第15話立場
18-15 立場
彩子の思惑は外れて、その夜悠斗が再び彩子の部屋を訪れる事は無かった。
翌日家族で墓参りに何故か彩子も同乗して、徳田の運転の車で墓地に向かう。
悠斗は何故彩子が帰らないで墓参りに同行するのか?昨夜の茂木の話は本当なのだと確信をしていた。
両親は結衣との結婚をさせない為に自分を墓参りの名目で呼び戻して、彩子と食事会、墓参りをさせたと理解をした。
そうなると、自分と結衣はどうなるのだ?結衣は?あの学校に入学させたのは閉じ込める為?悠斗は車の中で色々な事を考えていた。
「どうしたの?悠斗静かに成って?」と美代が聞きただす。
「私が側に居るから緊張しているのよね」と悠斗の手を触る彩子。
その手をはね除ける悠斗は「少し考え事していたのだ、構わないで」と怒った様に言った。
助手席の哲二が「墓参りの後、お母さんと行く処が有るから、二人はこの車で帰ってくれ」と言った。
哲二夫婦が二人にする為に考えた次の作戦だ。
「お父様、判りました」と作戦を知っている様な間合いで答える彩子なのだ。
墓参りを終えると炎天下の日差しが降り注ぐ中、日傘をさした美代が「じゃあ、彩子さんを送ってあげて、悠斗頼んだわよ」と言って別れた。
彩子が丁寧にお辞儀をして、哲二夫妻に見送られて、徳田の運転する車で墓地を後にした。
「彩子さん自宅迄送りましょうか?」と突然悠斗が言うと運転の徳田が「名古屋ですか?」と驚いた様に言った。
「よろしいのですか?」
「はい」と微笑んで答える悠斗に「ありがとう、悠斗さん」と喜ぶ彩子だが、悠斗は名古屋駅からそのまま東京に帰ろうとしていた。
車の中ですっかり彩子は悠斗を虜に出来たと思って、身体をすり寄せて手を握ってくる。
初心な悠斗が自分の魅力に負けたと錯覚の彩子、既に数人の男性との性体験がある彩子は自分の魅力に酔っていた。
今までの男性は、彩子のお金払いの良さとスタイル、派手さに遊んだ男性達だ。
今横の悠斗は結婚の対象、将来は近藤工業の社長、そして自分は社長夫人、兄の継承する榊原ゴム工業とは倍の規模だから、優越感も有るので乗り気、何より悠斗が美男子で自分の好みで有る事が一番だった。
彩子は色々な話を悠斗に話すが殆ど聞いていない悠斗、両親の企みをどの様に壊して結衣と結婚迄進めるかを考えている悠斗だ。
「どうやら、上手く運びそうだな」
「仲良く帰って行きましたから」哲二夫婦はタクシーで自宅に戻る車中で話していた。
「まだ、安心出来ないわ、あの施設の子にも、誰か良い相手を用意したらどうかしら?」
「誰か居るか?」哲二が言うと「あの人はどう?」
「誰だ」
「東大の渋谷君よ、彼なら気心も判っているから上手くいくのでは?」
「そうだな、頭も良いから、私の言う事も理解するだろう」哲二は近い内に修平に会ってその話をする事にしたのだ。
結衣は昨夜の寮の叔母さん達の宴会に感激をして、お酒を飲み過ぎて二日酔いの症状に成って、翌朝からのバイトを休んでしまった。
夕方の家庭教師のバイトは盆で休み、久々にのんびりと昼過ぎまで寝て、夕食を何処か近くのラーメン屋かそばを食べようと思っていた。
悠斗は「のぞみ」に乗って東京駅に着いたのは五時過ぎ、時間に間に合わなければ誘えないから、到着して直ぐに結衣の携帯に連絡をした。
「結衣、夕食一緒に食べない?」
「悠斗、今日は実家でしょう?」
「今、東京駅だよ」
「嘘!」
「結衣に会って話しがしたいから、帰って来た」
「えー、急ぐ話なの?」
「うん、寮の近くに行くから、食事をしよう、待っていて」悠斗は自分の置かれた立場と結衣の事を整理しながら、寮を目指した。
結衣は会えると思ってなかった悠斗に会える喜びに、昨日梶原に貰った口紅を始めてつけて小さな鏡を見ていた。
生まれて始めて口紅をつけた自分の顔を見て、口紅ひとつで変わる自分の顔の不思議さを感じていた。
しばらくして、近くに来たと悠斗が連絡をしてきて「何が食べたい?」
「悠斗と長く過ごすなら、近くのそば屋さんよ」と結衣が答えると「じゃあ、そこで」と悠斗が言った。
結衣は直ぐに支度をして寮を出て行く。
ガードマンが「七時を過ぎると戸締まりをしますから、時間に気を付けて」と言った言葉を後ろに近くのそば屋に向かう結衣。
結衣が到着と同時に悠斗の乗ったタクシーがそば屋の前に止まった。
「結衣!」と降りると同時に声をかけると振り返る結衣が悠斗に駆け寄った。
「良いタイミングね」と言う間も無くいきなり抱きしめる悠斗。
「どうしたの?」と驚き顔の結衣に「あれ?何か違う?」と不意に我に返る悠斗が「綺麗!」と口走った。
思わずキスをしてしまう悠斗「こんな場所で」と言いながら身を任せる結衣、そのまましばらく離れない二人、道行く人が怪訝な顔で見ていた。
悠斗にはそれ程、結衣の事が気に成っていたのだ。
「どうしたの?」の言葉に「綺麗だったから。。。」と言葉を濁していた。
そば屋に入って「今日は少し違って見えたよ」
「そうなの?寮の叔母さんに口紅を貰ったので引いてみたのよ」
「それでなのか?今夜の結衣は綺麗だったよ」
「ありがとう」悠斗には素晴らしい化粧の彩子より、一筋の口紅の結衣の顔が素晴らしく綺麗に見えていた。
これから話さなければいけない事実を悠斗は躊躇っていた。
「急に何故帰って来たの?」
「実家にあの彩子さんが来ていたのだよ、そして墓参りも一緒に行ったのだよ」
「そうなの、悠斗さんの未来の奥さんでしょう」とさらりと言う結衣に、驚いて「何故?簡単に言うの?僕の奥さんは結衣だよ」
「ありがとう、でも私が悠斗さんの奥さんに成れるとは思っていないわ、実家に行った時に思ったわ、とても私には不釣り合いだと」
「えー、僕は結衣に最初に会った時から僕の妻だと思っているよ、今もだよ」
「ありがとう、でも悠斗さんの家と私とでは違い過ぎなのよ、ご両親の気持ちも判るわ」
二人の前に運ばれたそばを食べないで必死で話す悠斗。
「食べましょう、時間が無くなるわ」と食べ始める結衣に「僕の事嫌いなの?」と確かめる様に聞く悠斗。
「好きよ、始めて会った時から大好きよ」
「何故?」と縋り付く様に聞く悠斗に「恋愛なら良いと思うわ、でも結婚は違うのよ、家と家の結びつきだから、自分だけでは無いのよ、悠斗の家は大きい、私の家は無いのよ、これ以上話させないで。。。」結衣はそれだけ話すと夢中でそばを食べ始めた。
自分の立場を飲み込む様にそばをすする音は、泣き声の様に悠斗に聞こえた。
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