42話 無慈悲なる一撃

 エルの目にはそれがスローモーションに見えた。アームは二人に向けて振り下ろされたが、美鈴より一段高いところでホバリングしていたメッシャは間一髪直撃を免れた。

 ゴッ……という鈍い音がし、アームが過ぎた後、そこに美鈴の姿はなかった。振り下ろしきった兵器のアームには、少量ではあるがぬらりと光る赤い液体が滴っていた。

 一秒遅れて背後から激突音がした。焦りに任せて振り返ると、そこにはビルの壁面に叩きつけられた美鈴の姿があった。ビルは蜘蛛の巣状にひび割れ、その中心に美鈴がめり込んでいた。

 どこから血が出ているのかは分からないが、そのフリフリのスカートとブラウスはじわじわと赤く染まり始めていた。そして、その数秒後、ひび割れた壁面と共に数十m下の地面に落下し、叩きつけられた。詳しく見るまでもなく、死んでいるのが分かった。

「……っ、総員!退避!退避!」

 それだけ叫ぶのがやっとだった。エルでさえこの有り様だ。他の二人がショックを受けていないはずはなかった。特に、ハクトは髪の毛を逆立たせ、普段のハクトからは想像もつかないような叫び声を上げた。

「うわあああああああああああああああああああああああああああああ」

 ハクトは叫びながら、着地した兵器に向かって突っ込もうとした。エルは慌ててハクトの前に出てハクトの身体を抑えた。

「馬鹿!お前まで死ぬ気か!突っ込んでもどうにもならない!」

「こいつは美鈴を殺したんだぞ!美鈴をっっ!!!」

 ハクトは止めようとするエルの手を振り解こうとがむしゃらに暴れる。眉を寄せて眉間の皺を深め、目を吊り上げ、口から唾液が漏れ出るのも構わず、ただただ叫んだ。エルにもその一言一言が痛い程伝わっていた。

 ハクトの荒れ狂う拳や足はエルの頭や腰に幾度もぶつかった。アドレナリンが以上分泌され、痛覚が鈍感になっていて分からないが、一つ一つの打撃はエルの心も身体も傷付けた。

 ――こいつはもう正常な判断力を失っている。ハクトを引き留めている間、エルはそう悟り、視線を落としながらハクトの鳩尾を殴った。ハクトは一瞬呻き声を上げたのち、完全に気絶し、エルの腕に全体重を預けた。これ以外の最善の方法がエルには見つけられなかった。

 エルはそれを充分兵器から離れた安全だと思われるビルの屋上まで連れて行ってそこへ下ろすと、踏ん切りをつけて未だ暴れる兵器の方を振り返り、顔を引き締めて気持ち新たに無線を入れた。

「体制を立て直すぞ」

 自分でも驚くほど震えた声だった。無線越しに、美鈴の遺体を遠くから複雑な感情で眺めている二人が唾を飲む音が聞こえた。

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