21話 エル先生のスパルタ訓練

 また翌日も飛行場にて飛行ユニットの訓練が行われた。今回は最初の訓練のときと同じように、洋服と一体化した装置を身につけた。お三方の分も私服がしっかり再現されていて、メッシャがTシャツと短パン、琴里が黒のタンクトップと緩いトレーナーにピンクのフレアスカート、美鈴が薄ピンクのブラウスに黄色いホットパンツだ。さらに今回はブレスレットやチョーカーのようなものもセットになっている。

 もちろん、装置を装着するには一端服を脱がなければならないのだが、エルどころかお三方も、だだっ広い飛行場で人目も気にせず堂々と着替えている。対するハクトも、正直女の子の生着替えに慣れ始めて、自身もさっさと着替えて訓練の準備を整えた。

「今日は実践的な飛行訓練を行うぞ。まずは高度2000m近くまで上昇、降下する。まずは装置のスイッチを入れろ」

 エルのジェスチャー通り、手首のブレスレットにあるスイッチを入れる。すると、ブゥウウンという音と共にブレスレットとチョーカーが光り、全員の左手首に画面が現れた。

「うわあ、何これ」

 ハクトは思わず驚きの声を上げる。

「今回から粒子障壁……見えない壁を使用する」

「見えない壁?」

 エル以外の全員が理解できずに首を傾げる。

「首、手首、足、それぞれの装置から電磁波を発生させて、そこにテリーヌファレンの粒子を放出する。すると、粒子が透明な壁となって物体が通り抜けられなくなる。見せた方が早いだろう」

 そう言うと、エルは持ってきたエコバックからナイフを取り出し、自らの手首に突き立てた。

「ちょ……何してんの!?」

 ハクトは焦って目を見開いたが、ナイフはエルの腕に触れもせず、5mmくらい離れたところに留まっていた。

「別に私が寸前で留めているわけではなく、粒子に当たって留まってしまうのだ。なんだったらやってみるか?」

 エルに言われハクトも恐る恐るナイフを握り、エルの手首に近づける。だが、やはり5mmほど離れたところで、何かにぶつかった感触はあるものの、ナイフ自体は空中で留まっている。

「すごいネ!これがあればサイキョーだヨ!」

「今のような刃物や炎なんかはこれで防ぐことはできるが、単純に肌に触れさせないだけで衝撃を打ち消すわけじゃない。例えば、殴られれば直接肌には触れないとのの、その殴られた衝撃は身体にくる。そういう意味では無敵ではない。それと後もう一つ」

 エルはそう言いかけてハクトの方に近寄り、不意にハクトの右手を掴んだ。

「え、あの……エル?」

「このように、原理は解明されていないが、生物であればすり抜けてしまう。生物兵器なんかを持ち込まれれば意味を成さないだろう」

 ――あ、その説明のためか。

 腕を掴まれて深く考えたハクトは顔を赤くして黙り込む。

「そして、琴里、お前は垂直維持装置を起動しろ」

 エルが手首の画面を指差しながら言う。琴里が画面をタップすると、複数の項目が画面上に現れ、琴里はその中の「垂直維持」をタップした。

「じゃあ琴里、一回後ろに倒れてみろ」

「え、後ろに?」

「大丈夫だ。絶対に転べない」

 エルの自信に満ちた物言いに押された琴里は、ビクビクしながらも後ろに身体を倒した。――しかし琴里の身体は地面に倒れることなく、自然と直立の状態に戻った。

「このように、服の肩に埋め込んである装置で横方向へのずれは補正できる。体を上向きにしての移動をしたいときは便利だ。それに、琴里のようにアンバランスでも転んだり墜落することはない」

 年下のエルにアンバランスだなんだとズバズバ言われ、琴里は面白くなさそうな顔をしている。

「琴里以外は基本、垂直維持装置は使わずに飛行訓練を行う。もし落下しそうになったりしたときは落ち着いてこれを起動させろ」

 琴里以外の全員も、パネルをタッチして起動のボタンの位置を確かめた。

「パネルに浮遊装置の電源もあるだろう。それも入れろ」

 エルの指示で、垂直維持と書かれたボタンの隣にある浮遊というボタンをタップした。すると、靴のような装置からモーターのような音が出始めた。

「さて、これから飛ぶわけだが、飛ぶ際にはゆっくり加速するように。急にトップスピードを出したら頸椎が折れて再起不能になるぞ」

 淡々と説明されているが、なんだか怖いことを言ってたけどやしないか。

「ちなみに、つま先を伸ばした状態での最高速度は200km/hだ。旋回時にもGで潰れない程度には加減してある」

 200km/hと言えば新幹線と在来線の境ではあるが、イマイチピンと来ない。青森~東京間と東京~博多間はすっかりリニアに取って代わられ、特に東海道新幹線に至ってはカーブが多く使い勝手が悪いため、大改修に伴ってルートはそのままに在来線化してしまった。

 そんなご時世に200km/hと言われてもあまりピンと来ないのは当然と言えば当然である。

「まずは数十cmのところで体を慣らすぞ」

 エルの合図で一斉に浮き上がる。ハクトもフラフラながらもなんとか滞空している。

 琴里も、垂直維持装置のお陰で空中に立っているのではと思うくらい安定している。

「では上昇する。バランスに気をつけながらつま先をだんだん伸ばしていけ」

 そう言うとエルはどんどん浮き上がっていく。それを追うようにハクトたちもつま先を伸ばして速度を上げた。加速し始めはバランスがとりにくく、フラフラしていたが、速度がのってくると次第に体も安定してきた。東京の街がみるみる眼下へ遠ざかってゆく。

『そろそろ減速するぞ。急に止まらないように気をつけろよ』

 突然チョーカーからエルの声が聞こえる。どうやら無線機能もあるようだ。

 そのすぐ後に、先行していたエルが減速するのが見えて、ハクトはゆっくりつま先を戻……そうと思ったのだが思いの外早くつま先を戻してしまって、慣性によって首と背中に激痛が走った。

「ひぐぇっ」

 ついでに変な声も出た。

 お三方もハクトほどではないが、やはり戻し方が早かったらしく、ゆっくりブレーキをかけたエルよりも遥か下に留まっていた。

『そしたら今度はつま先を上に曲げて降りるぞ。あまり速度を出し過ぎるとそのまま地面に突き刺さるから気をつけろよ』

 またもエルの声が聞こえ、エルがだんだんと下がってくるのが見えた。……今更だが、エルが着ているのはダボダボの白衣一枚なので、下から見ると諸々見えてしまっている。スカートを穿いている琴里も然りだ。ハクトは軽く目を背けつつ、自らの下降に専念する。

 建物の十階くらいでブレーキをかけ、その後はゆっくりゆっくり降りていく。そして足が地につくと、たった数分飛んでいただけなのに何故か懐かしい気持ちになる。

 後からお三方とエルも降りてきて、飛行訓練は終わった――と思ったのだが、エルは「今度は地面と平行方向に飛行する訓練をするぞ。琴里以外はもう一度準備しろ」と当たり前のように言うではないか。

 もう既に神経をすり減らしたハクトたちは冷や汗をかきながらもエルの指示通り、残りの練習に勤しんだのだった。

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