第十二話 四神将の挑戦
「……というわけで、にっくきクソ勇者アータは現在、我が魔王家の執事として働いている」
戻ってきた四神将三人と、のらりくらりと地下室にやってきたナクア、アラクネリーを加えた六人は沈痛な面持ちで答えを探していた。
「……ちなみに、今の状態で俺らとクラウス様でクソ勇者を袋叩きにはできないんすか?」
「アルゴロスのぉ、さっきのわし等の姿を思い出してみなさいな。魔力制限下であれじゃ」
「ぶふぉぉ……」
自分たちでは大して魔王クラウスの力になれない。はっきりとそう口にするドラゴニスの言葉に、アルゴロスは二の句を告げずに黙った。隣に座るベヘルモットも心なしかしょんぼりとしている。
そんな四神将たちの様子に、クラウスはいびつに笑みを歪めて頭を振った。
「私はお前たちの強さを知っている。確かにあの勇者は魔法力も体力も俊敏さも勘の良さも容姿も香りもサリーナへの好かれっぷりも、お前たちの比ではないだろう。何せ私と渡り合う世界で唯一の人間だからな。だが、考えてもみろ」
クラウスの笑みに得心のいったドラゴニスが、白い顎鬚を撫で上げながら応えた。
「あのにっくき勇者がサリーナ様の執事とあれば、わたくし共も《《関節的に》》あれやこれやできますのぉ」
ドラゴニスの言葉に、ピコンっ、と音を立てる勢いでアルゴロスとベヘルモットが笑みを浮かべる。そうしてアルゴロスはドラゴニスの言葉を反芻しながら、その第三の目を輝かせながら笑みを歪める。
「そうか、そうっスか。ここでならあの野郎を合法的に精神的にもいたぶることができるんすね!」
「ぶふぉ、ぶぶふぉん、ぶおおおおお!」
「さっすが智将! そしてクラウス様、考えることがえげつなくてせけぇや!」
「おいアルゴロス、それ褒めてないぞ。私、そんなせこい魔王じゃないぞ」
クラウスの突っ込みも何のその、アルゴロスはベヘルモットともに再び席を立ちあがり、棍棒を手にして叫ぶ。
「そうと決まっちゃ、早速あの野郎に嫌がらせしてくるッス! 見てろあの野郎、魔王家の壁全部ぶっ壊して修理させてやるっスよ!」
「ぶっふぉおおおおおおお!」
「おいちょっと待てアルゴロス、手段と目的が入れ替わってるぞ!? 魔王家の壁壊されたら困るの私なんだけどな!?」
「いくっすよォ、ベヘルモット!」
「ぶっふぉおおおおおおおおおおおお!」
静止も聞かず、二人は地下室入り口を吹き飛ばす勢いで地上にいる勇者のもとに向かっていった。途中で止めるのをあきらめた魔王は、笑い声をあげるドラゴニスを恨みがましくにらみ、問いかける。
「ちなみに、ベヘルモットは何て言ってた」
「『そげなあことしたら、あかんって実家のばあちゃがいってただ。おいら、壁に落書きするだけにするっぺ』と」
「あのぶっふぉおおおお!のテンションでほんとにそんなこと言ってた!?」
「なんにせよ、あの二人はわしが止めにいきますかのぉ。どうせ、クラウス様の命でアンリエッタのほうで勇者にあれやこれややっておるんでしょう?」
「……やってはいるが、効果のほどは果たしてな。何せ、魔法を使わない私を相手にしているようなものだ」
自嘲よりも自慢げに笑うクラウスの様子に、ドラゴニスは肩をすくめながらも頷く。
「神龍と呼ばれたわしをこうまで圧倒できるのは、クラウス様とあのにっくき勇者だけですからのぉ。せいぜい、あっちの勇者のほうだけはからかって遊びましょうぞ」
そう言葉を残すと、ドラゴニスは手にしていた杖で床を叩いた。そのまま肉体が煙になったかと思うと、音もなく円卓から消えていった。
残されたクラウスは先ほどから一言もしゃべらずに机に突っ伏したナクアと、その横で興味なさげにマフラーを編み続けるアラクネリーに視線を移す。
「して、ナクア。遅れてきたと思ったらさっきから一言もしゃべらずにどうした?」
クラウスの言葉に、ナクアは机に突っ伏したままか細い声で答える。
「勇者にあったわ。サリーナ様と仲良くしてたの」
「まぁ、サリーナの執事だからな今のあいつは。それで、久しぶりに勇者を目のあたりにした感想はどうだったのだ?」
クラウスにとっては何気ない問いかけだった。のだが、その問いかけにピクリと反応したナクアは、円卓に乗り出す勢いでクラウスに詰め寄り、その襟元を両腕で握りしめて大絶叫。
「ちょおおおおおおおおおおおおおお恰好よかったのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
あまりの大絶叫にクラウスも目を丸くした。そうしてこの大絶叫で忘れていたアトラ=ナクアの唯一にして最大の欠点を思い出す。
「ああもうなにあれなにあれ!? 前に城下町出会った時より三ミリ身長伸びてるし! きりっとした切れ長の目は相変わらず野性味も感じさせてドキドキだし! 前にあった時より胸板厚くなってるし初めて触れた唇は柔らかいしぃ! そのうえ何アレ何アレ、クラウス様が選んだの!? あの白と黒のコントラストが完璧な執事服! いつも来てる白銀の鎧も素敵だけど、執事服も似合いすぎぃ! あぁでもでも、そんな中でサリーナ様を守ろうと私の前に立つ姿は母性本能くすぐるし、あぁあんもう、なんであんな恰好良いの!?」
「ちょ、ちょちょちょちょっと落ち着けナクア。貴様の勇者フェチはわかったから、わかったから少し落ち着――」
「あぁでもでも、さっき何であんなきついこと言っちゃったの私! あんなふうにきつい言い回しなんてするつもりなくて、ちょっとでもアータ様にお近づきになりたかったのにぃ! あぁんもう、でもでも、私結構大胆なこと言っちゃってた? 『狙いはいつだって貴方よ』とか、『次に会う時は伴侶よ』とか言っちゃって……きゃぁ! 私もうアータ様の顔見れない、見れないのぉ!」
城下町でアータとの戦いに敗れて以降のナクアの二面性。クールで妖艶な蜘蛛女の裏に隠れた、
これがあったからこそ、彼女をできる限り勇者にぶつけないようにしていたのだ。
長い勇者との戦いの中でそのことを忘れていたクラウスは、ピンク色満載のナクアにがくがくと揺らされながらも、アラクネリ―へと助けを求めて腕を伸ばすが、
「ぶい」
よくできましたと言わんばかりに、アラクネリーはクラウスに完成したばかりのマフラーを自慢してくるだけだった――。
◇◆◇◆
「ひざまずくッス!」
「ぶっふぉ!」
サリーナのお茶の相手をしていた時、屋敷内に現れた侵入者に呼びつけられたアータは、頭にかみついて離れないルトと隣に並び立つアンリエッタ、そして、裾を握って後ろに立っているサリーナとともに首を傾げた。
「どういうことですか、アルゴロス様、ベヘルモット様」
どこかで見たことがあるような気がする闖入者二人に呆然としていると、傍にいたアンリエッタ(まだ臭い)が呆れ顔で二人に声をかけた。アンリエッタの放った名前を聞いて、アータは得心が言ったように手を打った。
「そうそうそれだ。魔王城で決闘したなんとか商人のアルゴロスとベヘルモット」
名前を聞けば思い出す相手だ。幾戦幾万の魔族を相手取ってきたが、その中でもそれなりに自分に接敵できた稀有な魔族だ。巨人のアルゴロスは別大陸まで蹴り飛ばし、ミノタウロスのベヘルモットは魔王城にて氷の彫像に変えたのを覚えている。
「商人じゃないッス、四神将ッス!」
「ぶっふぉぉん!」
「本来ならクラウス様直属四神将のそのお二人が、どうしてここにいるのですか」
今すぐにでももう一度風呂に入りたいだろうアンリエッタは、強い口調でアルゴロスとベヘルモットへと詰め寄る。アンリエッタの剣幕にアルゴロスは驚きつつも、アータに向かって指をさして語り始めた。
「おいこのロリコン勇者! お前、魔王家で執事を始めたって聞いたッス!」
「ロリコンじゃねぇよ。まぁ、執事はやってるけど」
「つまりは、クラウス様に絶対服従ってやつっスね!?」
「いや全然。これっぽちもあんな落ちぶれ魔王に服従するつもりはないけど? 俺、お嬢様の専属執事だし」
「え?」
アルゴロスは狼狽しながらアータの背後に控えていたサリーナに視線を送る。サリーナはアルゴロスの視線を受け、満面の笑みで頷いた。
「うむ! 父上殿が誕生日にプレゼントしてくれた、わし専用の勇者執事なのじゃ! アータはわしのものじゃもーん! わし以外の命令はきかないもーん!」
先ほどのナクアの件があるからだろうか、サリーナはアータの右腕に抱き着いたまま全力で所有権を宣言してくる。そんなサリーナの様子にほっこりしながらも、アータは目の前でおろおろするアルゴロスとベヘルモットに不敵な笑みを返す。
話の流れからして大方、魔王家執事という立場を利用して、自分を痛めつける算段でも考えていたのだろう。ついでに言うと、自分達の死角から無色透明の煙になって近寄る気配にも気づく。
その気配がちょうどアンリエッタとサリーナのスカートのそばにまで来たところで、アータは背中に携えていたフラガラッハ――デッキブラシをそいつに突き立てた。
「ぬお、何をするかのぅ!?」
「ちっ、頭を貫いてやろうかと思ったんだが、魔力コーティングなしじゃ実態をつかめなかったか」
床に焦げ目をつける勢いで突き立てられたデッキブラシを寸前でかわしたその煙は、モクモクとアルゴロスのそばで人の形を成すドラゴンへと姿を変えた。
その顔をよく見知っているのか、アンリエッタは不快に眉を歪めて呆れたように問いかけた。
「貴方まで何をやっていらっしゃるんですが、ドラゴニス様。今は皆様、魔王様との人間界侵攻取りやめ総会の最中では?」
「その総会も終わったから、こうして魔王家の一員になった元勇者とやらを一目見に来ておるのさ。のぉ、アルゴロス、ベヘルモット」
「おうっすよ!」
「ふもっ!」
「そいつはどうも。散々ぶつかり合ってきたが、ここで手を引こうか……なんていうつもりで来たんじゃないだろ?」
目の前に並び立す四神将の面々が放つ魔力は、敵意そのもの。普通の人間なら、その魔力の余波だけで死に至るほどの密度。だが、それよりももっと恐ろしい存在と対等に立つ勇者として、彼らの挑戦は真正面から受け止める。
「簡単な話ですぞ勇者御供。執事として、わしらと勝負しませんかのぉ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます