第17話 16

 

 恐竜。

 その言葉を耳にした途端、全身を巡る血管が縄のようにぶるんと震えた。


 盗竜ラプトルの鳥顔。

 暴君竜ティラノの咆哮。

 異竜アロの足音。

 恐怖の記憶が脳裏に蘇り、がばっと飛び起きた俺は枕元を叩いて火皿を探す。


(火……火をっ……!)


 闇の中、どくっ、どくっと鼓動が早まる。

 半ば恐慌状態に陥りかける俺の背をルーヴェがごしごしと撫でていた。


「ワカ」


「る、るヴぇっ、けけ、けんもてっ、けんっ!」


 その闇にラプトルが息を潜めているのか。

 ティラノが窓から顔を覗かせているのか。

 それとも――


「恐竜がいるの、この部屋じゃない。もっととおく」


 ぢぎ、ぢぎぎ、と光の粒が散り、白い小皿に火の花が灯った。

 闇に浮かんだルーヴェの顔は白く、陶器のようだった。


「どど、ど、どこだって?! 落ち着いて話せ!」


「ワカがおちついて」


 ぽんぽんと俺の背を叩いたルーヴェは窓辺に視線を向けた。

 寝室の窓は開け放たれており、星の散る夜空が見える。


「……いる。三つ、いる」


「三つ? いや、待て」


 その前に確認すべきことがある。


「どっちだ。人の形してる方か? トカゲの方か?」


「小さいからたぶんトカゲ」


 その言葉に俺はやや脱力した。

 アキやヨルが奇襲を仕掛けて来たのであれば一大事だが、ただの恐竜ならまだ対処のしようがあるからだ。

 こっちには数千の軍がいる。

 そしてシャク=シャカもいる。


(……軍)


 そうだ。

 既に数千の軍が森を見張っているのだから、さしものアキやヨルとてそこを素通りすることはない。

 もし彼女たちが現れたのならもっと大騒ぎになっているはず。

 今、窓から見える夜の街は安らかな眠りに落ちている。


 ルーヴェは窓辺に寄り、息を止めた。

 おそらく統合感覚で周囲の状況を読み取ろうとしているのだろう。


「あんまり大きくないけど、たくさんいる」


「……! 小さな恐竜が? たくさん?」


「ん。大きさ……これぐらい」


 ルーヴェが両手で碗を作る。

 少し大きなウサギ程度の大きさ。

 それぐらいなら危険は無いのかも知れない。


 俺はシャク=シャカの言葉を思い出していた。


(檻の中に捕まってるのか……?)


 愛玩用、あるいは解剖用かも知れない。

 明日学者が来るのであれば事前に捕えていてもおかしくない。

 恐竜の子供か、あるいは本当に小型の恐竜だろう。


 その話をするとルーヴェは首を振る。


「違う」


「え」


「そこら辺をちょろちょろしてる」


 俺が火皿を掲げると、ルーヴェのむっつりした顔が浮かんだ。


「外に……二ついる。この家の中に……一、二、三……あ、外、やっぱり五匹いる」


「!? そんなにか!? うぷっ」


 ぴたん、とルーヴェの手が俺の口を塞ぐ。


「! ワカツ。声、大きい」


 ルーヴェの目がじろりと窓を向く。


「見張り、隣の部屋にふたりいる。そのもう一個向こうに、さっきのつよいやつがいる」


(そんなことまで分かるのか、お前)


 ルーヴェに助けられるのは冒涜大陸までだと思っていた。

 まさか霧を抜けた先でもここまで助けられるとは。

 俺は彼女に受けた恩に報いることができるだろうか。


「いま、強いやつがワカの声、気づいた。窓、あっちもあいてるから」


 ルーヴェは声を潜める。


「どうする? 寝たふり、する?」


「いや、起きていよう。たまたま目が覚めたことに――いや、お前が「音が見える」ことまでは向こうに知られてるんだから、下手に嘘はつかない方がいい」


 ここごっ、ここっごっと。

 まるで何かを引きずるような音が近づいてくる。


 俺は居住まいを整え、髪に手櫛を入れた。


「……。ワカ。ゆみ、持って」


「何でだ?」


「来るやつ、すごくつよい。普通じゃない」


 強い奴が来るから身を守るための武器を手にしろ。

 ルーヴェの発想は間違っていない。

 ――冒涜大陸でなら。


「ワカ」


「武器はまだいい。……俺達はここの奴らにメシをもらって、水をもらって、寝床をもらってる」


「向こう、わたしたち殺すかもしれない」


「殺すとしても手順を踏んでからだ」


「てじゅん?」


「強いからってそうそう殺しはできないんだよ。人の世界では」


 重要なのは唐の奴らに『手順』を踏ませないこと。

 俺たちを殺す手順の第一歩は、『俺たちがこの部屋を脱走すること』。

 そこさえ守っていれば向こうも筋を必ず通す。


 ハンリ=バンリにとっての不幸はシャク=シャカがあの場に居合わせたことだ。

 もし彼がいなければ彼女は思うまま俺たちを尋問し、監禁することができたのだろう。

 だが実際には彼がいた。

 唐最強を誇り、いずれの国にも与しない戦士が。

 シャク=シャカが見ている前で俺たちを不当に扱えば制止あるいは告発されるおそれがある。

 だから彼女は待っている。

 俺が下手を踏むのを。


「ルーヴェ。それより灯りを頼む。このままじゃ見えるものも見えない」


 火皿を手にした俺たちは寝室の四隅にある行灯を巡った。

 ぽう、と床全体に光が広がる。




「ワカツ九位ぃ? お目覚めですかぁ?」




 聞こえたのは間延びした女の声だった。

 オリューシアやハンリ=バンリよりやや年上のようだ。

 二十半ばから後半だろう。


 ごご、ずず、と何かを引きずる足音が隣の部屋へ。

 一拍置いて、ぱぱら、ぱらら、と何かが室内を打った。


(?)


 何かを引きずる奇妙な足音は寝室のすぐ傍に。

 ルーヴェは既に剣を握っているが、俺は目で制した。


「入りますよぉ?」


 寝室の扉が開き、女が姿を現した。


 伝統的な唐の民族衣装に身を包む女だった。

 一見すると葦原の浴衣に似ているが、裾が非常に長く、地を擦っている。

 袖もかなり大きく、小股に両手を重ねれば垂れた袖の先端はくるぶしに届くほどだ。

 色は紫陽花あじさいと同じ青。


 女は右肩から先を露出させていた。

 太く、しなやかで、真っ白な腕。

 今にもウツボめいて動き出し、誰かの喉に噛みつきそうな危険な気配を漂わせている。


 女は後ろ腰に一対の曲刀を従えていた。

 鞘に包まれたそれが床を叩き、奇妙な音を発しているのだろう。


「……。あらぁ。やっぱりお目覚めでしたのねぇ」


 女の両目は閉じており、その顔はやや上方を向いていた。

 黒髪は耳元で切り揃えられ、唇には朱を塗っている。

 顔立ちには優美さがあり、声はとろけるように甘い。


(盲目……? いや、その前にこいつ……)


 肌の色が褐色じゃない。

 つまり唐人ではない。

 顔の造りで分かる。エーデルホルンやザムジャハル、ブアンプラーナでもない。

 この女、葦原の人間だ。


「何だかお騒ぎのご様子でしたけれど、蠅でも入りました? それとも熱が出たのかしらぁ?」


「熱は出ていません」


 俺は寝台から立ち上がった。


「……ここに恐竜が入り込んでいます」


「ええ、ええ。存じ上げておりますよぉ」


 ずり、と一振りの曲刀を手にした女がこつこつと床を探りながらこちらに近づく。

 やはり目が見えていないらしい。


(完全に見えてないな、この人)


 この部屋の灯りは扉の隙間から漏れていた。隣の部屋にいる時点で見えていたはずだ。

 なのに、今の今まで俺たちが目覚めているかどうかについて彼女は確信を持てていないようだった。

 瞼の裏で光を感じることすらできないのだろう。


 女は軽い所作で寝室の隅に砂を投げていた。

 ぱぱら、ぱらら、と砂が調度品を叩く。


(……)


 おそらくこの女、『音』を頼りに周囲の状況を把握しているらしい。

 さっき隣の部屋で放ったのもこの砂だろう。

 その反響を聞き取って静物の位置を確かめているのだ。


 翻って俺やルーヴェのような生物の位置は――――おそらく呼吸音で探知している。

 だから部屋に入った瞬間、俺たちが起きていることに気付いたのだ。

 眠っている者の呼吸音ではない、と判断したのだろう。


「ルーヴェ。椅子を」


「あらぁ。すみませんねぇ。……九位ぃ、ちょっと頭を下げてくださいますぅ? ああ、もう少し」


 女は俺の頭越しに礫を放った。

 ぱららら、と雨が戸板を叩くような音が背後で聞こえる。

 大変な生活だな、と同情的な目を向けた俺はふと気づく。


 こいつは今、目が見えていないくせに俺に砂一粒すら当てなかった。


(一歩も動いてないのに俺の頭の位置を正確に見抜いていやがる……)


 彼女はこの宵闇の中でも生物の居場所を正確に探知できるらしい。

 もしもこの部屋から逃げ出せば、彼女に追尾される。

 こちらは灯りがないと三歩先も見えないが、彼女は呼吸音を追ってどこまでもどこまでも俺たちに追いすがるのだろう。


 嫌な奴に見張られたものだ。 

 俺の胸中にほんの少しだけあった憐みと侮りの感情が霧散した。


 椅子に掛けた女が袖を口元へ運び、品よく笑みを漏らす。


「色ぉんな音が聞こえるんですの。ごめんなさいねぇ」


「……ワカツ九位です。そっちはルーヴェ」


「初めましてぇ。私、お二方の見張りと警護を申し付けられました、フソン=ブソンと申しますぅ」


 甘ったるい声の女はルーヴェに顔を向け、軽く頭を下げた。

 ルーヴェは困ったように頭を下げていた。


「フソン=ブソン殿。失礼ですが、葦原でのお名前は? もしかすると存じ上げているかも知れません」


「昔のことは忘れてしまいましたの。ごめんなさいねぇ」


 それと、と美しい唇が言葉を紡ぐ。


「お気遣いなく。どうか自然にお話くださいませ。シャク=シャカともそうだったでしょぉ?」


「それは構いませんが……態度が少々、荒くなるかも知れませんよ」


「うふふ。構いませんよぉ。お若い方に荒っぽくされるだなんてぞくぞくしますからぁ」


「……」


 唐軍は敬語を使わないのが流行っているのだろうか。

 それとも俺が接した奴らが変わり者ばかりなのか。

 いずれにせよ、彼らがいいならそれでいい。


「それで、恐竜の話なんですが」


「ええ、ええ。小さい恐竜がちょろちょろしているようですねぇ。闇に紛れて霧の中から出てきたんでしょうねぇ」


「……! 唐の軍は何をしてるんですか。森を見張ってるはずでしょう」


「あらぁ。さすがにあの広ぉい森全部を見張れはしませんよ。『らぷとる』や『てぃらの』に紛れて出てきたら、取り漏らすこともあるでしょうし」


 それにしても、フソン=ブソンはルーヴェをちらと見上げた。


「さすがですねぇ。てっきり私しか気づいていないものかと。音が見えるというのは本当なのですねぇ」


「何を悠長な……急いで駆除しないと」


「ん~それが難しいんですの」


「は?」


「いえね? あの小さいの、とってもすばしっこいんです」


「いや……いくらでもやりようはあるでしょう」


「こんな夜更けに? そうですねぇ。私やルーヴェさんなら対処できますねぇ」


「……」


「でも他の皆さまにとってはとても難しいんですの。目を閉じたまま、素手で魚を掴むようなものですよぉ?」


「……。いや、待った。それはつまり……」


「今のところ無害なようですから、放っておこうという話になってますの」


「っ」


 それは愚鈍に過ぎるだろう。

 小型でも恐竜だ。

 赤子や女にとっては十分脅威だし、家禽への影響も無視できない。


 俺がそれを伝えると、フソン=ブソンは頷いた。


「そうですね。もちろん駆けずり回って捕まえようとする人もいるにはいますけれど、軍から正式に通達は来ておりませんの」


 俺が思い出していたのはシャク=シャカの言葉だった。

 いずれ唐は恐竜を飲み込む。

 捕らえ、飼いならし、家畜にする。

 既にそれに近い動き――いや、うねりがこの国に生じ始めている。


 恐竜の世界と俺たちの世界は一つに混じり合いつつある。


「……恐竜女の斥候だ。潰した方がいい」


「トカゲさんの斥候ですか? うふふ」


 おかしそうに笑ったフソン=ブソンは袖を口元に添えた。

 恐竜の斥候。

 言ってしまって後悔した。

 意思疎通のまともに取れない恐竜に斥候が務まるわけがないのだ。


「まあ気になるようでしたら窓に板でも――」


 言葉がぶつりと切れた。


「!」

「!」


 ほとんど同時に、ルーヴェとブソンが得物を手にした。

 踏み込み、振り返る。

 初速が早かったのはルーヴェだが、踏み込みはブソンの方が上だった。


 だん、と。

 二人の靴音が重なる。


 次の瞬間、俺は抜剣した二人の姿を目の当たりにしていた。


 直剣と曲刀が光を照り返す。

 ルーヴェに比べて深く踏み込んだフソン=ブソンは大きく足を広げていた。

 舞い上がった裾がひらりと降り、白い足首を隠す。

 ゆらりと寝室の灯りが揺れ、また元に戻る。


 そして――刎ねられた恐竜の首が、ごとんと床を叩く。

 胴体は真横にぱたりと倒れ、床に血が広がった。


 血に濡れていたのはフソン=ブソンの刀だった。


「お目汚し、ごめんあそばせ」


 懐紙で刀の血を拭った女剣士は、ふと手を止めた。

 光を映さない目が恐竜に向けられる。


「ん~? こんなに重かったかしら?」


「! ワカ。これ、さっきのと違う……」


 女二人の反応に、俺は初めて弓を取った。

 火皿を死んだ恐竜に近づけ、その全身を観察する。


「フソン=ブソン。その小さな恐竜の見た目は?」


「色味は確か黄緑だったと聞いておりますねぇ」


「黄緑」


「ええ。大きさは猫ぐらいで、媚竜コンピーなんて名前がついていたかと」


 俺は視線を下ろし、火皿を近づけた。

 大きさは明らかに鶏ほどもある。

 それに体色は――


「こいつは灰緑色だ」


「あらぁ。新手かしら」


 フソン=ブソンは憎らしいほどおっとりした声で呟いた。

 それが確かな剣の腕を持つがゆえの余裕なのか、相対する人間を煽るためのものなのか判断はつかない。


 俺は死骸の前足を掴んだ。

 爪は鋭く、人間の指ほどの長さがある。

 ラプトルに比べ後足が太く、尾が短い。


 ルーヴェは首の方を見つめていた。

 口を開け、その牙を抜いている。


「ルーヴェ」


「これ、あぶないと思う」


「……」


 最初に無害な小型種を放っておいて、警戒心が緩んだところに体形の似た別種を送り込む。

 ――嫌らしいことをしやがる。


「あらぁ。これは良くないですねぇ」


 気のせいでなければフソン=ブソンの声には微かな緊張が見て取れた。

 彼女はすぐさま納刀し、恐竜の頭を掴む。


「ちょっと報告して来ましょうかね」


(……)


 さすがにこの大きさの恐竜が市街地に紛れ込んでいるのなら早々に対策を立てるなり駆除するなりしないと、明日の朝には悲鳴が飛び交う。

 俺だってうかうか眠ってはいられない。

 窓を塞がなければ喉笛を噛み破られるかも知れない。

 そう考えていた俺は、はっと気づいた。


「俺と一緒にオリューシアって女が捕まってるはずだ」


「……そういえば、そうでしたねぇ」


「あっちの寝室にも格子は嵌まってないのか……!?」


「もちろんありませんよぉ。大変失礼ですからねぇ」


 ああ、と彼女は付け加えた。


「ちなみに向こうの見張り、私と違っておめめが見える方ですの」


「?」


「……ワカ」


 ルーヴェが軋ませるように腕を動かし、俺の手を掴む。


「シアの周り、こいつに気付ける人、いない」


「!!」


 寝台で眠るシアに恐竜がにじり寄り、顎を開く光景が想像できた。 

 俺はつかつかと室内を横切り、そのまま食堂を突っ切り、そして――


 あらぁ、とフソン=ブソンが声を投げる。


「そこ、出てしまわれるんですねぇ?」


「っ?!」


 俺はすんでのところで踏みとどまった。

 そうだ。

 俺はここから出るなと命じられている。


 約束したわけではなく、法に則って監禁されている。

 一歩でもこの貴賓室を出れば、それは唐の法典に対する侮辱と解釈される。

 ここまで礼を尽くしてくれたシャク=シャカは敵に回り、ハンリ=バンリは嬉々として俺を拷問にかけるだろう。


「っ……!」


 俺はよろめくように数歩退いた。

 刀で床を探り探りこちらに近づくフソン=ブソンがくつくつと笑いをかみ殺す。


「そうそう。だめですよぉ。出たら腱を切ってしまえと命じられているんですから」


「!」


 ルーヴェが剣を構えたが、フソン=ブソンは軽く殺気を受け流す。


「ルーヴェ。やめろ」


「でも……!」


「シアなら大丈夫だ」


 腐っても精鋭だ。

 それに彼女は俺より気が利いている。

 恐竜が忍び込んだら音の鳴る仕掛けを用意しているだろうし、火も絶やしていないかも。

 暗闇では苦戦するだろうが、少しでも光があれば彼女の剣技で――


「うふふ~」


「?」


「いえねぇ? 何だかあの方、お疲れのようでしたからぁ」


 盲剣士の唇がにたりと動く。




「ハンリ=バンリが――よく眠れるお薬を煎じてあげたって言ってましたの」




「!!」


 俺の心臓が跳ねた。

 その音すら聞き取ったのか、フソン=ブソンは袖で口を覆う。


「深ぁくお休みだと思いますからぁ、恐竜が忍び込んでも目覚めないんじゃないかしらぁ」


「! ……!」


「あらぁ。ずいぶん葛藤なさっているのねぇ」


 心音を聞いた彼女は耳に手を当てていた。


「ルーヴェさんの秘密とやらを白状してくれれば、この部屋を出ても構いませんよぉ?」


「……!」


「別に難しいことじゃないでしょう? 唐の軍ってそれなりに待遇がよろしいんですよ? 冒涜大陸生まれでもきっと良い扱いを受けますからぁ」


「……」


 俺はちらとルーヴェを見た。

 彼女は俺の言葉を待っていた。


「……。俺はこいつに命を助けられた」


「存じ上げておりますよぉ」


「恩は返すつもりだ。あらゆる方法で」


「律儀なことですねぇ」


「こんなやり方をする国に身を任せるつもりはない」


「……」


 ルーヴェ、と俺は問うた。


「ここの軍に入りたいか?」


「いや」


 少女は俺にしがみつく。


「私、ワカとシアがいい」 


 話は決まった。

 ルーヴェは唐には渡さない。


 あらぁ、と剣士は残念そうに溜息をつく。


「では諦められることですねぇ、あちらの女性の方は」


「っ」


 俺はフソン=ブソンを見やった。

 その頬には冷笑が浮かんでおり、彼女が背にする窓の向こうで、一人目の悲鳴が上がるところだった。

 唐の街は悲鳴など気にも留めない。


 朝が来るまで、まだかなりの時間があった。

 手の中に汗が滲んだ。

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