第41話 38


 船は瞬く間にプラチュメーク川の中ほどに至った。


 俺はその間、風を読む必要も指示を出す必要もなかった。

 まるで地面そのものが俺を運ぶかのようだった。


 セルディナ、シャク=シャカ、シアはそれぞれ別々の木舟に乗っていた。

 禿頭の男はじっと石塔を睨んでおり、唐の剣士は川の中に不審な影が無いか目を凝らしている。

 シアは顎に血止めを塗り、紫布の隙間から白い脚を覗かせていた。


「ナナミィ」


 俺の呼びかけに、同乗する国民番号7731はしばらく反応しなかった。

 淡い茶色の髪が緑の川から吹く風に揺れ、ようやくこちらを向く。

 灰に近い白色の瞳。

 大陸西部に居を構える砂漠の帝国、ザムジャハル人特有の目だ。


「……。今の、私を呼んだの?」


「他に誰がいるんだよ」


 一船あたり二十人近い漕ぎ手たちは一糸乱れぬ動きで櫂を押しては引いている。

 熱く荒い呼吸と共に汗の玉が禿頭を伝う。


「ナナ……何?」


「ナナミィ」


「何それ」


「呼び方だ。いつまでも国民番号1だの2だの呼んでたら、いざという時に困る」


 こちらに向き直ったナナミィは不愉快そうに何かを言おうとした。

 が、俺は言葉を被せる。

 

「助けに入らなきゃならない時もあるだろ。さっきみたいに」


 俺につられ、彼女は眼下に広がる川を見た。

 水の中からスピノやバリオが俺達を見返しているように感じ、ぶるりと身震いする。

 

「……別にいいけど。気安く呼ばなければ」


 ナナミィの声には棘があった。

 俺に嫌悪感や怒りを抱いているわけではなく、元々そういう話し方なのだろう。


 ザムジャハルは唐以上に弱肉強食の気風が強い。

 優れた戦士であるとは言え彼女は年若く、しかも小柄だ。

 今まで男たちに見くびられないよう必死に生きてきたに違いない。

 交わした言葉は僅かだが、何となくそれが分かってしまう。


「あんた、何でついて来たんだ」


「別に」


 つっけんどんに応じたナナミィは血と泥で汚れた白い外套を脱いだ。

 鈴蘭の花を思わせる曲線的なドレスと白百合に似た細身の上着が彼女の正装のようだった。

 肩口は露出しており、百合の雄しべを模した黄色い飾りが突き出している。


 彼女は刃こぼれした槍の穂先を取り外し、手荷物から取り出した三日月状の刀を嵌めた。


「あなたこそ何でここまで来たの。……いえ」


 ナナミィはちらとオリューシア、シャク=シャカの二人を見やる。


「あなた『達』かしら?」


「色々だ」


「そ。じゃあ私の事情も『色々だ』でご理解いただけます?」


 俺の鼻をびちんと弾くようにそう告げ、ナナミィは顎で行く手を示す。


「そんなことより……意外と大きいのね、あれ」


「!」


 玉宝巣サーダラナートと呼ばれる建造物が近づく。

 遠くから見るとただの巻貝にしか見えなかったが、近づくにつれ、その螺旋状の佇まいは天を衝かんと突き出す巨獣の角にも思われた。

 

 漕ぎ手たちは柔らかい泥の岸ではなく水草の生い茂る一帯に舳先を向けた。

 岸まで十歩以上離れた位置で櫂が引き揚げられ、漕ぎ手たちが背筋を伸ばす。


 舟を降りたセルディナがざぶりと腹の辺りまで川の水に浸った。

 長身の彼が腹まで浸かるということは、かなり深いようだ。

 ナナミィが唇を尖らせる。


「ちょっと。岸はあっちでしょ? 何でこんなところで降りるの」


「泥地だと足跡が残る。……隠れていろ」


 後半は漕ぎ手たちに向けられた言葉だった。

 セルディナは既に俺たちの元を離れ、ざぶざぶと水の中を歩き始めている。


「シャク=シャカ。手を貸してください」


 裾を捲ったシアはシャク=シャカが重ねた手の平を踏んで大きく跳び、比較的浅い場所に着地した。

 紫布が濡れていないことを確かめながら、彼女はセルディナを追う。

 刀を担いだシャク=シャカも「うへえ」と呟きながら水草の生い茂る川を歩いた。


ひるがいるかな)


 船べりに足を掛ける。


「蛇」


「何だ」


「私にもあれやって」


 言葉の意味を少し考え、シアを飛ばしたシャク=シャカの動きに思い至る。


「……俺は弓兵だ」


「物を飛ばすのが仕事でしょ。ドレスが濡れるんですけど?」


「知るか。その花みたいな服、少しぐらい水を飲ませた方がいいんじゃないのか?」


 いよいよ跳ぼうとしたところでナナミィに手首を掴まれる。

 出鼻をくじかれた俺は舌打ちしながら「何だよ」と振り返る。

 彼女は顔を強張らせていた。


「泳げないの」

 

「……」


「……。わ、ワニがいるんでしょ?」


「……」


 拳闘士ならシャク=シャカと同じことができるかも知れない。

 俺はちらと漕ぎ手たちを見たが、彼らは真正面を見つめたまま沈黙している。

 それによくよく考えてみると、俺は彼らに命令する権限を持っていない。


(……)


 俺はナナミィの手を払い、長弓を咥えた。

 両手を後ろに向け、腰を落とす。


「乗れ」


「……ごめんなさい」


「『ありがとう』だろ、こういう時は」


「……」


 ナナミィは思っていたより軽かった。

 俺は少し大きな犬でも背負うような気分で彼女を乗せ、川に降りる。

 雨が降ったせいか、水は少しぬるい。


 やがて木舟が濃緑色の布を被り、景色に紛れた。






 がぼがぼと水の中を歩き、岸に辿り着く。

 視界を塞ぐ木々の間をすり抜けると、最上階が見えないほど高い石塔に臨んだ。


 セルディナ、オリューシア、シャク=シャカは既に入口に至っている。

 俺とナナミィもそちらに合流した。


 一見すると一体どこが入り口なのか分からなかったが、よく見ると石と石の間に継ぎ目がある。

 セルディナは石壁に手を掛け、ぐっと体重を乗せた。――が、扉はびくともしない。


 紫布の男は塔の上部を見上げ、すっと息を吸う。


「誰か居ないか! 私だ!」


(……)


 石塔の窓はかなり高い位置に設けられている。ラプトルどころか猿でも手が届かないだろう。

 壁の造りはいかにも堅牢だ。壊すことは至難だろう。

 そもそも王族が一定の年月毎に訪れるこの場所が脆いわけがない。

 ブアンプラーナの王都などよりよほど安全なのではないか。


「カルタノなら崩しかねませんよ」


 俺の考えを見透かしたかのようにシアが呟いた。

 俺は「分かってる」と頷く。


 ブアンプラーナの空気は水を含んでいる。食物を長く保存することが難しい土地だ。

 いかに堅牢な石塔とは言え、籠城を続ければそう遠くない未来に食糧を確保する要に駆られる。

 そこに恐竜の付け入る隙がある。


 と、石窓の向こうで何かが動いた。

 かかっ、かかっと塔内を複数人が走る音。


 ごりごりごりごり、と石壁が開いた。

 中から現れたのは護衛と思しき筋肉質な禿頭の男たちと、文官らしき白髪の老人だった。

 

「わ、若っ!!」


 名前を呼ばれたようで少し驚いたが、前へ出たのはセルディナだった。


「健在か、お前たち」


「おお、おお……! まさか若が御自おんみずから……」


 老人は恭しくセルディナの手を取り、その場に頭を垂れて泣き始めた。

 脇を固める護衛の二人も膝をつき、平伏している。


 と、その向こうから小さな姿が飛び出す。


兄様にいさま!」


 少女は禿頭ではなく、長い黒髪の持ち主だった。

 華奢な身体は明るい橙色の布に包まれており、色とりどりの宝石を散りばめた金色の帯を巻いている。

 頭には細い金の鎖を巻いており、額に黄色い宝石が光っていた。


 背は低く、俺の胸にも届かないほどだ。

 年齢は十歳前後だろうか。


「ナープルタ様! なりませぬ! どこに恐竜がおるか――」


 老人の声など気にも留めず、少女はセルディナに抱き付いた。

 今度はセルディナがその場に膝をつく。


「怖かっただろう、ナープルタ。泣かなかったかい?」


 ぎゅっと少女を抱きしめたセルディナは聞いたことがないほど優しい声を漏らした。

 セルディナの肩に顎を乗せた少女は首を振る。


「プル、泣かなかったよ!」


「そうか。強い子だ」


 禿頭の男が少女の背を優しく撫でた。

 と、プルと呼ばれた子供が俺達を見上げる。


「うわあ!」


 少女は紫色の目を輝かせ、俺、シャク=シャカ、オリューシア、ナナミィを順に見た。


「兄様! 目が色々の人がいっぱい! 宝石みたい!」


 ぱたぱたと脚を動かす少女をセルディナは宥めるように撫でた。


「お前を護ってくれるお客様だ。失礼のないようにな」


「お客様?」


 少女は再び俺たちを順に見、俺を指差した。


「へびだ! こわーい!」


 どうやら俺の髪を巻く蛇皮が気になるらしい。

 少女はひょこひょこと顔を左右に動かし、俺の髪を見ようとしている。


「ねえねえへびさん。へびさんはどこから来たの?」


 年の割に幼い言葉遣い。

 俺は軽くため息をつく。 


「あのな。俺は蛇さんじゃなくてワカ「口を弁えよッッ!!」」


 老人の怒声が俺の耳をきいんと貫く。


「こちらにおわすは恐れ多くも第四十五代ブアンプラーナ国王マハーバガシャプラ・カナガナクラ様の御息女ナシースプートラ・ルティアータ様であるぞ! 控えんか若輩がっっ!!」


(……!!)


 きゅっと心の臓が縮むような感覚に俺は口を噤んだ。

 一瞬で指先が冷たくなり、背筋がぴんと伸びる。


「っはは。よく舌ァ噛まねえな爺さん」


 シャク=シャカは軽く肩をすくめ、背後に広がる森を見やった。

 彼にとってはさほど重要な話ではなかったのだろう。


 呆然としていたナナミィが老人の言葉の意味に思い至り、はっと顔を上げる。


「ちょ、ちょっと待って。その御息女様のお兄様ってことは……」


 セルディナは答えず、石塔を見上げる。


「姉上とメナービーラは?」


「メナービーラ様はお逃げ遊ばされました。橋を落とされたのも、おそらく……」


「やはりか。これでおおよそ誰がどの旗を支持しているのか分かって来たな」


「第四王女様は上階にてお休みになられております。そろそろ水を切り詰めねばならない頃合いでしたので、なるだけお休みの時間を長くと」


「重畳だ。姉上はこの後が大変だからな」


「ちょ、ちょっとハゲ! ハゲ!」


「このっ、ザムジャハルの小娘が……!!」


 いきり立つ老人を手で制し、穏やかな微笑を浮かべたセルディナが少女を見下ろす。


「何だい?」


「『何だい?』じゃないでしょ! あんた、何なの?!」


「第七王子だ。名はセーレルディプトラ」


 セルディナは図鑑に記された虫の名でも読み上げるように、淡々と答えた。


「何か問題があるかな?」


「ヒッ!」


 槍を置いたナナミィはその場に跪き、頭を下げた。

 セルディナはうんざりしたように肩を落とす。


「た、大変失礼いたしました! こ、これまでの度重なるご無礼をお許しください」


「やめてくれ。戦士が武器を置いてどうするんだい」


 セルディナ当人より老人と護衛の方が誇らしげに胸を反らしていた。

 彼らは「お前たちも同じ振る舞いをしろ」とばかりに俺達を見る。


 が、俺とシアは一礼しただけで、膝を折ることはしなかった。

 シャク=シャカに至ってはセルディナに尻を向けている。

 ナナミィが慌てたように振り向き、俺のズボンを引っ掴んでぐいぐいと引く。


「ちょっと! あんた達は何で平然としてるの? こ、この人、王族って……」


「あなたは気付いていなかったんですね、国民番号7731」


「え」


 シアは突き放すような声でそう告げた。

 ナナミィは縋るような目でこちらを見たが、俺も小さく頷いた。


「……悪い。俺も何となく分かってた」


 さすがに王族だとは思わなかったが、セルディナがかなり身分の高い人間であることは察していた。


「な、何で?!」


 ナナミィに目を向けられ、シャク=シャカが欠伸をした。


「そのハゲ、ほとんど悩まなかっただろ? つまりそういうことだ」


 どれほど沈着冷静な指揮官であっても、刻一刻と状況の変化する鉄火場に置かれたら普通は何らかの『逡巡』をする。

 どうすればこれ以上人を死なせずに済むか、とか。どうすれば国益になるか、とか。自分より位の高い人間は何を思うだろうか、とか。

 指揮官は必ず葛藤し、迷い、その度に決断を迫られる。


 だがセルディナにはそれが無かった。

 欠員が出ても恐竜人類に襲われても淀みなく話し、指示を出した。

 それは彼より位の高い人間が存在しないことを意味している。


「だったらさっさと頭を下げなさいよ」


「ここはブアンプラーナだ」


 この国には現在、三十人ほどの王子と王女が居る。

 その血縁者まで『王族』に含めると、彼らだけで大船が溢れてしまうほどの数だ。

 象に揺られる輿が見えたからといっていちいち頭を下げていたら生活できない、というのがこの国の常識だ。俺もそちらに従う。


 それに彼はわざわざ偽名を使ったのだ。

 その意思を尊重すべきだろう。

 

 ナナミィが異常に謙っているのはザムジャハルが『帝国』だからだろう。

 かの国の長はブアンプラーナやエーデルホルンの『王』でも、唐の『皇帝』でも、葦原の『みかど』でもなく、『帝王』だ。

 その言葉は常に真実絶対。

 彼女の国で王族への礼を失することは死を意味する。

 

「おい。ンなことより、あいつらが来てるぞ」


 シャク=シャカがうっそりと呟く。

 耳を澄ますと、倒木の音が聞こえた。

 それにがさがさという葉擦れの音も。


 ミョウガヤの率いる救助隊が近づいている。

 暗殺者の紛れた救助隊が。


「若。もしや――」


「ああ。兄上の差し金だ」


 セルディナはプルの手を引いた。

 俺は思わず一歩前へ出る。


「どうする気だ?」


「連中は渡河手段を持っていない。このまま対岸に渡る」


「渡ってどうするんだ。あんた、お尋ね者に――」


 言いかけた俺は言葉を呑んだ。

 彼が懐から白い布を取り出したからだ。


「あれが見えるかい?」


 示される先を見る。

 木立の向こうでは、濃緑色の布を取り払った漕ぎ手たちが真っ白な衣服に身を包んでいた。

 驚いたことにかつらまで被っている。


「船底が二枚になってた理由はあれかい」


「そうだ」


 セルディナは老人の耳に口を寄せ、何事かを囁いた。

 老人は頷き、最後に一度セルディナと抱き合うと、塔の中へ消える。


「プルには誘拐されてもらう」


 セルディナはそう告げ、歩き出した。


「悪辣なザムジャハルの一団が――」


 セルディナはナナミィの目に気付き、「失礼」と肩をすくめた。


「極悪非道のザムジャハルの一団が我が国の王族を拉致した、という筋書きだ」


「ちょっと」


 セルディナはナナミィの抗議を無視した。


「彼らは抵抗したが、多勢に無勢。その場で袋叩きにされ、王女を攫われてしまう。……これなら色々と都合が良いだろう」


 塔内部のあちこちで悲鳴が聞こえた。

 それから家財が引き倒され、バサバサと紙片が飛ぶ音もする。

 互いに互いを傷つけ合っているのだろう。


「……で、その後は?」


「葦原へ向かう」


「国境を抜けられると思うのか」


「抜けるさ。いくつか方法も用意している。葦原にも話を通しているよ」


「その後は?」


「それは私とプルの問題だ。三十人以上も王族がいる国だ。一人や二人減っても構いはしないだろう」


「穏やかではありませんね」


「王族とはそういうものだよ。生まれながらにして波乱の人生を約束されているのだ。庶民が思う程、安泰でも安寧でもない」


「待て」


 俺が割って入った。


「ミョウガヤはどうする」


「君の好きにすればいい。私には関係のない話だ」


「……」


「同道してくれたことへの礼は尽くす。何かすべきことがあるのなら好きにするといい。残ってもいいが、ろくな目には遭わないだろう。良ければ共に来なさい」


 セルディナはさっと踵を返し、プルと呼ばれる少女を連れて舟へ向かった。

 ナナミィはその場でおろおろしていたが、二人の後を追った。


(……)


 このままにはしておけない。

 救助隊はミョウガヤに濡れ衣を着せようとしていたのだ。

 暗殺が失敗すれば、その責をなすりつける可能性もある。


 俺の頭は目まぐるしく回転した。


 俺は素早く石塔の周囲を巡り、手ごろな太さの木を認める。

 そこに懐から取り出した短剣で傷をつけ、塗料で色をつけた。


「何してるんですか」


「見るな。忍者に伝言を残す」


 ミョウガヤの傍には俺つきの『狐面』以外に二人の忍者がついているはずだ。

 そいつらに危機を知らせることができればそれでいい。

 重要なのは、救助隊が石塔を調べている間にミョウガヤを脱出させること。


 これからセルディナが逃走する姿を見せるのであれば、すべての責を負うのはザムジャハルだ。

 もちろんこれは王族のいざこざで、セルディナが裏で糸を引いていることは向こうも承知済みだろう。だが彼の仕業だと立証する術がない。

 途中で救助隊を離れたミョウガヤは責めを負うだろうが、彼に暗殺の責任をなすりつけることは難しい。

 ブアンプラーナの王家は葦原に文句を言うだろうが、セルディナが葦原に渡りをつけているという話が真実なら政治的な加護も受けられる。


 俺はそこまで考え、頷いた。


(……良し)


 準備を終えた俺は石塔を離れ、木舟に乗り込んだ。

 既にシャク=シャカとシアも白い衣服に身を包んでいる。

 目の色は変えられないが、岸から目の色まで見通せる奴など居はしない。

 ナナミィだけは元の衣服のまま憮然としていた。






 ぎい、ぎいい、と木舟が軋む。

 五艘の舟が数十歩分も岸を離れたところで木々が倒れ、象が姿を見せた。


「!」


 濃い灰色の四足獣は鉄の鎧を身に纏っていた。

 遠征を意識してか、俺の知る正装よりずいぶん装備が軽い。

 全身に鎖帷子を羽織り、目元だけを露出させた姿だ。


 その象が三頭、先陣を切っている。

 一頭の背にミョウガヤと二人の弓兵の姿が見えた。

 続く二頭はそれぞれ『花の矢』の二人が騎乗している。


 彼らは俺たちの姿を認めるや、唖然としているようだった。


(頼むぞ、忍者……)


 彼らに続いて木々を倒し、道を切り開く役目の象たち、それに多国籍の軍が姿を見せた。

 ほとんどがブアンプラーナの拳闘士たちだが、ちらほらとエーデルホルンや葦原の兵の姿も見える。


「――――!」

「――! ――!」

「――!」


 多くの兵が口々に何かを叫び、俺たちを指差していた。

 石塔に殺到する者の中、ミョウガヤだけはじっと俺たちを見据えている。

 蟇矢ひきやでも鳴らしてやりたいところだったが、そんなことをすればかえってややこしくなる。

 今は忍者を信じ――




 ぶしっ、と。

 何かが川面から噴き上がる。




 上流を振り向いた俺は絶句する。

 シアが身震いし、シャク=シャカが呆れた笑いを発する。

 ナナミィが身構え、セルディナが妹を庇う。


 川面に小さな恐竜が立っている。

 色は橙を孕んだ黒色で、大きさは人間の子供程度。

 ただし、その姿かたちは明らかに俺の知る肉食恐竜、盗竜ラプトルにそっくりだった。


暁竜エオです! 気を付けて! 人を襲います!」


 ぶしっ、ぶしっと空気を噴き出す何かが近づいて来る。

 水面に映る巨大な影。

 鼻と目が水面に浮いている。


 悠然と泳ぐのはスピノ。

 そしてバリオ。


 ――『恐竜が恐竜に乗っている』。




 刹那、俺の胸中を絶望が過ぎった。

 それはまだ薄い、色にすれば黒ではなく灰色の感情だったが、絶望には違いなかった。


 戦争を競技や遊戯に喩える人間がいる。

 それは市井の民にとって不謹慎ではあるが、間違いではない。

 人と人との争いはどれほど野蛮でも規則があり、規律がある。

 大義を掲げなければ善悪はまかり通らず、理屈をごねればそれらは容易にひっくり返る。


 恐竜たちには、それがない。


 終わらない。

 この戦いは終わらない。

 和平も、交渉も、駆け引きも一切行われない。


 奴らが健在であり続ける限り、終わらない。

 どちらか滅ぶまで終わらない。


 いつまで続くんだ、という諦念にも似た感情が俺の視界を淀ませる。

 クォォォォォン、と仕掛け人たる白銀のラプトルが遠くで鳴いた。


「来るぞ! 構えろっっ!!」


 シャク=シャカが叫ぶと同時に、黒い恐竜たちが船に飛び移る。

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