第十四話 魔王家執事対決 VS ドラゴニス編
「おい、第二戦どうしたんだよ」
「ちょっと待ってください。今作戦会議中です」
アンリエッタに問いかけるが、しっしと言わんばかりに手を振られ、屋敷傍まで移動した四神将の面々へとアンリエッタは合流していく。1回目の対戦結果を見て、もはやろくすっぽ隠す気もなくアンリエッタはあちらの味方らしい。まぁ、嫌われているから当たり前だが。
彼女たちが作戦会議とやらをいている間に、アータはオルトロスのルトをサリーナに預け、魔王クラウスに近寄る。
「おい、魔王。少し聞きたいんだが」
「あいにくと、私はただの傍観者側だ」
「そうですかい。いや、そっちじゃなくてだな、少し聞きたいことがある」
「……なんだ?」
アータの声のトーンに、クラウスもまた周りに気づかれないような小さな声で続きを促してきた。
「あの四神将の連中の精鋭の軍団ってのは、敵に背を向けて逃げ出すような軍団なのか? 死の森にいる野良の魔族や魔獣たちのように、勝てないと分かれば逃げ出すか?」
「ハッ、馬鹿を言え。貴様も散々戦ったであろう? 彼らの従える精鋭軍はそれこそ死を恐れぬ猛者で編成している。敵前逃亡など、彼ら自身がプライドにかけて認めんよ」
「だよな。しつこかったからなぁ。まぁ、心配しなくても命まではとってない。むしろ生かしたせいで自害すると言い出さないか心配だったんだ」
努めて笑いながら答えるが、鋭くなったクラウスの視線はアータの言葉に問いかけを返す。
「……何体――いや、何人逃げた?」
「見えた範囲で二人。何せ軍団が二十万だ。魔法を使えない肉弾戦じゃ、それ以上を探しきれなかったし、追う暇もなかった」
アータの答えに、クラウスはため息をついて指をはじく。その音に気づいた二人のメイドがクラウスに頭を下げ、何かしらの命令を受け、すぐさま屋敷の外に向かって消えていった。彼女たちの様子を見送りながらも、アータはクラウスに話しかけ続ける。
「メイド二人で大丈夫か?」
「そこらの魔族相手に後れを取るようなものではない」
あまり驚いた様子を見せないクラウスの様子に、アータは首をかしげながらも尋ねた。
「あてはあるのか?」
「あぁ。定期的な偵察というやつさ。エルフ族のな」
「あー……」
エルフ族。魔法の扱いにたけた種族で、魔族や人間のどちらとも敵対している。魔王と勇者の戦いに介入こそしてこなかったが、伝説のアーティファクトの類はエルフ族が始まりであることが多く、アータやクラウスも知らぬアーティファクトの類は多い。良くも悪くもお互いの手の内を知り尽くすアータとクラウスとは違い、その目的や手の内が全く分からないのがエルフだ。
「大方、私と貴様の弱体化をしったのだろう。奴らは介入こそしてこなかったが、虎視眈々と私たちの首を狙っていたのだろうよ」
「恨まれることばっかりやってたからな、お前は」
「貴様にだけは言われたくないぞそれは! まぁ、どちらにせよこの魔王家がある限り連中も直接的なことはしてこんさ。魔王家が吹っ飛ぶようなことがあればどうなるかわからんから、わかってるな?」
魔王城の二の舞にするようなことだけはやってくれるなよ、と。クラウスのその目が訴えているのに気づき、アータは肩をすくめた。
◇◆◇◆
アータとクラウスが真面目にエルフ対策について語り合っている傍で、四神将の面々とアンリエッタは円陣を組んで勇者対策の会議を進めていた。ナクアに至っては、半ば強引に円陣に巻き込まれていやそうな顔をしているが。
「それで、ドラゴニス。次の勝負はどうするんスか?」
「ベヘルモット様とアータ様で、どちらが早くサリーナ様のもとにたどり着けるか勝負とかどうでしょうか。スタート位置をそれこそ大きく取っていれば……」
「無理よ。それこそ最初からサリーナ様とベヘルモットが手をつないでるぐらいの状態じゃないと止められると思うわ」
「じゃあじゃあ、クラウス様がサリーナ様を連れて空に飛んでいる状況での勝負ならどうっスか? 勇者は飛べないし、これなら空を飛べるドラゴニスが有利ッスよ!?」
「そもそもクラウス様が飛んだら勇者含めて追いつけないでしょ? それにそんなことしたら多分、スタートと同時にドラゴニスの翼、勇者にもぎ取られるわよ」
「ふも、ふもおおおおお、ぶもぅ、ぶもっふあああああ!」
「却下」
アンリエッタやアルゴロス、ベヘルモットの提案する案をナクアは遠慮なく切り捨てていく。ドラゴニスもナクアと同意見なようで、三人の案に首を縦に振ることはない。名案が思い付かずに沈黙が場を支配し始めたところで、ナクアは呆れたように語り始めた。
「そもそもね、相手は魔界無敵のあのクラウス様と互角に渡り合う化け物なの。正攻法で勝てるわけないじゃない」
「だ、だからこうしてルール外のところで何とかできないか考えてるんじゃないッスか!」
「そのルール外のところでも、相手は外道っぷりを発揮してるのよさっき。っていうか、その気になったら開始と同時に裏庭に連れていかれてぼこぼこにされて、勝負する前に決着つけられるわよ?」
「そんなの……最強じゃないっスか!?」
「だから最強勇者なんじゃないかしら?」
論破されたアルゴロスは、絶望に染まった瞳で地面に崩れ落ちた。アンリエッタもまた、ナクアの言葉に思い当たるものがあるのか、遠い目をして現実逃避。だが、そんな中でもナクアはドラゴニスと顔を見合わせ、頷き合う。
「そう、相手は最強勇者。正攻法での戦いは勝負にならない。卑怯な手も相手のほうが上。なら答えは簡単よ」
「ど、どうすればいいんスか!」
「簡単な話じゃ。競うのではなく、『運に任せる』勝負にすればよいのぉ」
「運って……」
ドラゴニスとアンリエッタが顔を見合わせる前で、ドラゴニスは自慢の白髭を撫で上げながら語る。
「次の勝負を『サリーナ様が出すお題をどちらが早く達成することができるか』というのはどうじゃ。これならば、サリーナ様のお題次第で、クソ勇者を出し抜くことができる可能性が万が一にもあるような気がしないような夢のような瞬間が訪れる期待をすることができるかもしれん」
ドラゴニスの提案に、アンリエッタとアルゴロスは顔を見合わせ神妙に頷く。
「確かに、それはありかもしれませんね。事前にお嬢様に口裏を合わせておけば、なおこのこと勝率が上がるかと」
「いや、あの天然なサリーナ様のことじゃ。下手な口裏合わせは逆効果を生みかねんのぅ。ここはそれこそ、全てを運にかけるべきじゃ。それに、智将たるわしであれば魔界内で対応できるあらゆるお題に対応できる可能性がたかいからのぉ」
「アンリエッタさん、ドラゴニスの提案で行くッス……!」
「ぶもおおおおおお!」
アンリエッタ、アルゴロス、ベヘルモット、ドラゴニスの四人はがっちりと腕を重ねて勝利への誓いを立てる。
その横でナクアだけが冷ややかな視線で、マフラーを編み続けるアラクネリーの頭をひと撫でした。
◇◆◇◆
「第二の試練、お嬢様のお望みはなんだろう対決!」
よほど勝利への自信があるのか、アンリエッタが力強く宣言するのを見て、アータはそばにいたサリーナと一緒に吹き出してしまう。
「何笑ってるんですかアータ様、そんな余裕もこの試練内容を聞いたら吹っ飛びますよ」
「はいはい。で、試練の名前聞いてある程度想像ついてるけど、お題と相手は?」
「わたしですぞ」
そういって一歩前に出てきたのは、魔法衣を着た人型ドラゴン――智将、ドラゴニス。その温和そうに見える視線の先に、怒りに満ちた感情があるのに気づいたアータもまた、サリーナを下がらせてドラゴニスの前に並ぶ。
「で、因縁何かあったっけ?」
「てめぇ魔王城に攻め入ったときわしのドラゴンハーレムぶっ壊してくれたじゃろうが! 愛しのあいりちゃんやめぐちゃん達ぶっ壊してくれた礼を返してやるいうてるんじゃ!」
「あいりちゃんやめぐちゃんって、あの魔王城のお前の部屋に貼ってあった紙きれ?」
「紙切れ!? 冗談じゃありませんぞ! あれはのぅ、クラウス様の目を盗んで人間に化けたわしが、人間界の城下町の酒場で見つけた素敵なおなごたちの写し絵なんじゃぞ! 本人たちの許可をやっとの思いでとって書き上げた傑作じゃったのに、それを貴様が焼き尽くしたんじゃろうが!」
「おいドラゴニス、私その話聞いてないぞ」
観客席からのクラウスの突っ込みはよそに、アータはドラゴニスの言葉を反芻。そういえば、ナクアと初めて接敵した酒場の看板娘の名前が、アイリとメグだ。ナクアに奪われそうになっていたという男友達とやらを助けた際に、彼女たちとも仲良くなったのを思いだす。
「あー、あの酒場のアイリとメグか。知り合いだから今度本人たちに合わせてやるよ」
「マジですか勇者様」
「あぁ、あとエイーダとかミクルとかいるけど、そっちにも会うか?」
「…………」
「…………」
至福の笑みを浮かべたドラゴニスとアータは差し出された手を互いに握り返し、ここに不可侵条約が締結された。
「ちょっと、何二人していい顔して解決しようとしているんですか!」
「そうっスよドラゴニス! 相手は勇者っすよ、会わせてやるんていう悪魔のささやきに騙されちゃダメッス!」
「ハッ、そうじゃったそうじゃった、愛しのアイリちゃんとメグちゃんにほだされるところじゃった……!」
動揺をあらわにするドラゴニスはアータから距離を取り、息も絶え絶えに訴える。
「危うく勇者のささやきに騙されるところじゃった……! おのれ、卑怯ものめ……!」
「いやどっちかってと、悪魔のささやきは本来そっちなんだけどな」
「いいからルール聞いてください二人とも。今回の課題はずばり『サリーナ様の出したお題をどっちが早く達成できるか』勝負です」
「うにゅ? わしが決めるのかの?」
下がっていたサリーナが、アンリエッタの言葉に小首をかしげる。アンリエッタはそんなサリーナのもとに近づき、大きく頷いて尋ねた。
「はい、サリーナ様。サリーナ様に存分に楽しんでもらえるよう配慮した結果です。それでサリーナ様、お二人にやってもらいたいことは何かありますか?」
「うーむ……そうじゃのぉ」
愛らしく小首をかしげるサリーナが、何かを思いついたように手を打った。
「わし、アルクックドラゴンの卵が食べてみたいのじゃ!」
瞬間、ぴこーんといわんばかりにドラゴニスやほかの四神将たちの頭にビックリマークが飛んだ。
逆に、アルクックドラゴンという種を知らないアータは、首を傾げてしまう。
そんなアータの様子を見たドラゴニスは、ここぞとばかりに空に飛びあがり神龍化。白銀の翼を広げながらも、ドラゴニスはアータに向かって勝利宣言をした。
「勝負ありましたな勇者! アルクックドラゴンとは、ドラゴン族にしか行けぬ空の秘境に住むドラゴン! ここから丸一週間はかかる蒼穹の先にいるドラゴンじゃ! それではサリーナ様、すぐにアルクックドラゴンの卵をもってかえってきますゆえ、おまちくださいのおおおおおおおおおおおおおお!」
これには、アンリエッタやほかの四神将たちも勝利を確信する。何せ、人間である勇者には絶対に見つけられない食材だ。
運で勇者に勝つ。
智将ドラゴニスの言葉はここに現実になったと、アルゴロスやアンリエッタは勝利のガッツポーズを決める。
そんな四神将たちの様子を傍目に見ながら、高笑いとともに天高く消えていったドラゴニスを見上げるアータは、ぼりぼりと頭をかきながらサリーナに目線を合わせた。
「らしいですよお嬢様。二人でアルクックドラゴンの卵を取りに行くのも不毛ですし、あっちの卵は智将が持って帰るのを待ちましょう」
「おぉ、そうじゃな!」
「では、その間暇でもつぶして待ちましょうか。どこか行きますか、お嬢様」
「うむ! 一緒にルトとけーちゃんの散歩に行くのじゃアータ!」
「えぇ、お望みとあればご一緒しましょう」
「「「「 あっ 」」」」
今更気づいただろう四神将とアンリエッタ、そしてクラウスがあっけにとられる中で、アータはサリーナの差し出した小さな手を取り笑う。
そして、サリーナに気づかれないようにアータは顔だけ背後の四神将たちに向け、舌を出してゲス顔。
「お題達成だな。じゃぁ、アン、勝敗コールよろしく。ハハッ」
そういってひらひらと手を振りながら、アータはサリーナとともにケルベロスの小屋へと消えていく。
残された四神将の面々の呆然とした姿にアンリエッタは、
「第……二番勝負、勇者アータ様のぉ……しょおおおおりいいいいいいいいいいいいいぃいい!」
空の彼方へ勝利を信じて飛び立った気高き竜に届くよう、やけくその勝どきを上げた――。
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