13話 試運転

 じりりりりりりりりっっ...。

 けたたましくケータイのアラームが鳴り響く。

 ぴっ。

 ハクトは目を擦りながらケータイのアラームを止めた。

「どれだけ大きな音を出さねば起きれないのだお前は」

 霞んだ視界に入ったのはもうすでに白衣に着替え終え、シリアルを口にしているエルだった。

「ごめん、どうも寝起きが悪くて」

 ケータイのアラーム音量は最大になっている。

 ハクトはこれでも十日に一回は起きれない。

「早く練習を初めないと習得できないぞ」

 エルはシリアルを食べ終え、お皿を片付けにキッチンへと歩いていった。

 嫌だなあ...。

 ハクトは鬱々とした気分を押し込め、渋々着替えを始めた。

 今日のテストは例の機械の機能テスト、そしてハクトの操縦テストでもある。

 いつものようにワイシャツを身に着けた。

「さ、準備が出来たら行くぞ」

 エルに急かされるままに複雑な建物を飛行場に向かってとぼとぼ歩く。

 階段を上り、屋外へ出るとそこは飛行場のど真ん中だった。

「ここへ繋がってるんだ...」

 何せ毎日食堂と寮の行き来しかしていなかったので、建物の構造なんか頭に入れる必要性はなかった。

 つまりここに関しては事前に調べていたエルの方が詳しいことになる。

 この施設の者ながら情けない。

 そして、飛行場の広大な滑走路のど真ん中に昨日の機械がこじんまりと置かれていた。

 しかし、昨日見たスーツの他にもうひとつ、ワイシャツ型の機械が置いてある。

「さあ、さっさと着て練習するぞ」

 そう言うとエルはそのワイシャツ型の機械を手に取った。

「え?エルも飛ぶの?」

 ハクトが素っ頓狂な声を上げると、エルは澄ました顔で振り返った。

「そりゃあ、操縦の仕方を知っているのは私だけだからな。まあ、これを使うのは久しぶりだが、まあ大丈夫だろう」

 そう言って、エルはおもむろにもともと着ていたワイシャツを脱ぎだした。

「ちょちょ、ちょっと待ってっ。まさかここで着替えるのっ?」

 ハクトは慌てて後ろを向いて叫ぶ。

「別にいいだろう。この滑走路は貸しきっているわけだし、誰も見てやしない」

「そりゃそうかもしれないけど...」

 エルは気にしてないかもしれないが、ハクトはエルの目の前で着替えるのに抵抗がある。

 何せ、相手は十四歳、思春期真っ盛りの女の子なのだから。

 そうでなくても女性の前で着替えるのは気が引ける。そのせいで中学の頃はよく苦労したものだ。

「それよりも着るのを手伝ってくれ。一人じゃ時間がかかってしょうがない」

「え、ででも」

「早くしろ」

 仕方なし二エルのほうを向きなおすと、既にワイシャツを着終わり、後は機器の装着だけらしかった。

「その腰のコードを股下のところに接続してくれ」

 言われた通りにコードを持つが、やっぱり股下に持っていくのはハクトには厳しい。

「何をもたもたしている」

 ハクトは意を決してひらひらしているワイシャツの裾の奥に手を突っ込み、無我夢中でくっつけた。

 幸い、変なものは目に入ってこなかった。

「次はお前が着替えろ」

「わ、わかったよ」

 とハクトはおずおずと着替えようとするが、エルはじっとハクトの方を直視している。

「あの、ちょっと向こうむいててくれない?」

 しかしエルは首を横に振る。

「だめだ。正しい着方をしているか監視しないとな」

「うっ..............」

 男と言えど、他人に着替えを見られるのはいい気がしない。

 背中にじっとりとした汗をかきながらズボンとシャツを脱ぐ。

 そして、エルの持ってきた、なんか色々とくっついている服(見た目は今脱いだものと同じなのだが)をすごすごと着始める。

 普通に、ボタンを閉め、ベルトをし、チャックを閉める。

「あとは...」

 エルは無言で近付いてくると、躊躇いもなくハクトの股下に手を突っ込み、一瞬でコードを繋いだ。

「はうぅっ!?」

 股間が締め付けられ、変な声が漏れてしまう。

 ___想像以上に痛い。

「こ、これ、すごいキツくない?」

 ハクトが眉を下げて言うと、エルは腰に手を当てながらため息をつく。

「安全対策だ。我慢しろ。そのうちなれる」

 そう言って、つかつかと飛行場の真ん中付近へ歩いていく。

 ハクトもそれについていくと、しばらく行った所でエルが立ち止まり、振り返る。

「では、テストを始める」

「う、うん」

「まずは右足膝にあるスイッチを押す」

 エルはそう言ってかがみ、スイッチを押す。

「そしたらつま先を下に向けると浮上、上に向けると降下だ」

 そう言いながらエルは足を肩幅くらいに開き、若干つま先立ちのような格好をする。

 すると、その体はみるみる空中に浮いて、つま先を平行にするとそこに留まった。

「角度で速度が変わるから気をつけろよ」

 エルが思いっきりつま先を下に向けると、風を巻き上げながらミサイルのような速さで空へ昇っていった。

 そして、すぐに同じくらいの速度で急降下してきて、つま先の加減で、またハクトの胸くらいの高さでまたぴたりと止まった。

「この前作ったマムヌステンを燃料とした人体浮上装置だ。つま先の装置にセンサーが取り付けられていて、体重とつま先の向きから、マムヌステンの爆発を制御する。その爆発で周りの空気を推進力とする。マムヌステンは再利用する。」

 相変わらず淡々と言うので、ハクトが理解するのは難しい。

「本当なら前後左右のバランスをとるエンジンも取り付けるのだが、バランス感覚が悪いとそのままどこかにぶっ飛ぶ可能性があるからな。まずは上下動だけでバランスを鍛えろ」

「うん、わかった」

「じゃあやってみろ」

 エルに言われて、ハクトはさっき見たようにスイッチを入れ、恐る恐るかかとを上げる。

「!!?」

 すると、角度をつけすぎたのか、思いっきりマムヌステンが噴出し、バランスを崩して背中から地面に落っこちた。

「いっつ...」

 エルが近付いてきてハクトの装置のスイッチを切る。

「ほれ、やり直し」

 その後も、ハクトは顔から手から落っこちてばっかで擦り傷だらけになったが、一時間も練習すると、かろうじてだが、地上1メートル付近で静止することができるようになった。

「初日はこんなものか。撤収するぞ、ハクト」

 ハクトが反応する前にエルはスタスタと歩いていってしまい、再びハクトがそれを追いかける形になる。

 ようやく体を締め付けていた安全器具を外せて、ハクトはその開放感についため息が出た。

 エルも安全器具を外すが、確固として始終真顔のままである。

 しかし、ハクトは知らない。

 器具を外したとき、その下の地面が濡れたことを...。

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