9話 カタコト少女っていいよね
翌朝、ハクトは少し遅めに軍施設を出た。
昨日調べて分かったことだが、今日国際バレー大会が開催される場所はハクトのいる施設の目と鼻の先にあるのだ。
高架を走るこの列車は昔は新交通システムと呼ばれていたそうだが、今は時代に取り残されたような形となっている。
車体は軋み、人もあまり乗っていない。
台場などにあったテレビ局なども内陸部に移動し、現在では貨物港の職員くらいしか使わない。
目的地にはものの数分で着いた。
駅を出るとすぐ、網目のような柱が特徴の建物が建っていた。
しかし正面入り口には向かわず、職員用の裏の入り口から入った。
今回は前回の失敗を踏まえて事前にアポイントメントを取っておいた。
廊下に出てすぐ目の前にある部屋が事務室だ。
「すみません。軍の臼田というものですが」
軽く声を上げると中からふくよかなおばさんが顔を出した。
「ああ、電話いただいてた臼田さんね。ちょっと待ってて、今これ片付けちゃうから」
見ればおばさんは大量の紙を抱えている。
「すいません、お手数かけます」
「ちょっと、そんな弱腰じゃ地球なんか守れないわよ」
おばさんは豪快に笑い飛ばすと事務室でテキパキと仕事をこなし始めた。
「出来る女」という感じがする。
「驚いた?」
「はい?」
後ろから声がして振り向くと、頬骨の張った眼鏡の男の人がニヤニヤして立っていた。
「あの人はすぐああやって笑い出すからね。初めての人は驚くよね」
どうやらさっきのおばさんのことを言っているらしいとハクトは悟った。
しかし「うん」とも「いいえ」とも言えないので、苦笑いして流した。
「いやあ、ごめん、待たせたね」
さっきのおばさんが戻ってくると話しかけてきた男の人は入れ違いで中に入っていった。
おばさんの後について折れ曲がった廊下を歩いていくと一枚の鉄の扉にぶち当たった。
「この先が試合会場さ。近くで見た方が選別しやすいだろ?」
選別なんて言い方をされると自分が悪いことをしているような気持ちになるが、とりあえずハクトは縦に首を振った。
扉を開けるとそこには熱気がこもっていた。
観客席は百パーセント以上の人を抱え込み、今にもなだれ込んできそうだ。
開会セレモニーは終わっているらしく、観客らは皆選手登場を今か今かと待っていた。
そして、奥の隅にある扉が開くと耳が割れんばかりの歓声が上がった。
隣にいるおばさんも困り顔である。
ハクトはよーく選手を見る。
見る限り茶髪の選手は二人ほどいるようだ。
一人はポニーテール、もうひとりは、
「ショートカット」
ハクトは思わず口に出してしまった。
隣のおばさんが「何の話だい?」と目を細めている。何か変な誤解を招いたかもしれない。
「あの、茶髪でショートカットの選手いるじゃないですか。あの方の名前は?」
「ああ、あの子はカナダ人のメッシャ・マンペアーじゃなかったかな。あのチームで1番強い子だって聞くけど」
説明を聞き、ハクトは彼女に話をしてみようと決めた。
そしてコートでは試合が始まり、激しい打ち合いが始まった。
激しいボールの音がコート内に響き渡る。
しかし、素人のハクトでも一方的な試合だと一目で分かった。
先ほどのメッシャが仲間の上げたトスを勢い良くアタックする。
結局3セット対0セットでメッシャのチームがストレート勝ちを決めた。
選手達はまた奥のドアに戻っていく。
「あの、控え室に案内していただけますか?」
「はいはい、了解ね」
おばさんは観客の歓声に負けないように大きい声で答えた。
後ろのドアから廊下に戻り、コートの外側を歩き反対側に出た。
そこには無数のドアがあり、チーム名の張り紙がしてある。
「あの、さっきの人は...」
「レッドアメリカンよ」
手前のドアはアジアンウェスタンと書いてあるため、ハクトは奥のドアの前に立った。
そしてハクトがドアに手をかけると廊下の奥から声が出てきた。
「すいませーん、こっち手伝って下さい」
「はいはい。呼ばれちゃったわ。後は頑張ってね」
そう言っておばさんは廊下の奥に歩いていってしまった。
一人では心細いが、やらなきゃ仕方がない。
「失礼します」
出来るだけ声を張り上げるとハクトは女の子の喋り声の漏れる部屋に足を踏み入れた。
「きゃっっ」
「パーバートッ(変態)」
部屋の中から悲鳴があがる。
中にいる少女達のほとんどが上半身裸で、互いに汗を拭き合っているところだった。
考えて見れば当たり前だ。女子チームなのだから。
「すっ、すいませんでしたああ」
ハクトは慌てて下を向くと勢い良くドアを閉めた。
...やっちゃった。
どう繕おうか考えているとゆっくりドアが開き、ユニフォームのズボンとTシャツを着た女の子が一人出てきた。
「あ、えっと、さっきは本当にすみません」
ハクトは彼女に向かって丁重に頭を下げた。
「いやいや、そんなに謝らなくても大丈夫ネ。よくあることだから気にしない」
片言ながらも少女は日本語をペラペラと話す。
「あの、あなたはメッシャ・マンペアーさんで間違いないですか?」
「そのとーりデス。私に何か用デスか?」
相手から聞かれたので、ハクトは本題へ入ることにした。
「僕は軍の臼田ハクトです。実はあなたを連合軍に入れたいと上司が申してるんです」
ハクトは「上司」と口にして引っかかったが、そのまま続けた。
「私をアライドフォーサーズに入れるデスか?」
予想していた通りメッシャは目を丸くして驚いている。
「ワイ?私、バリボーくらいしかできないデスよ?」
「いや、それで良いんです。バレーさえできれば」
ハクトは笑顔で首を縦に振った。
「少しでも興味が出たら今週の土曜日に豊洲駅に来てください」
「トヨス...デスか?」
メッシャは首を捻っている。
「あ、日本人のマネージャーさんとかいます?」
「オー、マネジャーは外でスモークしてるはずデース」
相変わらずルーなんとかさんのような喋り方でメッシャはハクトにマネージャーの場所を教えてくれた。
銀色の階段を抜け、鉄の戸を開けると半屋上のような場所に出た。海の風が体に強く当たってくる。
細長い外周通路のようになっていて、その右端に金髪の女の人が立っていた。
「カマスさんですか?」
言われた場所にひとりしかいなかったのだからほぼ間違いないだろうが、念のためハクトは確認した。
「ええ、そうですけど、どちらさまで?」
「紹介遅れました。連合国軍の臼田ハクトと申します」
お腹に手を当てて深々と礼をする。
「軍の方がなぜこんなところへ?」
カマスはタバコを灰皿スタンドへ押し込んだ。
「実は、メッシャさんを軍に入れたいのです」
「メッシャを?」
ライターをいじっていたカマスはライターを落としそうになった。
「なんでまたあの子を?国も違いますのに」
そう言われればそうだ。
メッシャはカナダ、つまり北アメリカ連合国出身なのだからだ。
「それにバレーしかできませんのよ?ましてや戦場入りなんて」
「わかってます。でも、上司が彼女を欲してるんです」
もちろん、あくまで上司が言ったことを強調する。
暫くライターをカチカチやっていたカマスだったが、ガスが切れたのか遠くのごみ箱めがけてライターを投げた。
「わかりました。メッシャの意思を確認した上で決定しましょう」
「ありがとうございます」
ハクトは腕をぴったり体の脇にくっつけて三回礼をした。
「話がまとまりましたら土曜日、8時に豊洲駅に来てください。もちろん、来たくなければ来なくても結構ですから」
「土曜日8時に豊洲駅ですね。了解です」
カマスはメモを取るとポケットからタバコを取り出した。
「臼田さんも吸います?」
とカマスが薦めてきたが、タバコの苦手なハクトは丁重に断ると逃げるようにその場を後にした。
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