第30話急ぐ悠斗

 18-30    急ぐ悠斗

ホテルの廊下を哲斗の部屋に行く為に結衣が鍵を持って歩いている。

少し遅れて、後を追う哲斗、もう目つきが変わって、獲物を捕らえる獣に変わっていた。

静かな廊下に微かな携帯の着信音が聞こえるので、慌ててバッグから携帯を取り出す結衣。

悠斗からの電話で「ゆい。。えいが。。。。」

「悠斗、悠斗、どうしたの?悠斗―――!」と叫ぶ結衣の声が静かな廊下に響く、遅れて追い掛けて来た哲斗が結衣の異常な叫び声に、芝居を忘れて駆け寄って来た。

座り込んだ結衣に「どうしたの?」と問いかける哲斗に携帯を差し出す結衣。

「もしもし、もしもし」と叫ぶが反応は無い。

「どうしたの?」と再び尋ねる哲斗に「ゆ、う、と、が、じ、こ」と呟く。

哲斗は急に結衣を抱き起こして、フロントに向かった時、修平が慌ててやって来た。

「貴方は。。。」と怒りかけて、結衣の異常に気づいた修平が「どうした結衣」と言うと「ゆ。う。と。が死んだ」と口走って気を失った。

「すみません、救急車お願いします」修平がホテルの従業員に頼む、哲斗は唯、呆然と立つって居るだけだ。

何もしない哲斗にも悠斗が死んだと云う話は大きな衝撃だったのだ。

救急車が到着して、気が付く結衣が修平を見つけて「修平兄ちゃん、悠斗が死んだの」と泣き声が出ない程のショックを受けていた。

「何故死んだと判るの、大丈夫だよ」

「判る、あの声は最後の声だった」

「落ち着いて、病院に行こう」と慰める修平、全く泣かない結衣、悲しみが深いと涙が出ないと云うがまさに今の結衣がそれだと修平は思った。

だが、悠斗が亡くなった確証は何処にも無い。

「すみません、救急隊で何処かの事故は判りますか?」

「いいえ、沢山事故は起こりますから判りませんね」

しばらくして病院に到着安定剤で落ち着く結衣だが「悠斗を見に行かなければ」と言いだしてベッドから起き上がる結衣。

「何処に行くの?」

「悠斗が呼んでいるの、行かなければ」と唯、言うだけだった。


悠斗の乗せられた救急車で「駄目だったな」救急隊員が一言言って、警察に身元の連絡をした。

全身打撲、内臓破裂、殆ど即死、名前は近藤悠斗、二十二歳。

「最後に、携帯をリダイヤルでかけているな」

「この状態で、よく携帯をかけたな」二人の救急隊員が呆れる。

「結衣って彼女だろうな、でも路肩をスピード出して走っていたのだな」

「混んでいたから、」

「時々トイレで止める車が有るからな」そんな話をしながら救急車は警察病院に向かった。


しばらくして近藤の家に警察から連絡が入って、呆然として声も出ない近藤夫婦「何故?」と哲二が一言呟いた。

哲斗がその時自宅に電話をしてきた。

「悠斗が、悠斗が死んだのか?」

「何故お前が知っているのだ」

「ほんとうなのか。。。。。。」それだけ言うと電話は切れてしまった。

「あの馬鹿が残って、可愛い悠斗が何故、何故だーーー」と大声を発する哲二。

「お父さん、悠斗に会いに行きましょう」と美代が小さく呟いた。


その後警察に行った二人は警察の説明を聞いて「何故息子は、高速のガードレールとか路側帯を猛スピードで走っていたのでしょうか?」

「急用でも無ければ中々こんな危険な運転はされないと思いますが?」

「急用?」

「これは関係が有るか判りませんが、携帯で事故後数秒話されています」

「えー、誰ですか?相手は?」

「結衣さんと成っていますね」

「。。。。。。」悲痛な面持ちの二人が悠斗の遺体と体面した。

不思議な事に顔には全く傷が無く、眠っている様な姿に、二人の号泣がしばらく続いた。

トラックの運転手は渋滞で、小便が我慢出来なくて路側帯が有ったので、急にハンドルを切ってしまった。

後方の確認はしたのだが、小さくて大丈夫だと思ったと証言したのだ。

速度は八十キロ近く出ていたと警察が哲二に話して、完全な自殺運転だと言われたのだ。

二人は結衣が悠斗に何か急用を言い、それに答える為に無謀な運転で事故死したと決め込んで逆恨みをしていた。

「何処に、居るのよ、あの子は!」と泣き止んだ美代が叫んで「許さないから」と怒る。

遺品で残っていたのは携帯だけで、バイクは大破で亡骸と共に二人が家に戻ったのは翌日の昼に成っていた。

修平が自宅に電話をしたのは朝早くだったので、お手伝いの梶が電話に出て「次男さんが交通事故で亡くなられた様です」

「。。。。そうですか」それだけ聞くと電話を切って、結衣の勘と云うか以心伝心なのか、当たらないでも良い事が当たってしまったと気が抜けてしまった。

「結衣。。。。交通事故。。。。。」とぼそぼそと喋る修平に「悠斗、亡くなっていたでしょう?」と意外と冷静に話す結衣。

「うん、交通事故、まだ自宅には戻ってなかった」

「そう。。。。。」まるで抜け殻の様な結衣、病院の支払いを終わって修平に付き添われて、トボトボと歩く結衣に「何か食べるか?」

「要らない」

「近藤の家に行くか?」

「。。。。。。」修平は結衣に哲斗の話をしなかった。

何事も起こらずに、哲斗は消えてしまったので、証拠も何も無い事を結衣に今更話しても混乱するだけだと思ったからだ。

「施設に戻るわ、持ち物置いて居るから」

「そう、行こう」と修平は結衣の事が心配で、施設まで同伴をしたが、その間結衣は何も話さない。

施設に到着して修平が順子に、結衣に起こった事をこっそりと話して、厳重に監視してくれる様に頼んで近藤の自宅に向かった。

順子は哲斗の話も聞いていたので、近藤家の人々に修平も結衣も遊ばれた様な気分に成っていた。

何も喋らず窓の外を見ているだけの結衣、時々手で髪を耳に流して、それ以外の事を何もしない。


修平は近藤家に向かいながら、冷静に今後の事を考えていた。

悠斗が亡くなったので、もう自分は東京には置いて貰えないだろう?

勿論マンションの家賃も払って貰えない。

高級なマンションだから、とても自分が住める場所では無いと思っていた。

多分もう自分も結衣も近藤家とは縁が切れるから、今日の訪問から葬儀でお別れだと考えてチャイムを鳴らす。

自宅には家族以外に会社の関係者も沢山弔問に訪れて、葬儀関係者も入り乱れて忙しくしていた。

その中で修平を見つけた美代が「あの子は何処よ!」と修平に大きな声で聞いた。

「誰でしょうか?」

「あの真中って子よ、何処に居るの?」

「どうしたのでしょう?彼女はショックで病院に行って休んでいますが?」

「連れて来なさいよ、許さないから」と激怒の美代だ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る