第35話一心同体

18-35     一心同体

最近耳に風を感じていたから、急いで右の髪を掻き上げる結衣。

「そこに、居るの?」と独り言を言うと、微かに右の耳に風が来る。

「居ないわよね!」

そうして左の髪を掻き上げて待つ結衣の左耳に微かに風が来る。

「嘘――!」廻りに居た人が振り返る程の声が厳島神社の回廊の出口で聞こえた。

結衣は急いで静かな場所を探す、風が無い様な場所はと見渡すと、静かで風が無いのはトイレだ。

急いで駆け込む結衣「側に居るの?悠斗!」と口走って右の髪から耳を出して待つと、微かに風が耳に来る。

「じゃあ、私のお母さんはまだ生きている」今度は左の耳を澄ますと風が微かに来る。

「これが、最高の風の力だ」今度は両方を聞く為に髪を掻き上げる結衣。

右の耳に微かな風が来ると「判ったわ、悠斗!」急に元気に成った結衣はトイレを出ると人が変わった様に活き活きと歩き出した。

「悠斗が居る、側に一緒に居る」と独り言を言いながら歩く速さは早い。

フェリー乗り場に行くと「私、髪切るわ、悠斗の声が聞こえないと困るからね」とまた独り言を言う結衣。

宮島口で美容院を探す結衣だった。


修平はお寺の住職に結衣が来た事を教えて貰って、自殺を考えていた事を聞いて、住職の話で多少は思い止まったと教えられた。

この辺りを彼氏と来たから、思い出を探すと言って出掛けたと教えられた。

「この辺りに来たのなら、錦帯橋か宮島だろう」と住職は教えてくれた。

修平は汗だくで、錦帯橋から探す事にして向かうが、夏の日差しが照りつけるので、麦わら帽子を買う修平、始めて見る錦帯橋に変わった形の橋だなと観光客に変わっていた修平。


結衣は美容院で「えー、この綺麗な髪を切るの?」と美容師に言われて「はい、短くして下さい、耳が見える位にお願いします」

セミロングの黒髪をこの位にと店の雑誌を見せて言う。

「何故?」と不思議そうに聞く美容師に「私耳が聞こえ難いのよ、だから」

「美人さんだから、彼氏に聞かなくても大丈夫かな?」

そう言われて我に返る結衣「そうか、悠斗に聞かないと駄目ね、少し待ってね」美容師が携帯を出すのかと思ったら、結衣が髪をアップに持って「悠斗、髪切っても良いかな?」と呟いた。

不思議そうな顔で見る美容師しばらくすると「美容師さん、ごめんなさい彼が駄目って言うから、揃えて貰って耳が出る様に纏めて貰えますか?」

「は、はい」

驚いた顔に成っている美容師が恐る恐る尋ねる。

「携帯とかで聞くのかと思っていたのに、何をしていたの?」

「今判ったのよ、何事も彼と相談して決めなければいけないと」

「はい、彼は何処に?」

「そこに居るのよ、見えないけれどね」と笑った。

美容師はこの綺麗な娘は頭が変だ。

早く終わらせて帰って貰おうと、その後は無口で髪を整えて「はい、終わりましたよ」と笑顔で笑ったが、結衣が店を出ると「今のお客さん、可愛い顔しているのに、頭が変なのよ、可哀想だわね」と同僚に話した。

美容院を出た結衣は独り言「これから、もう一度お世話に成った人に挨拶して帰るね」そう言ってから耳を手で塞ぐ。

右の耳に風が「賛成ね、行こう」自分の手で耳を塞いでも風を感じられる事を知った結衣は耳を手で覆って悠斗の返事を聞き取る。

その時から結衣は色々な事を悠斗に相談して決める様に成った。

「これ、楽しいわ」宮島からの帰りの結衣はすこぶる明るい、今から河野に挨拶をして東京に帰ろう。

「悠斗、カード使って新幹線乗るよ」右の耳を押さえる結衣。

「はい」を決め付けている仕草。

「私の廻りにお父さんとかお母さん居るの?」そう言って右の耳を押さえる結衣に「あれ?居ないのか?悠斗だけ?」今度は右の耳に風が来る。

蝋燭の炎を微かに揺らす程の風を感じて、結衣は一心同体を感じて(錦川観光ホテル)に向かった。


殆ど同じ頃、修平もこのホテルにそれらしき女性が居た!の噂で向かっていた。

「あっ、修平兄ちゃん」結衣が先に見つけて修平に声をかけた。

「結衣、結衣大丈夫か、心配したのだ」と駆け寄って抱きついた。

変に明るい結衣に「楽しそうだな、良い事でも有ったのか?」と尋ねた。

「はい、素敵な事が有ったのよ、悠斗教えてあげて」と悠斗に呼びかけるから、修平が変な顔をする。

「修平兄さん、右の耳を手で塞いでみて、風が来るから」意味不明の言葉に右の耳を塞ぐ修平。

その手を持って「こうよ、こうすれば悠斗が話しかけてくれるのよ」変な表情の修平に「ね、風が囁くでしょう?」と嬉しそうな結衣。

「結衣、悪いけれど何も感じないよ」と修平が言う。

「おかしいな?何故なの?悠斗」と呼びかける結衣を見て、可哀想に悠斗恋しさに自殺では無くて、狂ったのか?と目頭が熱く成る修平だ。

ホテルの中に入りながら独り言を言う結衣。

「河野さん、お世話に成りました」河野を見つけてと明るく微笑む結衣に「何処に行って来たの?明るく成ったわね」

「はい、彼と会えましたから、最高です。神戸に帰ります」

「彼って」と修平を指さす河野に「違いますよ、この前ここに一緒に泊まった彼ですよ」と嬉しそうだ。

河野は修平を見て、目で狂ってしまったのと、仕草をした。

すると「二人共、私が狂ったと思っているでしょう」と言って笑うので二人も釣られて笑う。

「少し待ってね」とトイレに行く結衣、トイレの中で悠斗に確かめる結衣。

「私以外の人には囁けないの?」右の耳に風が来る。

「そうなのだ、じゃあ私しか証明出来ないのか」そう言って戻ると「それでは、神戸に修平兄ちゃんと帰ります、ありがとうございました、紅葉の時に悠斗と一緒に来ます」とお辞儀をして、楽しそうに帰って行く。

結衣を見て狂っていても、自殺をしなければ、それで良かったと思う河野だった。


新岩国から、カードで二人分の切符を買って、乗り込む結衣が席に座ると直ぐに「修平兄ちゃん、先程の話だけれど、悠斗は私にしか連絡が出来ないらしいのよ」

「そうなの」

「修平兄ちゃん信じてないでしょう」と恐い顔をする結衣に笑いながら「そんな話、信じられないよ、映画の話だよ」そう言った修平の顔色が変わった。

「そうよ、今気が付いた?私も宮島で悠斗が結んだおみくじを見て気が付いたのよ」

「そうか、悠斗が最後に言った言葉が映画だったのだね」

「そうよ、昔からよく話していたのよ、亡くなっても側に居るから、その時は耳に囁くと、私以外の人には囁けないのだって、だから悠斗は私だけの物なのよ、ねえ、悠斗」と呼びかけて右の耳を押さえる。

風が結衣の耳に囁く「ほら、返事が返ってきたわ」と嬉しそうな結衣。

信じられないけれど本当なのだろう、悠斗と結衣はそれ程愛し合って、強い絆で結ばれていたのだと改めて感じる修平だった。

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