第37話安芸の紅葉

18-37      安芸の紅葉

線香を焚いて、鐘の音に気づいたのか哲二が部屋にやって来てお互いが驚いた。

哲二はもう修平と結衣は来ないだろうと思っていたから、修平は哲二の衰え方に驚いたのだ。

「ご無沙汰しています」と結衣がお辞儀をして修平も同じ様にお辞儀をした。

「遠い処、すまないね、悠斗も喜んでいるよ、まあ茶でも飲んでゆっくりしてから、帰ってくれ」と言うと、もう哲二は自分の部屋か美代の部屋に行こうとする。

「社長、お話が有るのですが?」と言う言葉に哲二は生活の事を話しに来たと思い「今のマンションは、来年卒業迄使っても良い、真中君の学費はもう総て支払い済みだ、好きにすれば良い」と力なく言うと「違うのです、悠斗君の子供の事で今日はお伺いしました」と修平が言うと「今、何を言った?悠斗に隠し子か?哲斗なら判るが悠斗には居る筈はない」と怒った様に言う。

「社長、隠し子では有りません、ここに来ている結衣のお腹に居るのです」

その言葉に表情が変わって「えー、本当か?」と声が大きく成った。

「はい、本人がその様に言っていますので間違い無いと」

「本人とは?」と不思議な表情の哲二に「悠斗君です」と修平が微笑みながら言う。

「馬鹿な事を、またこの子の側に居ると云う話か?信じられん」と馬鹿にした表情。

「社長、今ではDNA検査で直ぐに判ります、子供が生まれて他人で有れば、私達の様に施設にでも入れられますよ」

そう言われて、わざわざ嘘を話に来ないと考える哲二。

「そうだな、もしも悠斗の子供なら、おい!これは一大事だ」と急に笑顔に成って奥に向かうと美代を伴って戻って来て「ほんとうなの?悠斗の子供がお腹に居るの?」と満面の笑みで結衣に尋ねる。

「はい、男の子です」と微笑みながら結衣が話すと「えー、もう判るのか!」と驚きの声をあげる哲二。

「はい、悠斗さんが教えてくれました」と言う結衣の言葉に怪訝な顔の美代に「お母さん、男の子だよ、近藤工業の跡継ぎだよ」急に元気に成る哲二。

「学校は休学だわね」

「そうだ、流産でもしたら大変だ」

二人は急に元気が出て来て、色々な事を考える。

「養女にしなければ、いかんな」とか次々と考えつく哲二夫婦だ。

死んだ様に成っていた二人に一筋の光明が、どれ程気持ちを明るくさせたのか判らない程だ。

「悠斗、これで良かったの?」そう言って耳に手を添える結衣。

「修平君、君は学校を卒業したら、我が社に来なさい、公私共に真中君と孫の教育と仕事をサポートして貰いたいのだよ」

「えー、私が近藤工業に!ですか?」

「私が、この子が大きく成るまで、面倒はみられないからな、側に君が居たら彼女も安心だ、そうしてくれ」哲二は次々とまだ見てもいない孫の事を考える。

「あの、私三月まで学校に行きたいのですが?」

「無理よ、お腹大きく成って、学校の風紀が乱れると追い出されますわ」美代も既にこの家に一緒に住んで毎日顔を見たい気持ちに成っている。

二人は取り敢えず、施設に行く為に帰ろうとすると「徳田!二人を車で送って、用事が済むまでお手伝いをして、連れて帰って来なさい」

もの凄い変わり様に笑いそうに成る二人。

哲二夫婦がその日を境に、活発さを取り戻して、会社にも積極的に出社して、未来の孫の為に自分が道筋を着けるのだと張り切っていて、いつの間にか施設の子供を忘れている。


しばらくして結衣は哲二の自宅に引っ越す準備を始める為、東京の寮の梶原達に経緯を説明した。

梶原達は口を揃えて「奇跡だわね」と言うが、彼が側にいつも居てくれる話は信用していなかった。

十月に成って結衣は学校を休学して、哲二の家で住む事にした。

「貴方の家だから、嬉しいでしょう、私は居づらいけれど、悠斗の事を考えればこれが一番でしょう?」そう言うと右の耳に手をやって確かめる。

悠斗は結衣の目と耳を使って世間を見ている様な気がしていた結衣、その為勝手が判る自宅と両親に囲まれての生活が一番だと結衣の決断だった。

哲二夫婦は結衣を養女にして、自分の子供よりも大事にして、重い物は一切触らせない徹底振り、紅葉の季節に宮島と錦帯橋に行きたいと言うと自分達も一緒に行くと言い出す。

女の子の居なかった二人には本当の娘と遊びに行く気分だった。

服装も高級品に変わり、三人が揃って歩く姿はお金持ちのお嬢様が両親と遊びに来ている感じだった。

タクシーを貸し切りにして、各地を廻る三人。

「ここが、私の家の跡なのです」と指を指すと「結衣はこの場所がお気に入りか?」と尋ねる哲二。

「はい」と頷くと「お母さん、この辺りに別荘でも持つか、悠斗と結衣が巡り合った場所だからな」と言いだして思わず「そんな、別荘なんて、結構です」と断ったが哲二はその数年後宮島に別荘を買って、結衣にプレゼントしたのだ。

この時の三人は本当の親子以上に仲が良かった。

「沢山歩くと駄目ですよ、足が浮腫みますよ」宮島の厳島神社の直ぐ側の高級旅館の特別室に宿泊した。「あそこに、悠斗さんのおみくじが有ったのですよ」

「それが、運命の出会いなのね」

「悠斗さんが側に居るのが判った切っ掛けです」そう言われても今でも結衣の言葉は信じていない。

死んだ人間が、寄り添って生きている人と話をして、助け合う事なぞ有り得なかったから、でも二人は結衣に騙されて過ごそうと決めていた。

まるで、そこに息子が居る様な生々しい話を何度も聞かせてくれるから楽しいのだ。

色々な事を「お父様、待っていて、悠斗さんに聞くからね」と目の前で言われて「お父様も悠斗さんに聞きたい事が有れば聞きますよ」と言われて「天国は良い処か?」と尋ねる哲二に「良くない、長生きして下さいと言っていますよ」と答えると涙を流す哲二だ。

宮島の紅葉は初めての結衣「綺麗でしょう悠斗」と語りかけて耳に手をやる結衣。

「悠斗さんも最高に綺麗と言っていました」と答えると「四人で来られたのに、俺が反対したから、すまないなあ」と涙を流す哲二だ。

宮島を見物して、錦帯橋の近くのお寺に向かった三人、哲二が住職にお経を頼んで、三人が真中家の墓をお参りした。

結衣には感慨無量の出来事で、これで名実共に近藤家の嫁に迎えられたと思って涙が頬を伝った。

(錦川観光ホテル)には河野が待っていて、三人を歓迎してもてなした。

「私のお母さんの友人の方で河野さんです、私が今日有るのは、河野さんのお陰です」と紹介すると「娘がお世話に成ったのですな、ありがとう、ありがとう」と握手を求めた。

翌日錦帯橋から、岩国城に向かう三人に、紅葉の赤と、銀杏の黄色が目映いばかりの色で、出迎えてくれた。

「これは、綺麗だ」

「ほんとうね、最高ね」と哲二夫婦も見とれている。

「悠斗、見ている、私達が来た時と景色が違うでしょう」耳に手を持って行く結衣「こんなに、綺麗な処で私は生まれたのよ、素敵でしょう」結衣は何処に行っても悠斗に話しかける。

傍目から見れば独り言だが、結衣にはこれが日常の会話なのだ。

こうして、三人の楽しい宮島と錦帯橋の旅は終わった。


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