第4話 文明の飛び地

「セイフに連絡? タンマツ? それはなんですか?」


 誰に聞いても首を傾げるばかり。諦めがついたのは5人目。城の書庫に努める老人に言われて、ついにぽきんと心の折れる音を聞いた。頭を掻き毟りたくなる衝動を堪えて聞き込みを続けてきたのだが、未だこの現状を説明できる正解を導き出せずにいる。ここが一体どこなのか、なぜ中央星系と連絡を取る手段がないのか、状況が飲み込めないまま数日が経過していた。


「一体どうなってるんだここは」


 ここには高度文明の欠片が見当たらない。木製の食器には水を弾くコーティングはされておらず、手で食べるのが常識だった。室内灯と言えば動物の油を使った匂いのきつい灯だけ、寝具や衣服に使われているのは荒い植物の繊維だった。


 記録者クロニスタの仕事柄、確かに多種多様な文化と接する機会は多い。中央星系では当たり前となっている技術でも、辺境惑星の入植者たちが持ち得ないものはたくさんあった。逆にその惑星に適合した文化や技術が発展することもあり、それは興味深い記録となる。ただ、この土地の十数世紀遅れの文化程度には驚くしかない。


 いやこの場合、言葉に正確を期すならば、文化が発展していないのではなく、文明が発展していないだけなのだ。文化がその土地に合わせた生活様式や生活習慣とするならば、後者は文化によらず汎用性を持った技術やシステムのことだ。だからここでは文化が見たらないのではなく、文明が見当たらないという方が正しい。


 では、なぜ宇宙航行して入植した者たちが、わざわざ石器を使って生活する義理があるだろうか。私はこの不合理に対する正解が分からず、不可解な現実にしばらく頭を悩まし続けていた。


 私が驚かされたのは文明の程度だけではない。ここの住人達がもつ異形ともいえる能力を初めて目撃したのは3日目だ。ようやく床払いをして動けるようになり、窓の外を見たときである。大きな鳥が飛んでいる、と思ったが何か様子がおかしかった。異様に足が長く、そしてくちばしがない。一度見、二度見、三度見して私はようやくそれが何なのか視認する。


「人が、人が空、飛んでる?!」


 驚いで窓から身を乗り出す。外の風を受けて落ちそうになるのを、後ろからノヴァエに引っ張り込まれた。


「当たり前でしょう! 烏族クーウなんですから空ぐらい飛べます!」


 よく見ると腕が翼に変じた人が空を飛んでいた。


「ノヴァも飛べるの……?」

「私の部族は重たくて跳ねるぐらいしかできませんけど、羽はもちろんありますよ」


 そう言って彼女は私の目の前に腕を構えた。


「ほれ」


 そう言うと、腕から羽がバサっと生えてくる。これまで記録者クロニスタとして、曲がりなりにも辺境惑星の特異な風土や珍しい生態を記録してきたが、これには目玉が落ちるかと思った。みるみるうちに羽は翼を形成し、頭に着けた飾り羽と同じ、茶色い色の翼が出来上がった。


 星間航行時代はすでに1万有余年の歴史があるが、既知の範囲では同レベルの知能生命とは接触が無く、上位存在も確認できていない。今はただ現存の人間たちが少しずつ環境適応で変化した子供を生み、増えながら活動範囲を徐々に広げて行っている。つまり知的生命体はそのままイコール同じ起源を持っている、というのは常識であった。しかしこのような環境適応の結果は聞いたことがない。


 こんなことが実際あるのだろうかという疑問がぬぐいきれなかったが、実際にここの住人たちは、記録者クロニスタのことも政府も知らないと答えた。誰ひとりとして人間が宇宙に進出していることを理解している様子ははく、そして人が空を飛べることに何ら疑問を持っていなかった。


 もちろん、あれだけ有名であるはずの父エトレのことも知っている人はおらず、この宇宙のどこかにいる父の情報など一かけらも掴めていなかった。私を送り込んだミズシマ博士の言葉をもとに常識に沿って思考するならば、父がこの土地のどこかにいることは間違いないのだろうが、そもそもここがどこだか分からなかった。


「まさか違う起源の生物なんて……古めかしい言い方をするなら宇宙人? いや、さすがにそれだったらもっと違う形をしてると思うけど……。うーん、文明の程度に対する謎と生物としての謎でぐちゃぐちゃだわ……」


 目下の疑問はその2点だった。ここがどういう場所で、彼らはいったい何者なのか。午後の強い日差しを避けて自室の窓際で黄昏つつ、独り言を繰り返して何とか正解を導き出そうと思考を続けていた。


 この机といすは、厚い土壁を削りとることで作られているので、むろん表面は土。座るために厚めの布が掛けられている。椅子に腰かけて窓から入ってくる風を感じた。硝子も存在せず、単純な木戸は開け放たれたまま。外気温は確かに高いが、乾いた気持ちのいい風が黒い髪を撫でた。 ふと扉が開いた気配がして振り返るとノヴァエが来ていた。慌てて今までの独り言を仕舞う。


 カルセラの夫と称する人と会ってから3日間寝込み、ようやく体の調子が戻ったのが4日ほど前のこと。意識が戻ってから1週間経っていたが、王の方からは一向に音沙汰が無かった。


――音沙汰が無い方が助かるには助かるが。これだけ何も無いと、もしかしたら向こうは私が偽物だと知っているのかもしれないな。


 それもまた説明の手間が一つ省けるから、となるべく気楽に考えようと努めた。動けるようになってからは今置かれている現状を把握すべく、身の回りを世話する者へ、とりわけノヴァエにはありとあらゆることを質問し続け、そして子供のように情報を吸収していった。


 この土地は烏族クーウという種族が治めるところで、その王が住まう都のアベスというらしい。そもそも烏族クーウ というのは鳥の一族であった。体の一部、人によっては全身に、鳥の羽が生えて腕が大きな羽になる。それを使って空を飛ぶ一族だった。個人差はあるが、足が鉤爪のようになる者もいた。


「他には猫や犬などになる四肢族オグ、昆虫の殻と六本の手足を持つ甲族オフス、鱗を持つのは魚類ウホヌと蛇やトカゲなど爬虫類サホヌの2種類がおりますがこれを合わせて鱗族ホヌといい、体を変化させられる5種族とその亜部族を総じてレグナムと言います。これ以外に肌が緑色をしている緑族イリュフなどがおりますが、定住していないので街に行商で来るぐらいですかね」


 繕い物をしながらノヴァエは淀みなくしゃべってくれた。使っている針は白く太く、おそらく金属でなく骨だろう。これで細かい刺繍は出来ないだろうなぁと眺めていた。


「一番大きい枠組みがレグナム、その下が種族、その下が体の特徴を表す部族、ということですわね。私の部族の走る鳥エミウは羽生えますけど重たくって飛べやしないですよ。カルセラ様は小さい鷹ロクシャの部族だから、そりゃぁ優雅に飛んでましたよ」

「じゃあつまり呼び名は、個人の名前と部族の名称っていうことになるのね。でも私、飛んだ記憶はないんだけどなぁ……」

「そのうち思い出して飛べるようにもなりますよ。なんたって烏族クーウは風の民ですからね、歩くより先に飛ぶのを覚えるんですから」


 窓の外を見やると、この暑い中でも子供たちが空中で遊んでいた。どの種族も動物の体の一部をもって生まれてきて、大人になるにつれてそれが人の形へと変化させられるようになっていくという。今、外で遊んでいる子供たちは大きくても10歳前後、すでに羽をしまえる子供もいれば出しっぱなしでバタバタと羽ばたいている子供もいた。上手いこと向かい風を両の翼に受けて飛び上がり、空中で大きく一回転する。年下の子供たちはうまく着地できずにしりもちをついていた。


 こんな種族を私は見たことがなかった。見たことも、聞いたこともない種族だった。


 私の職業、記録者クロニスタとは星々を回ってその土地の風土や文化、生態の情報を記載していくものだ。この職で満足に働くためには体だけではなく知識の方も必要と思い、人一倍勉強したつもりだ。どこの空域にどんな民族がすむ惑星があるのか、そしてどんな文化・文明が栄えているのか覚えたはずなのだが、その知識も今は空振りを続けている。この土地が、惑星が、どの星系に所属するのかすら見当がつかない状態だ。


 疑似細胞の普及によって体の一部を多少なりとも変化させられるようになった『個人』は会ったことがあるが、それが遺伝したという記録は知らない。父のエトレならば生物の研究者としての立場から、何か解明してくれるかもしれないと淡い期待をした。しかし当の本人はどこでどうしているのか一切が不明のまま。


 結局、自分が帰る方法も、父親探しも今まで何も進展していなかった。


「それから竜という、滅びてしまった種族もおりますよ」

「竜?」

「私たち全ての種族の始祖様に当たる竜の種族ですね。どんな動物にでもなれた、という話ですよ」


 竜というのは確か架空の生き物だったと、私は古い記録を思い返す。大きな爬虫類で空を飛びながら火を吐く、確かそんな想像上の生き物だったと記憶している。想像するに一番滅びそうもない、強そうな種族だった。


「強そうなのに、何で滅びてしまったの?」


 同じように変身できるのならどう考えても鳥や獣よりも強いだろう。むしろ他種族を滅ぼしてしまいそうである。


「何百年も前に、争いが起こって東の地の果てに消えたそうです。以来どの種族でも時々人間が生まれるようになって……」

「人間もいるの?」

「いますけれども、彼らは翼も爪も牙もたない出来損ないの忌み子ですよ。あれは忌々しい種族ですから」


 少しだけその人間というに期待をしたが、ノヴァエの不機嫌そうな語り口を聞いて、これ以上聞き出すことを躊躇してしまう。鼻息荒く、彼女は否定に否定を繰り返すが、当の人間種は目の前にいる。大変に申し訳ない気持ちになるとともに、正体をばらすことへの恐怖を覚える。


「迷惑なことに、奴ら人間種が増えると争いが起こって、天がお怒りになるという言い伝えがありましてね。カルセラ様がほんに小さいころだったか……こともあろうに人間種がこのアベスの近くに里を作ったんですよ。だから、今は亡きカルセラ様のお父上が追い出しにかかって、がそりゃあ勇敢なお姿でした。でも私たちの土地から追い出すと、今度は殺生禁止の禁足地であるシナバリに逃げ込むし、手先が器用だからって町にいる人間種は小金は稼ぐし。最低な奴らですよ人間種ってのは」

「飛び方が分からないんじゃ私もその人間とさして変わらないような気もするんだけどねぇ……」

「とんでもない! 人間はどんな種族であれ忌み子です。もし人間なんかが生まれてきたら、そうそうに種族追放なんですから!」


 私は土壁の窓枠に腕を乗せ、その上に顎を置いて外を眺めていた。隣でノヴァエが鼻息を荒くするのが聞こえたが、実際替え玉の私は烏族クーウではなく飛べないことも本人が一番よく知っている。偽物だとばれたら最後、これは酷い目にあうのだろうなとため息が漏れた。


 そうはいっても、動かなくては、解決は向こうから歩いて来てくれない。私はすっくと立ち上がった。


「少し外、歩いてくるわ」

「日よけを」


 差し出されたのは薄い紗のような布一枚。服というのがとても簡素なもので、基本的に精巧に縫い合わせたものはないというのがここ数日で判明していた。ゆったりとした筒状の布を背中と腰帯で止めているだけ。これに日よけと言って渡されるのは1枚の布で、貴人はこの布を担いで出歩くのが特に昼間は常識であるらしかった。


「日よけはいらないわ」

「いらないっていいましてもね」

「市に行きたいから、邪魔なの」


 市と聞いて、だめですよ!と声が追いかけて来るが、それよりも早く私は廊下を走り出した。若い侍女が2人、あわてて後ろから着いてくる。待っている優しさもなく、階段の手すりを飛び越え、裏庭の方へと走っていく。


――2人ぐらいならまぁいいか。


 裏庭の扉を出たところで、追い付いた侍女2人を振り返りにやりと笑う。


「ここまで来て戻れなんて言わないでしょう?」


 有無を言わさずに歩き始める。


「お戻りを、私たちが叱られます」

「大丈夫、私が止まらなかったって言えばいいわ」


 それに内心では侍女がついてきてよかったと考えていた。分からないことを質問する相手、そして未知の危険を回避するためだ。市に行きたいと思ったのは、この土地がどんなところなのか把握するためだ。


 服や食器にとどまらず、筆記具や家具でも時代遅れが酷かった。時代遅れというよりも、文明遅れと言った方が近いかもしれない。一応これでも一族の王が住む都だというのに、文明があまりにも発展していないのだろう。食器は基本木椀で手づかみ、服には植物性の布やなめし皮を使う場合もある。履物は干し草で編んだサンダルで、身分の低い者は裸足だった。


 文字というのがほとんど普及していないのか、王族や一部の貴族以外は読み書きができない。そして字は粘土板で保存されている。ちなみにこの文字というのは、現在標準語のラチナ語と似てはいたが、知らない文字が含まれていて完全には解読はできなかった。


 というように、例を挙げていくときりがないほど、私はこの数日で文明の落差を感じていた。ため息をつくのも、もう飽きてしまうほどだ。


「何万年昔を生きているんだろう、この星は」


 冗談でつぶやいたつもりだったが、一つの可能性がふと頭の中によぎった。


――時間軸がそもそも違う……とかは無いわよね。


 いやいや、と心の中で首を横に振る。しかし一拍置いて、でも?と首をかしげる。可能性は完全に否定できなかったが、実証する術が今のところない。


――時間軸を移動するとか、時間軸の移動ができる人間がいるとかいないとか聞いたことはあるけど、立証されていない。 否定は出来ないけど、今この可能性は考えないでおこう……。


 変な考えを起こすのは、煮詰まっている証拠だ。だから私は今、集めた情報で考えられる中でも一番真っ当そうな可能性を、自分に言い聞かせるように心の中でつぶやく。


――政府の管理から外れた惑星にいると仮定する方が、考えとしてはずっと普通でありえそうじゃないか。


 政府と連絡が取れないのは、入植後に政府との繋がりがどこかで切れてしまったから。そして切れている間に不思議な遺伝形質が広まったのが、この惑星。幾つか疑問はあったが、こう考えるのが今のところ一番落ち着く。それ以外に突拍子もない考えはいくつも思い浮かんだが、どれも現実的ではなかった。現実的ではない仮定に考える時間を割くよりは、正解にもっとも近いと思う可能性の裏付けをしていく方が有意義だ。


 侍女たちは諦めたのか、裏庭から使用人たちの居住区に向かって歩き出す私に付き従った。これまでに城の中は侍女たちに付き添われて探検済みだったがここから先は行ったことがなかった。なんでも使用人たちの居住区に貴人は足を踏み入れてはいけないそうで、何人も侍女を連れた状態で裏門から向こうへ行こうとしたら、ノヴァエに怒られたのが一昨日。下男下女が寝起きする場所からは街へ出られると知ったのもその時だった。


 正面の門から正々堂々と出ることも可能であることを知っていたが、それよりは裏門からこっそりと出てこっそりと市を観察してみたいと昨日から考えていたのだ。


「こっちであってる?」


 裏門の外は下男下女の住まいと思しき土壁の建物と雑多な荷置き場、そして蔵が乱立していた。住まいはいつか見た蟻塚のように、丸い穴の出入り口がある土の塊であった。無計画に増築していったのだろう、最下層は出入り口から見て、壁の厚さが両腕広げたよりもありそうだった。蔵は半地下の土を盛った形のものが団子のように横並びになっていて、城の中で使うものを出し入れしている。何人かは私たちに気が付いて丁寧に頭を下げた。


「お仕事のお邪魔してしまってごめんなさいね」


 こういう時は仕事の邪魔をせずにさっさと通り過ぎるのが、お互いにとっていいのだろう。どんなものを扱っているのか横目で見ながら足早に通り過ぎる。城の中では彼らが働く場所まで立ち入らせてもらえなかったため知らなかったのだが、彼らの衣服はさらに薄く、男性に至っては腰布一枚というありさまがほとんどだった。


 蔵と住まいは空堀まで密集していた。この空堀は南と西側の外周にめぐらされていた。では北と東はというと、リンネという名の大河に面していて構造上攻め入ることは難しくなっている。鳥の都であるアベスは、砂漠を貫く大河の緩やかな弧の内側にできた泥と砂の都だった。


 堀を超えると下男下女の住まいよりは角ばった大きな、ただし基本は同じ構造の建物が増えてくる。こちらは土地の境界という観念があるからなのか、増築はさほど多くもなく街の体を保っている。屋敷と言った門構えだ。このあたりはおそらく同じ烏族クーウの中でも上流階級が住んでいるのかもしれない。静かな街並みが続いていた。それが歩いていくと徐々に家屋が小さくなって、ガヤガヤと騒がしくなる。


 長いロープが家から家へと渡されて、洗濯物が午後の風にたなびいている。緩い曲り道を歩きながら、向こうが賑やかそうだなと首を伸ばした。


「カルセラ様、そちらまっすぐ行くと市に続いておりますよ」


 上背がある方の侍女が諦めたように指さした方向は、徐々に道幅が広くなっていた。


「ただ、一つお約束を。わたしたちから絶対に離れないでください。服装を見ればあなたが身分高い方だというのが一目で分かります。よからぬ輩が近寄ってくるかもしれません」

「分かった。じゃあ先導を頼むわ」


 日よけを持っていないとはいえ、確かに服装があまりにも違いすぎる。少し迂闊だったかなと思っている節もあったが、市が立つのが次は1か月後だと聞いていたので早く見ておきたいと心が急いていた。


 私の立てた仮説通り、この種族が私の知っている人間と起源を同じくするのなら、ここは言わば切り離されて独自の発展を遂げた文明ということになる。私はまさにそれが見たかった。特に一般人が行きかう市場というのは、面白い物が転がっている場合が多い。そこへ向かう許可が出たのだから、もう願ったりかなったりとはこのこと。にわかに楽しくなってきて、思わず腕まくりした。

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