第十一話 勇者VS四神将
「……どうも初めまして魔王さま。ナクアおば様の代わりに来ました、アラクネリーです」
現れた黒髪の少女は、編んでいる最中のマフラーをこれでもかと首に巻き付け、その全身をマフラーでぐるぐる巻きにした所で、名乗りを上げた。自身をアラクネリーと名乗る少女を見て、さすがのクラウスも困惑を隠せない。何せ、姿かたちだけ見ればサリーナよりも幼いのだ。
「あ、あぁ……。君のような、その、若い子がここに一人で……?」
「ナクアおば様なら、ここに来る途中で勇者を見つけたって言って消えていきました」
アラクネリーの『勇者』の一言に、クラウスのそばの円卓に座っていたアルゴロスとベヘルモットの目つきが変わり、ガタンと激しい音を立てて立ち上がった。
「お嬢ちゃん、勇者を見たってのはホントッスか!?」
「ぶもおおおお!」
「落ち着け二人とも! 今日の目的を忘れたか! 今日は四神将が集まっての――」
魔王の静止の声に、アルゴロスは首を振って拒否を現す。
「クラウス様はここで。魔王家そばに勇者に攻め入られたとあっては、四神将の名折れ。今この場所こそが、魔族最後の砦なんスよ。我ら四神将、魔族の未来のためにクラウス様とこの砦に命を捧げるんス。止めても無駄ッス!」
「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
アルゴロスとベヘルモットは既に臨戦態勢に入り始めた。壁に立てかけてあった巨大な棍棒を携えるアルゴロスと、ベヘルモットはその強靭な二本腕に特殊な金属で組んだガントレットをはめていく。
クラウスはこうなった四神将を止めるすべはないと、机に肘を乗せ、頭を抱えて深いため息をつく。昨晩時点で勇者との和解契約を結んだ事実を伝えずに、人間界侵攻を急きょ取りやめにしたことが裏目に出てしまったのだ。
だが、そんなクラウスの悩みも気にせず、アラクネリーは天井を指さして一言。
「勇者、さっきこの上にいた。サリーナさまとアンリエッタと一緒だった」
「おのれ勇者、既に魔王家結界内にだと!? それよりも、アンリエッタさんと――あまつさえサリーナ様まで人質にしてるんスか! こうしちゃいられないッス、いくっすよベヘルモット!」
「ぶもおおおおおおおおおおおおお!」
鼻息荒く絶叫したアルゴロスは、ベヘルモットの腕をつかんで、そのまま天井を粉砕するようにして勇者のもとへと向かっていく。というか、地下十階程度の位置にこの円卓はあるが、アルゴロスもまたベヘルモットと同じで猪突猛進なところがあったのだ。
クラウスは落ちてくる土塊や石を払いながらも、自慢の二本角をつかんで頭を抱える。
「ドラゴニス、アラクネリー、二人はまだここにいるな?」
「おりますぞぉ」
「いる」
「お前たちだけでも冷静でいてくれて助かる。実はだな――」
ドラゴニスとアラクネリーの肯定の言葉に救われた気分で、クラウスは顔を上げて語り始め――気づく。
「おいドラゴニス、何をやってる?」
「何って、神龍化中ですのぉ」
「なぜここで神龍化するかな貴様!?」
一瞬目を離していた好きに、ドラゴニスは既に人型から竜型に変身していた。広い会議室でぎりぎり入り込めるかどうかのドラゴニスの本当の姿。神龍とまで呼ばれた竜族の王の姿。白い鱗と強靭な四足、太く鋭い尻尾を携えた巨大な竜だ。
クラウスは慌てて押しつぶされそうになっていたアラクネリーをかばいながらも、すでに変身してしまったドラゴニスに落ち着くように促す。
「よせドラゴニス! 貴様が神龍化してしまっては――」
「なぜって、決まっておりますでしょうクラウス様。わしのドラゴンハーレムをぶっ壊したあのクソ勇者、今日こそはそのひん曲がった股間にぶら下げてる伝説の剣をかみちぎってケツの穴にぶちこんぢゃる!」
「どらごにぃすぅ!? 神龍化しちゃダメだって魔王命令だしてたよね!? それやっちゃうとハーレム願望強くなるからやっちゃダメだって私いったよな!?」
「だぁい丈夫ですぞクラウス様! 勇者をさらしあげた暁には、魔王様もしっかりわしのハーレムの一員に入れますぞォ! わしはこう見えて両刀ですからのおおおおおおおおおおおお!」
「おいちょっと、人の話を聞け貴様! 仮にも智将だぞドラゴニスお前!」
クラウスの必死の静止の声もむなしく、ドラゴニスは変身したその竜の姿のまま、アルゴロスが空けた天井の穴を通って地上へと飛び立っていった。残されたクラウスは、腕の中で我関せずとマフラーを編み続けるアラクネリーに視線を向け、問いかける。
「お前は……いかないよな?」
「いかない。どうせみんなすぐ戻ってくる」
興味ないといわんばかりの淡々とした声に、クラウスもまた、瞳を細めて天井から差し込む光に笑みを返す。
「あぁ、そうだな。ここで帰ってこないような四神将なら、私はとうの昔に勇者に勝っているからなぁ……」
そうクラウスが呟いた瞬間、穴の開いた天井とは別の場所が、轟音と土ぼこりを立てて新しく巨大な穴をあけた。もはや呆然としたまま入口付近で震えるメイドたちはよそに、クラウスは晴れていく土煙の中から見えた影を見る。
そこにあったのは、地上からこの地下までぶっ飛ばされてきた四神将の面々だった。かろうじて地下室の地面に生えた三人の下半身に向かって、クラウスはほほ笑みながらも声をかけた。
「よく……無事に帰ったな、三人とも。うれしいぞ私。では、会議を続けようか」
「「「はい」」」
◇◆◇◆
「なんだったんだ全く」
深いため息をついて、アータは抉れた地面の穴をケルベロスの糞で埋めた。
つい先ほど突然地面を抉る様にして飛び出してきた、どこかで見たことのあるようなないような面々を、拳骨でもぐらたたきよろしく地面奥底に送り返したところだ。
よりにもよってサリーナを吹き飛ばす勢いで出てきたので、はっきりと確認することもなく割と思いっきり叩きのめした。が、まぁ相手は魔族だから別にいいかとアータは頷く。
あと、唐突だったのでサリーナの安全を優先したため、サリーナそばに控えていたアンリエッタは安全な場所へと突き飛ばしておいた。
それよりも今は、こけかかっていたサリーナを抱き寄せた腕の力を緩め、死の森の奥から感じていた視線に、顔を向ける。
「それで、いったい何の用かな。アトラ=ナクア・イ・ディア・エローネ」
アータの言葉に、死の森の木々を押しのけるようにして一人の女性が姿を現した。
スリットの入ったぴったりとした紫色のドレス。豊満な肉付きに、厚みのある唇。エメラルドの瞳は、見るものを魅了し虜にする魔性。腰に携えた鞭は多くの魔族と人間の男たちをひれ伏せた獲物。
四神将の一角、艶将のアトラ=ナクア。
「何の用ってのも不思議なものね。何より、勇者である貴方がここにいることこそ、それこそ何の用なのかしら?」
「なんだ、まだあの娘コンプレックスの魔王から何も聞いていないのか?」
「聞こうが聞くまいが、私の狙いはいつだって貴方よ」
そういってアトラは舌なめずりをしながらアータとの距離を縮める。だが、思いのほか敵愾心は少ないことを魔力から察したアータは、そばにいたサリーナだけをかばうようにして後ろに隠し、近づくアトラに冷ややかな視線だけを向けた。
「別に戦おうっていうわけじゃないんだろ?」
「えぇ、戦って勝てるものじゃないもの。あの実力だけは本物のおバカ三人衆が今のあなたにアレだもの」
「おバカ三人衆?」
「こっちの、は、な、し」
そういってナクアはアータの唇に人差し指で触れる。アータとしては、敵対心バリバリに向かってこなければ特に角を立てるつもりもなく、ナクアの行動には肩をすくめるだけだった。
「相変わらずだな、アトラ。首都イルナディアで遊び半分に人間の男をもてあそんでいた時と変わらないな」
「なびく男が悪いのよ。それに、なびかなかった貴方に遊びを終わらせられたんだもの」
「あーはいはい」
「ちょーっとまつのじゃああ!」
ナクアと初めて遭遇した時の話が盛り上がり始めると同時に、アータの後ろに隠れていたサリーナが頬を目いっぱいに膨らませてアータとナクアの間に割って入った。サリーナはそのままナクアをアータに近づけさせまいと後ろに押しやりながらも、そのおでこを輝かせて唇を尖らせる。
「なっちゃん! アータはもうわしの執事なのじゃ! お色気作戦はダメなのじゃぞ!」
「あらサリーナ様、勇者が執事ってどういうことなのかしら?」
大人の余裕なのか、ナクアはけらけらと笑いながら腰を折ってサリーナの視線に合わせる。
「誕生日に父上殿がくれたんじゃもん! わし専用の勇者執事アータじゃもん!」
サリーナの言葉に、ナクアが視線だけアータに向けて本当かと訴えかけてくる。ナクアの視線に頷いたアータはかいつまんだ事情だけを彼女に伝えた。
「事実だ。平和のために、魔王とそういう契約をしてるんだ」
「へぇ。それならもうあなたもこっち側ってことなのね。なら私、本気であなたのことを奪いに行っても問題なさそうね」
「だーかーらー、アータはわしの執事なのじゃ! なっちゃんには上げないんじゃからな!?」
「サリーナ様の色気が増したら、また相手して差し上げますわ」
「にゅうううおおおお!」
顔を真っ赤にして腕を振り回すサリーナを抱き上げ、アータは冷ややかな視線でナクアをにらむ。アータの視線に気づいたナクアは、肩をすくめながらも踵を返した。
「言っておくけど、誰もがあなたを認めるとは思わないでね。良くも悪くも、あなたは勇者。私以外の四神将はあなたを認めないし、あなたの選択を認めない人間もいる。きついわよ、これからのあなたの生き方は」
ナクアの言葉に、アータは首を振って応える。
「知ってるよ。それに、もうこれは――俺が選んだんだ」
「……そう。ならまた後日。次に会う時は敵か味方か伴侶かわからないけど、ね。それと、新しい男を捕まえたから私の名前は伸びてるの。今はアトラ=ナクア・イ・ディア・エローネ・フィデラフィクス・ル・アルシアーノよ」
「わかったよ……」
最後の最後にとびっきりの皮肉とサリーナの怒りをあおって、ナクアは死の森の奥に消えていった。
あとに残されたアータは、抱きげていたサリーナを下ろして頭を下げる。
「あーその、心配しなくても俺はお嬢様の執事ですからね」
「ふーんだ! デレデレしてる執事なんかしらんもーん!」
ぷいっとそっぽを向いてしまった。デレデレした記憶はないのだが、完全にへそを曲げてしまったらしい。どうしたもんかと頭を抱えたアータは、こういう時こそと、そばにいないメイドを呼ぶ。
「おい、アン、アン? こういう時はどうすれば――臭ッ!?」
振り返った先で、糞まみれになったアンリエッタの姿があった。白と黒のきれいなメイド服は泥と糞まみれの酷い状態。自慢の赤毛も茶色かかっており、いつもは冷ややかなだけの視線は絶対零度を超える。そういえばサリーナを助ける際に突き飛ばした場所は、ケルベロスの糞溜まりだったかもしれない。大変悪いことをした。でも臭い。
「アータ……様。私、すごく言いたいことがあるんですが」
「な、なん――臭ッ――だよ」
「アトラ様のお名前、言えますか?」
「アトラ=ナクア・イ・ディア・エローネ・フィデラフィクス・ル・アルシアーノだろ?」
「なんで私の名前は覚えられないんですか!!」
「怒るとこそこぉ!?」
その日からしばらく、名前のことについてアンリエッタから毎日のようにグチグチ言われることとなった。
なお、アンリエッタの臭いが取れるまで一週間かかったのは別の話――。
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