29話 ケーキ作り

「ハクト、生地を流し込んでくれ」

「了解っと」

 台所にはエルとハクト、二人が立っていた。ハクトは言われた通り、ほのかにバニラの匂いのする生地を型に流し込んだ。

「あとはオーブンで焼くだけだね」

 ハクトはミトンをはめ、型を置いたトレイを持って、余熱してあったオーブンを開け、素早く中に入れた。妹の誕生日にはいつもハクトがケーキを作っていたものだから、多少はこういうことにも慣れている。

 ちなみに、なんのためのケーキかと言うと、「このチームで初めて兵器に勝利した記念」だそうだ。琴里やなんかにしてみればただケーキを食べたいだけのような気もするのだが。

「焼き上がったらクリームを泡立ててデコレーションして完成だ。私は暫く実験室の方にいるから、見ていてくれ」

 エルはそう言いつつエプロンを外し、キッチンを後にした。

 ――ただ、スポンジを見ていると言っても、焼いている間は特にすることもない。強いて言えば最後の方に焦げてないか確認する程度だ。

「ハクトさん」

 ハクトが暇を持て余してスマホをいじっていると、廊下の方からハクトを呼ぶ声が聞こえる。その方に目をやると、エプロン姿の美鈴が立っていた。

「って、うわあぁあ!?何その格好!」

 エプロン姿、とは言ったが、胸の上から太ももまであるエプロン以外は素肌が剥き出しで、いわゆる裸エプロンというものにハクトには見えていた。

「琴里ちゃんが『料理をするのはこの格好が普通だ』って教えてくれたので……」

「あいつ……また変なことしやがって……いいから早く服を着てくれ!」

「服?服なら着てますよ?それとも何かおかしいですか?」

 美鈴はエプロンの裾を掴んで横や後ろを向いて見せた。

「ちょっ!急に後ろ向かないで……ってあれ?」

 ハクトは逸らし損ね、モロに美鈴の後ろ姿を見てしまったが、そこにはお風呂で見たような麗しい背中はなく、薄いピンク色のタンクトップとホットパンツをしっかり身につけていた。状況を理解したハクトは自らを恥じて顔を真っ赤にする。

「……大丈夫ですか?」

 変なことを考えていたにも関わらず、純真に心配されるのも情けない。

「そんなことより、何かお手伝いすることはありませんか?」

 落ち着いたハクトに美鈴が本題を持ち出す。

「うーん……もう生地も焼いちゃったし……後はスポンジを冷ましてデコレーションするだけだから」

「じゃあデコレーションだけ手伝います!」

 美鈴は腕まくりをして(袖ないけど)オーブンの前でスポンジが焼けるのを今か今かと待った。


 焼き上がりと共になんかよく分からないメロディがオーブンから流れ出す。――というかいちいち説明しなくても分かって頂けるとは思うが、先ほどからオーブンと言っているこの箱は電子レンジであり、それのオーブン機能を使っているだけである。

「焼けました!ハクトさん焼けましたよ!」

「どれどれ……?」

 ハクトは引き出しから竹串を取り出し、ちょっと茶色になったスポンジに刺した。

「な、何してるんですか?」

「生焼けになってるといけないからね。こうして刺して、何もくっつかなければOK。大丈夫そうだね」

「おおー!なんかそれっぽいですハクトさん!」

 それっぽいとはどれっぽいのかよく分からないが、とりあえずスポンジはオーブンから出し、生クリームと泡立て器とボールを調理台の上に置いた。

「そしたら泡立て器で生クリームを泡立てていこっか」

「このまんまじゃ使えないんですか?」

「このままじゃ流石にね……」

 ハクトは箱入り娘の天然発言に苦笑しながら、クリームをボールに入れて泡立て器を美鈴に渡す。

「これでかき混ぜてご覧?」

「えっと……どうやるんですか?」

「どうやる?うーん、難しいなあ、こんな感じで……」

 ハクトは美鈴から返された泡立て器を右手で持って、左手にはボールを持って、奥に向かって楕円を描くように右手首を動かす。シャカシャカシャカ……と泡立て器がボールにぶつかる音がリズミカルに聞こえる。

「――と、こんな感じ」

「なるほど!やってみます!」

 美鈴はハクトがやるのを見て簡単そうだと思ったのか、すぐさま泡立て器を手に取り、かき混ぜ始めた。……が、泡立てるというよりも混ぜてるだけになっている。

「ハクトさんみたいにうまくできません……」

「んー、左手でボールを押さえるといいと思う。右手は回すよりも前後に素早く動かすイメージで」

「前後に素早く、前後に素早く」

「動きを細かくしないとクリームが飛び散っちゃうからね……」

 とハクトが言い終わる前に、既に美鈴はクリームを巻き散らかし、クリームは机やらハクトやら美鈴自身やらに飛び散った。惨事を見た美鈴はイタズラをした後の子猫のようにうるうるした目でハクトの顔を見上げる。

「あちゃー……まずはシャワー浴びて服着替えた方がいいね」

 美鈴はモロに被ったせいで、エプロンはおろか腕や顔にまでクリームが付着していた。

「ここは僕がやっとくから」

 ハクトはうじゅうじゅして固まっている美鈴からボールと泡立て器をそっと取り上げて調理台に置いた。

「あーあ、こりゃ派手にやっちったねー」

 ふと廊下を見ると、琴里が柱に肘で寄りかかっていた。

「シャワー浴びるんでしょ?あたしが流したげる」

 琴里はずかずかとキッチンに入ってくると、まだグズっている美鈴の手を引いてお風呂場へと向かった。

 ――さて、どうしようか。

 机と床に散乱したクリームを見て、布巾を片手に苦笑するハクトであった。

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