第13話哲二の目論み

18-13     哲二の目論見

「知らなかったわね、貧乏な施設の子と言うだけで、犯人にされたのね」

「外泊出来ないから、寮に居ただけで疑われたのよ」

「あの子は良い子よ」梶原が言うと、その場に居た全員が「そうよ」「そうよ」と賛同した。

「あの神崎って子の部屋を掃除しているのは?」

「最近は私と野中さんよ」と小林が言う。

「じゃあ、野中さんにも聞いて見て」

「どんな形なの?」

「知らない」

「本人に聞いて」

「判ったわ」

小林が夜に成って早速神崎に聞きに行ったが、結衣の時と同じ答えを神崎はしていた。

翌日小林が「形も特徴も何も教えてくれないのよ、それと野中さんも何も知らないと言っていたわ」

「特徴も形も判らないと探せないわね」と困り顔の梶原は、親が買ったのなら、値段も形も判るだろう、最悪みんなでお金を出して、結衣の為に弁償してやろうとの気持ちも有ったのだ。

寮の事務の人に実家の住所を尋ねる梶原、最初は教えないと言っていた事務員が、梶原の勢いに負けて教えたのだった。

自宅に問い合わせをした梶原が激怒して「何よ、自宅に少し前にピアスを送ったらしいわ」と興奮して話した。

「何と云う子なの?」

「一度、みんなで問い詰めましょう」

その場に居た五人の意見が一致して神崎を夕方呼び出して、問い詰めたのだ。

予想もしていなかった展開に驚く神崎、無くした経緯まで洗いざらい問いただされて、泣きながら答えて、五人の叔母さんパワーに負けてしまった。

神崎はその翌日、慌てて実家に帰って、その後戻って来ないまま退学をしてしまった。

実家で、彼氏の事も問いただされて、仕方無く総てを話したので父親が激怒して、退学に成ってしまった。

神崎事件はこの叔母さん達が、学校中に噂話として、結衣の無実を流して疑いは晴れていった。

同室の水上翔子も自分の私物に警戒をしながら、毎日を過ごして寮長に部屋を変更してくれる様にとも訴えていた。

今更、隣の部屋には変更出来ないので、その話も消え去ってやがて一学期が終わって、寮は一気に静かに成った。


結衣は家庭教師の仕事とレストランで昼間働く事にして、朝早く朝食も食べないでバイトに向かう。

午後から家庭教師夕方七時前に寮に帰る。

悠斗とは、同じ家庭教師の為に時々会えた。

「一度、泳ぎに行かない?」と誘われるが「泳ぐと疲れるから、他の処なら」と言われて、スカイツリーに行くと尋ねる悠斗に「東京タワー」と答える結衣に「何故?スカイツリーの方が高くて、新しいのに」

「お父さんと行く事を約束していたから」と遠い昔を思い出した様に話す結衣。

十年以上前の父誠の話を思い出していた。

二人は、揃って休める日を決めて、東京タワーに行く事に決めてバイトに明け暮れる。

それは修平も全く同じで、妹の為にお金を少しでも稼ぎたいのだ。

本当はもう就職をして、給料を貰っていて地元に帰って妹と一緒に生活をしている筈が、哲二に頼まれて大学院に在籍している修平、沢山の援助を貰っているので断れないのだ。


夏休みに成っても、悠斗がバイトで遊んで貰えない彩子は淳三郎に、何故悠斗がバイトをするのか?お金持ちの息子が何故?と詰め寄って、近藤に問い正すように訴えた。

その話は直ぐさま修平に伝わり、状況を聞かれた修平は「悠斗成りにお金が必要な様です」と答えたが結衣との遊びにお金が必要なのだと、哲二夫婦は勝手な解釈をしていた。

翌日口実を考えて、実家に戻る様に伝えたが、バイトを反古には出来ないから、直ぐには帰れない。

盆には戻ると伝える悠斗は、結衣にお盆には墓参りに帰らないのか?と尋ねる。

結衣の家族の墓は、施設とは全く別の場所に在って、一緒に帰ろうと考えた悠斗の目論見は外れてしまった。

結衣はお墓には施設に引き取られてからは一度も行っていない。

もう墓の場所もはっきりとは覚えていない。

悠斗の一言は結衣の心に遠い昔を思い起こさせていた。

そうは思っても帰るのには沢山のお金が必要だから、結衣は山口県が実家で施設は兵庫県。

悠斗は大阪、悠斗はこの時初めて結衣の実家が山口県だと知ったのだ。


本当は夜の東京タワーに行きたかった二人だが、七時の寮帰宅に影響するので、真昼から夕方にタワーに行くと廻りは外人が大勢だ。

夏の日差しを避けるように、日陰に隠れて見学をする悠斗と結衣。

最上階に登って「わー、東京が小さく見えるわ、あの方向が私の学校ね、悠斗さんの学校はこの方角だわ」と嬉しそうな結衣。

「でも暑いな、早くレストランでかき氷を食べよう」と悠斗は景色よりも涼む事を考える。

展望レストランで入ると早速「宇治金時、二つ」と直ぐさま注文をして、結衣の希望も聞かないで椅子に座った。

「私、ミルク金時が良かったのに」と言う結衣、直ぐに立ち上がって、係の人に注文を訂正する悠斗。

それを見て微笑む結衣、自分の言う事を直ぐに聞いてくれる悠斗を、目を細めて微笑む結衣だ。

食べ終わると併設の蝋人形館に入って「おおー、よく似ている」

「ここは、涼しいわね」と結衣が言うと「お化け屋敷の様な感じだからね」

「亡くなった人が多いから?」

「似すぎて恐いから、涼しいな」絶えず手を繋いで見学をする二人だった。

それでも楽しい時間は一瞬で終わって、悠斗が寮まで送って行ったのは六時半を過ぎていた。

寮の横の木陰で二人はキスをして別れた。

「明日から、実家に帰るのね」

「仕方が無いよ、墓参りだから」そう言ってからまたキスをする二人、別れたく無いお互いの気持ちは、結衣が五分前に寮に帰った事でも判った。


翌日実家に戻ると哲二夫婦は、彩子を呼んでの夕食会を用意して、何とか二人の交際の場を作ろうとしていた。

「誰か来るの?」食卓を見て開口一番に悠斗が聞いた。

お手伝いの茂木が「悠斗さんの将来の奥様なのでは?」

「えー、結衣は来ないよ、東京だから」と不思議そうな顔をする悠斗だ。

しばらくして「お邪魔します」と女性の声が玄関のインターホンから流れて「いらっしゃいました」と玄関に向かう茂木。

インターホンの画面を見て「何だ、彩子さんか」と口走ったが、悠斗の胸に一抹の不安が走っていた。


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