第27話懐かしい顔

18-27       懐かしいバーベキュー

彩子は自宅にも嘘の話をして、二日間片岡と京都で過ごして楽しい時間を満喫していた。

その為、哲二夫婦は白浜で二人は男女の関係に成って、二人は結婚まで進むだろうと安心をしていたのだ。

彩子の火遊び好きを知らない哲二夫婦は、もう結衣の存在は頭の中から消えつつあったのだ。

悠斗は自宅に戻って父哲二に、休みの間は会社で過ごして、卒業と同時に海外に一年現地の工場勤めをして勉強をしなさいと言われていた。

哲二は一年の現地工場勤務の後は本社に戻して、自分の後継者として育成、教育、引き継ぎを行って、三十歳前半には重役、四十歳で社長職を引き継ぐシナリオを描いていた。

数日後から、工場でアルバイトの様な形で働く事に悠斗は格別の違和感は無かった。

機会を見て哲二の考えに沿って海外にも行くから、結衣との結婚を交換条件に出す予定にしている悠斗だった。

中国プロジェクトの始まりと同時に悠斗を中国の現場に行かせる計画だったが、哲二はまだその事実は伏せていた。

榊原淳三郎の肝いりのプロジェクトに、孫娘婿が率先して参画する事は両家には最高のシナリオに成るからだ。

世界的に認められる悠斗、今後の息子の飛躍の礎に成る事はほぼ間違いが無いと大きな夢を描く哲二だ。


哲斗は翌日ようやくオーストラリアから帰国の途に着いた。

近藤家では誰も知らない突然の帰国に成るのだ。

もう会社は弟悠斗が継承するのは哲斗も仕方が無いと諦めていたから、何処かの関連の部所で働ければ生活には困らない。

相続の権利は何もしなくても自分には有るから、遊んで暮らせば良い、挨拶は出来ない、人前では話せない哲斗は、自分には社長職は絶対に向いていない楽しく遊んで暮らせれば最高だ。

それには、最適な女が見つかった真中結衣、美人でお嬢様学校を卒業しているから、社交は出来るだろう、結婚をして子供を二、三人もうけて、将来子供が賢いなら悠斗の後釜を狙えば良い。

無理なら自分は家の事を嫁に任せて遊ぼうと考えていた。

今はとにかく、悠斗が捨てた美人の結衣を自分の物にする事、それしか今は考えていない哲斗なのだ。

哲斗は本人なりに自分の未来は描いていて、唯他人の事は全く考え無い自由な性格なのだ。


児童養護施設「朝の喜び」の園内に久々に大勢の人の声が、バーベキューの煙が長閑な田畑を風に乗って近所の家まで届きそうな位だ。

沢山の肉、魚、野菜が山積みされて「こんなに沢山の肉、魚を見たのは始めて」と小学生の一人が言うと「お姉さんとお兄さんが沢山持って来てくれたのよ、お腹一杯食べなさいよ」河野美加が笑いながら言う。

「ほんと、由奈がこんなに持って来てくれるとは思わなかったから、沢山に成ったわね」と朱音が笑って「適当に持って来ようと言われたから」と由奈が笑った。

「みんな、育ち盛りだから、食べちゃいますよ、これで修平君が居たら、全員集まるのね」と順子が言うと「お兄さん、来るかも知れません」

「えー、ほんとう?」結衣が驚いて由奈に聞く。

「関西に用事が有るようで」と言う。

ジュースとお茶が飛ぶように無くなる。

口一杯にねじ込むように食べる子供達を見て「昔は、僕らも同じだったかも、年に一度位はお腹一杯食べたい時期だからな」時田昴が昔を思い出して話す。

しばらくして、一台のタクシーが園の前に止まって「こんばんは、ご無沙汰しています」と修平にしては珍しくタクシーでやって来たのだ。

「おーい、みんな!お土産取りに来てくれないか!」と叫ぶ修平の声に、園の子供達が箸を置いてタクシーに駆け寄った。

大きな袋を三つも持ってきたから、流石にタクシーに成った様だ。

「修平兄さん!いらっしゃい」小林麻代が駆け寄って懐かしそうに荷物を持った。

園の全員が修平兄さんと呼ぶ「修ちゃん、遠い所良く来てくれたね」順子が痛い腰を摩りながら立ち上がって出迎えた。

七十歳を超えた順子、五十台後半に成った河野、四十台後半の小島が次々と握手を求める。

高校の卒業以来六年振りの再会に思わず涙を流す順子。

「遠いのに、良く来てくれたね」

「いえ、用事が有ったので,お久しぶりです,お元気でしたか?」

「もう、歳だわ、腰が痛くてね」

「はい、園長の事聞いていまして、これお使い下さい」と小さな封筒を差し出した。

「何?これは?」と封筒を開くと「まあ、温泉の宿泊券」と驚きの顔に成った。

「はい、遠くは難しいと思いまして有馬温泉にしました、一度温泉に浸かって腰を休めて下さい」

「ありがとう、ありがとう」順子は腰を曲げながら、修平の手を取って礼を述べて、顔は涙で一杯に成っていた。

その後、バーベキューの料理は総て無くなって「凄い、あんなに沢山有ったのに無くなったわ,何処に行ったの?」と結衣が驚いた様に言うと「ここ!」と小学生の男の子がお腹を出して笑いながら指を指すと、全員が大きな声で笑った。

順子は「明るくて楽しい夜だわ!」と上機嫌で家の中に入っていった。

遅れて修平が入って順子の部屋に向かう。

「修ちゃん、話が有るのだろう?」

「はい」

「結衣ちゃんの事ね」

「流石は園長、図星です」

修平は悠斗と結衣の事を順序立てて話して、悠斗の婚約予定の女性榊原彩子の事を話し出した。

「今回、近藤の家に実体を話に行こうかと思っているのです」

「その話で近藤さんの気持ちが変わって、二人の結婚を許すかだね」

「はい、僕にはそれが読めません、逆効果に成る場合も考えられますし」

「二人の気持ちは固いのでしょう?」

「はい、もう関係も有りますから、悠斗も結衣無しは考えていない様です」

「困ったね、大企業でお金持ちは融通が利かなくて」

「とにかく、明日の夕方近藤さん達とは会う予定に成っています」

「様子を見ながら話してみる事だね、二人の幸せが一番だからね」

順子は近藤なら彩子の浮気を悠斗に聞かせるなと言うかも知れないと思った。

ビジネス優先を考える男だから、結衣を愛人にすれば良いと言い放つ位何とも思わないのではと不安が過ぎっていた。

修平を除く全員は後片付けをしながら、現在の仕事、友人、恋人、学業の話とこの数年間の積もる話に時間を忘れる程話し合っていた。

「今夜は、雑魚寝で良かったら、泊まっていって」と河野が言うと「勿論、そのつもりで来ました」と声を合わせて言って笑った。

この時間が結衣には一番楽しい時だったのかも知れない。


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