第七話 足りない首は勇者で補え

「あぁおはよう。アン――なんだっけ?」

「アンリエッタです。それよりもクソ勇者様、この庭の状況説明をお願いしたいのですが」


 先ほどまで頭を抱えて大絶叫していたアン――アン(名前を忘れたため省略)が、血走った眼で詰め寄ってくる。彼女の様子にぼりぼりと頭をかきながら、寝そべったケルベロスの背を飛び降り、突き刺していたデッキブラシを手に取った。

 

「あー、まぁ死の森って言っても、魔王やお前らにとっては庭と一緒なのか」

「はい、ですからどうしてその庭がここまで凄惨な――ある意味滑稽な魔族の墓場的森に代わっているのかと!」

「どうって、これのせいだよこれの」


 そういってアータは、自分の頭にかみついたままのソレを指さした。鼻息荒いアンリエッタは、ぎろりとアータをにらみつけた後、指さした視線の先を見て眉を顰める。そうして理解できないといわんばかりに小首をかしげ、彼女はアータを覗き込むようにして問いかけた。

 

「……もう一度聞きます。どうしてそうなったんですか」

「どうしてっていうか、生まれるその場に立ち会ってたら、懐かれた」


 いまだに自分の頭にかみついているソレ――ケルベロスが生んだ子供だ。親のケルベロスとは違い、その身体は非常に小さい。アータの頭より少し大きいかどうかといったサイズだ。まだ堅くなっていない藍色の毛並みはふさふさしており、かみついてはいるが大した痛みもない。

 だが、何より驚くべきは、ケルベロスの子供でありながら、頭が二つしかないということだ。

 

「アン、こいつをどう思う?」

「アンリエッタです。省略して呼ばないでくださいクソ勇者様」

「省略してほしくなかったらこっちも名前で呼んでもらおうか」

「……いいでしょう、アータ様」

「まぁ、別に名前で呼ばれたからと言ってお前らの名前を省略しない理由にはならないがな、アン」

「…………」


 わなわなとこぶしを握って怒りに耐えるアンリエッタの様子に満足したアータは、頭にかみついている頭二つのケルベロスの子をひょいっと手に取り、アンリエッタの前に差し出した。

 

「俺は人間界の動物はわかるが、魔界の魔物についての知識はそう深くない。ケルベロスの子供って最初は頭二つで生まれてくるとかあるのか?」

「非常に稀な話ではありますが、ケルベロスに人の血が混じるとこうした例外が生まれる場合があります」

「人の血、ねぇ」

「アータ様、まさかとは思いますが……。お嬢様のペットのけーちゃんを無理やりに――」

「誰がそんな真似するか馬鹿野郎! 血はやってないが、出産状態のそいつを守るときにフラガラッハで俺の魔力を使った結界を張った。あの時、そいつは周囲の魔力をドレインしながら子供の出産をしていたから、そのとき俺の魔力も一緒に取り込んでしまったんだろう」

「…………」

「そんな目で見てもやってないものはやってない。こちとらケルベロスに興奮する変態じゃない」


 疑いのまなざしを向けるアンリエッタをにらみつけたアータは、深いため息をついて手にしている二つ首のケルベロスを見つめる。愛嬌のある顔をしているが、視線はクール。ぐぅっとなるそいつの腹の音に、アータはケルベロスの子供を足元におろし、背後で寝転んでいるケルベロスに向かい合った。

 

「んで、こいつも体力を使い切っちまってる。一応、こいつを襲おうとしてた連中は片っ端から叩きのめしてやったから、もう襲うような真似はしないと思うが、念のためこいつを小屋まで連れていく。手を貸してくれ」

「私にそんな力仕事ができるとでも?」

「…………」


 満面の笑顔でケルベロスの子供を抱きかかえたアンリエッタは、親指を地面に向かって突き立てながら答える。

 

「はぁ……わかった。じゃあ俺が持っていくから、お前はその子供を連れて先に小屋に戻っておけ」

「いや、自分で言っておいてなんですが、そこの巨大なケルベロスをどうやって小屋まで連れていくのですか?」

「最短距離で持っていくから、ここからまっすぐ小屋まで消し飛ばす。そのあとケルベロスを抱えて小屋まで向かうつもりだ。一晩訓練したからある程度は調節できるはず、だ。ただ……勢い余って屋敷まで消し飛ばしたら謝る」

「ちょっとお待ちください。すぐに魔王様をお呼びしますので、本当にこれ以上森を消し飛ばすのはおやめください」

「あ、ちょっと、おま、待――」


 アータの静止の声も聴かず、アンリエッタはケルベロスの子供をアータに手渡し、その小さな羽をばたばたと広げて屋敷へと戻っていった――。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「変態勇者貴様ァ! この私が懇切丁寧に作り上げた魔王家の庭をよくも植え替えよって! そのふざけた執事服を燕尾服に変えてやろうか!」

「うるさいこのピンク魔王! 騒いでないでしっかり支えろ! お前の庭のペットだろうが!」


 ケルベロスの頭を抱える魔王が振り返って憤怒の炎を手のひらに構えるのに気づき、同じくケルベロスの腰を抱えて支えるアータも両目に極低温の魔力を込める。だが、お互いに込め合った魔力のあまりのしょっぱさに、ふんと鼻息を吹いて顔を逸らす。

 あの後、アンリエッタはケルベロスの巨体を運ぶため、魔王をこうしてここに連れ出してきたのだ。主を連れ出すあたり、主従の関係性がいまいち見えないが、本人がしっかりここに出向いている以上アータは何も言わない。

 とはいえ、売り言葉に買い言葉でいがみ合いながらケルベロスの巨体を持ち上げる二人の前を、アンリエッタが魔法で大地ごと木々を押しのけながら道を作る。その魔法は生い茂る木々を傷つけることなく道を作る、独創的な魔法だ。

 どちらかというと戦い以外の場で魔法を使うことの少なかったアータ自身、見たこともない魔法の使い方に思わず嘆息して声を上げる。

 

「便利な使い方をするもんだな。というより、手慣れているな」

「あなたに褒められる筋合いはございません、アータ様」


 視線も移さずに鼻息荒く答えるアンリエッタの様子に、前にいる魔王クラウスは高笑いをして視線をアータに向けた。

 

「ふっはっは! みぃよ異種好き勇者! アンリエッタはなぁ、土魔法と構成魔法の――というより日用大工全般魔法が超得意なメイドなのだ! かくいうあの豪華な魔王家もアンリエッタの手によってくみ上げられた傑作のひとつ!」


 下卑た高笑いをしながらアンリエッタを自慢する魔王クラウスは置いておいて、『日用大工全般魔法』という枠組みに思わずアータも気をひかれる。

 

「アン、魔王家を魔法で作り上げたっていうのは本当なのか? 屋敷全体で見ても、相当きめ細やかな細工がされていたと思うんだが……」

「しつこい人ですね。でも、おっしゃる通りあの家は私の魔法で作っています。貴金属に関しても、多少多めに魔力は使いますが構成魔法で十分に細工ができます。まぁ、これには純度の高い特殊な鉱石とセンスが必要ですが」


 ちらりと自信満々な視線を向けてきたアンリエッタの前で、アータは言われた魔法の意味を考える。構成魔法はアータ自身もよく使う。何せ、フラガラッハ自体がその特殊な鉱石で作られた伝説の武器でもあり、構成魔法を使って一時的にハンマーに変えたり、鞭に変えたり、弓に変えたりと変幻自在を誇るのだ。

 

「でも、構成魔法にも一長一短があるだろう? 少なくとも俺が知ってる魔法だと、構成魔法をかけたところでせいぜいひと月程度しか形をとどめられないんだが」

「……普通、構成魔法は半刻程度しか効果が発揮できるものではありません。ひと月も持たせるって何ですか化け物ですか」

「いや、勇者だけどさ……」

「おいアンリエッタ、なぜ勇者とそんなに仲良く話す? 屋敷の主の私無視?」

「魔王家の場合、屋敷を作り上げる構成魔法には魔王様の魔力を組み込んでいるのです」

「つまり、ひと月に一度は魔王家を構成しなおしていると?」

「理解が早くて助かります」


 アンリエッタが満足いったように頷くが、アータは彼女が重大な事実に気づいてないことに気づき、視線をそらした。

 魔王と自分の魔力は現在進行形で、アーティファクトによって制限されている。それすなわち、次の魔王家構成の際には、いつものように魔王の魔力を使って構成はできないということ。

 

「ちなみに、次の構成はいつの予定?」

「本日ですが何か?」

「いや、何でもない」


 気づいてないのなら、別にいいかと。自分はどちらにせよ魔王家の中で生活はしないし、ケルベロスの小屋そばの犬小屋で暮らすのだ。

 

「あぁんりえった! 私が魔王様だよ主だよ!? 私のことを放っておいて勇者と……あまつさえ名前で呼び合うなんていつの間にそんな――はっ、まさか!」

「なんだよアホ魔王。昨日から同僚になってるんだからこれぐらいふつうだろうに……」

「さては、サリーナちゃんのけーちゃんだけでなく貴様、まさか私のメイドであるアンリエッタに手を出したのか貴様ァ!」

「メイドがメイドなら、主も主だなオイ!? 誰が手を出すか、俺はこれでも元勇者だぞ! その湧きだった変態脳をフラガラッハでシェイクして食後のデザートにしてやろうか!?」

「貴様こそ、私の屋敷で好き放題しおって! そのどす黒い頭の中をピンク色に変えて髪の毛淫乱ピンクにしてやろうか!?」

 

 そんな二人の様子に、二人の前を先導するアンリエッタが瞳を細めてため息をついた。

 

「魔王様、アータ様。喧嘩してないでさっさとけーちゃんを運んでください。後半刻もしないうちにお嬢様のお目覚めの時間です」


 サリーナが目覚める。

 その言葉に前を歩いていた魔王がぎょっと目を見開き、ケルベロスを抱えたままアータに冷や汗だらだらの顔を向け叫ぶ。

 

「なんだともうそんな時間なのかアンリエッタ! おいクソ勇者、ここは休戦だ今すぐダッシュでこの森を抜けるぞ!」

「ダッシュでって、あのなぁ。アンが魔法で木々を押しのけ道を作ってくれなきゃ、ケルベロスの巨体を走って持っていけるわけないだろう」


 アータのつぶやきが耳に入らないのか、目の前にいる魔王は立ち止まってしこを踏むように足を開き、腰を落とした。

 びりっと音を立ててピンクの寝巻のお尻が破れ、ハートマーク付きの水色パンツが見える。瞬間、アータと頭にかみついているケルベロスの子供の視線が冷ややかになるが、魔王クラウスはそんな視線に気づかない。


「サリーナが寝起きとなれば、急がねばならない。アンリエッタ!」

「ちょっと魔王様、アータ様に文句を言った手前、そのような行動は――」


 いきなり何をしだすのかとアータは眉をひそめて小首をかしげるが、振り返ったアンリエッタは慌てて声を荒げた。

 だが、次の瞬間には魔王は腕力だけでどっせいといわんばかりにケルベロスの巨体を魔王家そばの小屋に向けて投げ飛ばした。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

『ぎゃうううううん!?』


 手放しそれたアータは、ケルベロスとともに宙をはるか高く舞っていく。よく見ると、きりもみするケルベロスの背に魔王はすでに飛び乗り、魔法のじゅうたんよろしく腰を下ろして着地待ち。

 

「着地はお前に任せるぞ勇者。私はサリーナちゃんに会うためにここでおめかししておくからな!」

「最後まで責任とれ馬鹿野郎ぉおおおおおおおおおおおおおお!」


 はるか空に飛びあがる絶叫を、一人取り残され大地から呆然と見上げたアンリエッタは、一度だけすんと鼻を鳴らし――崩れ落ちた。

 

 この日、アンリエッタは味方の手によって二度目の完全敗北を喫したのだった――。

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