第73話 67


 議事堂には木と土の匂いが立ち込めている。

 それもそのはず、ここは土間だ。


 高所に設けられた窓からは光が差し込み、床に格子模様を描いている。

 畳は張られておらず、気の利いた障子もない。

 掛け軸もなく、壺もなく、鉢植えすらもない。

 あるのは床。そして卓。壁に地図。


 室内は広いが、卓はさほど大きくない。

 椅子もあるが、座る者はいない。

 俺たちは武器を携え、立ったまま話す。



 卓全体を見渡せる上座かみざにはカヤミ一位の姿があった。



 透明感のある美貌を持つ女性。年齢は二十の半ば。

 枯色かれいろと呼ばれる淡い茶色の長い髪。

 体つきは華奢で、顔は覇気に乏しい。

 だが彼女は葦原でも数少ない、帝様への謁見を許された人物でもある。


 弓と矢は簡素だが、腰の矢筒は漆塗り。

 腰帯には美しい笛が一つ。

 小さな肩を包む狩衣かりぎぬは水色。



 上座の一位から見て左手には『骨の矢』のランゼツ三位。

 


 艶めかしい黒髪とクジャクの冠羽を模した髪飾り。

 片腕を骨の手甲で覆う彼女は、カヤミ一位に右半身を向ける格好で、じっと正面を見続けている。

 うっとりするほど美麗な横顔が隠すのは、恐るべき淫蕩癖と恐るべき弓の腕。

 一位すら凌ぐ葦原最強の女弓兵は、鮮烈な赤紫の狩衣を纏う。



 三位の左隣には『花の矢』のミョウガヤ五位。



 ツバキ、サザンカ、スイセン、ドクダミ。

 己の代わりに弦を鳴らす四人衆に囲まれるのは、一人の男。

 ただしその背は誰よりも低く、その戦闘能力はゼロに等しい。

 変声期すら迎えていない少年は、しかし、誰よりも政治に長け、誰よりも謀略に長ける。

 髪色はエーデルホルン由来の金色。狩衣は透けた赤。




「ワカツ九位」




 室内に入った俺を迎えたのは、穏やかな男の声だった。

 見れば卓を挟んでミョウガヤ五位の向かいに立つ男が、俺に微笑を向けている。


 狩衣は桜色。

 砂色の髪は長く、馬の尾さながらに後頭部で結われている。


 顔立ちは『眉目秀麗』の一語に尽きる。

 ザムジャハルの血が混じる彼の顔立ちは彫りが深く、鼻筋がすっきりしていた。

 年は三十の少し前。男盛りに入ったばかり。

 髭を生やしていないため外見以上に若く見える。


 特徴的なのは目だ。彼は右目に眼球を持たない。

 代わりに、ガラス玉を入れている。中には黒目の代わりに小さなさそりが一匹。

 精緻な細工で造られた蠍は、常に開かれた右目の中から世界を見つめ続けている。


 首から下も蠍を思わせる銀色の甲冑に包まれている。

 長い尾は後方に垂れ、片足にぐるぐると巻き付いている。

 禍々しい佇まいに反し、纏う雰囲気は十弓で最も優しく、柔らかい。


「イチゴミヤ四位。ご無沙汰しております」


 俺が頭を下げると、美男子は憂いを帯びた吐息を漏らした。


「この度はお悔やみを申し上げます」


 声に清浄の概念は無い。

 だが彼の声は紛れもなく『清く』、聞く者の心を落ち着かせる不思議な力を持っていた。


「お悔やみ、とは……?」


「砦に詰めていた部下が命を落としたそうですね」


「……」


 ラプトルやティラノの襲撃で、俺は少なからぬ部下を喪っている。

 ミョウガヤに言わせれば『野犬』なのだろうが、彼らには彼らの母があり、妻子があり、人生があった。

 おそらく、俺への忠義も。

 そして葦原への忠誠心も。


 ――思い出さないようにしてい「思い出さないようにしていたのでしょう?」。


 顔を上げる。

 イチゴミヤ四位の目が潤んでいるようにも見えた。


「それは正しい判断です。あなたが直属の部下を喪うのは、とても珍しいことですから」


「……」


「九位は優しい人だから、この戦いが終わったら必ず自分を責めるでしょう。自分がもっと強ければ、自分がもっと賢ければ、とね。そして誰にも何も明かさないまま、一人で深く傷つき、打ちひしがれる」


 イチゴミヤ四位の声は慈愛に満ちていた。

 薬液に浸された布が傷口を慰撫するように。


「負い目を感じるなとは言いません。ですが、その悲しみを吐き出す相手が周囲にいることを忘れないように」


「……痛み入ります」


 四位の顔に僅かな困惑が滲んだ。

 俺の反応に驚いているらしい。


 俺が席に向かおうとすると、「あ、九位」と四位が言葉を足した。


「他人に頼らないことは必ずしも強さではありません」


「……」


「他人の知恵や力は、時に猛毒よりも強い味方になる。それを忘れないでください」


(……)


 俺は深く頭を下げ、卓についた。



 イチゴミヤ四位の右隣には、天輪を背負うツボミモモ六位が立っている。

 その右隣には、肩に貝殻を連ねた半裸の女、ギンレンゲ八位。

 更にその右隣には、誰よりも背の高いアマイモ十位。


 俺はギンレンゲ八位の向かい側に立った。

 右隣には被衣かずきを纏い、口紅を引いたネコジャラシ七位。

 その右隣はミョウガヤ五位。その右隣がランゼツ三位。


 階位が奇数の者は上座に立つ一位から見て左側。

 偶数の者は右側に立っている。

 一位以外の十弓は別の十弓と向かい合う形だが、十位だけは一人余っている。


 上座の一位は俺と同じく、全員の顔ぶれを確認しているようだった。


「これでぜんいんですね」


「いえ、カヤミ一位様。二位様のお姿が――」




 ふはははは、という大声が聞こえた。




「……確かにお姿は見えないね。お声はよく聞こえるけれど」


 ネコジャラシ七位がふっと笑う。

 どだどだという足音に続き、扉がばあんと開かれた。




「諸君! おはよう!」




 入って来たのは大柄な男だった。

 年は五十そこそこで、海藻のごとき黒髪は大きく広がっている。

 後方から見ると、山の遠景のごとき台形を描く黒髪。


 顔の右半分は赤い武者の面で覆われている。

 残る左半分は口髭黒く、脂身たっぷりの丸い顔。

 演劇をたしなむため声音は低く大きく、何より張りがある。


 背はシャク=シャカ並みに高いが、彼と違って余分な肉もついている。

 恰幅かっぷくの良いその姿は『太り過ぎた七面鳥』などと揶揄されることもある。

 だが、『太り過ぎた七面鳥』は葦原最強の弓兵でもある。


 男女を含めた最強だ。

 つまり、ランゼツ三位ですら敵わない。

 

 身の丈を超える巨大なことを抱えた男は室内に入るや、俺を見つけた。

 濃い青の狩衣が、ぶわりと広がる。


「おお、おお、おお九位!! 九位!!」


 ざりざりと草鞋わらじで土間をこすった人物は俺に駆け寄り、頭や顔をべたべたと遠慮なく触った。

 口を覆う黒ひげには汗とも酒ともつかない滴が光る。


「おお、健在か! いや、さすがだ!」


「ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ございません。ニラバ二位」


 俺はその場にひざまずき、心から深謝した。

 だが二位は闊達かったつを絵に描いたような笑みを浮かべる。


「気に病むな。私は迷惑、面倒、困りごとが大好きだ! しかし……バリスタに巻き込まれて冒涜大陸入りとは! 九位の人生はつくづく波乱に満ちているな! くっ、ふはははは!!」


 ニラバ二位はよく大口を開け、馬鹿笑いをする。

 たまに『海賊の首領』だの『肉屋の親父』だのと陰口を叩かれているが、実に正鵠を射ている。

 豪放磊落ごうほうらいらく

 鷹揚にして雅量がりょう

 酸いも甘いも、清も濁も、剛も柔も汲み、食らう。

 それが葦原最強の弓取り、ニラバ二位。


「お父様!」


 アマイモ十位が声を上げると、半仮面の二位は諌めるような顔をした。

 唇を尖らせ、つつつ、と舌を軽く鳴らす。


「アマイモ十位。ここではニラバ二位と呼びなさい」


「も、申し訳ありません!」


「申し訳なくなどないぞ! ますます励みなさい!」


 怒号のごとき慈愛の声。

 それに続くのは、「はははは」という豪快な笑い声。


「は、はい!!」


 アマイモ十位が感極まったように力強く頷くと、ランゼツ三位が素っ気なく告げる。


「十位。少しうるさいぞ」


 蛇に睨まれた蛙のごとく、十位が身を縮ませる。


「す、すみません……大きくてすみません……!」


「はははは! 気にするな気にするな! 大きければ大きいほど良い! もっともっと育ちなさい!」


 どかどかと卓を巡ったニラバ二位は、そのまま一位の右手についた。

 手に持つ琴と巨体のせいで四位以降の十弓が少しずれる。


「これで全員のようね」


 ツボミモモ六位が袖で口を覆う。


「では、つぼのよういを」


 一位が告げると、黒装束の忍者たちが壺を手に入室した。

 色、形、大きさや長さも様々な壺が全十弓の前に置かれる。


 続いて様々な植物を手にした忍者が現れ、それを各壺の傍に置いた。

 十弓を除く全員が退室したところで、一位がその場の全員を見渡す。


「これより、ぐんぎにはいります。さんもんじゅっきゅう、なのりを」


 全員が背筋を伸ばす。






「『ほしの矢』カヤミ一位、これに」


 名を告げた一位は目の前に置かれたかやを手に取り、壺に挿した。



「『まつりの矢』ニラバ二位、これに」


 二位は大声で名乗り、にらを壺に挿す。



「『ほねの矢』ランゼツ三位、これに」


 三位は静かに呟き、らんの花を。



「『さそりの矢』イチゴミヤ四位、これに」


 四位は野苺のいちごの束。



「『はなの矢』ミョウガヤ五位、これに」


 五位は串に刺さった茗荷みょうが



「『かげの矢』ツボミモモ六位、これに」


 六位は宝石のつぼみを持つ桃の枝。



「『こおりの矢』エノコロ七位、これに」


 七位はネコジャラシ――ではなく、えのころぐさを壺に。



「『むしの矢』ギンレンゲ八位、これに」


 八位は蓮華れんげの花。



「『へびの矢』ワカツ九位、これに」


 俺が手にするのは若芽わかめの生えた、名も知れぬ枝。



「あ、アマイモ十位! これに!」


 十位は芋蔓いもづるをわし掴み、壺に入れた。




「……」




 全員の視線が十位に向けられた。


「あ、ご、失礼しました!」


 アマイモ十位が改めて名乗りを上げ、軍議開始の儀式は終わった。






 全員集まっての『名乗り』は久しぶりだった。

 俺はもちろん、他の十弓も言い知れぬ昂ぶりを感じているようだ。

 全員を見渡す位置に立つ一位は、まず二位を見た。


「おやくめ、たいぎでございました。ニラバ二位」


 二位は俺を追って冒涜大陸に入っていたらしい。

 おそらく俺以外の十弓では、最も早く霧の内側に分け入った人物だろう。


「なあに。我が子のためなら、というやつだ」


 二位は俺をちらと見、目だけで笑った。

 俺は再び、深く頭を下げる。


 ニラバ二位は俺の義父だ。

 ただ、世間一般で言われる『義理の家族』とは少し違う。


 名家の当主である二位は私財を投じて葦原各地に屋敷を設け、孤児を拾い育てている。

 そこで育てられた孤児の一人が俺、というだけのことだ。

 二位を『父』と仰ぐ者の数は、国内で五百を下らないと言われている。


 五百人の中にはアマイモ十位も含まれている。

 彼女もかつては生死の縁をさまよう孤児だったが、二位に引き取られて人並みの人生を送ることができた。


 つまり、俺と彼女は姉弟のような関係だ。

 厳密には違うのだが、同じ屋敷で育てられたので子供の頃から互いの顔を知っている。


「いかがでしたか、ぼうとくたいりくは」


「聞いていた通りの難所だった。十年若ければ冒険に出るだろうな」


「霧はどうでしたか」


「私が入った時はまだかなり残っていた。貴重な体験だな、五感がもつれるというのは」


「噂の恐竜は?」


「ぞろぞろ出てきたぞ。度肝を抜かれる思いだ」


 ふはははは、という笑い声にランゼツ三位、ツボミモモ六位、ネコジャラシ七位が表情を翳らせる。

 彼ら三人はニラバ二位と相性が悪いらしい。


「それで、恐竜の強さはどれほどでしたか」


 ネコジャラシ七位は笑いを遮るように言葉をかぶせた。


「いい加減、防衛ではなく攻勢に転じないと。おおよその戦闘能力が分かれば、ボクが数を減らして来ますよ」


「あー……」


 ニラバ二位はくつくつと余韻を残しながら笑いをやめ、低い声で告げる。




「四位より下は一人で行くな。死ぬぞ」




 空気が凍った。

 特に、下座に近い空気が。


「きょうりゅう、きけんでしたか」


「確かにあれも危険だが……それ以上に恐竜女が手ごわい」


「! 接敵されたのですか?!」


 俺が身を乗り出すと、二位は事も無げに「ああ」と応じた。

 そして親指、人差し指、中指を立てる。


「三人、仕留めたぞ」


「しっ……仕留めた?! 恐竜人類を、ですか?!」


「もちろんだ。一人逃げたが、二人は生け捕りにした。牢に入れたが、薬で弱らせんと危ないな」


「解剖は?」


 三位が問うと、二位は首を振った。


「人語が通じる。もう少し様子を見てからだな」


「さっさと拷問すればよろしいのではなくて?」


 これはツボミモモ六位。


「やるなら数が集まってからの方がいい。見せしめにもなって一石二鳥だ」


「人語が通じるのであれば、搦め手も使えそうですね」


 四位のげんに、半裸の八位が頷く。


「攪乱、裏切り、交渉ですね。でもそれは向こうの社会が見えてからのお話かと」


「もちろんです。ただ、その前提の有無は戦略の枝に関わります。捕虜はくれぐれも丁重に扱いましょう」


 二位、とネコジャラシ七位が呼びかけた。

 その顔にはうっすらと怒りが滲んでいる。


「四位より下の者は死ぬ……と仰いましたが、それはまことですか」


 声音に滲む怒りを察し、何人かが話を止める。


まことだとも」


「ボクやワカツ九位、アマイモ十位は状況次第で数字以上の力を出せる。それでも勝てませんか……!」


 遠回しに軽んじられたツボミモモ六位とミョウガヤ五位、ギンレンゲ八位は、しかし無反応だった。


「十中八九、勝てん」


「……」


「もっとも、七位の言う通り状況と相手次第では勝ちの目もある。十中の二か一だな」


 二位の視線が俺に移った。


「あるいは九位なら『十中二一』と言わず勝負になるかもな」


「ひどい身びいきですこと」


 ツボミモモ六位がせせら笑う。


「階位の話ならともかく強さの話だ。我が子とは言え、贔屓目に見ることはない。ワカツ九位は元々――「ニラバ二位」」


 割って入ったのはランゼツ三位だった。


「話を割って申し訳ないですが、段取りがあります。そうした雑談は後ほど」


「おお、済まんかったな。進めてくれ」


 ええ、と受けた三位は、しかし、なぜか俺を見た。

 それも、恐ろしく嫌らしい目で。


「一位。その前に一つ確認したいことが」


「なんでしょう」




「ワカツ九位の荷物についてです」




 どきりと心臓が跳ねた。


 皆の視線が俺に集まる。

 否、正確には俺が腰に下げる袋に。


「お前がここに弓以外の荷物を持ち込むとは珍しいな。中身は何だ?」


「……。ただの巻物です」


「卓に出せ」


 三位に促され、俺は荷物を広げた。

 山ほど入っている巻物の幾つかが、上等な卓の上をころんと転がる。


「書記ならいるぞ? そんなもの何に使うつもりだ」


「話が長引いた時のために、予備として持参しました」


「ほお? ずいぶん気が利くな」


 ランゼツ三位は獲物を前にした狼の目で俺を見る。

 護衛の忍者を叩きのめされたことが気に入らないのか、それとも老婆のすり替えの件に気付きでもしたのか。

 あるいは本当に好奇心からか。


 いずれにせよ、彼女は俺をもう少し嬲りたいらしい。


「巻物の中を見せろ」


「……! 白紙です」


「ならいいだろう。広げろ」


 俺は震える指を伸ばし――――




 普通に巻物を開いた。




「……」


 何も書かれていない、白紙の巻物だった。

 アルケオの情報が書かれているわけでも、恐竜の生態について書かれているわけでもない。

 霧の中の人類がどんな仕打ちを受けているのか、アルケオが何を奉じているのかも書かれていない。


 三位はじっと巻物を見つめていたが、そこに文字が浮かび上がることはない。


 サギの情報を記した『本物の巻物』は蓑猿みのざるから一位の護衛忍者を通じ、本人に届ける手筈となっている。

 この場に白紙の巻物を持ち込んだのは、三位がどこまで俺の挙動に注目しているのかを確かめるためだ。


 この様子だと、彼女はしばらく俺への嫌がらせをやめないだろう。

 恨まれるようなことをした覚えはないのだが、仕方ない。

 シアの素顔を見られないよう、引き続き警戒しなければならない。


「だから申し上げたでしょう。白紙だと」


 俺は巻物を結び直し、三位を見返した。

 暗い喜びが湧き上がる。

 

「段取りがあるのでしたら、雑談は後にされてはいかがですか、三位?」


 ひっと何人かの十弓が呻いた。


「九位様、無礼です……!」

「また怒られちゃいますよぉ」


 諌める声を聞きながらも、俺はランゼツ三位から目を逸らさなかった。

 彼女は小さく笑い、それから拳を開閉する。


「ワカツ九位」


「何でしょう」


「ずいぶん男を上げたな」


「それはどうも」


「何なら、もっといい男になれるよう指南してやろうか?」


 要するに、ねやの誘い。

 何人かの十弓が興味深そうに俺を見る。


「謹んで辞退申し上げます」


 俺は頭を下げた。

 再び、暗い喜びが湧き上がる。


「三位の素肌を見るぐらいなら、剥いた柿でも眺めた方がよほど眼福です」


「お、まえっ……! 馬鹿っ!」


 ネコジャラシ七位が俺の頭を押さえた。

 が、すぐさま四人衆の腕がそれを引き剥がす。


「九位」


 真正面を向いたまま、ミョウガヤ五位が静かに告げた。


「口が過ぎるぞ」


「……」


「……」


 少年はちらりと俺を見た。

 珍しく真剣なその顔に、俺を軽侮するような色は無い。


 すっと頭が冷えた。


「……。ご忠告痛み入る。……ランゼツ三位、失礼しました。少々、気が立っており……」


 俺が頭を下げると、室内はどよめきに満たされた。

 ミョウガヤ五位はネコジャラシ七位以上に俺と不仲で知られているからだ。

 その言葉に俺が従ったことは、夏に雪を見るほどの珍事に映るのだろう。


 俺が三位に詫びたのは、五位に借りがあるからではない。

 五位の言葉が正しいからだ。


「気にしなくていいさ、九位」


 三位は妖しい笑みを浮かべ、舌なめずりする。


「私は跳ねっ返りのお前が好きだ」


「三位」


 ツボミモモ六位だった。


「そろそろ始めません? 時間は有限です」


「そうだな、六位。では始めようか」


 三位はそのまま書類を手にした。


「まず冒涜大陸からの侵攻状況と今後の――「ランゼツ三位」」


 一位に口を挟まれ、意外だと言わんばかりに三位が眉を上げる。


「どうされました?」


「そのまえに かきゅうのはなしが」


「火急の話?」


 こくりとカヤミ一位が頷いた。




「さんもんじゅっきゅうの かいさんについて」




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