第77話 70
からから、からからと。
車輪は軽快に回る。
牛の蹄がかぷかぷと道を叩く度、心地よい振動が背中に伝わる。
一日が終わる。
苦しい昼が終わり、勤めが終わる。
夜を控えた風は涼しく、行き交う人々の声も軽やかだ。
「……よく見つけられたな」
牛車には五人が乗っている。
俺、セルディナ。
一つ目の猫面をつけた本紫の忍者。そして三つ目の狼面をつけた藍色の忍者。外には護衛の蓑猿。
最大六人乗りなので窮屈さは感じない。
だが武に長ける男女が四人も収まると、息は多少詰まる。
「プルが攫われたのは葦原寄りの場所だった。ブアンプラーナへ引き返すには遠すぎる」
「あの子を殺すのが目的ならもっと前にやってる、って話だったな」
「ああ。前後の状況から察するに、あの忍者を動かしているのはブアンプラーナの人間ではない」
まろやかなセルディナの声。
顔には久しぶりに見る微笑。
憔悴の色こそ濃いが、心持ちはいくぶん楽になったらしい。
「プルを連れた忍者が逃げ延びる先は冒涜大陸か葦原のどちらかだ。……あの忍者の腕がどれほどかは知らないが、恐竜だらけの冒涜大陸をプルを抱えて駆けるのは無謀だろう。となると奴が向かうのは葦原で、問題はその先だ」
牛車は川に差し掛かり、からからという音がせせらぎに重なり始めた。
気を抜くと眠ってしまいそうな柔らかい音。
「問題は葦原が目的地なのか、そこは通過点に過ぎないのか、という話だが――」
「ザムジャハルが噛んでるって話は聞いたか?」
「舞狐から
ブアンプラーナの王子は汗の粒が浮く禿頭を手の平でなぞる。
「葦原の忍者がザムジャハルにつくとは思わなかった。忠誠心の高い集団だと聞いていたからね」
俺にとっても予想外の出来事だった。
いや、誰にとっても予想外だろう。
忍者は強力な暗殺者であり、有能な間諜であり、絶大な守護者でもある。
そして彼らが貴人や有力者に重用されるのは優秀だからではなく、絶対的な忠義、忠誠心を持っているからだ。
金に惑わず、色香に迷わず、人に
ただただ主に、葦原に尽くす。それが忍者。
三位付きの獣面は俺を襲ったが、あれは主同士の立場と見解が異なるがゆえの行動だ。
いかがわしい言動の原因は奴ら自身の驕慢の結果であり、葦原に唾を吐く意図があったわけではない。
俺の獣面も三位の獣面も、主と葦原を愛するという『芯』は同じだ。
だがセルディナの件はまるで意味が違う。
葦原の貴人が政治的な意図で姫君を攫わせたというのであればまだ話は分かるが、ザムジャハルの影がちらつくのであれば、それは明確な造反だ。
『忍者はおぞましい存在だが、葦原という国家とその民に揺るぎない忠義・忠誠を誓っている』。
この前提が揺らぐのであれば、貴人や権力者は枕を高くして眠れないだろう。
何せいつ自分が忍者に攫われ、椀に毒を盛られるとも限らないのだから。
「一応聞くが、心当たりはあるかい?」
「妹さんを攫った相手か?」
「いや、もう少し上だ。ザムジャハルに与している一派について」
「知らない。俺はその手の話と縁が無い」
「――の、ようだね。君と十位が政治的に『まっさら』だということは、ここ数日で十分に分かった」
分かっているなら聞くな、という言葉を飲み込む。
癇に障る言動の少なくない男だが、一応は王子だ。
「他の十弓はそれぞれの派閥のため精力的に動いているというのに、君と十位はのんきに
「主がしっかりした人間じゃないと、そういう陰口を叩く木っ端忍者が生まれるんだ」
「これは舞狐に聞いたんだが」
「……。あいつは性根が歪んでるからどうしようもない。俺のせいじゃない」
ふ、とセルディナが口の端を持ち上げる。
さすがに目元の筋肉がぴくぴくと疼いた。
腿に頬杖をつき、胡乱な王子の目を覗き込む。
「……あんた、もしかして俺を馬鹿にしてるのか?」
「半分はね」
「残り半分は何だ」
「怖い顔をしないでくれ。褒めているんだよ。……難しいことだよ。旗を何色にも染めず、組織の中で息をするというのは」
「お褒めに与り光栄だ」
「どれほど無色だと言い張っても、普通は誰かが君の旗に色を塗る。塗りたくて仕方ない者がいるんだ」
「……」
「『敵でも味方でもない者を許せない』。そんな人間は存外多い」
セルディナは
夕陽が川面を照らし、目を焼くほど強く輝く。
熱を孕んだ風が牛車の中に滑り込み、川の匂いを残し、去る。
「ここは良い国だな、ワカツ」
「当然だ」
三位の言う通り、脅威を前に窮してはいるが。
「……妹さん、もうエーデルホルンにいるのか?」
「いや。まだ葦原だ」
「何で分かるんだ」
姫君を連れ去ったのはザムジャハルに与する一派だ。
となれば、おそらく目的地もザムジャハルだろう。
あの国があるのは大陸の西端、冒涜大陸を挟んで葦原の反対側だ。
冒涜大陸とブアンプラーナを避けるのなら、エーデルホルンを通らなければ辿り着けない。
「エーデルホルン側の国境警備が以前にも増して物々しい」
「あんたの時と同じか?」
「近いが、違う。私は人の流れをせき止めただけで、兵までは動かさなかった。だが今、エーデルホルンと葦原の国境には精鋭が集結している」
「騎士か?」
「いや、近衛だ。それも上澄みの連中が詰めている。素性を隠してね」
兵士ではなく近衛。
なら、思い当たるフシがある。
「四カ国会談か」
「おそらく。女王陛下が通る前に国境の砂利を払っておきたいのだろう。……さしもの忍者とて身を隠せはしないだろうね」
俺は小さく胸を撫で下ろした。
舞狐とサギを冒涜大陸経由ではなく真っ直ぐエーデルホルンに向かわせていたら、色々と面倒が起きていただろう。
あの二人は厄介な恐竜を回避することができるが、姫君を連れた忍者はそうも行かない。
状況を見るに忍者の目的は姫君の略取だ。
冒涜大陸を強行突破するなんて
「足止めを食らっているだろうと思って国境周辺を調べていたら、存外簡単に見つかったよ」
「何がだ?」
しゃっと簾が落ちる。
セルディナの紫の瞳が俺を見据えた。
「古い砦だ」
「砦?」
「今は使われていない。おそらく葦原とエーデルホルンが本気でやり合っていた時代だから……五、六十年は昔の建物だ」
「……そんな砦は解体されてるはずだ。葦原は石材が足りてないんだぞ」
「それは私に言われても困る。あるものはあるのだから仕方ない」
異国の人間に自国の秘密を探り当てられる不快感。
俺は奥歯を噛み、飛び出しかけた悪態を食道に押し込む。
「山の中腹に突き出した砦だ。街道からはかなり外れた場所にある。
「地図に記載はあるか?」
「無い。消されたのではないかな」
俺がむっつりした顔をすると、セルディナは軽く頭を振った。
「地図は権力者が好きなように作る。真に受けないことだね」
「……そこに妹さんがいるって確証は?」
「確証は無い。可能性は六割といったところだ」
高くはない。
だが看過できるほど低くもない。
「舞狐に借りた忍者に荷の出入りを調べさせたんだが、御楓を出た牛車の幾つかがずいぶん身軽な状態で国境に到着した記録があった。よもやと思って周辺の土地を調べさせると――といった感じだ」
「手際が良いんだな、王子様」
「兄弟姉妹が消えるというのはブアンプラーナ王室の伝統行事でね。探り当てるために何をどうすれば良いのか、多少は心得がある」
もっとも、と言葉が続く。
「葦原の民のまめまめしさがあればこそだ。帳簿の信頼性が低い国なら、もっと時間が掛かっていただろう」
「ここは良い国だからな」
おそらく、予想外の足止めを食った忍者が親玉に支援を要求したのだろう。
屈強な男衆だけなら『黙って耐えろ』の一言で済むが、忍者は姫君を攫っているのでそうも行かない。
女の子は割れ物にも等しい。
ましてプル王女はブアンプラーナで酷い目に遭い、かなり衰弱しているはずだ。
無事にザムジャハルへ送り届けるつもりなら水や食料、寝床や薬が必要になる。
セルディナが見つけたのはその移送の痕跡だ。
それで、と俺は言葉を挟む。
「俺に頼みたいことって何だ?」
「手勢を貸してくれ」
思った通りの言葉だった。
セルディナは手を開閉し、太い中指を揉む。
「今日明日中に奪還する。口の堅い者であれば軍務の経験は問わない。私が直接指揮する」
「あんたも行くのか?」
「もちろん。座して待つのは性に合わない」
王族なんだから大人しくしていろ、とは言わなかった。
彼は十数人いる王族の一人に過ぎず、その権力は極めて弱い。
それに、じっとしていられない気持ちも分かる。
現に彼はブアンプラーナでも自ら前線へ向かった。
妹に向ける情愛は深い。
「砦に何人いるのか分からないんだろう? 調べてからの方が良いぞ」
「時間が経てばザムジャハルが迎えか増援を寄こすかも知れない。待てば待つほど状況は悪くなる」
それに四カ国会談も始まる。葦原はじきに四カ国の要人とその護衛でごった返すだろう。
更に四カ国の連合軍を構成する兵士もぞろぞろと入って来る。
そこに紛れられたら、二度と見つけることはできない。
姫君を奪還するなら、今が最後にして最大の好機だ。
仮にセルディナの見込みが外れていたとしても、今ならまだ調べ直す時間がある。
「『傘門十弓』は独自に兵を動かせるだろう? 忍者を三十人ほど調達できないかな」
「忍者は無理だ。十弓でも動かせない」
「そうか。……」
セルディナが腕を組む。
「君個人の部下は……ちょっと評判がな」
「自分で言うのも何だが、やめておいた方がいい。あいつらの口は鯉より緩い」
俺の部下は腕こそ立つが、性格や素行に問題のある男ばかりだ。
この手の話に絡めるには無作法と無礼が過ぎる。
そもそも、俺の抱える男たちは葦原中に散らばっている。
集結させるまでには時間が掛かるだろう。
トヨチカ辺りが居てくれれば心強いのだが、奴には別の用を命じている。
「手勢がいないのであれば、君自身の手でも構わない」
紫布一枚を纏うセーレルディプトラ王子は左右の肘を腿に置いた。
「私を助けてくれ」
(……)
多少の躊躇はあった。
部下を使うのではなく俺自身が加担すれば、ブアンプラーナの人間に「ワカツ九位はセルディナの一派である」と判断されるだろう。
それは決して好ましいことではない。
セルディナの地位と発言力が弱いからではなく、十弓として動く上で邪魔になるからだ。
先ほどの彼の言葉を借りるなら、俺の旗に色がつく。
色のついた旗は、別の旗を持つ者の目に障る。
加えて、一位のこともあった。
おそらく巻物は届いているだろうが、一位が俺の拙い説明で納得しているとは思えない。
できれば対面し、アルケオと恐竜について知る情報を余すところなく伝えておきたかった。
それも早ければ早いほど良い。もたもたしていたら四カ国会談が始まり、一位は帝様の護衛についてしまう。
そのまま檀ノ浦へ向かわれたら戦いが終わるまで話す機会は無いだろう。
そのすれ違いが、アルケオや恐竜との戦いで取り返しのつかない結果を招く危険性もある。
セルディナにはシア救出の件で大恩がある。
できるだけの支援はしてやりたいが、貸し出せる部下がいない。
俺自身が行ってもいいが、それだと一位の元へ向かえない。
それに万が一俺の身に何かあれば、十弓が四枚落ちすることになる。
それは葦原にとって決して好ましい状況ではない。
今回は断り、別の機会に手を貸すべきではないか。
(どうするか……)
さらさらという川のせせらぎ。
きゃあきゃあという悲鳴に似た子供の声が遠ざかる。
「妹の顔は覚えているか、九位」
「? ああ」
あどけない少女だった。
まだ十になるかならないかの子供。
陰謀渦巻く王宮で育ち、骨肉の争いを繰り広げる兄弟姉妹に囲まれ、恐竜に襲われ、あげく身内と引き離され見知らぬ国へ攫われる。
――怖かっただろう。
あの子は今も恐怖と不安で眠れぬ夜を過ごしているに違いない。
(……)
セルディナはいまいち好きになれない。
だがあんな小さな子供が陰謀に振り回され、不幸の沼に沈められているのは確かに気の毒だ。
ここで見捨てるのは後味が悪い。
ぱしん、と腿を叩く。
「……分かった。俺が行く」
「助かるよ。これで少なくとも二人だ。背中の心配をせずに済む」
「待ってください」
女の声。
一つ目の猫面に見据えられ、セルディナが顔をしかめる。
「何だ?」
「相手の規模と目的は?」
「砦に詰めているのはせいぜい十、多くて二十だろう。元は廃屋同然の場所だ。それ以上の人員が留まるならもっと多くのモノが、もっと以前から動いているはず」
「目的について心当たりは?」
「ザムジャハルの考えることだ。ろくなことではないだろう」
「あんたと妹は王室の直系か何かじゃなかったか?」
「そうだ。だが見ての通り実権は無いに等しい。攫ったところで身代金は出ないし、何かの旗頭にするには派閥として貧弱すぎる」
「相手の素性も、規模も、目的も分からない、か」
「分からないなら分からないなりにやるしかない。違うかな?」
「その通りだ」
要は攫われた子供を奪い返すという、それだけの話だ。
相手は人間。
恐竜やアルケオの相手をすることに比べれば何てことはない。
数が最大二十なら、戦い方次第でどうとでもなる。
「動けるのは俺とあんた、それに蓑猿か……」
「ワカ。わたしもいっしょ」
三つ目の狼が俺を見ている。
「いや、これは俺の個人的な借りだ。お前まで巻き込むのは――」
「ワカがいなくなったら、わたし、困る」
「……。いいのか?」
「いいよ」
ワカツ、と猫面の忍者が呟く。
「私も個人的に彼には借りがありますから、参加しても構いませんよね?」
「それはまあ、止める理由も無いが……」
首をかしげるセルディナの前で、シアが面を外した。
おや、と王子は眉を上げる。
「誰かと思えばあなたか」
「一応、お礼を言っておきます」
「不要だよ。こうした状況を見越してのことだ。それに私こそ君らに迷惑を掛けた」
ああ、と王子は続ける。
「一応シャク=シャカにも手紙を出してみたが、あちこち移動しているらしく捕まらなかった」
「だろうな。……」
それに、仮に話ができたとしても彼は協力しないだろう。
シャク=シャカが出張れば、この一件はブアンプラーナと唐を巻き込む一大事に発展する。
セルディナはそれを望んでいるのかも知れないが、シャク=シャカはそんな面倒を避けるに違いない。
(意外と厚かましいな、こいつ……)
シャク=シャカがどんな立場の人間であるかはセルディナも知っているはずだ。
にも関わらず協力を乞うとは、なかなか大胆だ。
それだけ本気だと言われたらそれまでだが、シャク=シャカとセルディナの間に大した関わりがないことを考えると、図々しいとも言える。
「となると、やっぱり今ここにいる五人か。あとは下忍を少し混ぜて――」
「九位」
天板をずらし、蓑猿が顔を覗かせる。
「下忍は使えませぬ」
「何故だ?」
「向こうの一派に籠絡されているおそれがございます」
「……確かに」
「そもそも、
「下手に人数を増やさない方が良いか……。待て。セルディナが使ってる下忍は?」
「あれは舞狐の懐刀でございます。裏切りの心配はございませんが、戦わせるには少々腕が足りませぬ。見張りや連絡役とお考えください」
「今は砦を見張らせている。何かあれば連絡を寄こすだろう。良い忍者だよ」
「……。五対二十か」
蓑猿はちらと狼面に目をやった。
「ルーヴェ殿がいらっしゃるのであれば、相手の数はさほど問題にならぬかと」
本人は首をかしげる。
「ルーヴェ殿は遠くからでも正確に相手の位置が分かります故、集団を離れ、一人になった者を順に絞めて行けば効率が良いかと」
「常に複数人で動いていたらどうする?」
「物音を立て、一人ずつ誘い出しましょう。暗闇の中でもルーヴェ殿は敵の位置を把握しますので、宵闇に乗じれば一方的に狩り尽くせるかと」
「……」
俺の脳裏には蝋燭の火が消えて慌てふためく男たちの姿と、それを天井から見下ろすルーヴェの姿が浮かんだ。
闇の中、するすると蜘蛛のように降り立ったルーヴェが男の首に刃を入れ、再び天井へ。
物音に気付いた男が刃を振り回すも、彼女はするすると背後から近寄り、背に刃を入れる。
(ラプトルみたいだな……)
だがルーヴェにはそれができる。
場所が森であれ砦であれ、五感が統合された彼女はあらゆる敵の存在を完全に察知する。
「
「今夜出立できるかな、蓑猿」
「尽力いたします」
屋敷に到着すると、シア、ルーヴェ、セルディナは休息に入った。
俺は幾つかの書類仕事を片付け、蝋燭の灯りを頼りに矢と毒の準備を始める。
空は墨色で、星がちらついている。
池の亀も今夜は大人しく、虫だけがりりり、と快い音を奏でていた。
ふと、思い出す。
(七位に呼び止められたな。あいつ、何の用だったんだ……?)
少し考えたが、思い当たるフシはない。
まあ、相手は七位なので構わないだろう。
「九位」
すとん、と障子の向こうに蓑猿が降り立つ。
「どうした」
「四カ国連合軍の件、お耳に入っておりまするか」
「ああ。それがどうかしたか?」
「……」
蓑猿は聞き耳を立てるように身じろぎした。
俺は手を止め、蝋燭の火を消す。
室内に入った猿面の忍者は俺ににじり寄り、耳元に口を寄せた。
「かの国、恐竜人類に与しているおそれがございます」
一拍の間を置き、俺は顔が歪むのを感じる。
「……何だと?」
「まだ確実ではございませぬが、その可能性があると舞狐が漏らしておりました」
「……」
「此度の連合軍の件、実はザムジャハルにも書簡が渡っておりまして」
「そうなのか? てっきり初めから除外されてるものかと」
「いえ。戦時とは言え、彼らも人でございますから。帝様はもちろんのこと、エーデルホルンや唐も丁重に休戦を申し出られたそうでございます。しかし……」
「断ったのか。俺たちとの共闘を?」
「はい」
「どこまでも間抜けな国だな。人食い鳥と組む気なのか、あいつら」
「一時的なものでしょう。ザムジャハルは自国以外をすべて敵とみなしておりますから。裏切ることを前提に組んだとしか思えませぬ」
裏切りは戦の華。
誰かの言葉が脳裏に蘇る。
「唐とエーデルホルンが少しでも疲弊すれば、とか、そんなところか」
「左様です。我らと恐竜女がやり合い、相討ちになることを期待しておるのでしょう。もっとも、恐竜女もそれは承知済みのはず」
「連中にとって人間は家畜だからな。本気で協力することはないだろう」
「はい。
「砂の城だな」
「あるいは蜃気楼かと」
だが、協調には違いない。
奴らは人類の敵に与した。
ならば然るべき報いを受けるべきだろう。
「どうやって交渉したんだろうな」
「見当もつきませぬ。ですが早い段階で恐竜女と接触したらしく、何らかの利敵行為に勤しんでいる様子」
「一位は?」
「ご存知です。二位や三位にも伝わっております」
「ならいい」
腹立たしい話ではあるが、ある意味ザムジャハルらしい。
そこで気づく。
(……。そうか。だから葦原から攻め込むのかもな)
唐とエーデルホルン、ブアンプラーナが恐竜とアルケオを冒涜大陸に押し込み、極東の葦原から連合軍が進撃する。
すると――――逃げ道を見失った敵は西部、つまりザムジャハル方面へ流れる可能性が高い。
砂漠が間にあるとは言え、大量の恐竜が押し寄せればザムジャハルなどひとたまりもないだろう。
組むべからざる相手と組み、滅ぶ。
他国への侵略を繰り返す、傲慢で独善的な国の末路にはふさわしいだろう。
彼らが四カ国と組んでいれば別の結末もあっただろうに。
「九位」
「ん?」
「問題はここからでございます」
「……。……っ!」
気づき、慄然とする。
「まさかセルディナの件に……」
「はい。ややもすると恐竜女が絡ん――――」
廊下をどたどたと走る音。
蓑猿がさっと天井裏へ消え、俺は障子を開く。
血相を変えた女中が立っていた。
「九位! ……九位ぃ!!」
女中は俺の腕を掴み、ぶんぶんと振る。
それなりに力のある女なので、俺は危うく転びそうになった。
「どうした。おい、寝ぼけてるのか!」
「な、ナナミィちゃんが――――」
話を聞いた途端、全身から血の気が引いた。
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