第十八話 世界の変化は唐突に

 サイクロプスの集落から、女性陣の人数分だけ防寒用の毛皮を拝借したアータとアンリエッタは、材木を集めて魔王家跡地に戻ってきていた。

 跡地にはすでにクラウスやサリーナたちも戻っており、抱えていた多種多様な食材を選別しているところだった。アルゴロスとベヘルモットの姿が見えないなとあたりを見回すと、隅で腹を抱えて蹲っている。

 何かあったのかと、屋敷の給仕長とともに選別中のクラウスに尋ねる。


「なぁおい魔王。あいつら、なんであんなところで蹲ってるんだ?」

「あぁ、食材を探している最中に毒見をして当たってな。食べるか?」

「たった今当たったって言ったキノコ差し出すな」


 差し出されたキノコは七色に光るキノコ。目は引くが、これを食べていいものだと思うというのがおかしなものだ。


「サリーナちゃんがおいしそうだとな」

「……あぁ、そういうことか」


 魔王家にきて分かったが、サリーナは魔王家の面々にそれはもう甘やかされて育ってきている。彼ら自身がサリーナを好いていることは明白で、彼女の言葉には逆らい難い何かがあるのだ。

 とうのサリーナは疲れているのか、メイドの膝の上に座って船をこき始めていた。

 アータはアンリエッタに視線を送ると、彼女は言われなくてもわかっていると眉をよせ、サリーナの傍に近寄って行く。


「お嬢様、そのままでは身体が冷えてしまいます。どうぞこれを」


 サイクロプス達から得た、防寒用のウルフの毛皮を彼女はサリーナにかける。


「ありがとうなのじゃ。ちょっと匂うが……あったかいのぅ」

「そうですか、それはよかったです」


 毛皮を口元までもっていき、ほんわかと笑うサリーナにアンリエッタも微笑みを返す。その姿を見守っていたアータとクラウスは互いの視線に気づき、はっと言わんばかりににらみ合った。

 だが、あまり不毛なことばかりをしていてもらちが明かないと、アータは持ち帰ってきていた材木の中で、大きなものをいくつか選ぶ。このいくつかを土台に組み、燃えやすそうな小さな木々を土台の中央に山になるよう立てかけていく。


「そのまま燃やすんじゃないんですか?」

「俺一人ならそうなんだがな、人数が多いだろ。組み木をしてその中で燃やしたほうが暖かい」

「で、火はあるんですか」

「ふはははは! 火の一つや二つ、私が付けてやろうか勇者!」


 食材の選別が終わったのか、魔王クラウスがなれなれしく肩を叩きながら近寄ってきた。そうしてアータを押しのけると、組み木を見て頬を緩める。


「久しぶりなものだな。私も生まれた時から魔王ではなかった。貧しいときはこうしてたき火をしたものだ。こうやって木の皮をこすりつけるように指で弾けば――」


 ボッと燃え上がった木の皮が、クラウスの頭に燃え移る。一瞬にして燃え移っていくその炎はクラウスの自慢の二本角の上にともされ、さながらケーキに立つろうそく二本。


「おうっ!?」

「ちょっと、何やってるんですかクラウス様!?」


 大騒ぎしながら燃え移った火を消そうと頭を叩くアンリエッタの様子に、組み木を続けるアータは冷めた目線を向ける。

 あぁやっぱり自分と同じで、魔力と肉体のバランスが取れてないんだなと。今は肉体無限大に魔力ゼロという非常にバランスの悪い状態。本来在るはずのものがない状態では、魔王も自分もいろいろな意味で力のバランスが取れていないのだ。


「アンリエッタ、水魔法で消してくれないか」

「魔王様、燃えてるのに何でそんな真顔で冷静なんですか、私のほうがビックリです」

「アン、消す前にちょっと待ってくれ。今キャンプファイヤーの組み木終わったから、火をつける」

「ちょっとアータ様!? 状況見てください状況!」


 アンリエッタが片腕を構えて魔法を唱えようとしている様を一瞥し、アータは考え事をしながらクラウスに声をかけた。


「おい魔王」

「なんだあんぽんたん勇者。今私燃えてて忙しいんだぞ」


 器用に燃えていた前髪に向かって息を吹きかけ火を消す魔王は、頭の上の二本の雄々しい角の先だけが燃えてる状態でふんぞり返ってる。地獄の業火とも呼ばれる炎系魔法を使う魔王が、この程度で動じるはずがないことを知るアータは、組み終わった木を指さし、


「いや、せっかくだしそのまま顔突っ込んでキャンプファイヤーに火をつけてくれないか」

「はっ、この私をマッチ代わりにでも使う気か勇者! あいにくと私はそんな安い魔王ではない!」

「サリーナが魔王のちょっとかっこいいところ見てみたいらしいぞ」

「さっりぃーなちゃん! 見ててねパパ今から点火するよ!」


 飛び込む勢いで組み木の中にダイブした瞬間、ごうっと一気に火が燃え上がる。こう、飛び込む必要までなかったのだが、思いのほか燃え上がっていく。 

 轟々と明るい火をたくキャンプファイヤーの中で、魔王が何かを叫びながらじたばたしているのを見ていると、アンリエッタがアータの襟をつかんでガシガシと揺らす。


「何やってるんですかアータ様!? 燃えてるじゃないですか!」

「火をつけたんだから燃えるだろそりゃ。それにしてもきれいな飛び込みだったな。満点つけるかも」

「確かに全身が魚のごとく一体となったきれいな――って違います、キャンプファイヤーじゃなくて魔王様ですが!?」

「心配ない。その程度の火で燃え尽きるような貧弱な魔王を相手していたつもりはない」


 勢いよく燃え始めるキャンプファイヤーを見つめながら、アータは思案に耽っていた。

 伝説のアーティファクト――いやーん私もう頑張れない。首輪の形で自分たちに取り付けられたこの伝説のアーティファクトの効果のほどは身をもって知っている。とりはずそうと力を籠めれば、身体の内側から内臓を抉り取られる感覚に襲われ、口の中に血の味が広がる。無理に外そうとするだけで死が迫るのがわかる。逆に言えば、今もし魔王の首輪を破壊すれば――魔王を倒せるのか。


 ――無理だ。


 この首輪は取り付けられた時から常に二対で一つをなしている。それはつまり、どちらかを外そうものなら、もう片方も死ぬ。


「とはいえ、だ。俺や魔王の魔力自体はどこに行ってる……?」


 気になっていた点はそこだ。アータは自身とクラウスが化け物であることをよく理解している。しているがゆえに、自分たちの持つ魔力の強大さについても理解しているつもりだ。このアーティファクト自体にその魔力をすべて封印する力があるとは到底思えない。

 何せ、本当にそんな力があるのなら、このアーティファクト自体がそれこそ強大な魔力を発するのだ。


(死の森の魔物たちは初め、俺を勇者と知ってなお挑んできた。訓練された魔物達なら、自分と相手の魔力差をすぐに理解する。それはつまり、あいつらにとっても俺は魔力ゼロのただの人間に見えたってことで――)


 自分と魔王の封印されているはずの魔力は、このアーティファクトではないどこかにある。その事実だけがひどくアータを不安にさせる。

 もし、もしだ。

 自分と魔王の魔力を併せ持った化け物が表れたとき、今のままの自分は――、


「おい、クソ勇者」

「ん?」


 呼ばれて振り返ると、そこには黒焦げになった髪の毛を揺らせながら、こちらに近づいてくる魔王クラウスの姿があった。

 あれほど轟々と燃える炎の中から少し焦げただけで生還してくるあたりさすがだなと思いながらも、アータはクラウスの言葉を待った。


「どう、だ、サリーナちゃんは私の……パパの雄姿を……見ていたのか!?」

「んー……」


 振り返った先のサリーナは、すでにメイドの膝に頭を乗せて熟睡中。どう見ても見てなかった。


「残念、来年の飛び込みに期待だってさ」

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 大絶叫して崩れ落ちる哀れな父親の姿を冷ややかに見降ろしながら、アータはキャンプファイヤーそばで暖を取ろうと座り込む。魔王家にきての二日目は実に濃い一日だった。一人で魔王軍と戦い続けていた時のほうが、よっぽど気が楽な生活だ。

 とはいえ、悪くないと思っているのも事実。

 心底魔王家の面々に嫌われてはいるが、それも理解できるしあしらえる範囲だ。

 何より、サリーナから向けられる勇者への憧れというものが、自分の背中をむずがゆくする。


「そんな立派なものじゃないんだがな」


 そうつぶやくと、崩れ落ちていた魔王が自分に背を向けたまま、アータの独り言に言葉を返す。


「あの子の前では――勇者でいろ」

「……いわれなくても、わかってるよ」


 その言葉の不思議な重みに、アータも素直に頷いた。そうして気づく。

 魔王クラウスはことサリーナの前ではかたくなに自分を勇者と呼ぶことに。魔王家の執事として、サリーナ専属執事としてある人質の立場でもある自分を勇者と呼ぶのだ。

 そこにどれほどの意味があるのかアータには理解できないが、意味がないと切り捨てもせず、アータもまた勇者であるためにクラウスを魔王と呼び続ける。


「おい、この娘コンプレックス魔王」

「なんだ、ロリコン勇者」

「……おれ、ロリコンになってもいいかな?」

「きぃっさまぁ!」


 軽口をたたくと詰め寄ってくる魔王の顔を押しのけていると、背中に携えていたデッキブラシフラガラッハが慌てた様子で声をかけてきた。


『あーたん、気を付けるんですの! ふぁっきんきますの!』

「いきなり気を付けろって、いったいどういう――っ!?」


 フラガラッハからの声かけのわずか数秒後、自らの首に巻き付いていたアーティファクトが首を絞めちぎらん勢いで収縮し、慌ててアータは首輪を握りしめ、苦しみに耐える。周囲にいるアンリエッタ達にばれぬよう平静さを保ったまま、アータは自身の中で空っぽになったはずの魔力がさらに吸い取られる感覚に襲われ、思わずふらついてしまう。


「アータ様、どうかしましたか?」

「い、や、何でもない、気にするなアン」


 痛みは本当に一瞬のことだった。だが、その一瞬で感じた力は、まさに伝説のアーティファクトの名にふさわしい蹂躙の如し魔力ドレイン。それどころか、握る拳の力さえ弱まっている。ゼロだったはずの魔力を、まるで体力で補うような強制的なドレインを受けたのだ。

 アーティファクトの突然の能力に、アータは誰にも気づかれぬよう鋭い視線で魔王をにらみつける。

 だが、視線の先にいた魔王もまた、不快な表情で首輪を握りしめ、アータの視線に眉を顰めた。


 お前の仕業か?

 馬鹿を言うな、と、そう互いに眼だけで訴え合い、アータとクラウスはそっぽを向くようにしてこの場を収める。

 そうしてアータは、アンリエッタ達が夕食の準備を始める様子を見つつも、座り込んだままフラガラッハにだけ聞こえる声で問う。


「フラガラッハ。お前も大概だと思っているが、伝説のアーティファクトってのはここまで強引なものなのか?」

『そのアーティファクト自体はアンの言ってた通り、魔力制限に最大限特化しただけの代物ですの。わたくし様が感じたのは、その首輪から魔力がどこかに行ってる様子だけですの』

「魔力が首輪からどこかに行ってる……? このアーティファクト自体に俺たちの魔力が吸収されたわけじゃないのか?」

『違うんですの。むしろさっきのは、もっと違う外部からあーたんとあのファッキン魔王の体力ドレインが発動して、それに合わせてにじみ出た魔力をアーティファクトが抑え込もうとしてたっていうか、そういう感じですのん』

「外部から、俺と魔王相手に? それこそ大規模結界の構築が必要なレベルだろ」

『うーいえー。でもさっきの魔王家が吹き飛んでからなんだかこの地域一帯の様子が――』


 次の瞬間、魔王クラウスと勇者アータだけがその異変に気づいた。

 魔王家を中心に死の森全体を覆うように構築されていた大規模結界が、さらに大規模な――それこそ島を覆うような巨大な結界にかき消されたのだ。


 魔王家のあった島の中心。

 その中心から浮き上がる超規模大魔法陣――そこに描かれる呪文の意味は。


 

「巨神の――召喚!?」

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