった。

 というかまんま妹の顔だったのでどっきりかと髪を引っ張る。

 しかし、かつらのように外れることはなかった。


「これどういうことだよ? なんで俺が由姫になってるんだ? じゃあ俺の身体は? 由姫は何処に居るんだ?」

 あまりのことに混乱をきたしてしまった勇樹は、母に質問攻めをしてしまう。


「落ち着きなさい勇樹・・。取り敢えず一旦整理しましょう。」

 母の言葉になんとか落ち着きを取り戻した勇樹は話を聞くことにした。


「まず、勇樹。貴方の身体は先日葬儀が済んで火葬にされてお墓の中よ。」

 あまりのことに目を見開いた勇樹はやっとの想いで言葉が出てきた。


「えっ、俺死んだの?」

「そうよ。由姫を庇って通り魔の男と刺し違えて由姫を救ったのよ。えらかったわよ。」

 そう言うと母は勇樹の頭を撫でた。

「じゃあ俺もとに戻れないじゃん!」

「そうね。ところで由姫の意識は貴方には感じられないの?」


 勇樹は必死に自分の中の由姫の意識を呼び戻そうとするが、反応が返ってくることはなかった。

「ダメだ、母さん。何も感じないよ。」

「そう・・・。」


 母は少し考える仕草をして、やがて勇樹に告げた。

「こうなっては仕方ないわね。勇樹、貴方は由姫の意識が戻るまで由姫としてこれから生活していく。良いわね?」

「え~。」

 勇樹は絶叫する。


「しょうがないじゃない。今の貴方は紛れもなく由姫なんだから。幸い双子で子供のころからいつも一緒だったし、お互いの性格とかよく把握しているでしょ? 取り敢えずは、中身が入れ替わった勇樹だとばれないようにしなくちゃ。」


「母さん、なんか楽しんでない?」

 勇樹はジト目で母を見つめる。

「そんなことないわよ~。それに勇樹もこれで女の子と一緒にお風呂とか合法的に入れてお得でしょ?」

 母は実に良い笑顔で勇樹に言ってきた。


「そんなこと出来るかー。」

 勇樹から魂の叫びが溢れる。

「こら、女の子がそんな言葉遣いをしないの。これからは言葉遣いに気を付けてちゃんとお母さん、お父さんと呼ぶのよ。料理とかもしっかり学ばないと、良いお嫁さんにもなれないしね。」


 母からの言葉に勇樹は顔面蒼白になる。

「俺が男と結婚できるかー!」

 想像しただけで鳥肌ものだったが、母は残酷に告げる。


「勇樹、お母さん別に同性愛を否定する気はないわ。でもね、その身体は由姫のものよ。由姫本人が望むなら別に構わないけど。でもいつ由姫が戻ってくるか分からないのだから、それまで女の子同士と付き合いするのはお母さん許しませんからね!」

「うっ。」

それを言われると何も言い返せない勇樹であった。


「取り敢えずは、お母さんこれから家に帰ってお父さんと今後の相談とかしてくるから、精密検査が終わるまでは安静にしてなさいよ。あと、くれぐれも病院の人にはばれないようにね。もしばれたら、いろいろ実験台にされちゃうかもよ?」

 母は勇樹を脅すと、病室から出ていった。


(はぁ~。たく人の気も知らないで。あれ、待てよ、トイレとかどうするんだよ~。)

 今頃事の重大さに気付き始めた勇樹であった。

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