第十話 魔王直属四神将

 屋敷の地下にある大会議室にて、魔王クラウスは神妙な面もちで円卓に座っていた。

 あたりを照らすのは髑髏で彩られた蝋燭明かりのみ。怨念渦巻く地下のこの円卓に用意された椅子は五つ。主なき四つの椅子は禍々しい魔力を発しながらも、主たちの到着を待ちわびている。

 そうして瞳を閉じていたクラウスだったが、何かに気づき、その瞳を地下室の扉に向けた。


「――来たか」


 そうクラウスが言葉を発すると同時に、扉のそばに控えていたメイドたちがゆっくりとその扉を開いた。

 

「勇将、アルゴロス様到着なさいました」


 メイドの声に促されるようにして扉の奥から現れたのは魔王クラウスよりもひと周り大きな巨体を持つ屈強な戦士だった。特徴的な三つ目と、両掌に魔眼を持つ巨人族の戦士。金に染まる短い髪の毛をかきむしりながら現れたその戦士は、携えた巨大な棍棒を壁に立てかけ、魔王クラウスに頭を下げた。

 

「お久しぶりッス、クラウス様。不肖アルゴロス、召集に応じて参じましたよって」

「おぉ、久しいなアルゴロス! 魔王城での決戦の折以来、こうして顔を突き合わせることが少なくなっていたからな」

「いやぁ、あんとき隣の大陸まで勇者に蹴り飛ばされましたからねぇ! 帰ってくるのに時間かかりましたよって」


 クラウスが差し出した手を力強く握り返したアルゴロスは、語るも涙、聞くも涙の冒険を経て魔王家まで戻ってきたという。思い出話に花を咲かせながらも、アルゴロスは備え付けられた円卓の椅子の一つに座り――椅子はアルゴロスの体重に耐えきれずに潰れる。

 

「あれ、クラウス様魔力衰えたッスか? 俺の体重支えられないほど椅子がもろくなってるッスよ」

「あぁ、その件が今日の集まりの主題だ。すまないが、ほかの四神将たちが集まるまでは待ってくれ」

「へいッス」


 もともと巨人族の血を引くこともあり巨大なアルゴロスは、そのまま机の前に体操座りし、次なる訪問者を待つ。

 そして、


「――来たか」

「来たッスね」


 そうクラウスが言葉を発すると同時に、扉のそばに控えていたメイドたちが扉から慌てて離れた。

 次の瞬間、扉の奥から猛烈な叫び声とともに、巨大なミノタウロスが扉を粉砕しながら部屋に突入してきた。粉砕された扉は部屋の中のあちこちはじけ飛び、その破片がクラウスやアルゴロスにも当たるが、二人は大して気にもせずに訪問者の様子に呆れたように笑う。

 また片付けが増えたとぼやきながらも、扉から下がっていたメイドは現れた訪問者を一瞥し、声を発した。

 

「猛将、ベヘルモット様到着なさいました」

「ふもおおおおおおおおおおおおおおお!」


 雄たけびにも似た叫びで、現れたもう一人の四神将――ベヘルモットは豪快に笑う。ミノタウロスとケンタウロスの間に生まれた異端児でもあり、その強靭な四足で地を駆け、不釣り合いなほど巨大な両腕は一振りで木々をなぎ倒す。ミノタウロスの血を多く受け継いだベヘルモットの頭は、牛のソレであり、携える二本角は変わりなく雄々しかった。

 だが、

 

「……あれ? ベヘルモット、先日渡していたアーティファクト、翻訳ネックレスはどうした?」

「ふもおおおお! ふも、ふもふも、もふもふぅああああああああああ!」

「アルゴロス」

「できないっすよ俺翻訳。タウロス語三級までしか持ってないッス。そもそもこいつ、ケンタウロス族の訛りが強くてタウロス語でも翻訳きついんスよ」

「…………」

「…………」


 顔を見合わせたクラウスとアルゴロスは神妙に頷き合う。

 

「よく来たなベヘルモット! 先日は来訪してくれたのに出ることができなくてすまなかったな」

「お久しぶりッス、ベヘルモット! ほらほら、そんなところでドラミングしてないでこっちに座った座った!」

「もふもふああああああああああ! ふわふうああぅ、ふぁむももぅ!」


 あ、お気遣いなくと言わんばかりに会釈しながらも、ベヘルモットもまた円卓の空いた座席に座る。これですでに残り座席は二席。魔界の誇る四人の戦士のうちの二人がそろったのだ。

 クラウス自身としても、魔王城が勇者に落とされてから四神将全員がそろう会議はこれが最初。それもこれも、魔王城での決戦の際にそれぞれの四神将が壊滅寸前まで追いやられたせいだ(四人そろわなかったのは、アルゴロスが海向こうの大陸まで勇者に蹴り飛ばされた影響だが)。

 感慨深いな、とクラウスがほほ笑むと、壊れている扉の前に唐突に黒い煙が舞い込んでくる。

 

「――来たか」

「来たッスね」

「もふぅ」


 集まっている三人とメイドたちの前で、舞い込んできた黒い煙はそのまま肉体をなしていき、その煙は白い鱗で覆われた身体を作りあげていく。背には折りたたまれた巨大な翼を。白い鱗の上から白色の魔法胴衣を羽織った肉体。水晶をこしらえた杖を手にし、竜の頭部をもちつつも、眼光は柔和で年老いたそれだ。

 現れた人型のドラゴンは、顎から生える白く長いひげをなぞりながら、傍にいたメイドのスカートをめくろうとして――メイドに張り倒された。

 

「恥将、ドラゴニス様到着なさいました」

「あいたたた……、近頃の若いもんは冗談をしりませんのぉ……。それに、恥将じゃなくて智将ですのぉ」

「もふもひうああああああ! もふもっふああああああ!」

「そう叫ばんでも、おぬしの部下には手を出しとらんわい、ベヘルモット」


 ベヘルモットの叫びを、到着した恥――智将ドラゴニスが笑いながらも会話として成り立てるその様を、クラウスとアルゴロスは顔を見合わせて頷く。

 

「よく来てくれたドラゴニス! 先日は貴様の千百八十二の生誕祭に参加できず、随分心配をかけた」

「おぉクラウス様、どうぞ気にせんどいてくださいのぉ。見てのとおり、老いぼれドラゴン族ですので、いつ死んでもおかしくないんですぞ」

「よく言うッスよね、ひとたび戦場に出たら竜化して戦場全てを焼き尽くすようなとんでもない智将じゃないッスか」

「おっほっほ。千年以上も生きておれば、たいていのことは何とかなるんですのぉ」

「うぼおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ベヘルモットの叫びを聞いたドラゴニスは、よっこらせと重い腰を椅子におろしたのちに、クラウスとアルゴロスに視線を向けてため息をついた。

 

「ベヘルモットの坊ちゃんは、またアーティファクトをなくしたんですかのぉ?」

「そのようだ。先日渡したばかりだったのだが……」

「ふも、ふもふもっふもふぅああ! ごぶあああ!」

「なるほどなるほど。ここに来る途中で肌触りが気持ち悪くて引きちぎったそうですじゃ」

「引きちぎるって、相変わらず野生に生きてるッスね」

「……お前たち、一応魔王直下の四神将であることを忘れては困るぞ」


 和やかムードにがっくり項垂れる魔王だったが、その肩をドラゴニスがぽんぽんとたたきながら笑う。

 

「いやはや、勇者が表れてからというもの、わしらも形無しですからのぉ!」

「あんのクソ勇者のやろうは、今度という今度は俺の手でやってやりますッスよ!」


 血の気のたぎるアルゴロスの様子に、クラウスは現状をどう説明したもんか頭を悩ませる。とはいえ、話は四神将全員がそろってからだ。

 空いた座席は一つ。ここに座るのは、四神将の紅一点。

 妖艶でパフパフな肉体を持ち、強靭な鞭で人間たちをたたきつけるドSの女王様といっても過言ではない蜘蛛族の女王。艶将、アトラ=ナクア。

 

「魔王様、最後の将が到着したようです」

「――来たか」

「来たッスね」

「もふぅ」

「来たようですのぉ」


 メイドの声に、クラウスやアルゴロス、ベヘルモットは入口へと視線を向けた。ドラゴニスはいつの間にか入り口そばで寝転ばっての下からの覗き見スタイルで待機中――メイドに踏まれた。

 そうして四者の視線の中、入口の奥から足音が響いてくる。その響きは一歩一歩から妖艶さを漂わせ、入口の奥から最後の将が姿を現した。

 

 手にするは毛糸玉。動かすは縫い針。入口奥から伸びきった、現在手編み中のマフラー。その背はサリーナと並ぶほどに小さく、凹凸のない未成長な寸動の身体。長い黒髪は腰まで延び、エメラルドの瞳は面倒そうにクラウスたちの姿を捉える。控えめに言って――幼子。

 


「冷え性、アラクネリー様到着なさいました」

「「「誰(ふも)ッ!?」」」

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