48話 ハクトの過去

 部屋に二人きりで残されたエルとハクトは、そのまま暫くお互いに別々の方向を向いて押し黙っていたが、エルがその静寂に耐えかねて、立ち上がってハクトの前に歩いた。

「ハクト、お前にも謝っておかなければならない。美鈴を守れなくてすまなかった」

「……エルのせいじゃないよ。これは戦争なんだ。誰か一人のせいじゃない」

「だが、あの時取り乱していたろう。それだけ悲しんでいるということなんじゃないのか」

「悲しいっていうのもあるけどね。でも僕の場合はそれだけじゃないんだ」

 ハクトはうなだれた姿勢のまま、ふう、と一息ついて話を続ける。

「PTSDって分かる?……いや、分かるか。エルだもんね」

「うむ。心的外傷後ストレス障害だな」

「僕が小さい頃、家に空き巣が忍び込んだことがあってね。空き巣が入っている時に丁度僕ら家族が帰ってきちゃったんだ。そして――」

 ハクトは数秒間を空けた。

「――そして、空き巣は母さんと父さんを、僕と妹の目の前で殺したんだ」

 話しながらハクトは、小刻みに肩を震わせていた。それに気付いたエルは横に座り、その背中をさする。

「いや、父さんは殺されたというより壊されたっていうのかな。父さんがロボットだってことはその時初めて知った。母さんの方は刃物で体中刺されてて、それで……」

 ハクトは話の途中で口を押さえて咳き込んだ。吐き気を催しているらしかった。

「ハクト、無理して話さなくてもいい」

「……その時から人が死んだりすることに敏感になって……最近は大丈夫だったんだけど美鈴が目の前で死んじゃってまた……」

「分かった。分かったからもう話さなくてもいい。それ以上はもう辛いだけだろう」

「そういうことだから、あの時取り乱してエルに迷惑かけたかと思って……本当にごめん」

 ハクトは潤んだ瞳でエルを見上げた。背の低いエルを見上げなければならないほど、ハクトは低くこうべを垂れていた。

「それこそお前のせいじゃない。仕方のないことだ。私が許されるならお前が許されないはずがない」

「ありがとう」

 ハクトは若干表情が柔らかくなったものの、まだ姿勢は低いままである。

「……ハクトの過去を聞いたんだ。私も少し過去の話をしようか」

「エルの過去?」

「そうだ。多少長くなるかもしれないが、私のこと、私の星のことを、ハクトにも少し知ってもらっておいてほしい」

「……分かった。聞くよ」

 ハクトと目を合わせ、少し頷くと、エルは天井を見上げて思い出しながら語り始めた。

「物心ついたとき、私は施設にいた」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る