第18話近藤家の正月
18-18 近藤家の正月
学業とバイトで明け暮れる毎日、月に二度程短時間のデート、結衣と悠斗の過ごせる時間は限られていて、近くで食事とか映画で終わっているから、彩子は子供の付き合いの世界だわ、男女の関係は全く無いと安心していた。
二人共子供だから自分とは違うのよ、何とか機会が有れば悠斗を誘惑して、虜にしなくては駄目だ。
祖父淳三郎は、近藤工業との姻戚を念頭に置いて、仕事の話を持って来たのは年末の十二月に成っていた。
中国に大きな工場を大手の自動車工場と合弁で建設して、一環生産のラインを構築すると云う一大プロジェクト、その一角に近藤工業も参画すると云う。
日本では考えられないスケールの大きな話を持参したのだ。
榊原ゴム工業の規模は近藤工業より小さいが、大手の自動車会社とのパイプは強固で今回の話も淳三郎の人間関係で、中国の要人を口説き落とした恰好だ。
仕事の話が一段落すると「孫娘の彩子が、すっかり近藤さんの息子さんを気に入ってしまって、困っているのですよ」
「まだ、お互い学生ですし、今後考える事では?」
哲二は初秋の食事会から、彩子と悠斗の事をそんなに強く言わなく成っていた。
「もう来年は三回生、一般では就職を考える時期、そろそろ婚約?約束をしていただければ、孫娘も安心するかと思うので」と孫娘の事と今回の話をリンクさせようとしていた。
哲二には悠斗に今その様な事を言えば、大学を辞めて駆け落ちでもしてしまうとの危惧も有って即答は出来ない。
榊原は新年会では、良い話しを期待していますよ、このプロジェクトは来夏には本決まりに成りますよ、お互い大いに発展させましょうと握手をして帰って行った。
自宅に戻った哲二は美代に話の粗筋を話して、意見を聞くと「貴方、以前と考えが変わったの?まさか孤児と結婚をさせる気に成ったの?」
「そうではないよ、悠斗が家出でもしたら大変じゃあないか」
「結婚は随分先の事にして、口約束だけすれば良いのでしょう」
「随分簡単に言うね、悠斗にどの様に話すのだ」
「大丈夫よ、正月に帰るからその時説得するわ」と美代は自信ありげに言った。
年末には帰って来なさいと言われている悠斗、年明けには哲斗が久々にオーストラリアから戻るから必ず帰りなさいと美代は再三悠斗に告げていた。
悠斗はまた結衣が一人で正月を過ごすのが可哀想で仕方が無かったが、哲斗が帰ると言われたら帰るしかなかった。
クリスマスも短時間しか会えなかった二人には、辛い正月だった。
結衣の時間が自由に成ればいつでも何処でも行けるのだが、時間の制約が二人の行動の手架せ足枷に成っていたのだ。
梶原達がお盆と同じ様に、大晦日に忘年会が結衣を交えて昼頃から始まった。
「これは、お節料理よ、三日間で食べて、これはお餅、それからこれはみんなから真中さんへのお年玉」と言って差し出した。
「ありがとう、ありがとございます」結衣は感激で涙を流して、一人一人にお礼を述べた。
そして宴会が始まった。
「明日から、三日間は一人だね」
「彼氏は?」と矢継ぎ早に聞かれて「彼氏は実家です」
「何度か見たけれど美男子ね」と笑うと「それ程でもないと」と謙遜する結衣に梶原が「真中さんも綺麗なのよ、普段は化粧もしてない、素朴な服装だけれど、見たのよ!私」
「えー、何を?」
「九月だったかな?綺麗に化粧して、高そうな洋服着て帰ってきたでしょう?」
「えー、見ていたのですか?」と驚く結衣に「何処に行っていたの?」
「彼氏の両親に会いに、行ったのですよ」
「じゃあ、結婚?」
「違いますよ、唯の食事会ですよ、彼の婚約者も来ていましたから」と咄嗟に喋った結衣だ。
「でも綺麗だったわ、シンデレラかと思ったわ」
「梶原さん、オーバーですよ」と飲みながら笑う結衣に「彼氏ってどんな人、教えてよ」と梶原が聞くと「叔母さん達に内緒はいけませんよね」と言った結衣。
「そうそう、内緒は駄目だよ」
「昔からの幼なじみですよ!近藤悠斗さんって学生さんです」
「二枚目だったよね、何処の学校なの?」
「東大です」
「えー」
「えー、東大なの?」と口々に言って驚いて「この学校も馬鹿じゃ入れないけれど東大は賢いよ」と自分で言って納得している。
「あの服も彼氏のプレゼントかな?」
「はい」
「お似合いの服だったね、今でも思い出すよ、真中さん輝いていたよ」
「そうですか、ありがとうございます。」
「彼氏の家はお金持ちだろう」
「はい」
「そうか、それじゃあ、気をつけた方が良いよ、遊ばれて捨てられるからね」
「彼、そんな人では有りません」と怒る結衣。
「手も握りませんかな?」と笑うと「いえ、そんな事は無いですが」と赤面した。
「真中さんは正直だね」そう言って笑う梶原達には直ぐに二人の関係が判ったのだ。
三十一日の夜に寮のみんなは帰宅について、結衣一人が自室に貰ったおせちと餅を持ってほろ酔い気分で戻って行った。
翌日朝からレストランのバイトが待っていて、この時期のバイト代は割り増しだから、八時には行く予定だ。
元旦の近藤家は朝から沢山の人が年賀の挨拶にやって来る。
家政婦も割り増し料金、正月返上で対応に忙しくしている。
「哲斗は起きたの?」美代の声が台所に響いて「まだ、見ていません」
「何しているの、昨日一日時差呆けだと寝ていたでしょう」台所で料理の指示をしながら、長男の事を気にする美代。
「次男さんは朝早くから近くの神社に行かれて、先程お戻りに成られましたのにね」と嫌みを家政婦の梶に言われる程の哲斗の態度なのだ。
取引先の人がもう既に数人応接間で、哲二と団らんしているから、美代は例え馬鹿でも長男だから挨拶位はして欲しいのだ。
悠斗は神社から帰ると、来客に挨拶をして話に入って哲二と一緒に接待をしていた。
昨夜、美代は榊原の会長の話をして、婚約はしないから正月最初に会った時に、結婚の約束だけでも応じて欲しいと頼んだのだ。
単なる口約束だから、正式な婚約はお互いが大学を卒業してから、そうすれば会社の仕事も上手く行くから、お願いだから助けると思って協力して欲しいと頼み込んでいた。
どうしても、嫌だと言う悠斗に交換条件で、来年度から結衣を自由に外出させる事を言い出したのだ。
正月も寮を出られない結衣を可哀想だと思っていた悠斗には、これ以上ない条件だった。
悠斗は口先だけの事で会社の仕事が上手く運ぶなら、美代の話を信用して新年会の席に付いたのだった。
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