45話 惨事

「兄……って?」

「いいから、まずは取り押さえろ」

 琴里の頭は情報を処理しきれずパンクしているが、エルは問答無用で加勢を要求する。釈然としないままにメッシャと共に押さえるのを手伝い、やがて軍の下っ端たちが身柄を引き取りにくるまで必死で思考を巡らせていた。

 手伝う必要がなくなり、やることがなくなってしまってからも、琴里はなお考えていた。

「ねえ、エルのこと、美鈴はどう思う?」

 琴里はいつもは横にいるであろう美鈴に話しかけたが、返事が返ってくるはずはなかった。琴里はその事実を思い出し、衝動的に倒れている美鈴の元へと駆けつけた。

 もう服に付いた血は黒くなって、バリバリになっていた。美鈴の首は前に180度折り畳まれ、その顔は自分の胸板にめり込んでいた。腕と足はあらぬ方向に曲がり、胴体も骨が砕けているのかあり得ないほど潰れていた。

 『例えば、殴られれば直接肌には触れないとのの、その殴られた衝撃は身体にくる』粒子障壁について、一番最初にエルがそう言っていたのを思い出した。今まで負けなしで勘違いしていたが、これは戦争なのだ。自分たちは無敵でもなんでもない。いつ誰が死んでもおかしくない状況であることを、まざまざと見せつけられた。

 琴里はその手を首の骨が飛び出したうなじに当てた。案の定、冷たくなっていた。

「美鈴」

 琴里はまるで美鈴が生きているかのように話しかける。涙は出なかった。悲しいとすら思えなかった。あまりに突然に色んなことがありすぎて、感情が追いついていなかった。

「美鈴……すまない」

 気がつくと隣にはエルとメッシャがいて、エルが美鈴に向かって深々と頭を下げていた。

「私がもっとお前たちに気を配っていればこんなことには……」

 エルは柄にもなく肩を震わせている。

「エルが悪いわけじゃないよ」

 庇ったのは琴里だった。

「美鈴はここで死んじゃう運命だった。それだけの話だよ。だからエルは悪くない」

 エルは琴里の慰めに反応を示さず、そのまま黙って飛び立ってしまった。多分、そのまま本部に帰ったのだろう。

 すぐにここにも下っ端隊員たちがやってきた。そして、美鈴の亡骸を毛布にくるみ、運搬用の電磁ボードに乗せた。

「丁寧に運んで上げて」

 それだけ隊員に告げると、琴里はメッシャと共に本部へ帰るために飛び上がった。地上には大量の遺体と、蟻のように遺体を回収する隊員の大群が散らばっているのがよく見えた。

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