47話 海風に当たって

 琴里はエルに気を使って、屋上にきていた。本部の屋上からは上野のビル街も遠目ながら見える。元は隙間なく建ち並んでいたはずのビル群が、真ん中だけぽっかりとなくなっている。

「琴里、泣かないノ?」

 柵に肘をついてそれを眺めていると、ついてきていたメッシャが後ろから声をかけてきた。

「うーん、なんというか泣けないんだよね。あまりに実感なくてさ」

 琴里はポケットからココアシガレットを取り出し、口に加える。舌で触れると、甘さが口に広がった。

「今でもまだ、美鈴が見えるんだよね。ふと気がつくとそこにいる、みたいな。あ、幻覚じゃないよ?ただ、そういう感覚ってだけ。まだ目には美鈴の姿が映ってるし、美鈴の匂いがするし、手には胸の感触まで残ってる」

 琴里は手で胸を揉む真似をした。別に悲しさを紛らそうとしているわけでもなく、単純にふざけられる程度には正気だった。

「でも、もう美鈴は帰って来ないんダヨ?」

「分かってる。別に現実逃避してるわけじゃないから。でもそれを分かった上で、やっぱり悲しくはならない。悲しくなったところで美鈴は帰ってこないし」

 それが琴里の本心だった。大人に言えば「ゲーム脳だ」と馬鹿にされそうだが、それでも美鈴の死を悲しい出来事にはできない。

「琴里、美鈴のコト、好きなんデショ?」

「えっ?……いや、やだなー、言ってることが分からないなー」

 美鈴との関係は誰にも言っておらず、また言う気もなかったので、急にメッシャに指摘され、はぐらかそうと思ったものの棒読みになってしまった。

「だってホラ……昨日の夜、シてたデショ?」

「~~~っ!?」

 メッシャの発言に琴里は顔を真っ赤にし、声にならない声を出した。

「なっ!なっ!なんであんたがそれ知ってんのさ!」

「だって、美鈴たちの方カラ、色々聞こえてたヨ。美鈴の気持ちよさそうな声トカ……」

「わかった!わかったからもういい!!」

 琴里は恥ずかしさに耐えきれずに更に顔を赤くしてメッシャの話を遮った。メッシャはなんだかんだいじるのを楽しんでいる。天然そうに見えて意外に腹黒かもしれない。

「……あんたは同性愛者についてなんとも思わないの?」

「思う、思わないの問題じゃナイヨ。ダイバーシティ、これ、大事」

 メッシャの言うとおりなのだが、この意固地な島国は200年経ったところで根底は何も変わっていない。男が全員兵隊にとられれば同性愛が増えても不思議はないと思うのだが、それでもやはり滑稽なことに、この国はこの国の道を行く。

「好きな人、死んじゃったのに悲しくないノ?」

「さっきも言ったじゃん。美鈴のことは好きだし、もう二度と抱けないのは心残りだけど、でも美鈴の死が悲しいものだとは思えないんだよね」

 それでもやはりメッシャは首を傾げている。まあ、琴里自身も分かっていないのだから当然と言えば当然なのだが。

「もしさみしくなったらあんたを襲うかも」

「Wow、琴里ならワタシも受け入れちゃうかもしれナイ」

 この状況で二人が笑っているなんて、端から見れば変かもしれないが、これが琴里たちなのだ。琴里は自分の気持ちを改めて整理できたところで屋上を後にした。もう既に、メッシャやハクトをどういじろうか、なんてことを考え始めていた。


 琴里の帰った後、メッシャは屋上で一人、対飛来兵器特別攻撃隊のものではないインカムを通じて誰かと話していた――。

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