第十七話 サイクロプスは凍えない

「ちょっと、いったいどういうつもりなんですか?」

「どういうつもりって、あぁするしかなかっただろあの場じゃ」


 アータはアンリエッタとともに死の森に足を踏み入れていた。

 死の森にて食材と木材を集めるためにパーティ分けをしたのだが、食材担当がクラウスと四神将、サリーナの組、木材担当がアータとアンリエッタ組できれいに分かれた。最後まで引っ付いて離れないサリーナに困り果てながらも、お土産を持って帰るからと宥めすかし、クラウスとサリーナは別ルートで森に入っていった。

 そうこうして森に入ってしばらくした後、押し黙っていたままのアンリエッタが問い詰めるように唇を尖らせてきたのだ。

 前を歩くアータを押しのけるようにして先に出たかと思うと、彼女は不機嫌さを隠しもせずにアータへ指を突き付ける。


「いいですか、あれを借りだとは私は思いません。そもそも、朝の時点であなたが魔王家消費期限について私に話をしていれば防げた事態なんです」

「魔王の魔力がなくて消費期限更新できないのにか?」

「ぐっ、それとこれとは別です! わかっていたらあんな四神将の皆さまの茶番劇に付き合うこともなく、皆さま魔力を寄せ合って家の一つ維持ぐらい……!」

「何日もつんだ、その場合?」

「…………多分、皆さまに全力の魔力を用意してもらって何とか二日は。いえ、規模を少し縮小しながら使っていない部屋へ割く構成魔力を消せば二日と半刻ぐらいは……!」


 アンリエッタはそういっているが、多く見積もっても一日と半日程度しか持たない。

 もともと、構成魔法そのものが長く維持するための目的にない。無から有を生み出すがごとく魔法である以上、有を維持し続けるだけの魔力が当然必要なのだ。まぁ、魔王という規格外の魔力を使っていたからこそできていた代物で、普通の魔族にどうこうできるものでもない。

 だからこそ、こうして今自分たちは森に入ってあるものを探しているのだ。


「って、それはいいんです! そもそもです、どうしてこんな夕暮れ時に死の森へ入る必要があるんですか。あなたの言う野宿に必要なことだとでも?」

「この先に昨日の夜で伐採しすぎた木材の余りがある。薪代わりに使えるだろ。あとは、運が良ければ遭遇する」

「遭遇って……。いいですか、死の森の魔物に――うきゃっ!?」

「何をやってるんだお前は……」


 自分の前を後ろ向きで歩いていたアンリエッタが、足元の幹に引っかかって派手に転げる。短いメイド服のスカートはめくれ上がりながらも情けなく脳天から地面に落ち、彼女は頭を押さえて痛みに蹲る。うめき声も聞こえてくるが、あいにくこちとら魔力制限がかかっている状態だ。治癒魔法一つも使えやしない。

 顔を上げて恨めしくこちらをにらみつけるアンリエッタにため息をつきながらも、その顔に張り付いた泥を落とすべく、アータはポケットに入っていたハンカチで彼女の顔を無理やり拭った。


「ちょ、何しやがるんですか!?」

「黙ってろっての。人がせっかくなけなしで溜めたフラガラッハの魔力で全身自動浄化コーティングしてんのに、いきなり汚しやがって」

「全身自動浄化コーティングって……そんなに便利なんですか勇者って」

「俺が便利なわけじゃない、フラガラッハがアイギスと並ぶ伝説のアーティファクトなだけだ」


 ひとしきり拭うと、アンリエッタは赤く頬を染めたままめくれ上がったスカートを正して立ち上がり、その小さな羽でパタパタと少しだけ宙に浮いた。飛んでいれば転ばないという判断だろう。


「そんなとんでもない代物なんですか、このデッキブラシが」

『あーたん、わたくし様話は聞いてたんですの! この失礼な赤メイド、ふぁっきんして腹筋してしゃうとですの!』

「なんだか、魔力制限下では哀れ過ぎて不憫なアーティファクトですねこれ」

「……うるさい。今は形が形なもんだから、そういう浄化作用面に特化させてるんだよ」


 そうこうするうちに、昨晩荒らしに荒らしてしまった死の森中央部に到着したアータは、目の前に積み上げていた伐採済みの木材に触れる。どれもこれもなぎ倒した後にまとめておいただけなので、枝葉が残る上にまとまりがない。


「うん。ある程度小さくして持っていけば十分だろう。アン、氷結魔法で剣を作ることってできるか」

「作れますが……」

「じゃあ頼む」

「なぜ私が貴方のためにわざわざ剣を用意する必要が?」

「わかった。じゃあ別にいい」


 返ってくる返事は最初から分かっていたので、アータは特にアンリエッタに視線も移さず、積み上げていた木材の一本を鷲掴みにして持ち上げた。

 そばにいたアンリエッタは持ち上がった木材の余りの大きさにあんぐりと呆然に固まり、アータに問いかける。


「あの、持ち上げてどうするんですか」

「どうって、ここで小さくできないなら、面倒だからここから魔王家の位置まで投げる」

「何馬鹿言ってるんですか? そんなもの飛んで来たら槍の雨どころじゃありません。死んでしまいます」

「その時は謝る。じゃあまずは一本目からよっこらせっと――」

「わかりました、わかりましたからストップですストップ!」


 持ち上げた木材を振りかぶって準備万端。凝り固まっている首をぽきっと鳴らしながら、標的補足。目標は――、


「ねぇちょっと、ストップ言ってますよストップ。聞いてますか、停止です、その投擲体制で停止です。ちょっとあの、ストップ! すとーっぷ! 聞いてます!?」



 ぶうぅん!



「投げたぁ!? 投げちゃった、何してくれちゃってるんですかアータ様ぁ!?」

「いや、だから投げるっていったじゃん?」

「ストップって言いましたよね私!?」

「ごめん聞く気がなかった」

「貴方魔王様より人の話聞かない人ですね!? 前世魔王か何かだったんじゃないですか!? っていうか、二本目構えないでください!」


 アンリエッタの話を聞き流しながらも、アータは一投目が第一目標を粉砕したが、第二目標にかわされたことに気づいて舌打ち。

 こちらに向かって飛んできていた巨大な大岩は粉砕したが、投げた本人である遥か先の上空に浮かぶ魔王は、空中で器用に飛んできた木材を躱した。

 かと思うと、空から何やら下に向かって指示を出している。おそらくサリーナたちとともに食材を探しているアルゴロスやベヘルモット達だろう。次の瞬間には、大地から似たような巨大な木材が空飛ぶ魔王に投げ渡された。

 手にいた木材をぶんぶんと素振りし、魔王がこちらに向かって笑みを歪めたのに気づく。本当にろくなことをしない。


「ほら、アータ様! 剣作りましたらから、これでちゃんと小さくしてから持って行ってください」

「あぁ助かる。これがないとお前が死にそうだった」

「え?」


 次の瞬間、頭の上によぎった巨大な影にアンリエッタは振り返り、目の前に広がった自分をぺちゃんこにせんとする巨大な木材の前に天にも昇る笑顔を浮かべ――、鼻先すれすれできれいに真っ二つに裂け、大地に突き刺さった。

 ピクリとも動くことのできなかったアンリエッタは、寸分狂わず自分の左右の地面を抉って突き刺さる巨大な木材をちらりと見つめ、自分の前で剣を構えたアータの背に気づく。


「大丈夫か?」


 アータが振り返ってアンリエッタに笑顔を見せた。

 夕暮れ時の空の赤さがアータの黒髪に映え、見とれてしまわんほどのその笑顔に、アンリエッタは思わず胸の前でぎゅっと手を握った。

 そして、心の奥底でなるトゥンクという心臓の音に耳を澄まし――、


 

「死ぬところじゃないですか貴方はァ!?」



 アンリエッタは構成した氷の大槌でアータの脳天を叩きつけた。

 頭に直撃した氷の大槌はそのまま粉になって消え去り、アータは氷のかけらを払いながらアンリエッタを不満げに睨み返す。


「痛いじゃないか」

「ふつう痛いで済むものじゃないんですが!?」

「なんだよお前、わざわざ助けてやったのにそれはないだろ」

「トゥンクどころじゃないですよドッキュンコですよ死ぬ寸前で!? いったい何を始めてらっしゃるんですか貴方は!?」

「いや何って、ほらあれ」


 そういってアータの指さす先――真っ赤な空には、数十本の木材が超高速でこちらに向かって飛来してきていた。


「死んじゃうんですけどあれえええええええええええ!?」

「いいからとりあえずそこに座っておけって」

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! アータ様あれなんなんですかなんなんですか!」

「慌ててるようで意外と冷静に正座するねお前」


 迫ってくる中で直撃しそうなものだけ、手にした氷の剣で突くようにして木材を切り出す。

 思ったより鋭い切れ味に嘆息しながらも、アータは次々と飛んでくる木材を手にしていた剣で踊るようにして切り分けていく。変な話、いちいち自分で持ち上げて切り分けるよりこうやって飛んできてくれたほうが楽だった。

 だが、自分たちの直撃しなさそうな木材は無視しているせいか、アンリエッタのすぐそばに次々と轟音とともに木材が突き刺さっていき、彼女は先ほどから大絶叫したままだ。

 嵐の日に吹き荒れる雨のごとく振ってくる木材を次々と切り伏せ、大体百本中ちょうど二三十本ほどの木材を切り伏せたところで、降ってきていた木材の嵐が収まり、アータもまた一息ついてそばに剣をさした。

 そのまま切り伏せて丁寧に重ねていた材木の一つを手に取り、その鮮やかな木目に嘆息する。


「んーむ、我ながらきれいに切り分けられたな」

「いったい……なんなんですか貴方は!」

「んー、全手動木材伐採勇者じゃないか、今は」

「……せめて全自動にしてください、命がいくつあっても足りません……」


 もはや立ち上がることもできずに腰を抜かしてしまっているらしいアンリエッタの様子に肩をすくめ、アータは切り出した材木を切り分けていない木材とは別の場所に置いた。

 そうして座り込んだままのアンリエッタの傍に戻ってきたアータは、腕をぐるぐると回しながら骨を鳴らす。着ていた執事服の上着は既に切り出した材木と一緒に脇に控えた。

 その後、さてとと言わんばかりに、アータは地面に突き刺さっている飛んできた木材を二本ほど脇に抱え、空いてる手で一本さらに手に取る。

 アータの様子に腰を抜かしたままだったアンリエッタは、冷や汗を抑えきれないままに問いかけた。


「あの、材木切り出したんですよね? 何してるんですかそんなに木材もって」

「何って、決まってんだろ。やられたからやり返す」

「馬鹿ですか!?」

「勇者ですがなにか?」


 ブォンッ!


「だから人と話してる最中に投げないでください! なんで投げ返す必要があるんですか、死の森に入った目的覚えてますよね!?」

「いやだから、これも野宿の醍醐味だぞ」

「どんな醍醐味ですか!」

「雪合戦ならぬ、木材合戦だ。……丸太合戦のほうが語呂がいいか?」

「そこそんな真剣に悩むところじゃないですから!」


 腰にしがみついてこれ以上はやめてくれと懇願するアンリエッタの様子に、仕方なくアータは飛んできていた大岩をぺしっと弾いた後、手にしていた木材を手放した。

 安堵に大きく息を吐き出すアンリエッタの締め付けから逃げ出したアータは、不満げにしながらも材木傍に近寄って思案する。


「売られた勝負は買うのが流儀だったんだけど、仕方ない。とはいえ、材木だけじゃ物足りないんだが、さてどこかにいるかな――おっ」

『アッ』


 伐採されつくして戦場跡地と化している森を見渡すと、いそいそと転がる木材を集めていた一つ目を発見。サイクロプスだ。

 探していたその青い巨体と特徴的な一つ目に、アータはパッと笑顔を輝かせて手を振る。


「おーい、いたいた!」

「いたいたって、いったい何が――って、サイクロプスっ!?」


 アンリエッタが悲鳴を上げてアータの背中に隠れるが、アータは気にせず大きく手を振りながらにサイクロプスに近づいていく。当のサイクロプスはもう終わったといわんばかりに地面に膝をついて手にしていた材木を諦めに捨て去っていた。


『ア、アノ、何ノ用デショウカ』


 視線も合わせないサイクロプスが、近づいてきたアータに問いかけてくる。アータはサイクロプスの声に苦笑いしながら、その肩をバシバシ叩きながら答えた。


「いやさ、魔王家がちょっと消えてしまって、代わりの寝床を作ろうと思ってるんだ」

『エ、ア、ハイ』

「それでちょっと、寒さを凌げるもの探してるんだよ」

『ア、ハイ』


 頷くサイクロプスの一つ目に顔を近づけ、アータは笑った。

 そして、逃がさないよう、座り込んだサイクロプスの膝の上に片足を乗せて、地面までわずかにめり込ませて問いかけた。


「持ってるよな、お前?」

『エ……』

「持ってるんだよな、この森で暮らしてるんだし? 俺を襲った時には群れでいたってことは、ある程度集落化した場所もあるんだろ?」

『イヤ、アノ……』

「木材ならいくらでも持っていって構わない。だから、物々交換としよう。寒さをしのげるもの、全部よこせ、な?」

『イヤアアアアアアアアア!』


 そのままアータはサイクロプスに道案内させるべく足を開放しようとしたところで、後ろにしがみついているアンリエッタがアータの執事服を引っ張った。

 その顔があり得ないものを見る目で見つめているのに気づき、アータは不思議そうに眼を開く。


「なんだよ一体、今忙しいんだ後にしてくれ」

「い、いいいいいったい、サイクロプス相手に、何しようとしてるんですか……っ!」

「何って決まってるだろ。カツアゲ」

「その名も、山賊であるって言いなおしたほうがいいんじゃないですか貴方はぁああ!!」



 この日以降、サイクロプス伝説の中に一つの格言が追加された。


『防寒の必要のない肉体こそが、勇者を退ける』と――。

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