第32話狂う兄

18-32      狂う兄

しばらくして、結衣が順子に付き添われて葬儀場にやって来た。

修平が棺桶の処に二人を連れて行って「寝ている様だよ、悠斗は」と小声で囁くと結衣は、悠斗の顔にいきなりキスをしたのだ。

修平以外に誰も見ていなかったが、いきなりで驚く修平を側に置いて「覚えてくれた?忘れたら嫌よ、私が行く迄待って居てよね、直ぐに準備して行くからね」と語りかけている。

修平以外誰にも聞こえていなかったが、この言葉は明らかに後追い自殺を仄めかしている。

修平は片時も結衣から目を離せない危険だと思った。

結衣は悠斗の顔を撫でて、時々左の耳にかかる髪を掻き上げる仕草をするだけ、何を話しているのか?その後は唯、無言で顔を触って見つめているだけだ。

やがて、係の人が通夜の準備の為に棺桶を移動させると「さよなら、待っていて」と一言行ってトイレに向かった。

交代で、目を赤く腫らした哲二夫婦が式場に向かう為に現れた。

「先程の話は誰にもしないでくれ、近藤家の恥だから、頼む」と哲二が修平の手を握って語った。

修平は黙って頷いて、トイレに向かった結衣を探しに行くと順子が「結衣さんは、何処に行ったの?」と修平に尋ねた。

「トイレに行ったと思いますが?」

「居ないわよ」

「えー」

修平は先程の悠斗との会話で、背中に冷たい物を感じていた。

二人は式場の中を探し廻るが、結衣の姿は何処にも見つからない。

修平は警察に捜索願を出した方が良いと考えて、直ぐさま電話をすると、署に来てくれと言われる。

成人の捜索は中々してくれないのが警察なのだ。

順子を残して警察に向かう修平、その夜から結衣の姿は消えてしまった。

翌日、朝から施設の仲間も加わって、心辺りに電話をして結衣の行く様な場所を探す、勿論学校の寮にも連絡をしたが連絡も無い、帰った形跡も無いと言われた。

一応届け出の日にちは後一週間在るから、それまでには戻るのでは?真中さんは真面目な人だからと呑気な答えだった。

悠斗の葬儀は盛大に行われたが、哲二夫妻はこの数日で人が変わった様に窶れていた。

葬儀の当日も哲斗は現れなくて、何処に行ったのか全く判らない状況だったが、その日の夜警察から「お宅の息子さんだと思うのですが、挙動不審で保護しています。来て頂けませんか?」と京都の警察署から電話が届いた。

「もう、疲れているのだ、許してくれ、哲斗に俺まで殺される」と電話を終わって、わめき声の哲二だ。

だが仕方が無いので徳田の運転で哲二は京都に向かう事にした。

「俺は、眠る、着いたら起こしてくれ」

「はい」

車に乗り込むと直ぐに眠る哲二、先日からの連続の事件に身も心もズタズタに成っている。

美代も自宅のソファーで寝込んでしまった。

我が子ながら昔から恐い所が有るとは思っていたが、今回はとても許せる範疇では無かった。

だが、美代の考えを遙かに超える事態が待っていたのだ。


その頃結衣は喪服のまま電車に乗って西に向かっていた。

両親に話をして、悠斗の後を追って死ぬ為に岩国に向かっていた。

財布の中に悠斗のカードが入っていたのでそれを眺めて思い出していた。

「結衣、このカードで一杯お土産を買って、施設に持って行って」

「構わないの?お肉とか色々買うよ」

「良いのだよ、ほんとうは僕も参加したいくらいだからね」

「みんな、喜ぶわ、ありがとう悠斗」

「僕が愛する結衣を育ててくれた場所と人々だから、お礼をしなければね」。。。。。。。

「このカードも私が悠斗に返しに行くわね」と呟くと左の耳にかかる髪を掻き上げる結衣だ。

新幹線に乗らないで、山陽本線を走る普通電車に乗っている結衣、この様な時も成るべくお金を遣わないのだ。

今から自殺をするのに、何故始末をするのだろう?と我に返って思わず微笑む結衣だ。

梅雨の明けた空は真夏の太陽が燦々と照りつける中を、結衣は最寄りの駅からお寺まで汗を流しながら歩いて向かった。


その頃、京都の哲二は美代を呼んでいた。

「手がつけられん、来てくれ」

「どうしたのですか?もう朝ですよ」

そのまま朝まで眠ってしまった美代は哲二の電話で起きたのだ。

「病院に入れる手続き以外無さそうだ」

「えー」美代は哲斗が病に倒れたと思って急いで、京都に向かった。

哲二は息子が昨夜も暴れて、警察の人々を困らせて仕方無く病院に送って、今は眠らせている状態だった。

哲二は自分が悠斗を殺してしまった事に端を発して、女を襲って、酒を飲んで暴れて意味不明の言葉を発して、警察に逮捕されたのだ。

所持品から身元が判明して哲二が来たが、全く意味不明の言葉を発して暴れて、哲二が仕方無く病院送りにしたのだ。

「精神病ですね、大きなショックが原因ですね」

「完治しますか?」

「判りませんが、凶暴なので、入院が必要でしょう、ご両親の判断で決めて下さい」と医者に言われて、美代を呼んだのだ。


お盆には少し早い寺は、殆ど人が居ない。

「お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お婆ちゃん。私だけ助かったけれど、私ももうすぐみんなの処に行くからね」そう言うと左の耳にかかる髪を掻き上げる仕草の結衣。

「大好きな悠斗が死んじゃったの、だから私も悠斗に会いに行くのよ」と小さな墓石に話しかける結衣。「あれ?真中さんですね」急に声をかけられて振り返ると寺の住職が微笑んでいた。

「いつも、お世話に成っています」と会釈をすると「何か有ったのかな?この前の男性は?」

「亡くなりました、数日前」

「えーそれは、ご愁傷様です」

「交通事故で即死でした」

「もしかして、貴女は死ぬつもりでここに来たのでは?」

住職に心の中を見られた気分の結衣は「いいえ」と否定したが「恋人が亡くなって、哀しいのは判りますが、後追い自殺はいけませんよ、よく考えて!貴女の事を大事に思っている人は他にも一杯居ますよ」と住職は話して結衣を本堂に連れて行った。

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