8話 宇宙人て予知もできるんですか

 隊員用出入り口から入ってすぐ左の階段を一番下まで駆け下りる。

 右側に見える「第三実験室」という文字の下のドアを勢いよく開ける。

「ただいまっ」

 ハクトは声を張り上げた。

 が、そこにエルの姿はない。

「あれっ?」

 すっかり熱が冷めてしまったハクトはとぼとぼと寝室へ向かった。

 ドアを開けるとエルが机に突っ伏して眠っていた。

 普段の態度からは逆らえないような印象があるが、こういうところは普通の女の子なんだなと感じる。

「すーすー」

 静かな呼吸をずっと繰り返している。

 ぷにぷにしたほっぺを腕の中に沈めて寝ている姿はいつまでも見ていたいほどだ。

 ハクトはエルが起きないように棚から毛布を取ってくると、静かに背中に掛けてあげた。

 一瞬ピクッと肩を震わせたが、また寝息を立て始めた。

「お疲れ様」

 ハクトは微笑みながら囁くと、コーヒーを淹れるためキッチンへ向かった。

 可愛い色のマグカップにインスタントのコーヒーを注ぐ。念のためエルの分も用意し、再び寝室へ向かった。

 しかし、エルは変らず寝息を立てている。

 ハクトは淹れた二人分のコーヒーをテーブルの上に置いた。

 その時、なぜかふとエルのポシェットがベッドに放ってあるのが目に入った。

 見てみたい。ハクトはその衝動に駆られた。

 ゆっくりポシェットに近づき、そっと持ち上げる。

「それに触るな」

 突然聞こえた怒号にハクトはびっくりして振り返る。

 さっきまで健やかに寝ていたエルが立ち上がってハクトを睨んでいた。

「ご、ごめん」

 ハクトは詫びて伸ばしていた手を引っ込める。

 エルはポシェットを手に取るとハクトの前に提示した。

「この中には扱いが難しく、下手をすれば怪我をする可能性だってある。不用意に触るな」

 エルは明らかに怒っていた。しかしそれは私物に触ろうとしていたことではなく、あくまでハクトが怪我をすることを案じたから...。

 そう思うとハクトは本当に自分が情けなくなってしまった。

「本当にごめん」

 ハクトはベッドに座り俯く。

「分かればいいんだ。そんなに落ち込まなくても良い」

 エルはポシェットを元の場所に戻すとハクトに微笑んで見せた。

 エルはそのまま廊下の方へ歩いていこうとしていたが、さっき背中に掛かっていたであろう毛布とまだ湯気の立つコーヒーを見て足を止めた。

「これ、ハクトがやったのか?」

 振り返ってハクトに問う。

 ハクトはエルを見て小さく頷く。

「そうか、ありがとう」

 エルのその言葉だけで、なんだか心が回復する気持ちがしたハクトだった。


「で、条件に合うヤツはいたのか?」

 コーヒーに合うクッキー類を持ってきたエルは突拍子もなく言った。

「そう、それがいたんだよ」

 エルも驚きで目を丸くするだろうと思っていたハクトだったが、エルはさも当然という風に頷いている。

 それどころか、

「また明日も頼む」

 と平気な顔をしてコーヒーを飲んでいる。

「もしかして条件に合う人がいるって最初から分かってた?」

 ハクトが聞くとエルはコーヒーを口に運ぶ手を止めた。

「なぜそう思う?」

 エルは神妙な顔で聞いてくる。

 そんな顔をされるとハクトが困る。

「これだけ多くの条件と合致する人なんていない可能性のほうが高いでしょ?それが僕らの近くに、しかも僕が行ったところに丁度いるなんて偶然にしてはあまりにできすぎてる」

 エルはさっきからクッキーを見つめて黙ったである。

「もしかしてエルは...」

 エルが下唇を噛む。

「予知能力を持ってるの?」

 宇宙人なのだからそれだけの能力を持っていたとて何ら不思議はないはずだ。

 しかし、エルはそれを聞き、驚いた顔を見せたかと思うと吹き出して笑い始めた。

「予知能力?私が?」

 エルはお腹をおさえて必死に笑いを堪えている。

「え?どうして笑うの?」

 ハクトはポカンとしてエルを見つめる。

「すまんすまん、ネタバラシをするとこれだ」

 エルはタンスから黒く四角いものを取り出した。

「これは...」

「見ての通りテレビだ」

 小さくて部屋のどこでも置けるタイプのやつだ。

「テ、テレビがあったの?」

「ああ、最初からあの中に入ってた」

 今までハクトはここが周りから隔絶された情報の孤島だと思っていたのに、エルだけは飄々とたくさんの情報を仕入れていたわけだ。

 ああ...。

 一気に肩の力が抜ける。

「更に言うと、その条件に合うヤツはテレビに出てきた者のみだ」

 つまり、エルはその有名人達をハクトが見つけられるか試していたわけだ。

「え、じゃあこの人はどういうことで有名な人なの?」

「弓道日本大会女子の部準優勝御七後美鈴だ」

 日本第二位ということだ。

「じ、じゃあ、本当に超有名人...」

 その有名人に自分はアポイントメントも取らずに押しかけてしまったのだ。

 いろいろな恥ずかしさがこみ上げてくる。

「そして?あとの二人は?」

「言わない」

 そう言うことはハクトも分かっていた。

 分かっていたが、エルが認識していることを自分が知れないのは歯がゆい。

 しかし、食い下がることはなく、気を静めるため目の前のクッキーを一つ口の中に放り込んだ。

 ほんのりバターの味が口の中に広がった。

 が、ハクトの興奮が収まることはなかった。

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