第2話 「宵闇の王」
俺は満月の忠告をあっさりと無視して、石川探しを本格的に始動していた。
二限目の退屈な生物の授業が終わり昼休憩になった。
俺は一目散に木村さんのいる1Cの教室へと向かった。教室から一番遠い窓際の席に彼女は座っていた。俺は時間を作ってもらったことに改めて例を述べると、彼女は「全然」とだけ言って時間を惜しむように当時の状況について語りだした。
「その日は確か部活が六時に終わって、涼子の
「そこから石川の家の方向に行く
「うん。駅に着くときに携帯で時刻を確認したから間違いないと思うよ。私は途中の石塚(いしづか)って駅で降りたからそこからはよくわからないけど」
ここまではすでに警察も調べており、ニュースでもうやっていたので俺でも知っている情報だった。
「ちなみに何両目の電車に乗ってたか覚えてる?」
「う~ん、確か二両目だったかな」
「どの辺りに座ってたかもわかる?」
「二両目の進行方向の一番前の扉から乗って、扉をはさんで左が優先席でその右側の扉に一番近い席に座ってたんだよね確か」
彼女は深海近くまで眠る記憶を必死で呼び起こそうと必死になっているように見えた。
「ありがとう」とお礼を木村さんに述べて教室を出た。去り際に木村さんからは頑張ってねと言われた。
落し物ではないのだからと思いつつも、当時の彼女の行動を再現してみることにした。今自分ができることはこれしかなかったのだ。
部活などやっていない者にとっては五時には全授業が終わり帰宅となる。これから当時石川達が電車に乗ったという八時まで何をして過ごせば良いのかと途方にくれた。
そんなことを考えながら正面玄関から出る校舎と校舎の間に設けられている安っぽい木製のベンチに満月が紙パックのジュースを片手に座っているのを目撃した。
視線の先にはグラウンドが見えた。野球部がノックをしているようだった。部活動をする連中をまるで魂が抜けたかのようにただぼーっと見つけていた。
「そういえばこの間・・・・・・」
「へっ!?」
急に話しかけたものだからさすがの満月先輩も一瞬びっくりして反射的に間の抜けた声をを俺に返してきた。
「タメ口で話しちゃいましたが、よく考えたら先輩でしたよね。すみませんでした」
「その事なら気にしないさ。私と君は部活など同じコミュニティーに属している訳でもない。そうだろ?」
「ええ」
「であれば、そもそも先輩後輩などの上下関係は存在しない。よって君は私を先輩として敬うことはないというわけだよ」
一般大衆の考えとは違うが、先輩の言葉ひとつひとつに妙に説得力があった。
「そう言えば何見てたんです? 野球部に気になる人でも」
「冗談言わないでくれ。ただ忘れたくないのだよ、私がここにいるということをね」
満月先輩は急に哲学的なことを話しだした。
「ここは吹奏楽部の管楽器の音や野球部の気合を入れる声など色々な声や音が聞ける特等席なんだよ。きっと今の君にはわからないが・・・・・・」
「そうですか」
暫し無言になり沈黙がむず
「先輩すみません。やっぱり石川のこと気になります」
「謝る必要はない。忠告はした。あとどうするかは私の知るところではない。ただ、
「何ですかそれは?」
「言葉通りこの世界の夜を統べる者さ」
「それより先輩、なんで石川のことを・・・・・・」
確認し忘れていた一番の謎を問いただそうとした次の瞬間には先輩はいなくなっていた。まるで最初からいなかったかのように。
先輩と結構な時間話をしていたような気がしたが、実際は三〇分ほどしか経っていなかった。
駅の仕方なく近くに有る漫画喫茶で漫画を読み八時まで時間を潰した。
店を出る頃には街灯を便りにしないといけないほど真っ暗だった。
先輩の言っていた宵闇の王に気をつけろという言葉が頭の中で反芻した。正体が分からない分余計に恐怖が増している。自分の中で通り魔かなにかなのだろうと予測しなるべく明るい場所を選んで歩くことにした。
そうこうしていると駅に着いた。大戯東駅だ。
駅のホームは単式ホームでローカル線特有の乗り降りするためだけの小さなホームだ。
時刻表をチェックすると八時から一気に電車の本数が少なくなり、この時間帯では三本しか出ていない。八時に駅に到着したという話から、おそらく八時一五分の電車に乗っていたとあたりをつけて、木村さんの言っていた座席に座って発車を待った。
発車を知らせるベルが鳴り、電車が動き出す。ルートを確認すると大戯東駅を出て、
乗客は池中と石塚の両駅間で半数以上が降車し、車内はガラガラの状態だった。
『岩戸坂~、岩戸坂』
車内に停車駅を告げるアナウンスが流れる。
車内はあまりにも居心地がよく眠りかけていた。
目の前には全身を黒い外套ですっぽり覆った二〇〇メートルはあろうかという大男が立っていた。
直感でこの男こそが先輩の言っていた「宵闇の王」なのだと分かった。
絶対にやばい。
そんなオーラを男は孕んでいた。しかし、金縛りにあったように逃げたくても体が言うことを聞いてくれない。
「我が名はヴォルテール。貴君へ問う。己を何と仮定する?」
男から発せられる声は機械を通して喋っているようなどこか生気が感じられない声だった。
「おい、誰か! こいつが見えないのか」
周りを見渡したが携帯をいじっていた女性が自分の声に気づいてこちらを見たが視線は明らかに俺だけに向けられていた。
「無駄だ。透過率を一〇パーセントまで落としている。他の人間に私を視認することは不可能だ」
だとすればなぜ俺にはこいつが見えるのかという質問をする暇も与えてもらえなかった。
「さぁ、答えろ。オスクロタスの扉は開かれる」
男は畳み掛けるように言葉でもって俺に迫ってきた。
「うるさい、仮定するもなにも自分は自分でしかないだろ!」
「承知した。現時点を持ってオスクロタスの扉は開かれた」
その瞬間、車内の景色は歪み始め立っていられないほどの目眩が俺を襲った。
これが俺と宵闇の王ヴォルテールの出遭いだった。
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