14話 お仲間集結

 土曜日になった。

 ハクトはパリっとしたスーツを着て、昨日作成した名刺を財布に入れる。

「じゃあ行ってきます」

「ああ」

 相変わらず仏頂面のエルを横目に、ハクトは実験室を後にする。

 目的地は最寄り駅、豊洲。

 あの三人の少女が来るかもしれない日なのだ。

 多少の期待と、漠然とした不安で、少し息が荒くなっている。

 運河を渡り、いくつか公園の横を通り、豊洲駅前に辿り着く。

 改札へと続くエスカレーターの前に行くと、さっそく人の姿があった。

「御七後さん!」

 待ち合わせ時間のかなり前にいたのは、あの弓道の少女、御七後美鈴だった。

「ご無沙汰です」

 美鈴は礼儀正しく頭を下げる。

 釣られてハクトも腰から礼をした。

 美鈴の隣には、白髪の着物を着た純日本人と思しきおばあさんが立っていた。

 美鈴の祖母であろうか。

「はじめまして。この子の祖母でございます、御七後日奈子でございます」

 こちらもまたバカ丁寧で、ハクトはまたもぺこりと頭を下げる。

「軍隊入隊の件はお考え頂けましたか?」

 場を持たせる為に軽い気持ちで聞いてみたのだが、それを聞くと日奈子は顔をしかめた。

「その件については、失礼ですが反対させて頂きます!」

 突然に取り乱して、ハクトは言葉をなくしてしまう。

 美鈴が宥めたことで日奈子は落ち着いたが、依然暗雲が立ちこめている。

「ハクトさん」

「あ、はい?」

 美鈴に呼びかけられ、ハクトはカクカクした動きで美鈴の方を見る。

「お婆様はこう言っていますが、私はそれで地球の為になるのなら入隊してもいいかと考えているんです」

 日奈子は相変わらずブスッとした顔をしているが、孫には何も言わないと決めているらしかった。

「そうだったんですか...。最終的な結論は具体説明を聞いてからにしましょう?ゆっくり決めていけばいいんです」

 ハクトがそう言うと、美鈴は「そうですね」と微笑した。

「ハクトさん」

 後ろから呼ばれて振り返ると、メッシャ=マンペアーとそのマネージャーのカマスが立っていた。

 地下鉄の豊洲駅から来たのだろう。

「わざわざご足労頂きありがとうございます」

 ハクトが頭を下げるとメッシャが「ノンノン」とハクトの肩を叩く。

「私がやりたくてキマシタ。早くエイリアンをノックダウンしたいデス」

 メッシャはとてもやる気のようで、拳を握ってボクシングの真似をしている。

 そういえば、メッシャは宇宙兵器に滅ぼされた旧カナダ、北アメリカ連合王国の出身であった。

 仇打ちをしたいと、そういうこともあるんだろう。

「本人がこう言ってますので、私は応援だけさせて頂きます」

 カマスさんはそう言うが少し寂しそうだ。

 問題は彼女___才場琴里だ。

 正直、彼女が時間通り来るとはとても思えない。

 集合時間まであと五分。

 他の二人を待たせておくわけには行かないので、時間になったら移動してしまう。

 ____後でまたここに来るか...。

「ちーーーっす」

 ハクトの思考を断ち切るように適当な挨拶が聞こえてきた。

「この前話しかけてきたのってあんただっけ」

 琴里はハクトをジロジロ見ながら聞いてくる。

「そ、そうだけど」

「あっそ。じゃあ軍だっけ?早く連れてってよ」

「えっと...親御さんは?」

「親?そんなもんいないよ。一人暮らしだし。もう賃貸解約してきたんだから」

 琴里はチュ○パチャ○プスを咥えながら、抑揚のない声でそう言う。

 ___賃貸解約は流石に気が早いんじゃ...。

 ハクトはそう思ったが、口にはしなかった。

「___では、お三方揃いましたので、本拠地の方へ向かいましょうか」

 そうして、ハクトが先頭に立って元来た道を歩く。

 メッシャは湾岸の街並みにキャッキャし、琴里はイヤホーンをつけてなんかのゲームをしている。

 暫く歩いて右側にある窓の少ない巨大な施設がある。

 ここがアジア及びヨーロッパ連合国軍日本支局日本地区防衛本部だ。

 ガラス張りの正面玄関から入り、全員に来客証を渡し、隊員以外立ち入り禁止の区域に入る。

 白く塗られた階段をどんどんと下りていく。

 コンクリート剥き出しの地下三階へ来ると、段々お三方とその親御さんも緊張に包まれる。

 そして、ハクトは第三実験室と書かれた重厚な扉を開けた。

「どうぞ」

 ハクトがドアを押さえ、全員が通ってから中に入り、ドアを閉める。

 そして、そのまま奥のドアも開き、居住スペースへと全員を通す。

 部屋にはハクトとエルが寝ているピンクと水色のベッド、そして、その間には今日のために入れたしっかりした机が置いてあった。

 ハクトは全員を水色のベッドの上に座るよう誘導する。

「ここって日本軍の宿舎なのですわよね?」

 日奈子がカラフルな部屋を見て、困惑して訊ねる。

「はい...まあ厳密には日本軍ではないのですが...」

 アジア及びヨーロッパ連合国軍日本支局だ、とハクト。

「では上司を読んで参りますので...」

 そう言ってハクトはキッチンへ向かった。キッチンではエルが人数分のコーヒーを淹れているところだった。

「準備できたよ」

「うむ。じゃあそのコーヒーカップの乗った盆を持って行ってくれ」

 エルの指示通り、お盆を持って、お三方とその保護者さんの待つ部屋へ戻った。日奈子はまだかまだかとそわそわしている。

 ハクトはそんな日奈子たちの前にコーヒーを1カップずつ丁寧に置いた。

 全部置き終わったところで、エルが部屋に入ってきて日奈子たちの向かいに座る。ハクトはそれに続き、エルの隣に座った。しかし、向かい合っている者は皆、エルの登場に目を白黒させている。

「あの、この方は...」

 日奈子が我慢しきれずに、エルについてハクトに訊ねてきた。

「こちらは僕の上官で、エルエール=バルルードといいます」

「エルエール=バルルードだ。お見知りおきを」

 またも、向かいはぽかんとした空気で一体感が生まれる。日奈子が何か言おうとする前にエルは続けた。

「私は見た目の通り成人してはいないし、このでくの坊よりもうんと年下だ。だが、俗に言う『天才』なのでな。研究者として軍の大佐の座に収まっている」

「そうだったの!?」

「...」

 エルの「大佐」発言にお三方よりもハクトの方がびっくりしている。いつの間にそんな高いところまで上り詰めていたのか。

 エルはこほんと咳ばらいをして仕切り直し、説明を続けた。

「そして、今回はここに泊まり込みで戦闘員、少尉として私のチームに入ってもらいたいのだ」

「戦闘員、ですか?」

 日奈子が心配そうに訊ねる。

「そう。戦場の前線で私の作った機械を操って敵を打ち倒すんです」

「そんなの危険すぎるじゃありませんか!!駄目です!今回のお話はなかったことにさせていただきます!」

 日奈子が立ち上がろうとするのを、ハクトが頑張って制する。

「安全面については、不測の事態がないかぎり保障する」

「なんでそこまで言い切れるんです?」

 今度質問したのは美鈴本人だった。

「私の作った機械は人体を極限まで守れる。例えば、拳銃で撃たれたとしても死にはしないだろうし、炎に触れても熱くはない。毒ガスの中に入っても息ができるし、剣で切られても無傷だろう」

「そんなことが本当にできるんですか?」

「ああ。独自技術、とでも言っておくかな。とりあえず、それを付けている限りは戦っていても無事は保障する」

「....では不測の事態とは?」

「一つは敵が予想外の攻撃をしてきたとき――例えば原爆を使ってきたのに気付くのが遅れたら、死ぬ可能性はあるだろうな。もちろん、その場合は地上に一般市民としていても死ぬのだが。もう一つは、君たちが勝手な行動をした場合だ。機械の性能や自らの手腕を過信すると、最早安全は保障できない」

「なるほど....」

 ここで、とりあえず安全面の話はなんとか納得してもらうことができたようだ。

 次に発言したのは、カマスだった。

「でも、うちのメッシャはバレーしかできないんですよ。どうやって敵を攻撃するんです?」

 これも事前に想定されていた質問だ。

「今回、攻撃兵器を作るにあたって、君たちの得意分野を再現した兵器を作成した。例えば、メッシャ殿の兵器はボール型の兵器をスパイクの要領で叩くと、それが火の玉になって相手に襲い掛かる仕組みだ。もちろん、コントロールはメッシャ殿自身に託されることになる。美鈴殿の兵器は弓矢をモチーフに、琴里殿はコンピュータを利用した兵器を作成してある。そこは心配いらない」

「作成してあるって、もう作ってあるんですか!?」

 カマスが口を両手で押さえて驚きの声を上げる。

「そうだ。その方が断り辛いだろう?」

 それは言ってはいけないやつだろうとハクトは思ったが、言わないでおいた。

 暫く沈黙が続いたが、それを破ったのは美鈴だった。

「私、やります」

「美鈴....」

 日奈子は心配そうに美鈴を見つめる。

「大丈夫。安全だっていうし、人のために動けるのなら、それ以上いいことはない。そうでしょ?」

「....そうね」

 孫の言葉に、意外に早く日奈子が折れる形となった。

「アノ、私もやりマス!エイリアン、倒しマス!」

 メッシャもかなりのりのりで手を上げている。カマスはメッシャの性格を知っているからか、特に反論するでもなく「じゃあそうしましょう」と同意した。

「最後に、スマホ見てるあなたは?」

 エルが琴里に向かって訊ねる。

「ん?私はもともとやるって言ってるよね?」

 随分適当な物言いだが、これで無事全員入隊が決定したわけだ。

 エルは箪笥から契約書を取り出し、それぞれのサインを貰って事務手続きを済ませると、カマスと日奈子を丁重にお送りするよう、ハクトに指示をした。

 ハクトは何も喋らないカマスと日奈子を連れ、一階へ上がり、玄関を抜け、豊洲駅まで歩いた。

 豊洲駅に着くと同時に日奈子が物凄い勢いで頭を下げた。

「うちの美鈴をどうかよろしくおねがいします」

「は、はいもちろんです!ですからお顔を上げてください」

 日奈子は何度も「お願いします」を連呼しながら、駅のエスカレーターを上がっていった。

 カマスも一言「よろしくお願いします」と言って、地下鉄の駅入り口の方へ歩いて行った。その背中を見送り、ハクトも踵を返し、アジア及びヨーロッパ連合国軍日本支局へと帰るために歩き出した。

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