第二話 セカンドジョブ「執事」

 自信満々なクラウスに紹介されたプレゼント――勇者アータは、黒と白の執事服に身を包み、頬を引き攣らせながらも背筋を伸ばした。そのまま九十度に腰を折り、美少女らしからぬ驚愕顔を見せるサリーナに頭を下げる。


「初めまして勇者です。どんな仕事でもします頑張ります。年1度半刻ほど睡眠時間を貰えれば、不眠不休で動けます。よろしくお願いします、ご主人様」


 サリーナがあんぐりと口を開けてベッドから降りてきた。フリルの多い赤いドレスに身を包んだ彼女は、素足のまま拙い足取りでクラウスとアータの傍に近寄ってくる。

 彼女の様子にゆっくりと頭を上げた勇者アータは、見上げてくるサリーナと視線を交える。


「じぃー……」

「……あの、なんでございましょう、ご主人様」


 値踏みするように瞳を細めるサリーナの前で、アータは必死になって笑顔を作る。魔王とのとある契約通り、サリーナを『ご主人様』と呼んで。


「どうだサリーナ! パパはとうとう勇者を手に入れた! 人間界最強の化け物を手に入れたんだよ! 苦節一年! この男を手に入れるために私がどれだけ苦心をしたことか!」

「……思いつきな上に立ったついさっきの話だろうが。それに、あくまでこれはただの契約だクソ魔王。俺は負けてない」

「ん? 何やら勇者の口から不適切な言動が聞こえたが、私の気のせいかな?」


 にんまりとした魔王クラウスの笑みに、アータは口元を歪めた。瞳を細めた胡散臭い笑顔で魔王の問いに答える。


「気のせいでございますクソ旦那様。俺はお嬢様の執事となる人間であります故」


 そんなアータの一言に、サリーナが強く反応する。


「執事!? 父上殿、勇者をワシの執事にすると申すのか!?」

「え、あれ? き、気に入らなかったのかぃサリーナ!? パパ頑張ったんだけどな!? 尻尾が燃え尽きるほど頑張ったんだけどな!」


 詰め寄るサリーナの様子に、クラウスが思わず不安をのぞかせる。だが、そんなクラウスの心境などつゆ知らぬサリーナは、クラウスの背後に立つアンリエッタに抱き着き、


「ひゃっほぃ! アンリエッタアンリエッタ! 念願のワシ専用の勇者執事が手に入ったのじゃ! 通販で売ってた村の勇者よりプレミア感たっぷりの本物の生勇者なのじゃ!」

「良かったでございますねお嬢様。早速ベヘルモット様に宅配を頼んでいた村の勇者はキャンセルの連絡をしておきます」


 サリーナの頭を撫でるアンリエッタの様子を見たクラウスが、眉間にしわを寄せた。


「おいアンリエッタ。なぜお前がサリーナの頭を撫でている? そこは私の居場所であるぞ」

「勇者との逢引で屋敷を留守にしがちなクラウス様に代わり、わたくしめがお嬢様のお世話を承っていた賜物でございます」

「なんと!? おい奴隷勇者貴様ァッ! 貴様と毎日毎日精根尽き果てるまでの穴の掘りあいのせいでサリーナのパぁパに対するイメージが最悪ではないか!」

「うるさい! お前こそ、魔王の癖に屋敷での立場ゼロなのな! はっ、お似合いだ!」

「やるのか勇者! 黒縁眼鏡に七三分けで脱個性してやろうか!?」

「なんだと魔王! お前こそスーツの裾膝丈にして虫取り少年にしてやろうか!?」

「お二人とも、お黙り下さい」


 胸ぐらを掴み合ってにらみ合うクラウスとアータの頬に、アンリエッタの拳が突き刺さる。だが、二人との魔力差にツッコミを入れたアンリエッタの拳がひび割れ、アンリエッタは深い溜息と共に二人の間に割って入った。

 クラウスとアータは互いに割って入ったアンリエッタの顔を立てるように、暴言の飛び出す口を閉じる。


「クラウス様、そしてクソ勇者。ここはお嬢様の部屋です。喧嘩をするのであれば外でやってください。魔王城の時みたいに別荘の魔王家まで消し炭になっては困ります」

「おい、なんで俺にだけクソが付く?」

「クソウス様、そしてクソ勇者。ここはお嬢様の部屋です。喧嘩をするのであれば外でやってください。クソ城の時みたいにクソ家まで消し炭になっては困ります」

「アンリエッタ! 私は魔王だよ!? 一応、魔界を総べる王だからね!? 君らのご主人様だからね!?」

「お二人とも、お静かに」


 サリーナを背後に隠したアンリエッタの拳が握られ、アータとクラウスは再び押し黙る。


「クソウス様。先ほどの人間界侵略を取りやめる件と、今勇者がここにいる理由の説明をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「そうじゃ父上殿。いつもいつも帰ってからは勇者との決着がつかぬとヤケ酒をしておったではないか」


 サリーナの言葉に、アータがニヤリと笑みを浮かべた。そのまま隣で一緒になって立つクラウスの脇腹をどつく。


「何お前、ヤケ酒なんてしてたの? しかも娘に覗かれてるじゃないか。魔王失格じゃないか」

「うるさいぞ! 魔王にはな、酒を飲まないとやっていけない時期というものがあるのだ!」


 再び取っ組み合いをしそうになるアータとクラウスをアンリエッタの絶対零度の視線が射抜く。彼女の視線に気づいた二人はバツ悪く頭をかいた。


「……ほんとはサリーナに人間界をプレゼントしたかったのだが、勇者との戦いに決着がつかなかったのだ。そこで、以前サリーナの部屋に透明化して侵――掃除で入った際に見た妄想日記の中に、『ワシはいつの日か勇者を執事にしてキャッキャウフフしたい』という内容を思い出し、いっそのこと人間界ではなく勇者を持って帰ろうと思ったのだ」

「な、ななな! 父上殿、ワシの妄想日記を読んだというのか!?」


 アンリエッタの背後から慌ててクラウスに詰め寄ったサリーナが、頬を真っ赤に染める。そのまま涙目でクラウスの襟元を掴んでガシガシと前後に振り始めた。


「あ、あれはワシの超個人的なプライベートなのじゃぞ!? ちゃんと鍵付の日記帳だったはずじゃ、どうやって覗いたのじゃ父上殿!」

「魔王に出来ぬことなどないぞ。こう、ちょっと力を籠めれば鍵なんてボロッと」

「心配ありませんお嬢様。お嬢様の妄想日記の中身は常に私が監視しております。何かあってもすぐに対処できるよう、屋敷のメイド部隊も全て把握しております。ご安心ください」

「出来ぬ! 全然まったくこれっぽっちも安心できぬ! というよりなんじゃお主ら! 全員してワシのプライベートを覗くなど、酷いではないか!」


 瞳に目一杯の涙を浮かべてプルプル震えるサリーナの姿に、クラウスの隣で頭をかいていたアータは深い溜息をついた。彼女をからかう魔王とアンリエッタに比べ、サリーナの感情は豊かだ。それ故に、思わず親近感がわいてしまう。

 魔王の娘で魔族の子だが、何やら可哀想になってしまったのだ。


「あー、その、大丈夫だ……です、お嬢様。俺はお嬢様の日記の内容は知りませんので」


 乱暴になりそうだった言葉遣いを改め、サリーナをお嬢様と呼び、アータは笑顔を見せた。

 すると、アータの笑顔を見たサリーナがバッと顔を近づけてくる。


「……! そ、それはまことかの!?」

「まことでございます。俺は本日から仕える身でありますので」

「……うんなのじゃ!」


 零れそうになった涙をドレスの裾で拭ったサリーナが笑顔を咲かせた。魔族とは思えぬ素直なその反応に、思わずアータは彼女の頭を撫でる。


「う、にゅ!?」


 擽ったそうに瞳を閉じるサリーナの頭を撫でていたアータだったが、彼女の背後で燃えがる地獄の業火に気付く。着こなしていたスーツを熱で焦がすクラウスの様子に、アータは眩暈を覚えた。


「き……っさ、まぁああああ! パパのサリーナちゃんを、サリーナちゃんをぉお! 屋敷ごと消し炭にしてくれるわ!」


 憤怒の形相で、クラウスが右掌に呼び出した業火をアータに向って振り下ろす。これに素早く反応したアータは、自身も魔法を紡ごうとして――、


「止めるのじゃ父上殿!」


 間に割って立ち上がったサリーナの姿に、二人は慌てて動きを止める。

 構えていた右掌の炎を消し去ったクラウスが、慌ててサリーナを諭す。


「さ、サリーナちゃん! どきなさい! パパが今すぐそこのクソ勇者を新妻が作った焦げ魚よろしく食卓に並べてあげるから!」


 だが、サリーナはクラウスの前で両腕を広げたまま嫌々をする。


「だめじゃ! この勇者は今日からワシの執事になるのじゃぞ! 父上殿がプレゼントだって言ったではないか! 魔王ともあろうものが、一度言った約束を破るのかの!?」

「い、いや言ったけどもさ! でもでも、私のサリーナちゃんに馴れ馴れしく触るのは――」

「それ以上駄々をこねるのであれば、ワシ、もう二度と父上殿など呼ばぬもん。父上殿なんてもこれからずっと無視じゃもん!」

「――――ッ!? 無視!? この私無視!?」



 腕を組んでそっぽを向くサリーナの目の前で、クラウスが崩れ落ちる。よっぽどショックだったのか、もはや立ち上がる気力すら魔王は見せられなかった。

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