第十三話 魔王家執事対決 VS アルゴロス編
「第一回、魔王家専属執事の手は誰に対決ー」
「アンリエッタ、私のいない間にどうしてそうなったか教えてくれるか?」
「過去に戻ってみてきてください」
「いやさすがの魔王たる私も時空間移動できないヨ!?」
合流した魔王クラウスの突っ込みも何のその。改めて合流した四神将にナクアまでもが合流し、サリーナはナクアからアータを守ろうと両腕を広げて現在威嚇中。そんな彼女の様子にナクアは肩をすくめながらも、自分のそばにいる少女――アラクネリ―の存在だけを紹介して、アルゴロス達のもとへと並ぶ。
「うぬぬ、なっちゃんめ。ついさっき会ったばっかりなのにまーた出てきおって!」
「ほらほらお嬢様、アータ様のちょっとかっこいいところ見たいんですよね」
「見たい!」
「ではちょっとこちらのアータ様の背中に控えていただいてと。改めて、第一回、魔王家専属執事の手は誰に対決ー」
アンリエッタのやる気のない声に、四神将のアルゴロスとベヘルモットが鼻息荒く叫び声をあげる。
ドラゴニスの提案に乗ったアータは、サリーナやアンリエッタとともに再び犬小屋そばにまでやってきた。目の前にあるのはせいぜいケルベロスの姿と死の森だけだ。ここで一体彼らがいう執事対決とやらはどんなものかと、アータは内心でワクワクするのを止められない。
「なんだか楽しそうじゃのう、アータ!」
「別に楽しいわけじゃないんですがね。勝負事が嫌いなわけじゃないので」
「ほっほうー! のぉのぉアータ、わし、おぬしを応援するのじゃ!」
疑いもなくしがみついて笑みを浮かべるサリーナだけが、この魔王家にあって唯一の癒しだ。同僚は臭いし、上司は変態だし、上司の部下はさらに馬鹿どもがそろう。過労になることはないが、ストレスだけは溜まりそうな仕事場だ。
いや、勇者が魔王家で働けばそりゃ当然の話なのだが。
とはいえ、仲良く抱き着いてくるサリーナの頭を撫でていると、脇で控えていた魔王がここぞとばかりに詰め寄ってくる。
「糞まみれ勇者貴様ぁ! いつの間にサリーナちゃんとそんな抱き着き合ってキャッキャする仲になったのか!? そこで直立不動でいろ、その顔面に牛乳で搾った雑巾ぶつけてやる!」
「誰が糞まみれ勇者だ、臭いの元ならそっちのメイドだぞ。なぁ、アン」
「ほぉんとだ、アンリエッタくっさい! 私のいない間に強烈な臭さだなアンリエッタ!? お風呂入ってるか?」
「魔王様ちょっとその伝説の雑巾貸してください。すぐに口にねじ込みますので」
魔王に詰め寄るアンリエッタをみて、本当に魔族に縦社会があるのか疑問に思う。とはいえ、収拾がつかなくなっても困るので、アータはアンリエッタに続きを促した。
「アン、悪いが話を続けてくれ」
「……あなたが元凶のくせに」
「悪かった。後でしっかりこのお詫びはするから頼む、アン」
アンリエッタです、とボソッと恨みがましくつぶやく赤髪メイドは、手にした一枚の紙きれを向かい合って立つアータと四神将たちに向けて読み上げていく。
「第一に、魔王家執事たるもの千の魔族を従えるべし。第二に、魔王家執事たるもの誰よりも早くサリーナ様の呼び声に答えるべし。第三に、魔王家の執事たるもの常日頃から清潔にあるべし。第四に、魔王家執事たるもの魔王家の管理に精を出すべし。ってことで、四神将の皆さまにはそれぞれ第一から第四までの試練をアータ様と競い合っていただきます」
アンリエッタの言葉に、アータと四神将の面々が頷く。クラウスは不服そうにしながらも、アータたちから離れた位置にメイドたちが設置した観戦席へと移動。
「第一の試練は、縦社会の掟。四神将の皆さまからはどなたが出ますか?」
「ここは魔王直属四神将、勇将のアルゴロスこと、俺が行くッス!」
どんっといわんばかりに、アータの目の前に巨大な棍棒を突き立て、アルゴロスが一歩前へ出てきた。その視線は決闘を挑む男のソレだと気づいたアータもまた、その気迫を受け止めるべく一歩前へ出てデッキブラシ(フラガラッハ)を地面に突き立てた。
身長差はゆうに二倍。巨人族としては非常に小柄なアルゴロスだが、その実力は人間界でも轟く。
「勇者アータ。こうして顔を突き合わせるのは魔王城での決戦以来ッスね」
「あぁ、名前忘れててほんとごめん。でもあの時、一応気を使って怪我によく効く温泉のあるレムール大陸を狙って蹴っ飛ばしたんだけど、あそこの大陸の温泉、予約制だったんだな。後で知ったよ」
「そうなんすよ、半年先まで予約でいっぱいで泣く泣く諦めて――って違ァう! そこを謝られると泣きそうになるッス! なめてるんすか!?」
「いや、さっきからかった反応が面白かったからつい。ノリ突っ込みうまいなお前」
「あああああああああああんりえったさんッ! 今すぐ始めてくださいッス! このクソ勇者本当に今すぐぎゃふんといわせたいんス!」
鼻息荒く三眼を見開いて顔を突き付けてくるアルゴロスの様子に、アータは軽く笑みを返しながらもアンリエッタに続きを促した。
「第一の試練は、この死の森に入って、魔獣を何体従えることができるか勝負です。手段は一切問いません。半刻という時間で魔族らしく正々堂々、力づくで、卑怯に集めてくださってかまいません」
「わかったッス!」
「わかった」
頷いた二人は、並び立ちながら死の森の目の前に立ち、互いに牽制しあいながらも腰を落とした。そうして誰もが息を飲んで見守る中、
「それでは、スタート!」
グォオンっという轟音とともに、アータよりも早く完璧なスタートダッシュでアルゴロスは森の中へ高笑いとともに消えていった。アータはそんなアルゴロスの背を見送ったのち、一歩だけ死の森に足を踏み出して踵を返す。
アータの様子にアンリエッタは不満げに瞳を細めて問いかけた。
「何してるんですかアータ様。急がないとアルゴロス様に魔族を全部従えられてしまいますよ?」
「いや、その前にトイレに行こうと思ってな。黙ってたけどさっきから我慢してたんだ。心配ない、用が済んだら死の森にその辺から入っておくから」
そういってアータは手のひらをひらひらと揺らせながら屋敷の裏側へと消えていった。不審げにアータの背を見送ったアンリエッタは、にやにやと笑うドラゴニスとベヘルモットの様子に気づき、小声で問いかける。
「(約束通り、短い時間で魔獣を従えるという条件は用意しました。ドラゴニス様、この後はどうやってあの勇者をぎゃふんといわせるつもりですか?)」
「(簡単な話ですぞ。かくかくしかじかで――)」
見る見るうちにアンリエッタとドラゴニスの笑みがゆがむのを遠目で見ていたクラウスは、冷ややかな視線を向けたまま、近寄ってきたナクアに気づく。
「どう思いますの、クラウス様」
「どうも思わんさ。それに、サリーナは楽しんでいる。結果がどうあろうと、私はそれで構わん」
「あらつまらない。賭けでもしようと思ったのに」
クラウスの前に金貨を二枚落としたナクアは、そのまま手を振りながら四神将たちの元へと戻っていく。目の前に転がる金貨は人間界のもの。表には勇者の姿が。裏には大きな傷が。
クラウスは金貨を手にして親指ではじく。再び目の前に落ちたのは――勇者の面だった。
「……いっただろうアンリエッタ。相手は最強の勇者だ。勝ちたければ手段を問わないとだめなのだ」
クラウスの言葉に気づかぬドラゴニスとアンリエッタ、ベヘルモットは消え去った勇者アータをあざ笑うように下卑た笑い声をあげた――。
◆◇◆◇
「はぁ、はぁ、はぁ……! 勇者の野郎、追ってきてはいないっスね?」
死の森深くでアルゴロスは振り返って勇者がいないことを確認する。あたりを見渡し、誰も自分を追ってきていないことを確認したうえで、アルゴロスは勝負の直前でドラゴニスから伝えれていた秘策を思い出す。
――いいかのぉ、アルゴロス。まずはアンリエッタ殿に協力してもらい、死の森を戦いの場にするのじゃ。勝負の内容は死の森に入って、従えた魔族の数。死の森の中にいる魔族、ではない点が重要じゃ。限られた数の取り合いではあのにっくき勇者に勝つことなんぞできん。じゃからこそ、ルールを用意するように見せかけて、ルールの穴をつくのじゃ。
ドラゴニスの言葉を思い出しながら、アルゴロスは腰にぶら下げていた角笛を構えた。
――わしらにあって勇者にないもの。それは、頭数じゃ。勇者の見えぬ場所で死の森に入り、その角笛を吹くのじゃ。わしらは今、人間界侵攻を取りやめたことで、魔王家の周辺に一個師団を控えておる。おぬしの誇る勇巨兵団、わしの誇る竜騎兵団、ベヘルモットの誇る騎獣兵団、ナクアの誇る偽獣兵団。全軍で20万近くの魔族の集まりじゃ。そ奴らをひそかに死の森に集め、おぬしは兵を従え凱旋するだけでいい。
(さすが智将。ルールの穴をつきながらも正々堂々、力づくで卑怯な真似をするッスね……! でもこれで、あのクソ勇者を俺の手で……!)
そうしてアルゴロスは勝利を確信した角笛を、高らかに死の森で吹き上げた。
◆◇◆◇
「そろそろ半刻立ちますね」
アンリエッタは手にした時計を片手に死の森に視線を向ける。奥から聞こえてくるのは巨人の足音。地面をけりつけるようなその特徴的な足音を耳にしながら、アンリエッタはドラゴニスたちと視線を交わしながら口元を勝利の確信に緩めていた。
そうして数十秒後、死の森の木々をけ破る様にして現れたのは、息も絶えだえに困惑に涙目になったアルゴロスと、一匹の小さなウルフを抱きかかえたアータだった。
あまりに対照的な二人の姿に、アンリエッタやドラゴニスは首をかしげてしまう。
「ど、どどどど、ドラゴニスぅ! 話が違うっスよォ!」
「お、時間なのじゃな!」
地面に四つん這いになって情けなく叫ぶアルゴロスの声と同時に、アンリエッタの手にしていた時計を見ていたサリーナが終了の合図。予定では大軍団を連れてくるはずだったアルゴロスは、たった一人だけ。誰一人部下もおらず、死の森の魔獣も一切いない。何が起こっているのか全く理解できないアンリエッタやドラゴニスは、慌ててアルゴロスのそばに駆け寄った。
「い、いったい何があったんじゃアルゴロス!」
「だ、だってだって、これ、これこれこれ! これ吹いても誰も来ないんすよ!? 時間いっぱい吹き続けてもうんともすんとも言わなくて、魔王家そばに控えさせてる俺たちの師団の伝令すら誰一人来なくて……!」
「ば、ばかな!? 今日ここに連れてきていたのは皆我ら四神将の精鋭たちですぞ! それが集合の角笛に一切の反応を示さないなど、ありえるはずが――」
狼狽するアルゴロスとドラゴニスをしり目に、アータはサリーナと抱きかかえたウルフを連れ、呆然とするアンリエッタの前に立った。
「で、半刻たったわけだが。俺はこの通りウルフの子供を従えた。そっちのアルゴロスは見たところ従えたやつがいないみたいだが?」
「え、あ、あぁ……」
アンリエッタが困惑の視線でアルゴロスに視線を移すが、アルゴロスももはや立ち上がる気力もなく、地面に倒れ伏したままだ。その完全敗北の姿に、アンリエッタは乾いた笑い声をあげながら答えた。
「第一番勝負……勇者、アータ様の……勝ちです」
「いやったーなのじゃアータ!」
抱き着き喜ぶサリーナを撫でながら、アータは抱きかかえていたウルフを森に逃がしてやった。そうしてサリーナが離れたのち、冷ややかな視線を送ってくる魔王クラウスに気づき、アータは魔族もびっくりの下品な笑みを返す。クラウスがため息とともに頭を振るのを見たのち、アータは倒れこむアルゴロスに近寄って声をかけた。
「さて、アルゴロス」
「くっ、殺せ!」
「お約束だなおい。それより、さっさと魔王家の周囲に控えさせた精鋭たちの手当てをしてやるんだな」
アータの言葉に、一瞬だけ二人はその言葉の意味を反芻する。だが、その言葉の指し示す余りの卑怯っぷりに、ドラゴニスとアルゴロスは信じられないものを見る目でアータを見上げた。
「ま、まままま、まさか……っ!?」
驚きに口をパクパクさせるアルゴロスとドラゴニスの様子を満足そうに受け止めたアータは、無邪気な笑みと喜びの声を返す。
「お前らの敗因はたった一つ。お前らより――俺のほうが正々堂々、力づくで卑怯なド外道だっただけだ。な、アン?」
アータの言葉の意味を知ったアンリエッタとアルゴロス、ドラゴニスは並び立つようにして完全敗北にぎゃふんと大絶叫を上げた――。
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