第13話 突き進む才女と壊れる凡人

 一つと言わず、イビスと私の前にはいくつか大きな問題があった。


「罵倒してた相手と急に仲良くしているのは、さすがに問題があると思うんだけど、どうするのイビス?」


 彼女は数日前に王の間で、大勢の人が見ている前で私のことを偽物だと言い放った。さらに儀式の最中に暴走して転化した私を押さえつけている。それがいきなり仲良く、というのは必ず怪しまれる。ガルゼッタはいいとしても、ペレグリは今現在でも自分の計画の邪魔になるならば排除しようと虎視眈々と隙を狙っているだろう。


「今夜一晩かけて、私がカルセラ姉様の中の悪霊を払ったということにするから大丈夫」

「そんなものを信じるの?」

「あたしは信じないけど信じる人もいる。あたしのことを特別な子供だと信じるのと同じ程度のことよ。空からの使者が来たのも、剣が錆びていたのも、ぜーんぶ姉様の中の悪霊のせいにすれば万事解決するから」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべてイビスは笑っていた。


「それにね、あなたの転化がとても竜に似ていたから、もう町中で『本当はいいモノなんじゃないか』っていう噂が広まってるの」

「それって?」

「信じたいものを、率先して信じてしまうってこと。私が姉様に憑いていた悪霊を取り払ったって言えば、昨日まで悪口言ってた人でも『ほら見たことか、カルセラ王妃はいい人だったんだ。俺は信じてたぜ?』って言うわけ」


 にっこりと笑って見せる少女には一片の曇りもない。あくどい笑みは、どこか見えない場所に隠されているようだった。 


「だから今夜はあたしの部屋で、一緒に暴れようね」


 彼女はそう言って右手を横に、薙ぎ払うように振ると、美しい純白の羽が現れた。これが彼女のサギの羽だ。体の大きさから考えると翼が非常に大きい。腰まである金色の髪と白い羽のコントラストが美しい。私もしぶしぶと腕を差し伸べた。私の腕から生えるのは黒地に白いまだら模様の羽。よく比べてみると彼女の翼と私の翼では形状が違った。私の方が鋭利な形をしていた。


「姉様の翼と種類まで同じなのね……」

「空中に放り投げられる機会があって、その時無意識にこの翼が」

「翼の模様も個人差あるんだけどなぁ……。これじゃ本当に双子みたい」


 まぁいいか、と彼女は左腕の翼も出して思いっきり部屋の中央で羽ばたいた。窓を閉めていた木戸が音を立てて開き、机も椅子もひっくり返り、目隠しの布が外れる。ひな鳥の練習とはわけが違う。翼が風を切る音が大きく部屋に響いた。


「オルティリアも、ほら」


 言われて両の翼を出して羽ばたくと部屋の中は嵐になった。人ほどの大きさもある鳥が2羽、部屋の中で暴れればこうなるのは当たり前だ。一つ羽ばたくと体が浮く。久々に笑いたくなった。笑い声が聞こえたのでは遊んでいるとばれてしまうから笑うわけにはいかないのだが、親に隠れていたずらをしている気分というのはきっとこんなものなのだと思う。


 イビスが調子に乗って宙返りを決める。負けじと私も床を蹴ったが、尻餅をついた。そんな風に二人で笑いをこらえながら風を起こしていると、すごい音が響いて木の雨戸が外へ飛んで行った。


「これぐらいで……いっか」

「そうね、ほどほどで」


 荒れたベッドに彼女は転がると私を手招きする。


「作戦会議よ。まずはどうやってセイフってのとに連絡をつけるかかな」


 私はベッドの縁に座った。コロコロ転がるイビスが期待に満ちた目でこちらを見上げていた。


 彼女はこの世界の仕組みについては知識がある。逆に外界に関しては一切の無知だ。つまりここは私が何らかの案を出さなければならないということ。目をつぶって一つ一つ可能性を消去していく。


 最初のころに、多くの人に端末はあるかと聞いて回ったが誰一人として存在を知らなかったことから、連邦政府がこの星を認識していないということだろう。認識しているならば何らかの連絡手段をこちらに設置するはずだ。


 ではこちらから政府に連絡を取る、というのはどうだろうか。それについては何らかの信号を発信して気が付いてもらう必要がある。しかしこの文明程度ではその機器を開発するのがまず難しい。


 と、なると私が思い当たるのは一つしかなかった。


「これまでにこの星に来た使者たちが持ってきたものって、どこかに残ってないかな」

「そっか。それが見つかればオルティリアだけが今は使い方が分かるから、連絡が取れるってことね?」

「でも持ってたらそれを使って脱出してるか……」

「とりあえず探してみようよ。なるべく新しい方がいいよね」


 科学技術は日進月歩とはいえ、ベースとなる技術はさほど変わらない。技術革新が起こるとそうも言ってられないが、最近の最新があっという間に過去の最新になるのはほとんどがマイナーチェンジだ。前回の使者、つまり外部からの侵入者があったのが十何年も前だとノヴァエが言っていた。十何年も前の機械を動かせるかどうかで言えばそれは可能だろうが、正しく動くのかどうかの方がこの場合には問題だ。


「父が着ていたの、あれはこちらの服装だったから、もしかしたら服と合わせて何か隠した可能性もあるかもしれない」

「分かった。まずはそのあたりから調べてみる」

「お願いするわ」

「それを調べている間に、一個お願いがあるんだけど」


 とび色の瞳がきらきらとこちらを見ている。


「何か?」


 少女特有のおねだりするような、かわいらしい顔。これがまた可憐な外見と相まって、男性でなくとも聞いてあげたいと血迷う可愛らしさだった。


「何か新しいものを作ってほしいの!」

「食べ物?」

「食べ物じゃなくてもいい。でも争いに使うものはやめてほしいかな」


 なかなか難しい注文だ。慌てて古代の歴史に関する記憶を紐解き始めた。


 次の朝、私はイビスに連れられて部屋を出た。2人して疲れた顔をしていたが、彼女はうれしそうな顔をして、私の方は安堵して泣きそうな顔をしていた。そうするようにと彼女から演技指導が入っていた。


「直接、ガルゼッタと諸侯の前で何があったかを、あたしが話す方が効果が大きいでしょ」


 彼女は私を支えながら昨夜の事の顛末を話した。私の中に悪霊がいてそれが全ての元凶であり、彼女の手によりそれが払われ、私はもう元に戻ったと。ただし後遺症で記憶は消えたままではあるが、命が助かっただけでも喜ぶべきだと。全て嘘なのだが。


 ガルゼッタはそれを聞いて涙を流して喜んだ。不測の事態に備えて城に一晩逗留していた諸侯の数人も安堵した顔をしていた。その中にペレグリがいたが、その表情から彼が何を考えているのか読み取ることはできない。ただ、彼は自分の姦計が妹姫にばれたと予想していたのだろうから、断罪されるなら今日この日であろうと腹をくくっていたのかもしれない。ところが妹姫の方は気が付かぬ様子で悪霊を払った王妃の肩を支えている。昨日の敵は今日の友とは、まさにこの状況だなと私はうれし涙を流す振りをした。


 ひとまず王妃と妹姫の無事を喜んだところで、さて、ここからが話の胆である。そしてそれは全て私の演技にかかっている。


「しかし私は悪霊の仕業ともしらずに、柔らかいアジムや不思議な飲み物などを作ってたということになります……」


 なるべく伏し目がちに、悲壮に満ちたように。ただ腹の中では笑いをこらえながら。


「以前陛下だけにはお話しましたが、悪霊が私の中にさまざまな異世界の知恵を残して行きました」

「違う文明の中で生きていた別の者の記憶という、あれかい?」

「はい。その記憶から作ったものは悪霊が作ったもの、悪しきものです。その作り方を広めるわけにはまいりませんので、これまで作ったものを全て持って城を去ろうと考えております」


 我ながらよくこんな長いセリフを間違えずに言えたものだとほめてやりたい。涙を浮かべて私はその場にひれ伏した。腹の底から湧きおこる笑いの衝動と真っ向から対峙する。早く、早くと、これをいさめるセリフを、イビスが言ってくれるのを待つ。


「しかし、知識とは使う者によって良くも悪くもなります。悪霊が悪いのであって、姉様や姉様が伝えた知識が悪いわけではありません、でしょ?」

「しかし、イビス……」

「それにお一人で城を出れば、姉様が持つ知識を狙って他のレグナムが姉様を捕らえにくるかもしれません。姉様が持つ知識、正しく我らが使っていくべきではないでしょうか? いかがでしょ、兄様、諸侯の方々」


 誰からともなく同意の声が上がる。ガルゼッタも大きく頷いていたが、今の話を何割理解しているかは分からない。諸侯のうちの一人がさすが姫様だといったのを聞いてむっとした顔をしている彼だから、何がどうしてこうなったのかおそらくわかっていないだろう。諸侯の一部は安堵以上に、何か期待をする目を私に向けていた。そんな些細なことを気にも留めず、イビスは私の手を取って微笑みかけてくれた。


「我ら一族のため、知恵をお貸しくださいカルセラ姉様」


 こうして私の体裁繕われ、大団円と相成った。


 私は次の日、下男を伴って調理場を訪れた。汚れても怒られない長い袖の服をノヴァエに着せてもらってある。作業時の恰好がすでに確立されつつあった。


 悪霊云々という話はすでに広まっていて、人々の目は穏やかになっている。それどころかどこか期待に満ちたような目で見られるので、イビスが言っていた『いいモノであると信じたい効果』が予想以上に効果を発揮しているのだと感じられた。私自身は何のとりえもないただの人間なのに、申し訳ないような気分になってくる。そんな期待に満ちた、あるいはどこか崇めるような目で見られても何をしてあげられるわけでもないのに。もかくとして、有力な人物を味方に付けたのだと確信が持ててほっとしていた。


「かまどの灰をもらいたいのだけどいいかしら?」

「カルセラ様のお願いであればいくらでも!」


 イビスは今日からすでに調べもので単独行動をしている。私は彼女が調べている間にあるものを作って彼女に贈ろうと考えていた。布袋に灰を詰める作業を下男に任せ、私は調理場の油の方を見て回る。


「植物を絞って作った油はどれ?」

「こちらがオレアの実の油ですね」


 黄色い油が大きな甕に収められている。すっきりしたいい香りがした。


「明日でいいので、オレアの油を小さい壺に一杯分くださいな」

「いくらでも持って行ってください」


 料理長はにこにこ顔だ。調理場に王妃が来ると何か美味しい物の作り方を教えてくれる、これまでの経験から言えばそうなる。だが今回は残念ながら食べ物を作ろうとは考えていなかった。灰が入るぐらいの壺ともらった灰をもらって調理場から直接外へと出た。目の前は川だ。この一帯だけ草を刈って広く使えるようにしてある。上流から飲み水、食べ物を洗う場所、洗い物と決まりがある。私はそのさらに下流へと歩いて行って草を自分で引き抜いた。


「ここで火を起こしてほしいの。頼める?」


 大柄な下男はにっこり笑って無言で頷いた。あまり大きい石が見当たらないこの河原で、いくつか石を積んで簡単なかまどを作って、手慣れた手つきで火おこしの準備にかかった。


「カルセラ様、こんな下流ではなくて、もっと広いところでやらんのですか」

「いいえ、今日作るものは下流じゃないとだめなの」


 私はそう言って壺の一つに水を入れて簡易かまどに壺をかけた。そこへ少しずつ灰を加え、火を入れて木の棒で混ぜ始める。どろどろの灰色の液体、記憶が正しければこれはアルカリ性の水、劇物だ。こんなものは間違っても 川の上流では作ってはいけない。沸騰したところで火を止めた。これが冷めて一晩ほど待たなければならない。


 作業をしている間に調理場だけではなく、城中の手が空いた暇人たちが集まり人だかりができている。この灰を煮たものの危険性をどうにか伝えておかなければ、危なくてこの場から動けそうになかった。


「この水は非情に悪い水です。絶対に触ってはなりませんよ」


 周囲からは真剣なまなざしをした人々が返事をしてくれたが、どうにも頼りが無い。それを見ていた下男が私の肩を叩いた。


「俺が見張りをしております。カルセラ様はまた明日来てくだされ」


 そういうと彼はまだ熱い壺の前にどっかりと胡坐をかいた。


 ふむ、と私は腕組みをする。イビスからは何か新しいものを作ってくれと言われたが、新しいものを作ったとしてもその作り方を誰かに教えなければ意味がない。先ほどの簡易かまどを作る手つきを見ている限り、この朴とつとした大男は外見とは裏腹になかなか手先が器用だった。


「分かった。あなたに壺の番を任せる。その代わり作り方を教えるから、今後はあなたがコレを作るのをお願いするわね」

「いいんですか、俺なんかが……」

「誰かが作り方を覚えなきゃ、いつまでも私が作ることになるもの。その代り、絶対にその壺の中身こぼしたり触ったり、飲んだりしないで。死んじゃうからね」


 彼はとても真剣そうな顔で何度も、何度も頷く。もっと偉い技術者を飛び越えて 、新しい技術を自分が初めに習得する。そんな人生がめぐってくるなど予想もしてなかった顔だ。よくよく言い聞かせて昼食のために一度城へ戻った。帰り際に調理長にあの下男にアジムを差し入れてくれるように頼む。


 食後には2つのものをの準備に取り掛かった。四角い木の箱と汚れてもいい男物の長袖の服だ。木の箱は意外と簡単に、見つけられた。私自身のアクセサリーを保管するケース、中身を出して持ち去ろうとするのをノヴァエに見つかりしこたま怒られたのだが結果的に入手できたのでよかったものとする。問題は服の方であった。


 あの男に作り方を教えるとなると、彼の分の服も必要になる。何せ跳ねて皮膚に着いたら危険なものなのだ。だがこのアベスは比較的暖かいことと、レグナム自体が腕や足を転化させるため、袖があるものや丈の長い服があまり存在しない。ましてや彼は大男の部類だ。仕方がなく余っていた布をもらって、ノヴァエ監修の元、自分で袖を長くする作業を始めた。


 料理と同じく、裁縫も現代社会においては趣味の領域のものであった。残念ながら私はその趣味を持ちえなかったため、学校の授業での経験しかない。ノヴァエに言われるがまま、しばらくああでもないこうでもないと試行錯誤した結果、腕と足を被覆するだけを目的としたものが出来上がった。見た目は悪いがとりあえず目的は達成できる。やれやれと思っていたところに、思わぬ来訪があった。


「何を作っている?」


 青い顔をしたガルゼッタだった。


「これは……」

「カルセラは私に何か不満でもあるのかい?」

「え……」


 彼の眼は血走っていた。まっすぐに私の方へ歩いて来て、肩を掴まれた。細腕からは考えられないほどの力で揺さぶられる。


「いったたた」

「ねえカルセラ! カルセラ!! 君まで私を捨てるの?! イビスの方が優秀で、やっぱり私は劣るからって君まで私のことを見捨てるの!!」


 真正面に座っていたノヴァエが慌てて椅子から滑り降り、その場へひれ伏した。


「陛下、カルセラ様は下男が怪我をせぬようにと……」

「うるさい!」


 金切声が響き、彼女の丸い体が後ろへ吹っ飛ぶ。ガルゼッタの純白の翼が見えたのはほぼ同時だった。さらに私の堪忍袋の緒が切れた音がしたのもほぼ同時であった。


 その翼が私の方へ向いた瞬間、右手を突き出して翼角を手のひらで受け止める。手のひらを通して肩まで衝撃が響いた。私はジーンと響く痛みに顔をしかめていたが、止められた彼の方が衝撃を受けたような表情をしていた。


「いい加減になさい!」

「ひっ……」


 表情が怒られた子供の様に一転する。


「怒らないでカルセラ、ねぇ怒らないで」


 涙を浮かべて、力なく翼を仕舞い込んだ。


「私は明日の作業で下男にけがをさせてはならないと思ってコレを作っているんです。あなたはそれすら許さないんですか?」


 不格好なズボン状のものを、少し恥ずかしいと思ったが彼の目の前に突き出してやった。鼻をすすりながら今にも泣きそうな彼がズボンと私を見比べる。


「ノヴァエに謝ってください。彼女は何も悪くない」

「……ごめん」


 言い捨てて彼は走って部屋から去って行った。ノヴァエを抱き起すと口元から血が出ている。躊躇なく袖でそれを拭うと、彼女は恐縮して何度も頭を下げた。しかしこの場合彼女は何一つ悪くない。しいて悪いことを挙げるなら相手が悪かったというべきなのだろう。


――怒り方が病んでる……。


 不穏な空気を感じたが、上手く表現する言葉が見つからない。はじめて彼に身震いをした瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る